000 「始まりの裏切り」
「……え」
友人だと信じていた連中は、ものの数分で敵となった。
周りから突き刺さる視線。
悪魔だの魔王だの響き渡る罵声。
ストレスの塊を浴びせられる俺は、状況を理解するまでにどれくらいかかっただろう。
頭が締め付けられるように警鐘をならし、吐き気がせり上がってくる。
「捕えろ!! その勇者こそ災厄を呼ぶ贋作の勇者だ!!」
泣き叫ぶ声が聞こえる。
怒声が響き渡る。
なだめるような声も聞こえる。
だが、そのどれもが頭の内側で反響して上手く理解できない。
駄目だ。冷静になろう。
ひとまず俺は、ここに至るまでの状況を整理することにした。
○○○○○○○○○○○○
俺は普通の高校に通うごく普通の高校生「村雨准也」。
特技といえば、中学の頃までオリンピック選手を輩出した有名体操クラブに通っていたくらいだが、今はもう何もしていない帰宅部だ。
そんな俺は普通の日常を過ごし、高校二年の秋、待ちに待ったイベントがやってくる。
修学旅行だ。
高校生活における三大ビッグイベントの一つ修学旅行(残り二つは体育祭と学園祭)。
うちの高校は王道で、高校二年の秋に京都への三泊四日の修学旅行が行われる。
そして今日は三日目。グループごとの自由行動の時間だ。
俺のグループは男子3名女子2名の5人組。一年の頃から仲良くしているグループだ。
仲のいい連中と自由行動を回れるということもあり、俺は浮かれていた。
もしかしたら俺が片想いをよせる凪沢≪なぎさわ≫さんと良い雰囲気になれるかもしれない。そんな妄想、高校二年の男子だったら誰でもするだろう。
「よし、出発だね!」
「「「「おー」」」」
班長を務める俺の幼馴染にして生徒会書記の「朝宮圭吾≪あさみやけいご≫」の号令で、旅館を出発する。
移動中はくだらない話ばかりしていて、何を話したのかは覚えていない。
でも俺達は笑いあいながら、京都の町を楽しく練り歩いたのだ。
あの時までは。
「あれ? こんなところに道があるんだな」
クラス一のひょうきん者「野間一郎」が散策の最中、突如声をあげた。
言葉に会わせて視線の先を見ると、確かに人一人分と折れそうな幅の獣道が神社の脇に存在している。
「なぁ、行ってみねえ?」
「駄目だよ。そんな危険な道、戻ってこれなくなったらどうするの?」
クラスのマドンナにして吹奏楽部の次期部長候補「凪沢冬海」が不安そうな顔でそう言った。
この時の俺は彼女に同調したのだが、もう一人の愉快な奴が乗り気になってしまう。
「行ってみようよ! なんか楽しそうじゃん!」
部活に燃える小麦色の肌をしたスポ根陸上部女子「弦田舞姫」が楽しそうに身体を揺らす。
それを見た凪沢さんは圭吾に視線を送る。
なんか、あの二人付き合ってるとか噂あるけど、嘘だよな。
そんなどうでもいい事を考えていた俺は、確かに四人とは距離を感じることもあった。
だけど、あんなことになるなんて誰も想像してないっての。
「……よし、行ってみるか」
圭吾の鶴の一声で方針が決まり、俺達はその道を進み始めた。
しばらく歩いた先にあったのは、ボロボロの一軒家。屋根は抜け落ち、柱は今にも折れそうなくらいに蝕まれ、建っているのが奇跡に思える。
「なぁんだ、ただの廃屋かよ。つまんねぇの」
「あんたが行こうって言い出したんでしょ!」
「お前も賛同しただろうが!」
弦田と野間が喧嘩を始めた。
圭吾は二人を諌めるように仲介しているようだが、俺は少し離れた場所からそれを見ていた。
巻き込まれたらたまったもんじゃない。こんなのは発言力のある圭吾に任せておけばいい。この時の俺はそんな風に思っていた。
「村雨くん、なんか顔色よくないよ?」
そこへ、美少女が話しかけにきてくれる。
「――! だ、大丈夫」
「そっか。何もなくて残念だったね。ここまでの道のりは、ちょっと冒険みたいで楽しかったけど」
「へぇ、意外だった。凪沢さんは反対してたから」
「みんなには内緒だよ? ほんのちょっぴり、冒険したい気分もあったんだ」
凪沢さんが隣に立っている。あぁ、これだけで至福の時間だった。
「どんな関係になっても、ずっとこの五人で一緒にいたいね」
凪沢さんがふとそんな言葉をこぼす。
俺はすぐに同調したかったが、本意ではなかった。
凪沢さんと二人で一緒ならいいのに。と思っても口に出せるわけがない。
だから当たり障りの無いような言葉を考えていたのだが、それを口にする間もなく、事態は急変したんだ。
「え、なに?」
「どうした、の?」
凪沢さんが何かに驚いたことで、俺もようやく気付いた。
俺達の足元に、ファンタジー映画とかで見たことのある巨大な魔法陣のようなものが出現し、五人全員を囲うように光り始めていた。
「な、なんじゃこりゃあ!!」
「あ、あんたの仕業でしょ! わざとここに呼び出して、驚かせようとしてんでしょ!?」
「みんな、とりあえず落ち着くんだ――!」
しかし、圭吾の判断は間違っていた。この時すぐにこの魔法陣から抜け出していれば、事態は悪化しなかっただろう。
俺達は瞬きをした瞬間、違う世界にいた。
足元には先程見た魔法陣が血で描かれていて、それを取り囲むように何十人もの黒いフードの連中が立っていた。
「な、なんだこれ」
状況が理解できない俺達はその場に立ち尽くす。
しかし、周囲からは途端に歓喜の声が上がった。
「成功したぞ! 召喚成功だ!」
「すぐに国王様に報告せよ! 勇者召喚は成功した!」
急に騒がしくなり、フードの連中は慌て始める。
勇者召喚。確かにそう言った。
「圭吾くん、これって……」
凪沢さんが圭吾に話しかける。ってか、いつの間に下の名前で呼び合う仲になったんだ?
「僕らは大人しくしていた方がいいみたいだ。とりあえず、言葉は理解できる。まずは状況を把握しよう。ここがさっきの神社とは別の場所だってことはすぐに分かったけど、情報が足りない」
やけに冷静で、感心してしまう。
こいつがいれば大丈夫だ。そんな妄想を、あの時の俺は抱いていただろう。
それから少し待った後、扉が開かれてマントを羽織った豪勢な男がやって来た。
白い髭を携え、赤いマントと金の王冠を身に着けるその姿から、先ほど言っていた国王であることは一目瞭然だ。
「よくぞ来てくれた、勇者諸君……ここはディメトリー王国の首都マグルス。私は第13代国王の『エルシャ=ディメトリー』……待て。おい、お前達」
歓迎の意思を示していた国王エルシャは、途端に表情を変え、近くにいたローブの男を睨みつける。
「な、なんでしょうか」
「どうして召喚した勇者が五人もいるのだ。勇者召喚は四人のはずだ」
「そういえば……しかし、五人もの勇者を召喚した例はありません! これは快挙です!!」
「いいや、これはマズいですなぁ」
ローブの男は何とか国王の謎の怒りを鎮めようとするが、国王の背後からのっそり歩いてきた白衣を着た男はそれを否定した。
「教授か……これはどういうことなのだ」
「現代ではあまり伝わっておりませんが、勇者召喚は通常四名のみ。しかし過去に一度だけ、五人目の勇者が召喚された例があります。しかし、五人目の勇者は偽物だった。五人目の勇者とは偽の勇者であり、この世界に破滅をもたらす闇の勇者なのですよ。はてさて、これはどうしたものか」
「……」
「とりあえず、すぐに問い詰めるべきです。勇者には自覚がありますから、彼らに問いただせば必ず偽物の存在は露見するでしょう」
この言葉に、俺達は互いに視線を合わせた。
背筋が凍る。ヤバい状況であることはすぐに分かった。
そして国王はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「四名の勇者諸君には申し訳ない。その中に紛い物がいるようなので申し訳ないのだが、すぐにその者を指名していただきたい」
誰も言葉が出なかった。
そもそも、勇者の自覚なんてあるのか? 俺には全くないぞ。
「少し時間をください。まだ突然の出来事でこちらとしても対応できません」
この状況で、圭吾は一人で国王に掛け合う。
「……それもそうか。五名のうち四名は勇者であるのに、このもてなしは国の恥だ。すぐに部屋を用意しましょう。そして明朝、偽物をあぶりだしていただきますぞ」
「ありがとうございます」
圭吾は勝手に交渉を進め、すぐに俺達の安全を確保してくれた。
もしかして、あいつには自覚って奴があるのか?
とりあえず事なきを得た俺達は、そのまま城の中の部屋に通され、休息の時間を得たのだった。
○○○○○○○○○○○○
「一時はどうなるかと思ったぜ」
部屋に着くなり、一言もしゃべらなかった野間が口を開く。
普段はうるさいくせに、ああいう時だけは何も話さないんだよな。
「でもどうすんの? あたし達、勝手に召喚? されたわけじゃん。元の世界に戻る方法ってあるのかな?」
「多分あるよ。でも今は彼らに逆らうべきではない。僕らには情報もなければ力もない」
「確かにそうだね。……だけど、どうしよう」
凪沢さんの言葉はすぐに理解できた。
国王が口にしていた偽物の勇者の事だろう。
全員が沈黙を守る。こういう時、俺は何も発言できない。こうして変な世界にやって来た時から、混乱と戸惑いで一言も発していない気がする。
「誰かに投票する仕組みだとすれば――」
そんな中、この男だけは違った。
真っ先に言葉を口にして、全員の視線を集中させる。まさにリーダー的存在。
だから、こいつの放った言葉を誰一人疑うことはない。
「全員がそれぞれに一票ずつ入れたらいいんだ」
「そ、そっか! そうすりゃみんな助かるもんな!」
「じゃあ、だれがだれに投票するか決めとこうよ!!」
弦田の言葉ですぐに誰を指名するのかは決めることができた。
俺は弦田、圭吾は野間、野間は凪沢さん、凪沢さんは俺、弦田は圭吾。
こうして俺達は平和的解決法を決め、各々安眠につく。
イベントがありすぎたせいで、泥のように眠ることになった。
そう――深く考えることもせずに、それが最善の案だと決めつけてしまった。
今思えば、あれは誘導だったのかもしれないな。
○○○○○○○○○○○○
そして明朝、俺達は城の謁見の間と呼ばれる場所にやって来た。
壁際には鎧に身を包んだ騎士達が並んでおり、中央の赤いカーペットを歩いていくと、その先には玉座がある。
「よく来た。勇者諸君と偽物よ。休息は十分かな?」
「はい、おかげさまで」
「そうかそうか。では、早速で悪いがその中の一名を追放せねばならぬ」
その言葉に心臓が高鳴る。誰か一人でも裏切れば、この中の一人はその対象となるのだから、当然の緊張だった。
しかし圭吾は何故か落ち着いていて、国王に質問を投げかけた。
「追放者はどうなるのですか?」
「無論、我が国の牢獄に閉じ込める。その後は拷問か死刑か……偽物の勇者には生きる道は残らぬでしょうな」
拷問か死刑……!?
「あ、あたしは違うから!」
「俺だってそうだよ!!」
弦田と野間が騒ぎ出す。二人も同様に想像を膨らませてしまったらしい。
誰だって叫び出したい気分だ。
だけど、この時の俺はみんなを信じていたから、不安を少しだけ解消できた。
「証明できればよいのだ。では、今からカードを配る。そこに破滅をもたらす偽物、闇の勇者の名前を記してもらおう。勇者諸君なら偽物の正体は分かるはずだ」
あの国王の言葉を全部信じるとすれば、勇者にはそれがわかる根拠があるのか?
少なくとも、俺にはない。
でもみんな分かってるとしたら、その情報は昨日のうちに共有するはずだ。
つまり国王の言葉はハッタリだ。そう都合よく偽物がわかるはずもない。
「よし、配り終えたな。では名前を記していただこう」
俺は打ち合わせ通りに弦田の名前を記入した。
それを回収に来た騎士に渡すと、国王の元へと持っていかれる。
この時から既に、周りの皆の様子がおかしかった。
特に弦田や野間が鬼気迫る表情でカードを凝視し、なかなか書こうとしなかったからだ。
少しだけ時間を要して、カードの記入が終わる。
「成程。勇者諸君の勇気を讃えよう。四対一、偽物はお前だな。ムラサメジュンヤ」
「……え」
「捕えろ!! その勇者こそ破滅を呼ぶ闇の勇者だ!!」
こうして俺は偽物と断定された。ほんの数分の出来事で、俺の立場が一気に崩れた瞬間でもあった。
○○○○○○○○○○○○
状況は分かった。
それとほぼ同時に、俺は元友人たちに叫ぶ。
「うそ、だろ……なあみんな! どうして俺なんだよ! 全員が打ち合わせ通りにするって約束だっただろ!!」
嘆願。
思い直してくれるかもしれないという一縷の望みにかけてみたが、それは無意味だと理解している。
こうして指名された時点で無意味だ。
「村雨くん……? どうして……」
凪沢さんは信じられない光景を見るかのようにこちらを見ていた。
対して他の連中は、目を合わせることなく下を向いている。
「まったく、手間を取らせおる。紛い物に用はない」
国王の声が聞こえる。
そして合図が送られたのか、騎士達が俺を取り囲み始めた。
視界が揺れる。頭が痛い。未だに信じられずにいた。どうしても俺は信じたかったんだ。
「そん、な……やめろ! 放せ!! た、助けてくれ!!」
「「「「……………………」」」」
俺の声に、誰一人返事をしない。
まるで他人事のように、見て見ぬふりでやり過ごそうとしているのが明白だった。
身体の感覚がよくわからない。でもひとつだけ、この光景を見てようやく確信した。
俺は裏切られたんだ。
人間というのは単純で、自分の身が一番可愛いものだ。
だから、連中にとって俺は都合のいい道具にすぎなかった。
自分たちが生き残るための、生贄に過ぎなかった。
勇者の証なんてものは無いはずだ。
ただ単純に騙しやすい俺を選んだに違いない。
指名が分かれてしまえば全員が疑われる可能性もある。
だから、俺を、選んだってのか……。
「そうかよ、そういうことかよ……少ない犠牲で生き残れるなら、これ以上のことはないよなぁ!? なぁ!? 圭吾!!」
「……」
なんだよ、それ。
俺達、友達だったんじゃないのかよ。
どうしてこっちを見ない。
どうして俺に投票した。
圭吾、お前だけは信じていたのに。苦しそうな表情してんなら変われよ。
凪沢さん、お願いだから助けてよ。泣いてないで助けてよ。
弦田、いつもの元気は何処に行ったんだよ。無罪を訴えろよ。
野間、なんでお前はいつもうざいくせに、今日に限ってシリアスぶってんだよ。
ふざけんな。ぜってぇ許さねぇ……。
「憶えておけよ!!! 必ず復讐してやる!! たとえ地獄に落ちても、お前らのことは許さねえからなああああああああああああああ!!!!」
「静かにしろ!」
ドンッ!!
叫んで間もなく、鈍い音が後頭部に響いた。
そこからの意識はない。
そして気付いた時には、俺はどこかの洞窟に軟禁されていたのだった。
「今日からお前は一生をここで過ごす。命があるだけ助かったと思え。勇者様方の進言がなければとっくに殺していた」
誰か何か言ったみたいだが、俺の耳には届いていない。
「おめでとう、偽物。お前は今日から俺達の奴隷だ。牢獄の生活、楽しめよ?」
こうして俺は異世界に召喚され、二日目にして軟禁生活を始めたのだった。
○○○○○○○○○○○○
そして、あれから二年近く経過した。
異世界に召喚され、偽物の勇者や悪魔などと蔑まれながらも、俺は生きている。
泥水と残飯を与えられていた俺は、それを食べてでも二年間を生きながらえている。
「おら、お前の知人たちはお前と違って凄いなぁ。きっとこんな糞みたいな飯なんて食ってないだろうぜ」
「……」
ベチャ。
看守が煽るように新聞紙を投げつけてくる。
俺はそれを手に取って読み始めた。
今でも、俺が修学旅行の最中にこちらの世界へと召喚された翌日のことは鮮明に憶えている。
忘れた日はない。
こちらの世界の一年は562日だと看守から聞いたことがある。
つまりあれから約千日。俺は一日たりとも忘れたことはない。
全てはそれだけの為に、俺は命を繋いだ。
グシャ。
手に持っている新聞を、無意識に握りつぶしてしまう。
そこに書いてある記事は、俺の心を焚きつけるにはもってこいだったからだ。
どうして俺はこんな所にいるんだ?
なんでこんな糞みたいな飯を食わされて、生きていなきゃいけないんだ?
あいつらだけ優遇されるなんて、おかしいよなぁ……。
そうだよ、あいつらだ。
「許せるわけないよな。そうだよなぁ……」
新聞の一面に掲載されていたのは、勇者たちが各地に散らばり、仲間たちと共に人々から称賛を浴びている記事。
どうやら連中は二年の時を費やして世界を支配していた魔王を倒したらしい。
嬉しそうな表情の四人が記事に載っているのを見て、やけに血が騒いだ。
「はは、あはは……」
そろそろ、この泥臭くて狭っ苦しい軟禁生活に終わりを告げるとしよう。
待ってろ、屑ども……。
「復讐してやる……俺を貶めた奴、一人残らずぶちのめしてやる……」
俺は一人、住み慣れた檻の中で笑った。
見慣れた鉄格子。低すぎる天井。寝心地の悪い土のベッド。着心地の良いボロ布で作られた囚人服。
こいつらともおさらばだ。
「ぶっ壊してやるよ、何もかも……」
気分がいい。
全ては、ここから始まるんだ。
俺はあいつらの称賛も栄光も努力も……すべてぶっ壊す。
見ていやがれ、俺をこの世界に呼んだこと、慈悲をかけて生き地獄を見せたこと、全部公開させてやる。
かくして勇者は復讐者となる。
これは、そんな勇者が世界を三度救うまでの物語だ。




