異世界艶々小噺(つやつやこばなし)【短編】
酒場で良く耳にするあんな話やこんな話。良く聴くと……何やら見えてくる事も御座います。そんな小噺を、おひとつ。
【……此処は話好きな連中が集う酒場……飲み放題で銅貨三十枚。その代わり、時間は二時間だけ。そんな店に一人の男がやって来て、待たせていた相手と話を始めたのだが……】
……済まん済まん、最初から……話すさ。だが、その前に……(おーい、ネーチャン!! ここのコレ、お代わりな?)
……お、来た来た。この店ってさ、新しい杯持って来る度にマメ付けてくれるのな。飲兵衛製造所だよな、ホント。
……ん、待たせたな。ええっと、ありゃ……この稼業に就いて何回目だったか……?
まだまだひよっこだったけどさ、運だけは良かったんだろうな……何せ【常雨の森】から帰って来れた上に、アイツとも一緒になれたんだからな……でもよ、ううん……まぁ、いっか。
……ここの払いと引き換えに、【ダークエルブ】を嫁にした日の事を話せって言われりゃ、ねぇ?
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……依頼なんて、もう少し考えれば俺みたいな素人に毛の生えた程度の奴が、ホイホイ受けて良い訳無いって判る物なのに……。
しとしとと降り続く雨に身体の芯まで冷え切り、俺は何回も繰り返してきた後悔を、また繰り返す。
雨が足跡を隠し、鼻の利く追跡者から逃げるのに好都合にも関わらず、俺はまだ連中から逃げ切れていない。
……理由は簡単だ。
「…………。」
旅は道連れ世は情け、なんて言うが、成り行き任せで連れて来ちまったのが、魔力の塊みたいな癖に、修行不足で魔導の一個も使えねぇダークエルブの娘っこだからなぁ……オマケに並みの言葉も使えやしねぇ……やれやれだ。
俺は無口な連れに、樹のウロに身を隠すように差し向けるが何を勘違いしたか激しくぽかぽかと殴りやがる。どうやら俺が劣情に負けて、一戦始めようと勘繰ったようだ。
生憎、ガリガリペッタン子に欲情するにも、雨降りの野外でオークだかゴブリンだかの集団に追われながらなんて無理にも程がある……そりゃ、命懸けの逃避行って奴だ、ついつい見た目だけでそう考えられなくも……だが、とにかく今じゃない。
面倒になり、小柄な娘の口許に手を当てて、シーッ、と口に指を当てるお馴染みのサインから、俺の身体を使って娘の身体を隠すようにして、奥の手を使う事にした。
……幸い、まだ魔力に余裕は有る。倒れるにはまだ早いが、先の見えない逃避行って奴だ。魔力は温存しておきたいが……まぁ、仕方無いか。
目を瞑り、自分の身体を中心に渦を意識する。
……背中に温かい脈動……うん、コイツ……見た目と同じ位の魔力の練り具合だな。エルブって奴は見た目より、うんと年を重ねた連中も居るからな……って、今はそうじゃない。
……集中し直すと、渦の端に黒々とした異物が……いち、にぃ、さん……七つ。
左右に振れながら、しかし真っ直ぐにこちらへと近付いて来る。匂いか……雨の中でも辿れるとか、有り得ないだろ? ……あ、ペッタン子のせいか、納得したわ。そりゃ、連中にしたら旨そうな上に、甘くてトロリとした舌触りってとこだな、苗床候補だけにな。
……敵前偵察だけの依頼なのに、ついつい細い脚と長い髪にカッとなって、気付けば腕を掴み無我夢中で走り出して今に至るが……まぁ、運が良かっただけだ、ここまでの道のりは。
真っ直ぐに逃げると見せかけて、一度連中の集落近くまでぎりぎり近付いて、一気に反対側にひた走り、上手く追っ手を撹乱しながら追跡する連中を散り散りに出来た。お陰で今追って来ている連中は……最悪の【同業者】みたいな奴らだが。
意識の集中を変えて、まず俺の背中に有る温かい気を樹と同化させる為に、根と幹の上下に塗り込みながら静かに引き伸ばす。やがて落ち着いた気配と共に、背中の気がゆっくりと揺めき、リズムの心拍が引き伸ばされていく。眠りに近いリズムを取り、催眠状態になった事が判る。
……さて、次は自分の番だ。
次第に近付く黒い気配を意識の中から打ち消して、俺も同様に樹の幹と同化するよう、ゆっくりと呼吸を落とし…………次第に…………意識を…………
…………眼を閉ざしているが…………目の前に…………現れた……牙剥き出しの連中の…………ケモノじみた息が…………俺の眉間に当たる…………。
…………諦め悪い奴だな…………今、眺めてるのは…………『ヒトに良く似た樹のコブ』なんだよ…………判れっての、このブタ。
…………そーそー、回れ右。…………はい、さよならー。
…………。
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「……おまえ、おきろっ!!」
ばすん。と脇腹に拳がめり込み目を覚ました。
痛みよりも話が出来る相手だった事に驚き後ろを振り返ると、ぎりりと唇を噛み締め震えながら背中を叩くダークエルブのペッタン子が居た。
「おまえ、なにかしたか!?」
「した訳ないだろう……それよりも……」
言われてみれば、それも仕方無い。背中越しとは言え、肌着程度の薄い布を巻き付けたまま、樹のウロに娘っこを押し付けてどれ程かの時間、ずーっとそうしていた訳だから。改めて見直すと……耳の長さは完全にエルブだが、肌は抜けるような白さとは縁遠い、やや褐色。俺も初めて見たが、自分とはまた違った肌色で……噂に聞きしダークエルブってのは……正にこんな感じだろう。
それにしても、目鼻立ちといい、ほっそりとした容姿といい……庇護欲を掻き立てるって奴だな、ホント。
「お前……口が利けたのか?」
「……すこしだけ、はなせる……」
ややばつが悪そうに俯きながら、娘は口惜しそうに告げる。
「気にするなって。俺だって古エルブ語とか理解できねーし、する気も起きないからな」
「……わかた。」
こくり、と頷きながら、背中に当てていた拳を少しだけ引き、娘が一言。
「……おしこ。」
「……あ? ……判ったけどよ、離れるんじゃねーぞ? まだ連中の縄張りの中だからな……」
俺は樹のウロから出ると、やや離れた場所に移動し、見えず見失わずの絶妙な距離を保ちながら様子を伺うと、
「……みるなよ?」
ひょいと顔を出してから一言言い、暫く静かに(細かい音は聞かなかった事にしておこう)なってから、
「……おわた。」
やや顔を赤らめながら、娘が近付き、俺達はその場を後にした。
ぽつぽつと止み始めた雨だったが、ここは『常雨の森』。何が出てくるか判らない魔性の地。まともな人間なら、まず足は踏み入れない。生きて帰れる保証はないし、普通なら訪れたくもないのだが……どこぞの物好きが「内情視察と外縁部の詳細」を知りたがって依頼を出したのだから、スカウトを生業にしてきた俺の出番……と言う所か。
まだ薄曇りの道すがら、娘が何故あの集落に囚われたのか尋ねると、娘を連れた隊商が危険を承知で『常雨の森』を近道にし、大陸中央に抜けようとしたらしい。
その内容だけで、隊商が奴隷商か何かの類いだと判り、娘の身の境遇まで丸判り……そして、この依頼の他に有った「隊商警護」の依頼に、娘が話した道程と内容の共通点が多く、運の女神に恵みを貰えた事が身に染みて判った。帰ったら何か供え物しよう。
「……おまえ、あれ、なにした?」
「……あー、あれか? ……うーん、何と言えばいいのか……隠形の術式……ううむ、説明しろって言われても……」
娘の質問に、うんうん言いながら困っていると……何が面白いのか次第に表情を和らげながら、
「……ふふふ……♪ おまえ、なやむのおもしろい!」
「……あー、そうかい、そりゃ良かったな……あ、お前、何て名前だ?」
「……どらい。どらい、っていわれてた……」
……どらい? 奴隷……じゃないのか? ……色気の無い名前だな、ホント。
「ドライね……俺はコルツ。まぁ……何でも屋だ。」
「……こるつ、こるつ……ありがと。」
その時、初めて言われたっけ。それから二人で二日掛けて歩き通し、『常雨の森』を抜けたんだ。
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……で、まぁ……色々あって、今に至る訳だ。
……それにしても、アイツ、たまーに古エルブ語みたいな奴、口にするんだが、俺も良く判らないけどよ……その、
『くぃるな・くわっ』って、感じの言葉を言われたんだが、どんな意味なんだろうな……
……なんで、笑い堪えてんだよ!?
……ああ? お前のじーさんが、ゴミを埋める時に同じ事を昔言われたぁ!?
……『掘った穴と埋める穴が違ってる』って意味だって?
……ふーん、そうだったのか……そっか、なるほどねぇ……
……済まねぇけど、ここの支払い、俺に持たせてくれねぇかな?
現行作品以外にレビューして下さった皆様に、感謝を込めて書きました!!
内容は典型的な小噺ですが、異世界だとこんな感じかな?
ご感想その他お待ちしてます。
そしてコッチも宜しく!!
「悪業淫女《バッドカルマ・ビッチ》」
「異世界スナック【ま・ほ・ろ・ば・♪】《飲み放題二時間銅貨三十枚》」
現行作品はコッチですから↑↑