第六話:国境を越える
さて、がっかりしたあたしは、「ここで泊っているヒマは無いと思います」と言うと、魔法使いのルーカスさんから、「泊まらないなら、そのかわりに助けてくれたお礼だ」と、変な拳銃をもらった。魔法銃だそうだ。全体的に丸っこく、金色で、なかなかカッコいい。口径があたしの手首くらいあり、撃つたびに、一発ずつ弾倉に入れる単発方式というものらしい。金属製だけど軽くて、あたしでも片手で撃てそうだ。銃の横に安全装置のレバーがある。一ダースある弾が装着されたベルトをくれた。その際に、ひとつだけ、「この弾は欠陥品だ」と言って、ルーカスさんが抜き取った。「脱出」と横に書いてあった。何のことだろう?
とりあえず、あたしはそのベルトを腰に巻き、銃を右にぶら下がっているホルスターにおさめる。弾は全部で十一発ある。今までは孤児院で支給された、だらんとした茶色のワンピースを着ていたんだけど、ベルトで腰が引き締まって、見栄えがよくなった。なんだか、あたし、カッコいいぞ。家の前で銃をかまえたり、カッコつけていたら、ゲッ! 下の方から警察がやって来るのが見えた。二人いる。もう来たか! しつこいぞ!
ルーカスさんには、あわててお礼を言って、登り坂を走って逃げる。警官も走って登ってくる。ゼエゼエ、息を吐きながら山道を登るが、追いつかれそうだ。後ろを見たら、もう目の前に警官が迫って来た。やばい! しょうがないので、この魔法銃とやらを使ってみることにした。
魔法使いのルーカスさんに説明を聞くヒマがなかったので、よくわからないけど、何だか、銃弾の横にそれぞれ、「火」とか、「冷水」とかいろいろ書いてある。警官でも火だるまになるのはかわいそうかと、「冷水」弾を撃つかと思ったら、「雪の固まり」ってのがある。面白そうだと、「雪の固まり弾」を込めて、警官たち目がけて発射した。すると、銃口からポトンと小さい雪の球が発射されてコロコロ坂道を落ちていくんだけど、それが段々大きくなっていく。警官たちが悲鳴をあげて、あわてて、踵を返して逃げ出したが間に合わず、二人とも、雪の球の中に巻き込まれて、雪だるま状態で遥か下まで落ちて行った。大丈夫かなあ。まあ、とりあえず、当分は追いかけて来ないだろうから、ちょっとほっとした。
ふう、疲れた。とは言え、休んでいるヒマはない。あたしは再び、山を登ることにした。しかし、いずれは追手が来るだろうなあ。全く、あたしは人殺しじゃないよ、警察はもうちょっと、ちゃんと調べんかい! ヒイコラ言いながら、ずいぶんと高いとこまで登った。雲の上まで来たぞ。雲が広々と海のように広がって見える。きれいだけど、ゆっくりと見てるヒマはないな。周りは木とか少なくなり、岩が増えてきた。あたしは、ますます疲れてきたし、だいぶ寒くなってきたぞ。歩けど、歩けど、岩だらけ。いつまで経っても、登り坂。切り立った崖があったりと、道も険しくなってきた。お腹が減ったけど、アレックスたちにもらった食料は、もう全部食べちゃったし、疲れて、ヨロヨロしながら登る。岩も少なくなり、砂ばかり。何だか風景がますます荒涼としてきたなあ。しかし、まだまだ、いつまで経っても、登る一方だ。疲れたんで、休憩。へばって、地面にバタンと横になる。このまま国境を超えられずに、ここで死ぬのかって、そんなのいやじゃ。
ぐったりとうつぶせで、横になっていたら、「ピヨ! ピヨ!」とかわいい生き物がこっちに鳴きながらやって来た、と言うか、何者かに追われているようだ。ヒヨコみたい動物だな、羽毛は白いけど。あれ、ズルズルと追いかけているのは蛇だ。しかし、二匹ともどんどん大きくなるぞ。あたしの目が悪くなったのかと思ったら、違う。ヒヨコはあたしの腰くらいまである。ということは、追っかけているあれは、すげーでっかい蛇だ。近づいてきたヒヨコは、立ち上がったあたしの後ろに隠れる。大蛇は、ヒヨコを守ろうとしたあたしに、でっかい口を開けて襲いかかって来る気配だ。これは仕方がない、一番強力そうな、「火」って書いてある弾を魔法銃で発射したら、見事、大蛇の頭に命中した。けど、炎というよりは花火みたいだな。しかし、大蛇はびっくりしたのか、崖から転げ落ちて行った。ヤッホー! ヒヨコを助けて、大蛇を退治した! とあたしは飛び跳ねる。
すると、「助けてくれて、ありがとうございました」と、ヒヨコがお礼をしてきたのでびっくりする。人の言葉をしゃべれるのか、このヒヨコちゃん。触ると体毛が柔らかく、かわいいな。おまけに抱くと暖かいので、寒さが少し和らぐ。
しばし、ヒヨコちゃんと遊んでいると、あれ、急に辺りが暗くなったぞ。大きい影が覆ったと思ったら、いつの間にかバカでかい鷲が二羽、あたしの前後に着陸した。人間の大人の三倍はあるぞ。こりゃ、絶対に敵わん。
ひえー! と腰を抜かして、「あたしはこのヒヨコちゃんを助けたんです、誤解しないでください」と叫ぶと、「わかってます」とやや小さい方の鷲さんがしゃべった。声が柔らかい。お母さん鷲かな。この二羽は夫婦じゃないかなと思って、「もしかして、このヒヨコちゃんのご両親ですか」と聞いてみた。「そうだよ、ちょっと嫁と二人で巣を留守にしてたら、蛇の奴が襲って来たらしいな、うちの息子を助けてくれてありがとう」と巨大なお父さん鷲が、渋い声でしゃべった。横顔がなかなか凛々しくて、素敵だ。このかわいいヒヨコちゃんも、いずれはこんな巨大で恐ろし気だけど、カッコいい鷲さんになるんかいな。
そうだ、いい事を思いついたぞ。この巨大な鷲さんにお願いすれば、ひとっ飛びで国境を越えられるんじゃないかな。「申し訳ありませんが、あたしは無実の罪で警官に追われているんです。国境を越えたいので何とかなりませんか」と頼むと、ヒヨコちゃんを助けたせいか、鷲さんはあっさりと引き受けてくれた。
と言うわけで、あたしは巨大なお父さん鷲の背中に乗って、手は首に回す。鷲が飛び上がって、ヒヨコちゃんには手を振って、お別れする。ヒヨコちゃんは片足を振っている。あっという間に空高く、ぐんぐんと昇っていく。この前、アレックスとクリスたちと作った気球より遥か上空を飛んでいく。あんまり高く飛ぶんで、怖くて、思わず鷲さんの首を絞めちゃった。「おい、苦しいぞ!」と鷲さんに怒られる。すいません。「怖いなら、下ではなく、遠くを見なさい」とアドバイスされた。怖いけど、少し爽快な気分。おお、山も川も森も村も、全てミニチュアのように見えるぞ。すーっと、あっさり山を越えて、隣国のカクムール王国に入った。適当にどっかの村近くのちょっと大きい川岸に着陸した。巨大な鷲さんには、お礼を言って、お別れ。あたしが手を振るなか、鷲さんはまた、颯爽と元の山に戻って行った。
だいぶ陽が落ちてきたんで、近くの村へ行くことにした。さて、どうしよう。とりあえず、あたしは冒険者なんだから、冒険者ギルドを目指すことにしようと決めた。そこら辺を歩いている人たちに、言葉が通じないので、身振り手振りで何とか教えてもらって、近くの村の冒険者ギルドに行く。
村の端っこにある、小さい二階建ての冒険者ギルドの建物に入ると、ヒゲ面で、体のでかい怖そうな顔をしたおっさんが、カウンターに、腕を組んでムスッとした表情で座っている。思わずビビった。けど、ここは強引に行くしかないと、ギルドに登録してくれと頼んでみる。しかし、言葉が通じないから、追い出されそうになる。もう、入口の扉に食い付いて、ただ、ひたすらギャーギャーわめいたら、根負けしたのか、登録してくれた。さっきのヒゲ面のおっさんは、この冒険者ギルドの主人みたい。
で、身振り手振りで依頼されたのが、またもや最弱スライム退治。村の周辺に出没しているらしい。まあ、しょうがないね。あたし一人しかいないパーティだから。この場合、パーティって呼ぶのか知らんけど。
さて、今日はもう疲れたし、もう辺りは真っ暗で、お腹は空っぽだけど、お金も無いし、野宿するしかないなと思ったんだけど、適当な場所が無いな。この辺りに、どんなモンスターが出てくるのかもわからないし。そうだ、冒険者ギルドの屋根の上なら比較的安全だろうと、建物の側の木を登って横枝を伝いながら、二階建てのギルドの屋根の上に飛び降りて、なんとかしがみついた。屋根は斜めになっているので、注意深く横になる。夜だと寒いが、仕方がないね。
夜の空は、満天の星空。こんなに星空とはきれいだったのかと驚く。今までは、実家とか孤児院だったり、アレックスとクリスたちの家とか、あたし自作の鳥小屋で寝ていたんで気がつかなかった。星々を見ながら、孤児院のマリア先生を思い出す。授業では、いろんな星座を教えてくれたなあ。全部、忘れちゃったけど。もう二度と話せないし、怒られることもないし、ケンカもできないんだ。今、思い出すと散々迷惑をかけたなあ。謝りたいけど、もうこの世にはいないんだなあと悲しくなった。
そんな風に感傷的になっていたら、体がズルズルと滑っていく。やばいと思って、手で屋根の上を押さえたが、もう手遅れ。端っこまでスーッと滑っていく。下に落ちそうになって、屋根の軒先を両手で必死に掴んで、足をバタバタさせて、「助けてー!」と悲鳴をあげていると、突然、窓が開いて、でかい腕があたしの体を掴んで、建物の中に引っ張り込んでくれた。さきほどのヒゲ面で怖い顔した冒険者ギルドの主人だ。何を言っているかわかんないけど、どうやら、「お前は寝るとこがないのか」って聞いてるようなんで、「そうです、そうです」とうなずくと、毛布をくれて、一階のロビーの隅っこで寝ることを許してくれた。おまけに、あたしがお腹がすいてるのがわかったのか、お菓子のチョコレートをくれた。顔は怖いが、いい人だ。




