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010 「知れ渡る脱獄」



 俺とファムは勇滅商会とかいうアンチ勇者組織の支部から脱出し、外の空気を吸っていた。

 既に日が傾いて夕暮れ時となっているが、俺たちは足を止めることなく山道を踏みしめる。


「こっちが正解ってことか。全然違ったじゃねぇか」


「あはは、ごめんごめん。魔力不足で記憶力が低迷していたんだね、きっと。うんうん、そうに違いないよ」


 どんな言い訳だそれ。


 支部のあった人口の洞窟とは違い、歩いているのは山間の荒れた道。このあたりの地形はむき出しになっていて岩肌が目立ち、山に緑色の箇所はなかった。

 岩山の合間にあった道は、人の手が行き届いていない岩だらけの道。

 かなり険しい道だが、足を止めるわけにはいかなかった。止めたら最後、上から岩が転がり落ちてくるかもしれない。


「しかし、人間界のことに随分と詳しいんだな。魔王の娘のくせに」


「まあね~。吾輩だって無意味にこの人間界に来たわけじゃないんだから」


「……あっそ」


「あれ、気にならないの? そこは普通、掘り下げてくるところだよ?」


「足を止めるな、振り向くな、前に進んでくれ。話はこの物騒な場所を抜けた後でいい」


「はいはい。進みまーす」


 ドレスで動きにくそうに先頭を歩くファムの姿を見ながら、俺は上ばかりを気にする。

 谷底みたいな不安感はないものの、両脇には斜面があり、頂は見えていない。

 小さな石ころでも、転がってきたら恐ろしい威力だろう。スキルの気配遮断は身体が透明化するわけじゃないから、回避には使えない。


「そいえばさ、ジュンヤ」


「なんだ?」


「さっきの連中、ジュンヤが脱獄してきたってこと知ってたよね。もしかして、闇の勇者の脱獄って王国の人間たちにも当然知れ渡ってるよね」


「ああ、そうだな。検問所を迂回したのは大正解だった。ったく、俺がなにしたっていうんだよ」


「そりゃあ、闇の勇者だもん。仕方ないよ」


 ファムは俺を庇うことなく、仕方ないと一蹴してきやがった。

 こいつ、やっぱり捨てるか。


「……仕方ないってどういうことだよ。お前もこの世界の人間と同じこと言うのか?」


「だって闇の勇者は呪われた勇者だもん。かつて魔族と契約して人間を辞め、統率が取れずにばらばらの状態だった魔界を統一して魔王になった破滅の勇者……多分だけど、それがこの世界の常識のはずだよ。もっとも、吾輩たちにとって闇の勇者は魔界を統一した唯一無二の存在であって、崇拝の対象にして伝説の存在なんだけどね。吾輩が知っていたのはそのおかげかな」


「はぁ……そういうことだったのか」


 何てことしてくれやがるんだ過去の闇の勇者。

 お前のせいで俺はこの二年間……いや、よそう。過ぎたことはどうにもならん。俺がその闇の勇者とは別物だったとしても、人間は有害因子の俺を野放しにはしないだろう。

 ま、今頃手のひらを返されても俺の意思は変わらん。

 しかし、思いのほか脱獄が知れ渡っているとすれば、連中の耳にも届いただろうか。

 楽しみだなぁ。どんな顔で俺の脱獄を知るんだろうなぁ。


「ジュンヤ、悪い顔してるね」


「……元々だ」


「ふぅん。でもそっちのほうが吾輩的には好みかも。ジュンヤも魔王になってみる? 吾輩は副魔王でいいから」


「いらん。興味ない」


 副魔王ってなんだ。

 しかし、どうして前の闇の勇者は魔界を統一しようと思ったのか。少し気になるな。


 ま、無関係だし頭の隅に置いておくか。



 ○○○○○○○○○○○○



 時を同じくして、ここはディメトリー王国の首都マグルス。

 城下町を見下ろすように君臨する王宮では、国王エルシャ=ディメトリーが騎士の報告を聞いて顔の皴を増やし、玉座から立ち上がった。


「なに!? 闇の勇者が脱獄しただと?」


「はい。そのような報告が上がっております。既に新聞社はこの内容を世界各地に報道しており、情報操作は難しいかと」


「……どうやって嗅ぎ付けた、あの犬ども。いやそれよりも、今は奴の行方だ」


「現在、人員を割いて闇の勇者を捜索していますが、未だに足取りがつかめていません」


「馬鹿なことを申すな。あの男はレベル1のまま投獄した。曲がりなりにもあの監獄を仕切るのは我が国が誇る騎士団の第五騎士団長だぞ。いくら勇者の失敗作といえども、そんな男相手に騎士団長の一人が敗北するはずもない」


「それが……報告によりますと、看守たちの目の前で看守長は殺されたそうです」


 国王は表情が固まった。


「それは、確かな報告か」


「はい。実際に、看守長を務めていた第五騎士団長とは連絡がつきません」


「……なんということだ。奴が脱獄すれば、真っ先に訪れるのは我が国ではないか。奴は既に騎士団長を葬る力を持っているとすれば、脱獄の次に狙うのは私……くそ!」


 国王の顔色がどんどん悪くなっていく。両手で顔を覆い、茫然としていた。


「すべての騎士団を各国から集結させよ。我が首都の防衛に全兵力を――」



「その必要はありません」



 突如、その声は鎧の音と共に現れた。

 国王は声の方向に向き直ると、死にかけの顔を一瞬で復活させる。


「王様……勝手に上がり込んでしまい申し訳ありません」


「――! おぉ、其方は! これは有難い。天はやはり正義の化身である私の味方のようだ!」


 何故、国王はこんなにも一変して生気を取り戻したのか。

 それはエルシャが最も信頼する者の姿を見たからだ。


「ふんっ、来るなら来てみろ闇の勇者。そして我が眼前で死ぬ様を見せてくれ! ふふははははははははっっ!!」


「……楽しみだな、純也」



 ○○○○○○○○○○○○



「……うそ」


 パサッ。麗しい女性の手から刷りたての新聞が落ちた。


 水のせせらぎが心地よく響き渡る青の王国「アトランテ」の首都「ウォルタ」。

 ウォルタは街中に水路が張り巡らされている水上都市で、中央にある宮殿の真上には神の大壺と呼ばれる無限に水を生み出す壺があり、そこから流れ出た水が宮殿から各方面へと分散され、人々の生活を支えていた。

 そんな宮殿の玉座の間には穏やかな水路が脇にあり、その上を睡蓮の花が浮かんでいる。


 そこに佇んでいたのは水の勇者ナギサワ・フユミ。


 彼女は落として濡れてしまった新聞を拾い上げることもなく固まっていた。


「姫様ぁ~~ちょっとばかし訓練に……どうしたんだい?」


 玉座の間に足音を響かせて現れたのはフユミの仲間である赤い髪の男勝りな女性。彼女はすぐにフユミの異変に気付き、声をかけた。

 するとようやく意識が戻ったかのようにびくっと体を震わせ、フユミは口を開く。



「生きてた。……生きてたんだ」



「ひ、姫様?」


「――だとしたら、村雨くんが向かうのはきっと……行かないと」


「お、おい。どこへ行くんだい?」


「ちょっと留守にするね。すぐに向かわないといけない場所ができたの」


 そう言ってフユミはオフショルダーのインナーの上から水色の羽衣を羽織ると、お気に入りの杖を片手に玉座の間を飛び出していった。


「……あんな姫様、初めて見たなぁ」


 取り残された赤い髪の女性は、頭をかきながら溜息をつき、落ちていた新聞を拾い上げる。

 そしてようやく納得したように小さく笑った。


「『闇の勇者、脱獄』……あぁ、そういうことかい」



 ○○○○○○○○○○○○



 一方、こちらは大樹海の奥にある緑の王国「フィルフォーネ」の首都「メルトア」。

 木から木へと吊り橋が掛けられ、人々はその上を器用に歩く。

 そこに住むのは人口の九割がエルフ族で、耳の長い男性や女性が歩いていた。

 メルトアにある巨大樹の中に作られた王宮では、風の勇者ツルタ・マキが新聞を片手にガタガタと震えていた。


「や、やばいやばいやばい。絶対に殺される。早くッ……あいつのところに逃げないと」


「女王様、どうなされましたか?」


 傍にいた細身の紳士が様子を尋ねると、彼女はハッとして佇まいを直し、凛とした表情で向き直る。


「な、何でもないわよセバス。すぐに紅茶にしましょう? 彼らを呼んできて」


「かしこまりました、女王様」


 セバスと呼ばれた執事の格好をした男が部屋を出ていくと、途端に彼女は震えだした。


(ど、どどどどうしよう……。あいつ、絶対にあたしたちのこと恨んでるわよね。復讐とかしに来ないかしら)


「……だ、大丈夫よね。きっと、あいつが何とかしてくれるわよね、多分」


 一抹の不安を抱えながらも、マキは考えるのをやめて自分を待つ従者たちの元へと足を運ぶのだった。



 ○○○○○○○○○○○○



 そしてこちらは黄の王国「ジパング」の首都「ムサシ」。やせ細った荒野の大地の上に国家を築いた黄金の都市。

 大地には雨の如く雷が降り注ぎ、いくつもの避雷針が天に向かって伸びている。

 屈強なこの国の人々は恐ろしい雷の力を利用して生活していた。

 その都市を見下ろすように立つのは国王である雷の勇者が住む城。城の中では廊下を走り回る袴姿の男が、ようやく探し求めていた人物を見つけていた。


「と、殿、ここにいましたか。探しましたぞ」


「騒がしいなぁ……何の用だ? 俺はいま、遠雷の雨を見て黄昏ているんだ」


「……似合わないですぞ、殿」


「うるせ」


 家臣の言葉に、殿と呼ばれた雷の勇者ノマ・イチロウが振り返る。

 家臣が持っていたのは今朝方から世間を騒がせている新聞だ。


「そのことかよ。俺には関係ないね」


「で、ですが……」


「そんなことよりも、今夜の予約は十分なんだろうな? 俺は楽しみで眠れなかったんだぞ」


「そ、そりゃあ勿論! 殿のために選りすぐりの美女を揃えていますよ! 今夜はお楽しみいただけること間違いなしでさぁ!」


 その言葉に、イチロウの顔は一気に緩んだ。


「そぉかぁ……楽しみだなぁ。谷間のベッドに太ももの枕。楽しみが尽きないとはこのことだぜ……異世界最高!! 国王最高!! あっはっはっはっは!!」


 今日も城には彼の下品な笑い声が響いていたとさ。



 ○○○○○○○○○○○○



「……そういえば、一ついいか?」


「なぁに?」


 山間の険しい道を歩きながら、俺は前を歩くファムに言葉をかけた。


「どうしてお前は、俺について来ようとしたんだ? 何か理由があるんだろ? 闇の勇者だからってわけじゃなさそうだし」


「うーん、単に寂しかっただけだけどなぁ。従者はみんな、死んじゃったから」


「従者?」


「これでも一応、魔界の姫だったからね。唯一の生き残りだった吾輩を逃がそうとして、魔王軍の幹部たちが総出で吾輩を人間界に送り込んだの。それでとりあえず人のいない場所を目指してたんだけど、道中で魔力を切らしてみんな死んでいったんだ。吾輩に魔力を譲ってね」


「……」


 成程な。

 それでこいつは、あんな所で魔力を切らして野垂れ死にしかけていたってことか。

 無駄に執着してくる理由も、なんとなく合点がいく。


「そうか。大変だったな」


「そんなことないよ。今は一人じゃないもん」


「……お前は、どうしたいんだ?」


 俺は足を止めてファムに問う。


「これから俺の旅に同行して、何がしたいんだ?」


「……勇者への復讐はジュンヤの手伝いって感じだけど、そうだなぁ……やっぱり、元の魔界を取り戻したいよね」


「元の魔界……今はどうなってるんだ?」


 勇者が魔王を倒したのだとすれば、魔界はどうなっているのか。

 ゲームとかだと、魔王を倒せばすべての魔物は消滅するよな。だけどこうして魔王の娘は生きているわけだし……。


「魔界は、次の魔王の座を狙う魔物たちが戦争してるよ」


「は?」


「お父様がいない今、魔界の支配権は吾輩たち子息に譲渡されるべきなんだけど、それを良しとしない連中が多くてね。元々の魔王体制に反感を抱いていた者たちが実力行使で魔王の座を狙ってる状況かな」


 それで逃げてきたのか。

 勇者連中も無責任なことをしたもんだ。魔王だけ討ち取って終わりってことかよ。


「もしかして、他の魔王の子供たちは……」


「察しがいいよね、ジュンヤ。そういう感じかな。お父様の命を奪ったのは勇者だけど、姉様や弟たちを殺したのは他でもない、魔族の仕業だよ」


 ……そういうことだったのか。

 つまり、魔界を取り戻すというのは父親の築いた元の魔界を取り戻すって意味よりも、殺された兄弟達の復讐でもあるのか。


「俺も手伝ってやるよ。お前の、復讐」


「え、ほんと!?」


「ああ、その代わり、絶対に俺を裏切らないとここで誓ってくれ。俺としても信用できない奴に命を預けることはできない」


「もちろんだよ! 吾輩もジュンヤしか頼れる人間いないし、一人じゃ何もできないし」


「決まりだな。……改めてこれからよろしく、ファム」


「うんっ!! こちらこそだよ」


 ファムは満開の笑顔を見せつけてくる。


 しかし俺にとってファムの復讐は正直どうでもいい。

 俺はあいつらへの復讐を完遂し、元の世界に戻る。それだけでよかった。


 こいつと出会ってから、調子が狂う。

 

 まるで二年前の俺に戻ったかのような、そんな気さえした。


 ……まあ、悪い気分じゃないか。 

  



















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