011 「拝啓、地獄のお父様。吾輩、死ぬかも」
俺とファムは長時間の登山を終えて山を越え、遂に目的の国がある大地を踏みしめた。
そこはこれまでの草原とは比べ物にならない大草原。
川が流れ、遠くには森があり、山脈に囲まれた大地。
もし、俺が投獄なんてされていなかったら、この世界を好きになっていたのかもしれない。そんな風に思えるほど、美しかった。
「うへぇ……疲れたぁ。しかし壮大な眺めだね。山を下るのがもったいないくらいだよ」
「そうだな。……あれが目的地か」
「そうだよ。あれがこの世界の中心にある知識の王国『ディメトリ―』の首都『マグルス』。人間が築いた千年国家にして、ヒト族以外の居住を認めた英知の国。でもその裏の顔は世界の政治を牛耳る最大国家……他の国からの評判は悪いみたいだね」
ファムの指さした方向を見ると、遠くからでもわかる大きな町があった。草原の上に堂々と君臨していて、存在感が半端ない。
遠くから見る限りだと、町の中央には世界史の資料とかで見たことのある中世風の巨大な城がそびえ立ち、その手前を城下町が囲むようにして広がっており、周囲にはかなり高い外壁が造られている円形の町だった。
「この国、戦争でも想定してるかのような造りだな」
「実際に昔は戦争国家だったみたいだね」
「やけに詳しいな」
「ふふん」
ファムをちらりと見ると、得意げな表情で紐で括られた紙の束を持っていた。
「従者特製、人間界ガイドブックのおかげなのです」
「ああ、そう」
こいつの従者はかなり優秀だったみたいだ。
「でもあれだね。その名残もあって町の入り口は一か所だけ。あの様子だと、厳重な検問が行われているみたいだよ」
ファムの言葉通り、検問による行列が見えた。
そのほとんどが行商人のようで、何人かは近くに流れる大きな川で馬に水を飲ませて休息をとっていた。
「正面突破は無理だな。俺はスキルで気配を消せるが……」
「吾輩にはそんなことできないよ~」
ファムはそう言ってケラケラ笑う。
だがこいつの戦力は侮れない。
万が一に備えて傍に置いておきたいが、あの町に侵入する方法が見当たらなかった。
「別々に行動して、中で合流するしかないか。どうにかお前を中に――」
「え、それは無理だよ」
「なぜだ」
「だって吾輩は間違いなく検問に引っかかっちゃうもん」
「……まあ、魔王の娘だからな」
「そ、それもあるんだけど、ちょっとばかし事情があってね」
ファムは目をそらして吹けもしない口笛を吹き始める。
こいつ、何か隠してるな。
「どういう意味だ」
「……ええっと、まあ、その、ジュンヤと会う前のことなんだけど、ついつい、魔がさしたというか、その、いつもはしないよ? でも王族としての恥を捨ててでもっていうか」
歯切れが悪い。
なんとなく想像はついた。大方、食い逃げとか盗みだろう。こいつ、金とかもってなさ、そう……。
そういや、俺も無一文だった。
「わかった。さっきの案は破棄する」
「よ、よかったぁ」
だがどうする。高台にいるとはいえ、この場所も安全とは限らない。追手は放たれているだろうし、何より、目的地を前に指をくわえているわけにもいかない。
どうする……。
「むむ、ジュンヤ悩んでるね」
「お前も考えろ。町に入り込む方法」
「町に入る方法かー、そうだなぁ……もっと吾輩に魔力が戻ればなぁ。ちらちら」
こいつ、俺の持ってる食料を狙ってるのか。
「魔力が戻ったらどうなる?」
「え、えっと。なんかすごいことが起きるよ」
こいつは駄目だ。頭を使わせちゃだめだ。使えん。
漫画とかゲームだったら、こういう時は行商人の馬車の中に忍び込んだりするが……俺の顔は間違いなく割れてるだろうから、闇の勇者に加担するような奴は現れないだろう。
脅すしかないか? まあ、最悪の場合はそれでいくか。
「お腹すいた~~」
「……」
「このままじゃ夜になるよ? その前に腹ごしらえを――」
「夜……その手があったな」
「ふぇ?」
○○○○○○○○○○○○
「拝啓、地獄の深淵に眠るお父様。吾輩はとんでもない勇者様と旅をすることになってしまいました」
「おい、なにしてんだ。早くいけ」
「いやいやいやいや! 無理だよ! こんな真夜中に外壁をよじ上るとか頭おかしいから!」
「昼間だと目立つから夜しかないだろ。俺は気配を消して正門から入るから、お前はここを上って先に町に潜伏していてくれ」
妙案が浮かび、今は深夜。
俺たちは正門とは真逆の外壁の前にいて、元の世界で例えるなら50階建てのビルを連想させる圧迫感を放つ壁を前に、命を懸けたクライミングを試みようとしていた。
ちなみにやるのはファムだけだ。
「こ、こんな高い壁上ろうとするなんて……頭おかしい」
「あ、そうだ。その恰好じゃ上りにくいだろ。服を脱げ」
「鬼!? 絶滅したはずの鬼族の生き残り!? 鬼族でもそんな修羅みたいな発言しないよ!!」
「何が不服だ」
「何もかもだから!!! ジュンヤの旅についていくから手伝うとは言ったけど、わ、吾輩だって乙女なんだから、裸で外壁を上るなんてできないよ!」
「誰も裸に興味があるんじゃない。効率の問題だ」
「話が通じないよ~~お父様生き返って~~!!」
まあ、無茶を言ってる自覚はあった。
だが、頭がいいとは言えない俺に思いつく唯一の手段がこれだったんだ。
「他の方法を考えようよ!」
「うるさい。早く上れ」
「……いや、この壁どこ掴めばいいの?」
ファムは壁とこちらを交互に見てくる。
彼女の言う通り、この壁には凹凸がない。掴む箇所なんてなかった。
「……仕方ないな。別の作戦を考えるか」
壁を上れないとなると、本当に手段が思いつかない。
「魔王の娘なんだから空飛べないのか?」
「無理だよ~~吾輩は飛行能力を授けてもらえてないから」
授けてもらえてない、か。魔王家にもいろいろと込み入った事情があるのか。
だが、そんなの知らん。
どうにかしてこいつも一緒に町に入り込む方法を考えないとな。
考えながら、俺は自分のスキル一覧を眺める。
いくつか流し見ていくうちに、一つのスキルに目が留まった。
「……そうだ」
「なにか思いついたの?」
「ああ、試してみる価値はある」
○○○○○○○○○○○○
「止まれ。身分証を提示しろ」
「ええ、ええ。こいつでしょう」
小太りの商人は胸ポケットから紙切れを取り出して衛兵に見せる。
それを読み込んだ衛兵は頷いて門を開いた。
「通ってよし。夜も更けている。すぐに家に戻るように」
「わかりやした」
商人は馬車を引き、そのまま門をくぐった。
俺はそのタイミングに合わせて町の中に入り込む。
どうやら衛兵の連中には気づかれなかったみたいだ。スキル「気配遮断≪ハイドアンドシーク≫」の効果で、今の俺はそう簡単に認知できないほどに存在を希薄にしている。
「さて、と」
商人から距離をとり、スキルを解除する。
なんとか町に入り込むことは成功した。だが、本番はこれからだな。
「多いな」
町の中を巡回している騎士の姿を捉え、すぐに身を隠す。夜に潜入したのは正解だった。隠れるにはもってこいだ。
俺の足元、そこには闇夜にふさわしくない影が漂っていた。
そこを注視しながら、さらに人目につかない場所へと慎重に移動する。
ここで町を警備している連中に見つかってしまえば意味がない。
「……そろそろか。いいぞ」
人気のない場所にやってきて、影に向けて合図をした。
すると影は形を変えて浮き出し、人型になったところで止まると、ファムへと姿を変える。
「っぷは! はぁ、はぁ……疲れたぁ」
「実験成功だな」
上々の結果だ。
まさか「影移動≪トワイライトウォーク≫」のスキルにこんな使い方ができるとはな。
影移動――影の中を移動するスキルで、1分間影になって地面の中を移動できる。
しかしその効果は自分だけではなく、他人にも使えるのではないかと試した結果、ファムの身体を俺の影の中に隠すことができた。
それを確認した俺たちは、すぐに検問が行われている町の入り口に張り込んだ。先程の商人が現れるのを待って門が開くタイミングを見計らってスキルを重ね掛けした。
案外、というか驚くほど簡単に潜入には成功し、俺たちは路地裏に身を潜める。
「さて、これからどうしたものか」
「とりあえず腹ごしらえだね。レストランを探そうよ! この町おっきいから美味しいお店いっぱいあるよ!」
こいつはどんな脳みそしてんだ。
「まずは身の安全の確保だ。ここもじきに見つかるだろうし、昼になったらアウトだ。お前が泥棒容疑をかけられているのはともかくとして、俺の顔は間違いなく割れてる」
「顔を隠したらいいんじゃない?」
「それも考えたが、リスクが高い。それに俺の目的は騒ぎを起こすことじゃない。国王の命一つだ」
「へぇ~~。ジュンヤってなんだかんだ言っても甘くて優しいよね」
「……」
「お、怒らないでよ! 魔族の考えだったら、この町の人間を人質に取ったりするけど、やっぱり人間なんだなぁって思っただけだよ」
そうか、その手があったか。
まあ、使うことはないだろうけどな。
腐っても外道には落ちない。俺を貶めた連中と同じ舞台に立つつもりはない。
「雑談は終わりだ。とりあえず、身を隠す場所を探すぞ」
「了解だよ!」
タイムリミットは夜明け。
それまでに誰にも見つからず、身を隠す場所を探さないとな。
城に攻め入るのは万全を期してからだ。




