TechCity⑤ 3Dプリンター
今回でTechCityについては終わりです。
「製造業の革命的出来事?」
私は、来た階段を戻りながら、聞き返した。」
「はい。あなたがいる時代でもすでに片鱗はあったと思うのですが、いわゆる3Dプリンターによる製造の普及です。3Dプリンターの普及は製造業を革命的に変えることになりました。」
「それは確かに私の時代ですでに予想されていた話ですね。物作りを根本的に変えてしまうと。」
「3Dプリンターの技術は、プリントアウト技術も当然のことながら、加工するその素材の難易度や高い値段が普及の足かせとなっておりました。従来、鉄などの金属で製造されていたものには、金属としての性質を利用した上で使用されていたわけですし、値段の面などからも、プラスシック製品というのは簡単に代替されるものではなかったのです。しかし、徐々にプリント技術が進化し、製造そのもののコストが下がっていくと、素材の割高を考慮しても、安く製品を製造できるようになります。その中で、次々と3Dプリンターが製造した製品が世の中に出るようになります。そして一気に素材の開発が進みました。鉄に代わる性質を持つながら、3Dカットが容易にできる比較的安価な素材。プラスシックに代わる素材、といっても、単に3D加工用に成分が調整されたプラスチックであるだけですが、が確立されました。そして、ついにほぼあらゆる原料が揃えられました。当然、色んな原料があるわけですが、細かくナンバリングされ、従来のプリンターのインクの様に、必要な分を購入し、なくなったら補充するという形態が一般化して行きました。」
「それでは、一般的な製造業に働いていた人は全員職を失ったということかい?」
「簡単に言うと、そうです。製造業に携わる人間が全員いなくなったわけではないのですが、今まで、工場の生産ラインに居た人や、原料の作成に当たっていた人を中心に、自動化と3Dプリンターに置き換わって行きました。この家も、先ほど乗ってきた車も、すべて3Dプリンターが作成したものです。」
「なんだか暴動が起きそうな話だね。車などを作って居た人全員が職を失ったのか。」
「事実だけを述べるとそうですね。でも、必要のなくなった仕事は、人間がする必要がなくなったと言うことです。農業や医療など、生命に関わる仕事ならまだしも、機械等の製造をやり続ける必要が人類にはあるのでしょうか。私は今の時代に生きる人間としてそう考えて居ます。」
「うーむ。時代が変われば価値観も変わる。君たちの価値観に口出しする権利など私にはない。でももうちょっと考えるから、より詳しく教えてくれないか。」
「3Dプリンターは2010年代から台頭した、プラットフォーマーによって普及しました。彼らはSNSやネット上のサービスを通じて全世界規模のプラットフォームを構築した後、ビッグデータを活用し、AIを利用したサービスに注力し始めたのは、あなたもご存知の通りです。その走りが、2010年代後半に出されたAIを搭載した音声認識の自宅サポートシステムですよね。音声による呼びかけで、自動で電気をつけたり、ネットから情報を拾ったり、買い物をしてくれたり。でもプラットフォーマーたちは次第にこう考える様になったのです。「どうせなら家ごと作る方が効率なのではないか」と。各家庭や国ごとにまだ当時は、設置している家電も異なりましたし、家の動力もガス、電力、と様々なものが乱立して居ました。それを全て網羅して、繋げるサービスというのは非常に難易度が高いものでした。それを解決するために、最初から、全てをAIに接続することを前提とした家を建て、提供しようと考え始めたのです。でも一つ問題がありました。いくらプラットフォーマーと言えど、住宅建設のノウハウの蓄積もありません。さらに既存の建設企業、住宅企業を買収したところで、爆発的にこの新型住居システムを普及させることはできないと彼らはわかっていたのです。そこで目をつけたのが3Dプリンターです。3Dプリンターの会社を取り込み、住居を安く、早く、プラットフォーマーが望む形で製造していく。いわゆる超先進的な建売住宅が売られ始めるのです。これも、Tech Cityを急速に各地に建設することが可能になった大きな要素でもあります。この間の説明の時は、いたずらにややこしくなるので、新しいインフラの提供の話に止めておりましたが。」
「AIが家のありとあらゆる機能と繋がることを前提に作られた家。全部が同じ家になるのは味気ないな。」
「それは実は大きな誤解なのです。3Dプリンターの凄さはまさに全てが同じ家にならないという点にこそあるのです。3Dプリンターはいわゆる設計図を元に一気に製造を開始します。そして、その設計図は一度作れば、再利用が無限に可能です。AIの機能と無数の設計図の蓄積があれば、例え面積が全て同じであったともしても、その人にとって最適な居住空間をカスタマイズした上で建売ができるのです。」
「そんなことが可能になっているのか。」
「住宅に収まらず、この設計図という概念は大きな意味を持ちます。先ほど、製造ラインそのものに携わって居た人は職を失ったと言いました。でも一部製造業においてもしばらくは残って居た職がありました。それは3Dプリンターの設計図を作成・管理する業務です。3Dプリンター用の設計図は当初、人が作って居ました。今までの人類の製造業の叡智を設計図という形に落とし込み、生かして居たのです。国ごとに厳重に設計図にナンバリングを施し、重要な国家機密も含め、各国が設計図の蓄積に躍起になりました。これがしばらくの間は、続きました。」
部屋に戻った僕らは、ゆっくりと机に腰をかけた。コーヒーを二人分入れて、私に手渡すと、彼女は話を続けた。
「しかし、AIの開発が始まると、人類が今まで蓄積して居た叡智は一瞬にして埋もれます。人類が何万年かけようと蓄えることのできない量の設計図をAIは短い時間に次々と作り上げていきます。そして、国ごとのナンバリング管理には限界が訪れます。数々の組織が自分たちのAIが蓄積した設計図を公共の場に公開を始めたのです。それが人類のためなのか、新しいプラットフォーマーになろうとしたのか、その背景は人それぞれでしょう。重要なのは設計図が誰の手にも、いつでもどこでも手に入る様になって行ったのです。」
「では、物を作るというのが実質、誰にもタダでできる様になってしまったということか。」
「厳密に言えば、そうではありません。確かに設計図は簡単に手に入りますが、当然原材料自体を空中から出現させることができないので、原材料には費用がかかります。また、大きいものを製造するためには、当然、それに応じた3Dプリンターが必要となります。なので、先ほどの私の家庭農園の機械もそうですが、専門の3Dプリンター業者にお願いする必要があるのです。それでも従来の費用とは比べ物にならないくらい安いわけですが。」
「設計図が出回るということは兵器や原発なんかも悪い人の手に入りやすくなってしまうのではないか。」
「その点も考えられてはいます。全ての3Dプリンターには、一定の設計図に対して出力ができない様に制限がかけられています。兵器を含めた一定のナンバーは出力ができない様になっています。もちろん、非公式の3Dプリンターもあるにはあるのですが、それは重度な国際犯罪として取り扱われております。」
「ふー、ようやくこの街のこともいろいろ分かってきたよ。もう何を聞いても驚かないかもしれない。」
「確かにそろそろ、Tech Cityのインフラ的な観点からの説明は一通りできたのかもしれませんね。次は、医療の話でもしましょうか。まだ色々驚かれると思いますよ。まずは病院に向かいましょうか。」
次は医療について書きます。