3話 英雄
英雄が来ました。
凍りづけの村。
魔剣の傍に倒れている少年。
傷だらけのイータに寄り添っている少年と少女。
氷の刃に串刺しにされている人魔が二人。
血だらけの人魔が一人。
シャーレは一目で状況を理解した。
「それにしても、かなり暴れたみたいだね。
氷の魔剣。
…彼か」
シャーレはイチルを見つめた。
「地面も凍りづけとは…歩くのが怖いな」
シャーレは自分の靴底を確認した。
「おいおいおいおいおい!!
英雄さんが一体全体何の用だぁ??」
アステロが口を開いた。
「何の用とはご挨拶だね。
君達、狙ってるんでしょ?魔剣」
「ああ?だったらなんだ?」
「今回は、諦めてくれないか?」
「はぁあ?」
「僕だって無駄に人を殺したくはないんだ。
それが例え人魔だとしても。
もし、君達が魔剣を諦めて、
泣いてわめいて謝って、
もう二度とこんなことをしないと誓って、
すごすごとこの村から立ち去ってくれれば、
僕は君達を殺さない」
シャーレは至って真面目な様子だ。
「ふざけるなよ?
いくらお前が英雄でもなぁ、脳天に一発ぶちこむくらい出来るんだよ!」
「残念。交渉決裂か」
シャーレは鞘から剣を抜き、空中で一振り。
すると、アステロの身体が宙に浮いた。
「ああ?なんだこりゃ?」
『切り切り麈』
無数の真空の刃が、宙に浮いたアステロを切り刻む。
ブシャブシャブシャブシャ!
また切り刻む。
ブシャブシャブシャブシャブシャブシャ!!
まだまだ切り刻む。
ブシャブシャブシャブシャブシャブシャブシャブシャ!!!!
散々切り刻まれ、アステロは地に落ちた。
手をついて起き上がろうとしている。
「効かねぇな。俺は痛みを感じないんだよ」
「そうかい。
でも、痛みは感じなくても、身体へのダメージはあるみたいだね」
地面についた手に体重を乗せようとした時、アステロは気づいた。
腕が…半分以上切られている?
ちぎれる…
このまま体重を乗せたら、腕がちぎれる
「まぁ、そういうことだから、もうやめた方がいいと思うよ。
本来この技は君程度に使う技じゃないんだけど、実力差をはっきり分からせるために君程度にはこの技を使うことにしているんだ。
もう分かっただろ?もう諦めた方が君のためだ」
「『風の魔剣・シュプグランデ』。大気中に風を生み出し操る力があるとは聞いていたが…」
「さぁ、どうする?
帰るかい?それとも死ぬかい?」
「今回は帰らせてもらいましょうか」
アステロの前方に黒い円形の影が現れた。
そこから一人の仮面の男が出てきた。
上流貴族を思わせるタキシードにシルクハットを身に付けている。
「こりゃまた大物が出てきたね」
シャーレは頭を掻いている。
「それはこちらのセリフです。
まさか英雄自らが出向てくるとは想定外でした」
「魔剣絡みだからね。僕が出向かないわけないでしょ」
「…我々に魔剣を渡すつもりはないと」
「当たり前さ」
……
「では、お言葉に甘えて引かせてもらいましょうか」
仮面の男は指をパチンとならした。
すると、アステロ、ナサリナ、タツマの足元に黒い影が展開された。
三人はその黒い影の中に沈んでいく。
「その氷の魔剣。せいぜい大事にしてください」
スーツの男も影の中に消えていった。
「とりあえず、危機は去ったわけだが…」
シャーレはツバメとユズに近づいて行った。
「イータ。よく頑張ったな」
イータの頬に手を添えた。
「あの…あなたは?」
ユズがたずねた。
「ああ、僕はシャーレ。
シャーレ・グリシオン。
巷では英雄って呼ばれてるけど、知らない?」
「英雄、シャーレ・グリシオンって、
あの?」
「そうさ。
本来ならばここまでやられる前に到着したかったんだけど…
すまない」
「いえ、そんな。
頭を上げてください。
あなたが来なければわたしたちは殺されていた…
イチルも…」
「そう言ってもらえると、
少しでも自分が誰かを救うことができたんだと、自分を嫌いにならないですむ。
英雄と言ってもこんなもんさ。
全員の命を救うことはできない…
できないんだ…」
村は壊滅。
何人の死傷者が出たかは分からない状況。
シャーレは自身の唇を噛みしめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~王都ルーティア・王宮会議室~
広い部屋の真ん中に一つの円卓。
円卓の周りにある12の椅子には空席が4つ。
8人で話し合いが展開されている。
「さて、魔剣の件だが…」
スーツを着て眼鏡をかけた男が口を開いた。
「やっと目覚めたわけだが、まだ災害兵器としての破壊力は持ち合わせていない…
ということだったな」
「ええ、ソリドさん。
せいぜい街一つを機能停止にするぐらい。
それも『魔王化』状態で。
まだ実戦に組み込む段階ではないと思います」
シャーレは頭を掻きながら言った。
「何、魔剣覚醒後すぐに魔王化できるなら大したもんじゃ」
白く長い髭を擦りながらモンジュジュは言った。
「それにその少年、まだ16才という話。
その若さで手練れの人魔3体を追い詰めたとは…
誰かさんを彷彿させるのぉ」
モンジュジュはシャーレに目配せした。
「いえ、老師。
僕はその年齢の時は魔剣士ではありませんでした。
イチル君の方がよっぽど立派です」
「ふぉっふぉっふぉっ。謙遜するでない。」
「で、魔剣君はこれからどーするの?」
リンスは自身の髪をいじりながら言った。
「リンス!魔剣君ではなくイチル君と呼びたまえ!」
ミュッゼハインツは机を叩き激昂した。
「え~?い~じゃん別に~。
あたし、人の名前覚えんの苦手なんだよね~。
魔剣使ってるから魔剣君。」
「それでは、シャーレも魔剣君になってしまうではないか!」
「ん~。シャーレは魔剣兄ちゃんかな~」
「ははは、魔剣兄ちゃん…」
シャーレは乾いた笑いをしている。
「そもそも彼の人権を考えるとだな…」
「…魔剣に人権なんかねぇよ」
ヒューサライがボソッと呟いた。
「それはどういう意味だ?ヒューサライ」
レニスの癇にさわったようだ。
…
ヒューサライは答えない。
「どういう意味だ、と聞いている。
事と次第によってはこの場でたたき斬る!」
ヒューサライは野暮ったそうに口を開いた。
「熱くなるなよ。そのままの意味だって。
魔剣士はその巨大すぎる力のせいで、自分の意思とは関係なく人を殺さなくちゃならねぇ。
国の決定には逆らえねぇからな。
ただの兵器として扱われる。
あんたも、シャーレも、その犠牲になってる。
あのボウズがそれに堪えられるかな?」
「堪えられるかどうかは本人次第だ。
それに私は兵器として戦っているつもりはない!」
「周りはどう思っているか…
なぁソリドさん?」
「戦力としては兵器相等と考えているが、魔剣士個人を兵器として扱ったことはない」
「相変わらず建前だけは立派だな」
会議室の空気が凍りつく。
「まぁまぁ皆さん。そう邪険にならずに。
今は、イチル君の今後をどうするか、でしょ?」
シャーレが場を取り持った。
続けて、
「僕としては、誰かいい指導者に一人前の魔剣士に育ててもらってから残党人魔掃討に参加してもらうっていうのが妥当だと思うんですけど…
レニスはどう思う?」
「私は、本人の意思が重要だと考える。
本人にその気がないのに、こちらの都合で強制的に王宮魔剣士にしたところで、すぐ死ぬだけだ。
本人に意思確認しなければ、この会議自体、机上の空論に終わるだろう」
「え~?魔剣だよ~?
戦わないって選択肢はないと思うけどな~」
リンスは爪を磨きながら言った。
「それでは本当に人権がないことになる」
「だからないんだって~。分からない人だな~」
再び空気がピリつく。
「リンス!いい加減にしろ!
最年少だろ?もっと年上に敬意を持て!」
ミュッゼハインツが我慢できず、机を両手で叩いた。
「うるさいおっさんだな~。バンバンバンバン。
年上だから偉いんですか~?
そ~ゆ~のパワハラっていうんですよ~」
三度、会議室に緊張が走る。
「え~~っとぉ!
大分話が脱線してるので、まとめたいと思います!」
シャーレは半ば強引に話をすすめた。
「イチル君が目を覚ましたら、彼の意思を聞く。
聞いた上で、もし魔剣士になるつもりがあるなら、いい指導者に育ててもらう。
これでいいですか?ソリドさん」
「ああ、問題ない。
私としては、すぐに実戦に組み込み、実戦の中で成長させるという案もあったんだが…
イチル君の意思を聞く役は、シャーレ、君が責任持ってやりたまえ。
魔剣士は一人で国家を揺るがす力を持つ。
それを忘れずに」
「わ…分かりました」
わぁ~お。パワハラ
シャーレは思ったが口には出さなかった。
すぐさま真面目な顔をして、
「それから報告したい案件が一つ」
「何だ?」
「レンゲ村襲撃事件の際に『影の王』メギルドゥの姿を確認しました」
!??
その場にいる全員に衝撃が走った。
「『影の王』じゃと?」
モンジュジュは手を震わせている。
「奴は、あの時確かに…」
「ええ。死んだはずです。
しかし、顔こそは仮面をかぶっていて視認できませんでしたが、あの影を経由する空間転移術は紛れもなく『影の王』の力。
ヤツの力を持ってすれば、死を偽装することなど容易い」
「むぅ、王が生きているとなると…」
「はい。残党人魔が組織化されている可能性があります。
現にレンゲ村を襲った人魔は3人1組で現れました。
しかも、その強さもかなりのものです。
3対1とはいえイータをあそこまで追い詰めた。
もし、はじめから村中を皆殺しにするつもりでやって来たなら、被害はもっと拡大していたでしょう」
「『影の王』に、統率された残党人魔…か」
ソリドは何か考えながら言った。
「それが本当ならば、『氷の魔剣士』の育成は急務。最優先事項。
レニス。『氷の魔剣士』の指導者には君を任命する」
「な!?ちょっと待ってください!
まだイチル君の意思を聞いていません!」
「それについては問題ない。
彼は必ず魔剣士を志す
な?シャーレ」
うわっ!パワハラ!
シャーレはまたもや口に出さなかった。
「まぁ、イチル君が目覚めないことにはなんとも…」
「ということで構わないですね?
王よ」
ソリドの目線は17、18才ぐらいのドレスを着た少女に向けられた。
「構わぬ」
威風堂々としたそのただずまいには王としての威厳が感じられる。
「それでは、今かかえている獣魔増殖の件の今後の傾向と対策についてだが…」
ソリドの話を遮って、一人の兵士が会議室に入ってきた。
「会議中、失礼いたします!
イチル君が目を覚ましました!」
「シャーレ、レニス。
行きたまえ」
「は~い」
「分かりました」
二人は会議室を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
~王宮救護室~
目が覚めたら丸1日が経っていた。
ツバメは一晩中付き添ってくれていたらしく、俺の目が覚めるや否や飛びついてきた。
俺はツバメにこれまでのいきさつを聞いた。
ツバメの話では、
人魔が退散した後、王宮の騎馬隊が到着し、生き残った村人を王宮まで運んでくれたそうだ。
村が壊滅したので、王都に仮設住宅を設置して、そこに住まわせてくれるらしい。
母ちゃんは未だ意識が戻らず、危険な状態だそうだ。
ユズは今も母ちゃんに付き添っているようだ。
そして、ツバメは俺が人魔と戦った時の話をしてくれた。
その時の記憶はない。
「この剣があれば…
人魔に勝てる?」
「そうかもしれない」
「この剣があれば、あいつらを全員…」
「イチル。僕は心配だよ。
イチルが、僕達の知らないイチルになっちゃうのが…」
「ツバメ、
聞いてくれ。
俺は、お前やユズや母ちゃん、まだ小さいガキども達が傷つけられるのが我慢できねぇんだ。
人魔達はまたやってくるかもしれない。
その時、皆を守れる力が欲しいんだ」
「イチル…」
「それに俺は、あいつらを許さない。
二度とこんなことが起きないように、人魔どもを殲滅する」
「殲滅するとは物騒だな」
扉の外から声が聞こえた。
入って来たのは、シャーレだった。
「シャーレさん」
「やっ、ツバメ君。元気かい?」
シャーレは満面の笑顔をした。
「どうしてここに?」
「イチル君が目を覚ましたって聞いてね。
やぁ、イチル君」
「…あんたがシャーレさん?」
「ああ、そうだ」
「あんたが…英雄?」
「…ああ、そうだ」
英雄…英雄が嫌いだった。
でも、それは強い憧れからくる嫌悪感だったのかもしれない。
自分には手の届かない存在だと…
「俺も…あんたみたいになれるか?」
「と…言うと?」
「英雄。あんたみたいな英雄に、だ」
「なれる…
かもしれないし、なれないかもしれない。
英雄ってなろうと思ってなるものじゃないからね」
「じゃあ、あんたはどうやってなったんだよ?」
「僕は、僕にできることをやっていただけさ。
他の人と変わらない。
たまたま魔剣を手に入れ、たまたま魔王を封印した。それだけさ」
「そっか…
じゃあさ、俺に魔剣の使い方を教えてくれよ」
「イチル?相手は英雄だよ?」
ツバメは慌てている。
イチルは意に介さず、
「頼むよ!俺は魔剣を使えるようにならなきゃならないんだ!」
「う~ん…
ダメだ」
「は?なんでだよ?」
シャーレは真っ直ぐイチルを見つめた。
「魔剣士になるにはリスクがある。
魔剣士というだけで君を狙ってくる奴は大勢いるだろう。
人魔だけじゃない。人間からも狙われる。
それに君が使った『魔王化』は使用する度に魔王に近づいていくという、とても危険な能力だ。
魔剣がなくても人々を守ることはできる。
わざわざ魔剣士になる必要はないんだ」
「…それでも俺は魔剣士になる。
あいつらを全滅させるには魔剣の力が必要だ。
そうだろ?」
「全滅させるならね」
………
「…頼むよ」
イチルは真っ直ぐシャーレの目を見つめている。
「君が魔剣士になることで、君の身近の人々に危害が加わえられるかもしれない。
それでもか?」
「ああ、俺が守る」
「魔剣士になるということは軍に属するということだ。
望まない殺しをしなくてはならない時もあるだろう。
それでもか?」
「ああ、人魔は俺が全員殺す」
「その対象が人間の場合もある」
「…できるなら殺したくないけど、必要なら…」
「迷いがあるならやめた方がいい」
「迷ってなんかない。
それが平和につながるなら、誰だって殺してやる」
「君が魔王になってしまう可能性だってある」
「俺は魔王になんかならない。
でも、もし俺が魔王になったら…
その時は、殺してくれ」
「後悔…しないな?」
「ああ」
………
「ふぅ~、分かったよ。
いいだろう。君が一人前の魔剣士としてやっていけるように指導しよう」
「ほんとか?」
「ああ。
ただし、指導するのは僕じゃない」
「え?」
「レニス。入ってきていいよ」
扉からレニスが入ってきた。
その凛とした様子にイチルとツバメは目を奪われた。
「レニス・ラングラーだ。
君の指導者に任命された。これからよろしく頼む。」
「レニスも魔剣士だ。
僕よりも指導者には向いているはずだ。
規則に対して厳しすぎるところがたまにきずだけどね」
「余計なことを言うな」
レニスはシャーレを睨み、シャーレは目線をそらした。
「あんたが俺を魔剣士にしてくれるのか?」
「『あんた』じゃない。『レニス先生』!
まずは礼儀からたたき込まなきゃならないようだな。
はい!復唱!」
「レニス…先生」
「声が小さい!」
「レニス先生!!」
「あの、ここ病室なんだけど…」
シャーレは戸惑っている。
「よろしい。
それでは体が回復し次第、魔剣士になるための修練を開始する。
ビシバシいくのでそのつもりでいろ。
先程、自分で言った言葉を忘れるな!」
「はい!」
「あの…その修練、わたしも参加させてもらえませんか?」
扉の前にユズが立っていた。
「ユズ?
修練に参加って、どういうことだよ?」
「イチル、わたしね、何もできなかった。
みんなに守られてばっかりで」
「いーんだよ。ユズは。
戦いなんかしなくて」
「ううん。
もし、わたしがあの時戦えてたらイチルは、こんなになってなかったかもしれない…」
「何言ってんだよ!
あんなやつら、ユズにどうにかできるわけないだろ?」
「うん。だけど…
だから、わたしも強くなりたい!
イチルがもうこんなにぼろぼろにならないように、お母さんがあんな体にならないように!
ただ守られるんじゃなくて、わたしが守りたい!」
「…だってさ、どーする?」
シャーレはレニスに目配せした。
「…いいだろう」
「あ、ありがとうございます!」
ユズは深々と頭を下げた。
「いーのかい?」
シャーレは小声で聞いた。
「構わん。
戦闘初心者には同じぐらいのレベルで切磋琢磨できる仲間が必要だ。
それにあの眼…
どうにも他人事に思えなくてな…」
レニスは少し遠い目をした。
「だが、自分の言葉には責任を持てよ。
一度始める以上、途中で投げ出すことは許さないからな!」
「はい!よろしくお願いします!」
ユズは再び頭を下げた。
「まぁ、しゃーないか。
よろしくな!ユズ!」
イチルはにっこり笑った。
「うん。よろしく。イチル」
ユズは満面の笑みで返した。
「ツバメは?どーする?」
「僕は…」
「無理しなくていい。戦うことが全てじゃない。
ツバメ君はツバメ君の人生を歩めばいい」
シャーレはツバメの肩に手を置いた。
「遊びじゃないんだ。人に言われてやることじゃない」
レニスは淡々と言った。
「僕も…やる。やるよ!
二人と一緒にやる!」
「いーのかい?死ぬかもしれないんだよ?」
シャーレは念を押した。
「僕は…弱虫で臆病で泣き虫で…
いつもイチルにくっついていてばかりだったけど…
僕も…英雄になりたい!」
「ははは、
じゃあ、どっちが先に英雄になるか勝負だな」
イチルはツバメに手を差し出した。
「うん。負けないよ。イチル」
ツバメはその手をギュッと握った。
「いーのかい?」
シャーレがレニスに小声で聞いた。
「いいだろう。
本人がやる気だからな。
それに、成長するのに、仲間は多いにこしたことない」
「そんなもんかい?」
「ああ、少なくとも私はそうだった」
「ツバメといったな!」
「はい!」
「さっきも言ったが、途中で逃げ出すことは許さないからな!
また修練中、弱音を吐くことも禁止だ。
分かったな!」
「は、はい!よ、よろしくお願いします」
ツバメはレニスに頭を下げた。
「そーいえばユズ。
母ちゃんは?母ちゃんはどんな状態なんだ?」
「あっ!そうだった!
お母さんが、お母さんが意識を取り戻したの!」
「ほんとか?」
イチルは思わず飛び起きた。
「うん」
「よかった。
母ちゃんのところ行っていいか?」
イチルはシャーレに聞いた。
「ああ、あんまり騒がないようにね」
「よっしゃ!行こうぜ!」
「うん」
「イチル歩ける?」
ツバメはイチルの体を支えた。
「こっちよ」
ユズは二人を先導した。
三人はバタバタしながら病室から出ていった。
「…なんていうか、若いね」
シャーレは感慨深そうだ。
「まだまだ子供だということだ。
魔剣士になるならばもう少し大人になってもらわんと困る」
レニスは少し呆れ口調だ。
「おわ、手厳しい」
「ところで…」
「ん?」
「なぜイチルが魔剣士になりたいと言った時、二つ返事でOKしなかった?」
「ああ、それね。
魔剣士になるのは簡単だ。もう魔剣に選ばれているからね。
ただ、彼の覚悟を知っておきたかった。
魔剣士に理不尽はつきもの。
君も魔剣士なら痛いほど分かってるはずさ」
「…そうだな」
「で、僕からも質問」
「なんだ?」
「いきなり三人の先生なんてできるの?
しかも一人、魔剣士」
「やるしかないだろう。
部下の指導をしたことはあるが、魔剣士の指導は当然初めてだからな。
魔剣士の指導は魔剣士がするのが一番手っ取り早い、というところだろう。
ユズとツバメに関して言えば心配はしていない。
イータが育てた子供達だ。それなりの武術は仕込まれているはず」
「まぁ、頑張ってよ。レニス先生」
「他人事だと思って…」
「僕達も行くかい?
久しぶりに戦友に会いに」
「ああ」
シャーレとレニスはイータの病室に向かった。
~イータの病室~
「母ちゃん!」
「ママ。大丈夫?」
イチルとツバメとユズはイータの傍に駆け寄った。
「あんたたち…
よかった。無事だったんだね」
「俺達は大丈夫だよ。母ちゃん、母ちゃんは?」
「私も大丈夫。まだ身体が動かないけどね」
イータは腕を動かすだけで精一杯のようだ。
その掌をイチルの頬に添えた。
「抜いたんだね。魔剣を…」
「ああ、母ちゃん。俺な。魔剣士になるよ」
「…そうかい」
「それでな、人魔を全員やっつけてな、
英雄になる」
「そうかい」
「僕も!英雄になる」
「そうかい…頑張りなよ」
「ああ」
「うん」
「お母さん。わたしも軍に入ることにした」
「ユズも?」
「うん。わたしも皆を守れるようになりたくて…
お母さんみたいに、強くて、優しくて、可愛くなりたい…」
「あはは、嬉しいこと言ってくれるね。
あっ」
イータの視界の端にシャーレとレニスがうつった。
「シャーレ、レニス」
「やあ、久しぶりイータ。元気?」
「久しぶりだな。イータ」
シャーレとレニスは挨拶した。
二人とも懐かしそうな表情をしている。
「久しぶり。まぁ、身体中動かないから元気とは言えないけど…」
「はっはっは、そりゃそうだ」
シャーレはばか笑いした。
「シャーレ、あなたが助けてくれたんだね。
礼を言うよ。ありがとう」
「いやいや、僕は何にも。
僕が着いた頃には、イチル君がほとんどやっつけていた」
「そう…イチルもありがとね。
ツバメとユズも、ありがとう」
「な、何だよ?水くせぇな」
イチルは少し照れている。
イータは優しく微笑んでいる。
「イータ」
レニスが口を開いた。
「今回、三人を育てるにあたって、指導者に私が任命された」
「そう…私の子供達をよろしくね」
「ああ、確かに。預かった」
「あんまりやりすぎないでね?」
「それは分からない。こいつら次第だ」
「はぁ、相変わらずね」
「そう。相変わらず頭が固いんだよ。レニスは」
シャーレはため息をつきながら言った。
「なんだと?」
レニスはシャーレを睨んだ。
その日は晴天で、暖かな太陽の光がカーテンの隙間から差していた。
病室の外に生えている木に一匹の蝙蝠。
まだ真っ昼間だというのに何処かへ羽ばたいていった。
プロローグが終わりました。