子鬼羊
始まりの街には4つの門があります。
一つは農場地帯のある北の門、一つは職人街へと続く東の門、一つは初心者殺しの森が広がる西の門。
そして最後の一つである南の門は、───荒野、そして砂漠へと続く道が広がっています。
そのせいか、風が吹けば砂が口の中へと入り、。吐き出して前を見れば今度は目に入ってしまう。
何度も何度もせき込み、涙を流しながら歩いていると、同行者のアルルカンは、苦笑しながら一枚の布を取りだしました。
〝バンダナ〟一枚の布と言えば説明が終了するのだが、その用途は多岐に及ぶ。髪を纏めたり、お洒落のワンポイントにしたり、ポーチのように物を入れたりと使用者によって使い方はそれぞれ。アクセサリー防御+1
「上げるよ、口元に巻いたら多少はマシになると思う」
「ありがとうございます」
「安いから気にしなくてもいいよ、それよりもあそこにターゲットだね」
スッと指さされた方向には、──アレを羊としてカテゴライズしていいのか小一時間くらい悩む姿のモンスターがいました。
もこもこ?の毛皮、四足歩行する草食獣。これだけ聞けば確かに羊なのでしょう。
けれど尻尾はさながら蛇のようにうねり、角は最早剣のように鋭い。顔も可愛らしさなどどこにもなく、むしろ子供が見たら生涯忘れられないトラウマになりかねない醜悪さに、少量のキモさをミキシングしたかのような、……もうこれ化物とでも呼べば解決しません? 羊に失礼なんですが?
気持ち悪いその存在を視界に入れるのも悍ましいと、はまるんの毛の中に顔を突っ込んで呼吸を整えている私の頭の中に唐突に情報が襲い掛かってきました。その知識は私の持つ羊知識がオートで作用した証であるらしく、その内容に、思わず私は膝が崩れる程の衝撃を感じました。
〝ゴブリンシープ〟羊モンスターの元始の存在である〝黒き森の女主羊〟がかつてゴブリンと気紛れに交わり産み落としたとされるモンスター。繁殖力が強く、雑食性。肉は硬く、毛は臭いが強く、乳は不味いと三拍子揃った狩人の嫌われ物。幼い段階のゴブリンシープの第4の胃は特殊な素材の材料となるが、地味に強い上に、倒される直前に仲間を召喚するスキルを有する為好き好んで狩る者はいない。
所有スキル:断末魔(ゴブリンシープ×2召喚/HP全消費、アクション:HP10%未満)、粘着いた臭い(低確率スタン/1s、パッシブ)、突進(ATK+DFE×0,2でダメージ計算、CTにAGI×0,1の補正、直線移動5s)
……羊でした。アレは、羊でした。
腹に重たい一撃を喰らったかのような、凄まじい威力。羊とはふわもこで可愛い生き物ではなかったのでしょうか。
というよりも〝黒き森の女主羊〟とは何者でしょう。そもそもゴブリンと交わるとは、……一応年齢制限解除も可能とは言え全年齢対象の作品でまさかここまでドストレートな一言が出てくると誰が想像するのでしょう。いえ、する人などいる筈もありません。
さて、石を持ちましょう。ええ、全力投球の準備と覚悟はとうに済んでいますとも。
ユー、アー、キル。キック、ユア、アス。サーチ、イコール、デストロイ。──ふわもこを馬鹿にした罪はあまりにも重たいのです。
「先に言うけどドゥムジさんが戦っても勝てないかな。プレイヤースキルが高くても、瞬間攻撃力が低いからアクションを発生させ続ける未来しかないと思うよ」
「……その、お願いしてもいいですか?」
「もちろんやるけど、……後で出来たチーズにご相伴させて貰いたいな」
それは別段条件なしでお渡ししますが。というよりも、料理はそもそも誰かに振舞う為の物ですから、独り占めとかしませんよ?
不思議な一言に首を傾げると、何故か苦笑しながら一歩踏み出したアルルカンは、気が付けば15メートル程離れた位置にいたゴブリンシープの背後に回り武器らしきものを治めているところでした。……武器を納めた後にようやく化物が消滅したんですが、速い、というよりも時間が飛んだみたいに見えるのは気のせいですか。時間にも重さがある、という話しを聞いたことがありますが、まるでその重さから抜け出したみたいな、なにより高速で移動したのに衣服が激しく動いていませんし、ちょっとした動作でも風の流れが生まれるこのゲームでその速度を出したらそれなり以上の風が出ると思うんですが。
思わず首を傾げているものの、結局答えは出ませんでした。というよりも、ドロップ品が手に入るなら別にいいかなという思考放棄です。
颯爽とこっちに戻ってくるアルルカンは、手に剥き出しの胃袋という結構グロテスクな物を手に戻ってきています。正直袋か何かに入れて欲しいのですが、……落としたら使えなくなりそうなので。
〝子鬼羊の胃袋〟ゴブリンシープの胃袋。レンネットの素材にすることが出来る他、加工を施す事で水筒にすることが可能。かつてこの胃袋で作られた水筒に牛乳が入れられ、それを商人が休憩場として利用した洞窟に置き忘れ、他の商人が見付けた事で、チーズが世に産まれたと言われている。
……地味にこの世界で重要な位置にある素材のようで。
あの醜悪な羊も世の中に役立つとは、肉も乳も毛も可愛さも価値がないのに昔の人はよくアレの胃で水筒を作ろうと思ったモノです。
「はい、じゃあクランに戻ろうか。僕達の仲間にそれを加工できる人がいるから渡せばすぐにでもチーズが作れるよ」
その言葉に頷き、はまるんに跨ります。
さあ、はまるんお家に戻るよ。……え、その前にご飯が食べたい?
しょうがないなぁ、とその場でグラスサイレージを取り出すとアルルカンは何故か残念な物を見る目でこちらを見ていました。……なんです?
2018/3/2 誤字修正
誤字報告ありがとうございました。




