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第一話:マルセル孤児院

 剣と魔法の国、ナロードリア王国の片田舎にあるマルセル孤児院。

 あたしは、マリア先生から、「エイミー、あなたは今日から二階の部屋ですからね」と言われて、一階の大部屋から二階の二人部屋に移ることになった。年齢も十三歳になったし、この孤児院では年長組になったからだけど、その二人部屋で暮らしていた子が、突然、脱走して行方不明となり戻って来ないもんだから、ベッドが空いたことも理由の一つだ。ただ、あんまり二階の部屋に移るのは気が進まなかった。一階の大部屋にいたほうが、大勢友達がいて楽しかったからね。


 この孤児院の子供たちは三十人いて、全員女の子。一階の大部屋の消灯時間は午後九時なんだけど、その時間を過ぎても、けっこう夜中まで起きていて、みんなで毎晩、遊んだり騒いだりして楽しかった。どうも、あたしは男の子っぽいらしく、似たような子たちと一緒に定番の枕投げをやったり、ベッドの上で飛び跳ねて天井に手をつこうとしたり、紙で作った剣でチャンバラごっこをしたりと、大はしゃぎ。他にも、紙袋に息を入れて丸く膨らまして、上に叩いたり、蹴ったりして、部屋の空中をその紙袋が行きかうゲームをして遊んだりした。自分のベッドの上にその紙の球が落ちたら負けになって、部屋の掃除を一人でやるはめになるので、これも、みんな必死になって球が落ちてこないよう、夜中に大騒ぎ。おとなしい子には大迷惑だったらしいけどね。


 この大部屋で夜中に遊ぶときの、あたしの一番のお気に入りは、ドラゴン退治ごっこ。枕や毛布、予備のパジャマ、小型のタンスなどをうまく重ねて作ったドラゴンを倒す空想劇ね。あたしは、ベッドの下をくぐったり、床に迷路のように配置した毛布の中を這いずり回りながら、すっかりダンジョンを探険している気分になり、各ベッドにいるモンスター役の子を剣で倒す。モンスター役の子たちは、おおげさに悲鳴をあげて、ベッドの上で倒れる。中には、ベッドの上から棍棒で殴りかかってくる子をいる。あたしは、棍棒を取り上げ、返り討ちにする。毛布ダンジョンをさらに奥へと進んでいくと、しまった! タンスでふさがれて、行き止まりだ。これはモンスターの罠だ。引き返そうとすると、三人くらいで、襲いかかってくるが、あっさり倒す。


 あたしは、再び毛布ダンジョンを、目的地まで目指して、最下層まで下りていく。ついに、ラスボスのドラゴンのいる大広間にたどり着いた。あたしは興奮して、大部屋の一番奥にいる毛布ドラゴンを剣で討伐する勇者になりきって、真夜中に、「観念しろ、ドラゴン!」と大声で叫んで、毛布ドラゴンと格闘、最後にはカッコよく倒した気分になって、剣を振り回したりしていた。モンスター役の子や毛布ドラゴンを動かす黒子役の子たちには、やたら勇者の役をやりたがるあたしにうんざりしていたらしいけどね。

 

 あとは、これまたお決まりの怪談大会で、廊下の端っこのトイレに幽霊が出現するとか、窓から女の子が部屋をのぞいていたが、お腹が切り裂かれていたとか、食堂の壁にかけてある鳩時計の鳩は、深夜二時に血まみれになって内臓をくわえて出てくるとか、ロビーに飾ってある絵から薄気味の悪いモンスターが飛び出てくるとか、まあ、あたしには全然怖くない話。それから、この孤児院の二階から悲鳴があがったり、ごくたまに床の下から変な声や、妙な音が聞こえてくるっていう噂もあって、みんな聞いたって言うんだけど、あたしは覚えがないな。


 一階には大部屋が二部屋あって、それぞれ、児童が十人ずつ生活している。部屋はかなり大きく、ベッドが十台とそれぞれ個人用の小さいタンスが置いてある。ベッドの間隔にはけっこう余裕があって、あたしは真夜中に、「いつか絶対魔法使いになるぞー!」と叫びながら、ベッドからベッドへ飛び移って、跳ね回り、これまた、おとなしい子に迷惑をかけていた。ところで、隣の部屋のリーダー格は、あたしより一つ年下のスザンナって、黒髪の子。けど、体はあたしよりかなりでかく、いつも自分のことを、「あたい」と呼んでいる。


 この二部屋が合同で夜中に遊ぶことがあり、その中で特に面白い遊びは勇者対魔王ごっこね。もちろん、あたしが勇者の役。剣を振り回して、「ヒーローは一人で戦うもんよ!」と叫んで、カッコつけたりしていた。まあ、あたしは女だから、この場合はヒロインなのだろうか? どうでもいいか、そんなこと。


 この勇者対魔王ごっこは、隣の部屋と一週間、毎晩交代で勇者部屋と魔王部屋に別れて、夜中に勇者パーティが魔王部屋に潜入し、魔王役の子がかぶっている紙で作った魔王の王冠を奪って自分たちの部屋に持って帰れば勝ちとなる。この遊びの時間帯は、午後九時の消灯後から午後十一時までの二時間と決めている。なぜ、午後十一時で終わりかというと、毎晩、その時間過ぎくらいに、マリア先生やシャルロッテ先生が見回りに来るからだ。この間に、いつ勇者たちが来るかわからないから、魔王側になった方は、けっこう緊張する。まあ、あたしたちが暴れているのに関係なく、いびきをかきながら爆睡している子もいるけどね。


 それで、あたしたちの部屋が勇者役の時、一旦、一人の子がランプを持って玄関から外に出て、窓から魔王の部屋に入ると見せかけて、窓際にいた魔王役のスザンナが廊下側に後退したところを、毛布のバリケードでふさがっていた部屋の扉をぶち破って、堂々とあたしたち勇者パーティが突入、「覚悟しろ、魔王!」と叫んで、魔王スザンナに剣で斬りつける。しかし、あっさりと魔王スザンナは剣を手で受け止めて、あたしからそれを奪い取り、両手で引きちぎる。魔王スザンナは、「かかって来い、勇者!」と棍棒で殴りかかってくる。あたしもそれを素手で受け取って膝で簡単にへし折る。


 剣も棍棒もペラペラの紙製だから、子供でも、引きちぎったり、へし折ったりできるのは当然ね。その後もけっこう熱中して、あたしは魔王の王冠をかぶっているスザンナと掴み合いになり、ついには、部屋から廊下にまで転がり出てしまい大騒ぎになった。まあ、いつものことね。別にケンカじゃないよ、一種のスポーツみたいなもんね。


 そんなこんなで、毎晩騒いでいたので、いつもマリア先生に怒られていたけどね。罰として、トイレ掃除をやらされていたら、あたしの大嫌いなムカデがいっぱい出てきて、思わず悲鳴をあげたら、マリア先生は平然とその害虫どもに熱湯をかけて退治した。なかなか男勝りの先生ね。


 孤児院では読み書きや、その他の授業もやっているけど、意外にもあたしは静かに聞いている。と言うか、夢うつつな感じかな。夜中に暴れているからだろうね。ちゃんと机に座っているけど、ほとんど寝ているのと変わらないな。授業の方は、マリア先生は怖いので、みんなおとなしく聞いているけど、シャルロッテ先生は気が弱い女性なんで、みんな、なめきっていて授業を聞かないで騒いだりすることがある。そういう時は、あたしは立ち上がって、教科書をバシン! と机に叩きつけて、「静かにしろ!」と騒いでいる連中を怒鳴りつける。教室の中は、あっさりと静寂につつまれる。授業が終わったあと、先生にこっそりお礼を言われたりしたけど、実は単にあたしが授業中に眠るのを邪魔されたくないだけでもあったりする。いいかげんな教え子ですみません、シャルロッテ先生。


 あたしにとって、一番眠いのは、算数の授業ね。さっぱりわからないので、毎回、居眠り。あんまり寝ているので、年長組のカロリーンやソフィーによく起こされた。この子たちは頭が良くて、先生の補助とかをやっている。二人とも金髪の毛をおさげにしていて、背恰好がよく似ているけど、眼鏡をかけている方がカロリーンで、かけてない方がソフィーね。


 カロリーンは頭がいいけど、ちょっと、おっちょこちょいでドジっ子なところがある。眼鏡を頭の上にかけて、「眼鏡が無くなったあ!」と騒いだり、何度も給食当番の日を忘れたりする。先生の代わりに授業をすることもあるんだけど、なぜか算数の時間に、国語の授業をやったりする。頭がいいのに、なぜそんな間違いをするのか、不思議だなあ。


 ある日、カロリーンが全員分の給食のスープが入ったバケットを食堂まで運んでいるときに、廊下ですッ転んじゃって、バケットをひっくり返して中身のスープを台無しにしちゃったことがある。みんなから責め立てられて、カロリーンは大泣きしていた。あんまり泣いているので、かわいそうになって、あたしが、「スープを一食抜いたからって、死ぬことはないよ!」とかばったら、それを見ていたマリア先生に、「エイミー、後で私の部屋に来なさい」と言いつけられた。それで、また何か怒られるのかとビクビクしながら、先生の部屋に行ったら、「エイミー、さっきの行動は素晴らしいわよ。カロリーンは悪気があって、スープをこぼしたわけではないし、人にやさしくすることはいいことよ」と褒められた。普段は、先生から怒られてばかりなので、あたしはものすごく嬉しかった。先生の部屋を出て、廊下を飛び跳ねる。まあ、次の日から、再び、夜中に暴れて、怒られる日々に戻ってしまったんだけどね。


 それで、廊下でカロリーンに会ったら、ついさっきは大泣きしてたのにニコニコ笑っている。「カロリーン、さっきのあれは嘘泣きかよ」と聞いたら、「本気で泣いたんだけど、事が収まったので、もう泣く必要はないでしょ」とケロッとしている。なんだか、バカにされたような感じがするなあ。まあいいか。この子が変わった子であることは確かだな。


 ソフィーの方は、表面的には、お堅く真面目な印象。ただ泣き虫なところがある。と言うか、突然、泣きはじめる。以前、雨が降っていて外の運動場で遊べないので、孤児院の一階の廊下で、友達と鬼ごっこをやったり、幅跳びやったり、短距離走やったりして、走りまくっていたら、「廊下を走ってはいけません。この行為は規則違反ですよ」と先生みたいに注意された。なんとなく偉そうな態度にムカついて、「じゃあ、火事のときも走ってはいけないの」と屁理屈をこねたら、「それは例外です」と答えるんで、「じゃあ、今日は雨が降っているから例外ね!」と遊びを再開したら、いきなりソフィーが泣き出してしまい、先生の部屋に駆け込んでしまった。別に、泣かなくてもいいのにと思っていたら、いつの間にか、あたしが彼女を虐めたことになっていた。例によって、マリア先生の部屋に呼びつけられ、怒られてしまった。「あたしはソフィーを虐めてない」と反論しようと思ったけど、ソフィーがもっと泣くと、かわいそうだし、ちょっとうるさくもあるしなあと思い我慢した。やれやれ。


 先生に怒られながら、もう廊下で走って遊ぶことが出来なくなって、つまらんなあと思っていたら、先生のごみ箱に紙がいっぱい捨ててあったのを発見した。よし、紙飛行機でも作るかと、部屋を出るときにそれを拾って、大部屋に戻って、ベッドの上で大量に紙飛行機を作った。紙飛行機っていろんな形があるらしいけど、あたしは頭が悪いので、一種類しか作れない。一番、単純な形をした紙飛行機だ。気がつくと外が晴れてきたので、それらを持って、何も置いてない屋根裏部屋のちっこい窓から、屋根の上によじ登って、煙突に寄りかかって紙飛行機を飛ばして楽しんだ。


 ほとんどが、五秒くらいで地面に落ちてしまうが、中には落ちそうになって、再び浮かんで、十五秒ほど飛ぶのもあった。近くに魔法使いがいて、イタズラしているのではとキョロキョロと周りを見るが、誰もいない。全部同じ形の紙飛行機で、飛ばしているのも同じあたしなのに不思議だなあ。そうやって、紙飛行機を飛ばして遊んでいたら、きれいな夕焼けになったので眺めていたら、鳥さんたちが大勢、夕日に向かって大空を飛んでいくのが見えた。ああやって、自由に飛べるってのは気分がいいだろうなあと、その時あたしは思った。

 

 そんなふうに、きれいな夕焼けを見ながら、屋根の上にたたずんでいたら、マリア先生が屋根裏部屋のちっこい窓から顔を出した。これはまた怒られるとビクビクしていたら、妙にやさしい口調で、「エイミー、怒らないから、ゆっくりと下りてきなさい」と声をかけられた。後で、わかったのだが、おっちょこちょいのカロリーンが、屋根の上に立っているあたしを見て、飛び降り自殺をしようとしていると勘違いして、騒いだらしい。それを聞いたソフィーが、「私のせいだ! 虐めなんかしてないのに、そういう風にされて、エイミーはショックを受けたんだ、どうしよう!」とまた泣きながらおおげさにわめいて、マリア先生の部屋のとこに飛び込んだようだ。直前に、あたしはマリア先生に怒られていたので、先生もびっくりして、焦って屋根裏部屋から呼びかけたってことみたい。


 結局、単に紙飛行機を飛ばして遊んでいただけってことがわかって、また、マリア先生の部屋でガミガミと怒られてしまった。「怒らないって言ったじゃないですか」と反論したら、ますます怒られた。おまけに、用務員のフィリップ爺さんからは、ゴミをまき散らすなと怒られた。飛ばした紙飛行機は全部、回収させられた。踏んだり蹴ったり。


 さて、正直に言うと、あたしもこの窮屈な孤児院生活から、そろそろ脱走したいと考えているんだけど、友達と別れるのは寂しいなあと思っていて、どうしようかなと迷っている。また、実際のところ、脱走した後、どこに行けばいいのかわからないし、どうやって生きていけばいいのかと考えると、踏ん切りが付かずにいた。自分としては冒険者ギルドに登録して、颯爽と冒険者として活躍したいんだけどなあ。十三歳じゃあ、無理なのだろうか? この前、脱走した子はどこで何をしているんだろう。


 この孤児院の先生は、ハゲで偉そうな口ヒゲを生やしているエベレス院長と、背が高くて、眼鏡をかけているマリア先生、小柄でおとなしそうなシャルロッテ先生の三人。あと、先生じゃないけど、あたしたちに食事を用意してくれる給食担当の陽気なアナベルおばさん。ただし、アナベルおばさんは、最近、腰が痛いようで心配だ。たまに、あたしがみんなに呼びかけて、かわりばんこで腰を揉んでやっているのだが、子供の力じゃ弱いのかあんまり効果が無いみたい。


 それから、この孤児院で、男性は院長と用務員の白髪頭のフィリップ爺さん、そして、この孤児院の代表者のマルセル事務長だけ。なんでマルセル孤児院と言うと、マルセルさんのお爺さんが四十年前に創設したからで、孫の名前も同じマルセルだ。この孤児院の経営は、マルセルさんのお爺さんの遺産で成り立っているみたい。


 マルセルさんは、本来は医者なんだけど、ここでは事務長という職名なんだ。体が弱いようで、二階の一人部屋で療養中。実はほとんど何にもしていない。ごくたまに児童の養子縁組に立ち会ったりとかはしているようだけど。普段は部屋で本を読んだり、趣味の絵を描いたりしているだけのようで、たまに調子の良いときは、孤児院の周りとかを散歩するだけのようだ。病気の治療のため、いつも同じ馬車会社の御者の人を雇って、馬車を走らせて外国まで行くことがあるようで、数日、孤児院を留守にする時がよくある。ご両親は若くして、病気で亡くなったそうだ。かわいそう。そういう家系なのかな。いや、家系とか言っちゃいけないのかな。


 二階に移るとき、色白で、端正な顔立ちをした長身のマルセルさんに、偶然廊下で会った。ちょうど、病院から戻って来たのか、御者の人も一緒だ。あたしが挨拶をしたら、「今日から二階の部屋に引っ越しだね。同じ部屋の子とは仲良くしあげてね」と穏やかな笑顔で、やさしく言い聞かせるようにおっしゃった。もしかして、マルセルさんは、あたしの今までの悪行を全て承知の上で、釘をさしたのかもしれないな。


 ちなみにマリア先生はベテラン。シャルロッテ先生は、最近ここに就職したまだ若い女性。子供の扱いに慣れていないのか、あたしのような暴れん坊たちに手を焼いていて、フィリップ爺さんによく愚痴を言っている。エベレス先生は雇われ院長だ。ちなみに、マルセルさん以外は一階の部屋に、それぞれ個室に住んでいる。


 この孤児院は木造二階建てで、地下には、小さい清掃道具用の倉庫がある。二階建てだけど、かなり天井が高くて、建物全体はなかなか立派で風格のある外観だ。それぞれの部屋もかなり広々としている。玄関の上には、魔よけかなんか知らんけど、モンスターの彫像が飾ってあるのだが、なぜか壊れていて、胴体と翼くらいしかない。ドラゴンの像だったのだろうか。直さないのは、修理代が無いのか、節約のためか、それとも単に面倒くさいからかな。


 その玄関から入るとロビーがあり、来客用のソファなどが置いてあるのだが、壁に妙な大きい抽象画が飾ってある。変なモンスターの鉤爪のような模様が何枚も重なっていて、全体としてはウネウネしたデザインで、ヘンテコな絵だなあと見るたびに思う。マルセルさんが、趣味で描いた作品のようなんだけど、正直に言うとどこがいいのか、あたしにはさっぱりわからないけどね。この絵に似たような作品が、他に、なぜか二枚地下に飾ってある。階段で地下室に下りると、小さいスペースがあって、右に清掃道具用の地下倉庫の扉があるんだけど、それ以外に、正面の壁に一枚、左の壁に一枚と、普段は用務員のフィリップ爺さんしか来ない場所に、そのヘンテコな絵が飾ってある。飾っているのではなく、置き場所がないので、地下に置いてあるのかな。


 一階のロビーを通り過ぎると、廊下があって、右側に児童用の大部屋が二部屋と食堂があり、左側には事務室や先生方の部屋、応接室、炊事場、風呂場、トイレ、事務用倉庫などがある。立派な建物と言っても、築四十年経っているので、それなりに建物が傷んできたのか、子供のあたしでも廊下を歩くとギシギシと音がする。


 二階には、マルセルさんの個室以外に、授業室、それから、年長者の児童用の部屋が五室あり、それぞれ、二人部屋。一階の真ん中くらいに、二階へ上る階段があるが、踊り場はなく、けっこう急勾配だ。降りる時に階段を踏みはずしたら転げ落ちて大ケガしそうなので、この階段を怖がる人もけっこういる。


 けど、あたしはその階段の手すりにお尻を乗せて、滑り台のように滑って遊ぶのを楽しんだ。あたしはそれを、「階段手すり滑り台遊び」と名付けた。そのまんまの名前だね。あたしにはセンスがない。サーっと勢いよく二階から降りて、一階の手すりの最後の平らに伸びている部分を使って、一気に飛び上がってカッコよく着地する。友達と競い合って、「階段手すり滑り台」を降りて、着地する距離を競い合った。面白くて何度もやっていたら、他の児童たちにも流行ってしまい、結局、それを真似した子が手すりの途中で、一階に落っこちてしまった。その子は、ちょっとしたケガをして、またまた、あたしはマリア先生に怒られてしまい、「階段手すり滑り台遊び」は禁止となってしまった。あたしが残念がっていたら、用務員のフィリップ爺さんが、運動場に滑り台を作ってやろうと言い出したんだけどね。


 さて、二階の部屋に引っ越すことになったのだが、あたしは、一歳年上のストレートの金髪で、色白のすごいきれいな女の子と同部屋になった。前から知ってはいたけど、あらためて見ると目が大きくて、まつ毛が長く、鼻がスッキリと高い。背もスラリとして、まるでどこぞのお嬢様みたいだ。あたしみたいに浅黒い顔して、何かというと、ギャーギャーわめき声をあげる生意気で、茶色い髪の毛がボサボサの可愛げのない子とは全然違うなあ。羨ましい。


 部屋に入ると、その子は読んでいた難しそうな本を閉じて、あたしを見て、何だかおどおどしている。一応、向こうは年上なんで、あらためて挨拶することにした。

「あたしはエイミーです。今日からこの部屋に移りました。よろしくお願いします」

「こ、こんにちは、ユリアーナです。よろしく」

 何だか、その子は声も小さいし、その後もおどおどしている。あたしは、この子と話したことはないけど、虐めたこともないので、なんで、おどおどしているのかと不思議だった。単に気が弱い子なのかなあ、それとも大部屋で暴れていたあたしの悪い噂でも聞いて、怖がっているだけなのかと、その時は思ったんだけどね。


 あと、あたしは他の子を虐めたことはないぞ。ケンカは、相手が年上だろうが先生だろうが、散々やったけどさ。他には、用務員のフィリップ爺さんに馬の糞を投げつけたことがあるけど。何でそんな事をしたのかというと、それはフィリップ爺さんが、「階段手すり滑り台」の代わりに、孤児院の前の運動場に作った木製の滑り台を、その日のうちに壊しちゃったのに怒って、爺さんがあたしたちの尻を蹴りまくったのが原因だ。あたしに馬の糞を投げつけられて、爺さんはますます怒ったけど、アナベルおばさんが仲裁に入って、なんとか爺さんの怒りはおさまったようだ。おっと、いい忘れてたけど、ちなみにフィリップ爺さんとアナベルおばさんは夫婦。それにしても、フィリップ爺さん、簡単に潰れて壊れるような滑り台を作らんでほしい、危ないじゃないか。


 それはともかく、引っ越したその夜、二階の部屋のベッドで寝ていると、雷が鳴って、雨がザーザーと降ってきた。あたしは雷が好きだ。遠い方から、ゴロゴロと音がしてくる。雷が落ちて光る。それがどんどん、こっちへ近づいてくる。なんだかワクワクしてくると、稲妻がピカッ! と光って部屋を照らし、少し経つと、ドーン! と音と振動が響き渡るのが面白い。大部屋の他の子には、雷が大嫌いな子もいたけど、「雷というものは、金属とかよりも、背の高いものに落ちるのよ」とマリア先生が授業で教えてくれた。そうすると、あたしたちは子供で背が低いから、全然大丈夫じゃん。平気、平気!


 そんな事を考えていたら、雷鳴が響き渡る中、廊下をこっそりと歩く音が聞こえてきた。ギシギシと音がする。あたしたちの部屋の前に止まる。夜中に誰かが、そっと扉を開けて、中に入って来た。あたしは毎日、夜中まで騒いでいるのが習慣だったので、なかなか眠れないようになっていたから、気づいてしまったんだ。けど、マリア先生が見回りに来たのかなと思い、寝たふりをしていると、その人物は扉を閉めて、しばしの間じっとしていて、何だか怪しい雰囲気をかもしだしている。どうやら、あたしが眠っているかどうか確認しているようだ。おかしいな、この人、マリア先生じゃないぞと考えていると、ユリアーナのベッド方に近づいていく。何かゴソゴソしているなと思ってたら、ユリアーナが、かすかに泣いているようだ。しばらくして、その人物は出て行った。扉を開けた瞬間に、稲妻の光で顔が見えた。院長のエベレス先生じゃないか。院長は、夜中に見回りなんぞしないのだけど。


 翌朝、パジャマから孤児院の制服であるワンピースに着替えているユリアーナに、「昨日の夜、エベレス院長が来たけど、何しに来たの」って聞いてみた。そしたら、彼女はびっくりして、あたしの顔を見て、体を震わすだけで何も答えない。「あれ、院長だよね」って、再度聞いても、うつむくだけで答えようとしない。「しょうがないや、院長本人に聞いてくる」と、あたしが部屋を出ようとしたら、「やめて!」と止められて、やっと話してくれた。


 だいぶ前から、毎晩のように院長がやって来てイタズラされるそうで、嫌で嫌で仕方がないとベッドにユリアーナが座って泣いている。「マルセル事務長かマリア先生、またはシャルロッテ先生に相談すればいいんじゃないの」とあたしが勧めたが、「恥ずかしくてそんな事言えない、誰にも言わないで」とますます泣いている。「もっと勇気を持って」と励ましたけど、ユリアーナは、もっともっと泣く始末。「あたしの前にいた子はどうしてたの」と聞いたら、彼女が言うには、いつも熟睡していて気づいていなかったそうだ。本当かなあ、見て見ぬふりをしてたんじゃないの。それとも、その子が脱走したのは、変態ロリコン院長の毒牙から逃げるためだったのだろうか。


 まったく、あたしは院長みたいなこそこそした変態野郎が一番嫌いだ。もちろん、堂々とした変態がいいってわけじゃないけどさ。まあ、あたしには見て見ぬふりなんてできないね。とにかく、ハゲの変態ロリコン院長には制裁をくわえてやらねばならん。あたし一人でやってやる。


 ヒーローは一人で戦うもんよ!

2019/7/8 文章訂正。内容は変わっていません。

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