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012 「夜に紛れて」



 ようやく目的地であるディメトリ―王国に潜入した俺達は、城下町で身を隠す場所を探していた。

 しかしそれも容易ではない。町を巡回している騎士に見つからずに、尚且つ体制を整えるための安全な場所を確保しなければいけないからだ。


「……っ!」


 感情的になるな。目的は目の前だが、感情のまま突っ込めば間違いなく捕まる。

 俺には無双する力もない。ましてや味方なんて隣にいる魔王の娘くらいだ。


「ジュンヤ、どこに隠れようか?」


「今考えてるところだ」


「……でも、この国じゃジュンヤのことは知れ渡ってるだろうし、匿ってくれる人もいないよ?」


「匿ってもらうつもりはない。人目につかなければそれでいいんだ」


 俺の言葉にファムは何かひらめいたのか、目を少し見開き、こちらの肩をちょんちょんと指でつついてくる。


「吾輩に提案があります」


「提案?」


「人目につかない場所と言えば――」



 ○○○○○○○○○○○○ 



「――ここだよ!」


 魔王の娘ファムは賢くない。それは既に知っていることだった。

 しかし特に当てのない俺は、こいつの言う通りに同行したのだが、やはりこいつは天性の阿保だった。


「お前は馬鹿か」


 目の前に建っているのはこの町でもかなり大きな酒場。

 夜中でも明るいそこは、少し離れた場所から見ても繁盛しているのがわかる。

 人の出入りも激しく、巡回最中の騎士たちもふらりと訪れているのが見えた。


 あそこに飛び込むなんて自殺行為もいいとこだ。


「馬鹿じゃないよ! とりあえずは腹ごしらえだもん。それに、あれだけ人がいたらわかるはずないって」


「お前……単純に腹減っただけだろ」


「そ、そんなんじゃないよ」


 目をそらしたな。図星か。


 だが、情報を集めるなら人の集まる場所でなくてはならない。危険と隣り合わせだが、変装していればワンチャンあるか?


「……いや、待て。ファムの顔はバレてないんだから、ファムが行ってくればいいのか」


「は?」


「いや、何言ってんだこいつみたいな顔してる場合じゃない。そこまで面の割れていないお前が情報を集めてきてくれ。飯はいくらでも食っきていい。報酬は食い放題だ」


「ほんと!?」


「ああ、俺は嘘は言わない」


 まあ、この世界の貨幣なんて持ってないんだけど。

 情報さえ手に入ればそれでいいだろ。


「行ってくる!!」


「頑張ってきてくれ」


 弾けるような笑顔を向けたファムは、尻尾をゆらゆらさせながら酒場へと走っていった。

 周りの人間はファムの姿を捉えるが特に気にしている様子はない。

 半信半疑だったが、この世界には尻尾や角が生えた種族がいても不思議じゃないのか。あれ、魔王の娘なんだけどな、一応。


 さて、と。ほかの方法を考えておくか。



 ○○○○○○○○○○○○



「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



「「「「「この食い逃げ女あああああ!! 待ちやがれええええ!!」」」」」



 ファムが酒場に入って十数分後、途端に騒がしくなった酒場から、見知ったドレスの女が逃走して出てくる。あれは間違いなく俺の連れだ。

 その後ろには数十人の酒場の従業員と思える男たちと、サボりを満喫していた騎士の姿が見えた。


 やりやがった。まあ、こうなると思っていたが、もう少しうまくやれよ。


「おい、こっちだ」


「あ――!」


 建物の影からファムに合図を送る。それを確認したのか、彼女は全力で建物の合間に飛び込んでくる。

 その間、約3秒。

 俺は手慣れた動作でスキル一覧を開き、恒例となったお馴染みスキル「気配遮断」を発動するのと同時に、この町に入り込む際に利用したスキル「影移動」を発動させてファムを自身の影の中に隠す。


「!? き、消えたぞ!」


 間もなくやってきた店長と思えるバンダナのマッチョが建物の影から姿を現し、俺と目が合う。

 とはいっても向こうからこちらは視認できず、きょろきょろと俺が立っている建物の合間に目を凝らし、首を傾げた。


「どういうことだ?」


(間一髪だったね)


 影の中からファムが話しかけてくる。この状態でも意識の伝達だけは可能だ。


(とっとと場所を移動するぞ。考えがある)


(了解! お腹いっぱいで幸せだし、情報収集もばっちりだよ!)


 正直、後半の情報収集にはそこまで期待していないが、今はとりあえず場所を移動するか。

 建物の合間を縫うように歩き、路地裏を進んでいく。この町の見取り図を持っているわけではないので、滅茶苦茶に蛇行しながら進んでみる。

 流石に目に見えない食い逃げ犯を追走することはできなかったようで、連中を撒くのは簡単だった。


「この辺でいいか。人の気配も少ないからな」

 

 影移動を解除し、相棒の食い逃げ犯を元に戻す。

 スッと影から飛び出してきたファムは埃を払うようにドレスをはたき、満悦の表情を浮かべていた。


「ジュンヤと一緒だと逃げるのが楽だね」

                       

「……こっちだ」


「どこ行くの?」


「安全な場所だ。不安要素はあるが、姿を隠すのなら誰も足を踏み入れない場所しかない」


「ええと、よくわからないんだけど」


 多分こっちにあるだろう。……あったな。


「こういうでかい町には確実にある。この下だ」


 俺は道の途中で足を止めて道の真ん中にあるマンホールを指さした。


「……魔界に帰らせていただきます」


「待て。黙って従え」


 こういう大きな町には必ずあるもの。それは大規模な下水道だ。

 俺だってこの中に入ろうなんて考えたくもない。

 だが、他の場所が考えつかなかったわけで、消去法になった。


「やだやだやだ!! この下ってあれでしょ!? 人間の糞尿が流れてる場所でしょ!? 嫌だよ!!」


「口答えするな。直に夜も明ける。こんな所で呆けて立っているわけにはいかないんだ」


「……わかった」


「じゃあ、いくぞ」


 俺は意を決してマンホールの蓋を持ち上げた。その中には暗黒へと続く梯子が敷いてあった。


「俺が先に行く。蓋を戻して慎重についてこい」


「うん」


 足を踏み外さないように探り探り足場を確かめながら降りていく。

 少し遅れてからファムも降り始めたようで外の明かりが完全になくなり、先程よりも視界が悪くなった。

 

「ひえぇ……真っ暗なんだけどぉ」


「大丈夫だ。時間をかけて降りるぞ」


 何段か降りていくと、ようやく安定した地面の感触を踏みしめる。そこは水の音が聞こえ、少しだけ臭いの気になる場所だった。


「あと少しだぞ、頑張れ」


「うえぇ、なんか臭いよぉ」


 あたりを見回す。どうやら外敵の気配はない。

 下水道の造りはかなり広い。想像の十倍は広い。

 ここには点検工事のためなのか脇には広々とした通路が整備され、柵の向こうに下水が流れていた。

 これは、色々なところから小さな配管を通って合流した大きな流れだろうか。


「……」


 しかし不自然なほどに綺麗な造りだ。

 脇に設けられた通路と通路の間には橋が架かっていて、対岸に渡れる設計になっている。

 いわば地下水路のような造り……ただの下水道ではないのか?


「つ、着いたぁ」


 ファムもようやく梯子を降り切った。片手で鼻をつまみながら顔をゆがめている。


「こ、これからどうするの?」


「まずはここを調べる。どうやら、ここはただの下水道じゃないかもしれん」


「え?」


「まずは歩きながら、お前の掴んだ情報を聞こう。少しでも隠れられそうな場所を探す」


「??? わかった」


 さてと、ここからどう動くべきか。

 この地下水路が俺にとって有利に働いてくれることを願うしかないか。

















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