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勇者の嫁+怪盗=混ぜるな危険

第一章 転生したら勇者の嫁ってキャラ設定獲得しました


 私の名前は勇者の嫁。

 ……違った。名前じゃないわ。

 二つ名?

 二つ名でもないな。キャラ属性。

 うん、それが一番正しいかな。

 私の本名はリューファ=アローズ。舌かみそうな名前だが、つけたのはうちの両親だ。苦情はそっちへ言ってくれ。

 魔法とおとぎの国ドリミア王国の公爵令嬢。そして王子―――『勇者』の嫁。

 いやー、まさか生まれ変わったらそんなキャラになるとはねぇ。前世は普通のJKですよ。

 え、さっきから何言ってるか分からない?

 うーん、そうか。そうだよね。

 よし、初めから説明しよう。


第二章 勇者に婚約解消申し出ました


今の私はリューファ。『勇者の嫁』。

 しつこいくらいこのフレーズが出て来るけど、私は下手したら名前よりこっちで呼ばれることのほうが多いんだ。仕方ない。もうあきらめてる。

 私には前世の記憶があって、そこでは地球の現代日本の普通のJKだった。

 でも、事故でぽっくり死んじゃった。

 あ、終わったな―――。

 そう思った次の瞬間、別の世界にいた。

 生まれたばかりの赤ん坊として。

 意味が分かんなくて、きょどりまくったのは当然だよね。

 未来に地球に生まれ変わったんなら分かるよ。けど、そこはあきらかに違う世界だった。

 だって、人が普通に魔法使ってるんだもん。

 それに、ちょうどおとぎ話みたいな世界だったし。

「ちょっと、どういうことおおお?!」

 叫ぼうと思ったけど、出てきたのは赤ちゃんの泣き声。

 そうだよね。私、今、生まれたての赤ん坊でした。

 新生児はしゃべれません。

 泣くだけです。人間がしゃべれるようになるのは、一年くらいしてからです。

「おお、元気な娘だ!」

「おめでとうございます!」

 たくさんの人が祝福してくれる。みんな魔法使いみたいな恰好をしていた。黒じゃないけど、魔法使いっぽいローブをはおってる。

 へえ、ローブの色は個人の趣味か。魔法使いってみんな黒かと思ってた。色とりどりで、いいんじゃないかな。

 格好が全然違うのは父親らしい軍人風のおっさんと、母親らしい疲れ切ってる女性だけだ。

 一番年かさのおばあさん魔法使いが、私を抱えた父親……たぶん、の前にひざをつく。

「予言の『勇者の嫁』の誕生、おめでとうございます」

 なんのことよ。

 私は聞きたかったけど、また「ほぎゃほぎゃ」しか音が出ない。

「誕生を祝して、我々から贈り物を。美しくなりますように」

 おばあさんが私の手を両手でくるむ。数秒して放すと、別の魔法使いが近づいてきて同じようにした。

「賢い子になりますように」

 また別の魔法使いが。

「病気をしませんように」

「優しい心の持ち主になりますように」

 そうやって、次々「贈り物」をする。

 まるで『眠り姫』にしたみたいに。

 ただ、魔法使いがみんなおばあさんてわけじゃなかった。男性もいるし。年配の人もいれば、若い子もいた。あれは魔法使いというより、魔法少女の域だな。

 ―――これが長かった。やっと終わった時には、母親はさらにくたびれてた。

 こら。出産したばっかの女性に無理させてんじゃない。

 文句言おうとしたら、そこへ「陛下と殿下がいらした!」と知らせが届いた。

 陛下? 殿下? だれ?

 その方を見ようとしたけど、見えない。

 生まれたばかりの赤ん坊はあまり視力がよくないのだ。赤子の体は不便だな。

 あー、まどろっこしい。

 どうにかできないもんか!

 ……ふっと視界が変わった。

 目線が上になり、視界もクリアになる。

 見下ろせば、自分らしい赤ん坊が母親に抱かれていた。

 ええええええ、幽体離脱しちゃった?!

 え、ちょ、死んだばっかで転生して即、幽体離脱ってなに?!

 そんな例ある?!

 なにしろ体は半分透けていた。しかも、他の人には見えてないらしい。

 魔法使いって幽霊は見えないのか。

 妙なことを発見してしまった。

 しかし、どうしたらいいか今度は今度であわあわしてたら、人垣が割れていかにも王様と王子が近づいてきた。

 王子は五歳くらい? 黒髪で紫色の目。利発な子みたいだ。

 紫の目って時点で、やっぱりここは地球じゃないんだな。

 幼いながら軍服を着てて、キリッと整った顔立ち。端的に言うと美少年だ。しかもクール系。

 はっきり言おう。イイ。

 この子、大人になったら絶対モテるぞ! 超絶イケメンになることは間違いない。

 クール系美形軍人、いいじゃない? 私の中の萌えの血がたぎる。将来が楽しみだわー。

 いいなあ、こんな子ほしいなぁ。

 近所のおばちゃんみたいなこと考えてたら、視線を感じた。

 王子がこっちを見てる。

 ん? 私が見えるの?

 王子はすぐに見間違いかと目をこすり、赤ん坊に目を向けた。

 父親が赤ん坊を引き取って、王と王子に掲げる。

「予言の娘です」

 父親はむさくて暑苦しい外見の持ち主だが、感動したのか涙をぼろぼろこぼしてる。ふけよ。私にかかる。

 見かねたのか、王子とは別の少年がハンカチを差し出した。この場には王子のほかに二人少年がいた。たぶん私の兄だろう。

 王はうなずいて言った。

「そうか。この子が我が息子の婚約者……」

 婚約者?!

 私は叫びたくなった。

 もう一度言いたい! どういうことだ!

「はい、魔王を倒す勇者となられる運命のクラウス殿下を助ける者、と予言の娘です」

 とっても説明的なセリフありがとう、お父さん。←たぶん

 ナイスタイミングで、しかも一文で解説してくれたね。

 でも、ちょっと待って。ツッコミどころ多すぎて、頭がついていかない。

 どこからつっこんだらいい?

「名はリューファ。古い言葉で福音をもたらす者。『勇者の嫁』にぴったりでございましょう」

「そうだな」

 少年―――クラウス様?はおそるおそる私の頬に触れた。

 ………………。

 私は意識を体に戻し、手をのばして彼の指をつかんでみた。

 彼はちょっとびっくりしていたが、不快ではなかったらしい。そのままでいた。

 王や王子はしばらくあれこれ話していたが、やがて出産直後に迷惑をかけたと去っていった。

 私も肉体は赤子だ。疲れていたんだろう。

 しばらくしてうとうとと眠りについてしまった。


   ☆


 さて。

 現代日本の普通のJKが、死んだら『眠り姫』みたいな異世界に転生してしまった。私にわかったのはとりあえずそんなところだった。

 意味不明にもほどがあるんで、地道に情報を集めた。

 幽体離脱して。

 まず、この世界は中世ヨーロッパ風のおとぎ話のような世界であること。

 魔法使いが当たり前にいて、共存してる。魔法の力はだれにでも使えるわけじゃなく、生まれつきらしい。

 今生の私の名はリューファ。公爵家の娘だった。

 父親は予想通り、あの暑苦しいおっさん。中身はそのまま熱血バカだ。代々優秀な軍人を多く輩出してる家系らしく、その典型的なパターンだという。

 えー、こんなのがいっぱいいるの? そういう部分は受け継がなくていいよ。不要なDNA。

 母親は対しておっとりした婦人。大商人の娘で、ひとめぼれした父が求婚しまくってゴールインしたそうな。あまりの暑苦しさに根負けして承諾したんじゃないだろうかという気がしないでもない。

 兄弟はやはり二人。上は父そっくりの熱血バカ軍人。でも顔はいい。よかったね。そういうタイプが好きって女性はそれなりにいるし、まぁモテるとは思うよ。

 下はさわやかスポーツマン風軍人。外見は母似の細身だ。こっちもモテるだろうなぁ。

 まったく似ていない兄弟だが、共通点は妹―――つまり私を溺愛しているという点だろう。

 正直、重い。

 人は「イケメン兄ズにかわいがられるなんてうらやましいっ!」って言うが、限度があると思う。当事者にしてみればやってられない。

 もし生まれた時から婚約者が決まってなかったら、「妹と付き合いたければ、俺たちを倒して交換日記から始めてもらおう」ってガチでのたまってたに違いない。

 父も同調してるんだから始末が悪い。

 ……婚約者。

 うん、これが問題だ。


   ☆


 ―――うん、これが問題だ。

 私は空を見上げて考えた。地球と同じ青い空、一つの太陽が浮かんでいる。

 今日はドリミア王国皇太子の二十一歳を祝う会が行われる。

 皇太子……つまり私の婚約者クラウス様だ。

「はああ……気が重い……」

 侍女によってばっちり完了しているおめかしに似合わぬため息をもらす。

「おーい、何やってるんだ、リューファ。行くぞ」

「遅れるよ?」

「あ、はーい」

 兄たちに呼ばれ、私は観念して表面上にこやかに馬車へ乗り込んだ。

 国内でも一、二を争う名家の我が家の馬車は馬が特別製だ。馬っていうか、ペガサス車?

 馬車はふわりと空に舞い上がり、ゆるやかに走る。

 魔法とメルヘンが混在するこの世界では、ペガサスも実在する。そんなに数は多くないけどね。

 敷地内にはペガサス牧場もあって、繁殖を行ってる。これが家業の一つっていうのはツッコミどころだと思う。

 空から見下ろせば、緑の大地が地平線まで広がっていた。

 今日は農民も畑作業はお休み。あちこちで酒や料理の飲めや歌えやのお祝いしてる。

 国あげてのお祝い事だ。

「どうしたの、うかない顔だね」

 下の兄、ランスロット、通称ランスが声をかけてくる。

 げ。

 笑顔をとりつくろってたのに、兄にはばれてたらしい。さすが兄。

 でもすっとぼけてみせる。

「やーね、ランス兄様、なんのこと?」

「お兄ちゃんの目はごまかせないよ。なにかあったのか?」

「ドレスが気に入らなかった、とか? そんなことはない。リューファはいつでもかわいいぞ」

 上の兄、ジークフリート、通称ジークがあからさまに目じりをさげながら頭をなでてくる。

 私が着ているドレスは髪の色に合わせたうすピンクだ。レースやリボンがふんだんに使われ、歩くたびにひらひら揺れる。

 私の外見が外見だから、着るのはたいていこういうラブリー系だ。白ロリに近い。

 花びらみたいにピンク色の軽くウェーブした髪、葉っぱみたいな緑色の目。平均身長よりやや小さくて、フリフリひらひらのドレス。ようするに「かわいい小さな女の子」に見えるらしい。私は今年十六になるのだが。

 いつの間にか前世で死んだのと同じ年になってしまった。前世じゃ「小さな女の子」なんて言われてなかったぞ。

 今生じゃ見た目が人形みたいだから、「つい守ってあげたい小動物」←ジーク兄様談、なんだそうだ。中身は全然違うというのに、迷惑な見た目である。

「別にドレスに不満はないわよ。ていうか、言える立場じゃないし。これ、クラウス様からの贈り物だもん」

 ピンクと白基調のラブリードレスを指す。凝った作りで、どう見ても金がかかっている。

 うちも公爵家だから金持ちだけど、王族はケタが違うわ。

 王子の婚約者が出席するんだから、と贈られたドレスだ。

「いいじゃないか。似合ってるし。クラウスも喜ぶぞ」

 ジーク兄様はクラウス様の親友だ。私が生まれる前からの「ご学友」。同い年だし、誰に対しても公平で熱血で単細胞な兄とは馬があったらしい。

 単純で裏表がないからね。

「かわいいかわいいリューファの姿を見せてやるのは惜しいけどな!」

「髪飾りが曲がってしまったね。直そうか」

 ランス兄様が手際よく直してくれる。さすが女ったらし、手つきが慣れてるな。

「ありがと、ランス兄様」

「それとも、誕生日プレゼントどうするか、迷いに迷ったから?」

 一応婚約者への誕生祝だ。これが非常にめんどくさいイベント。

 言っちゃ悪いが、うん、めんどくさいのだよ。

 これまでは手作り菓子で回避していた。値段がつけられないものだし、「真心こもってますよ」と主張できる。私は前世の知識があるし、違和感ないレベルで「ちょっとがんばって独自性のあるの作ってみました」を演出したのだ。

 ……が、今年は手ぶら。

 兄たちが不思議がったのも当然だろう。

「うーん、まぁ、今年はちょっと特殊なのにしようかと……」

「持ち運べるものではないのかな。ま、なんでもいいんじゃない?」

うむ、持ち運べるものではないというのは当たっている。

「そうそう。リューファからもらったものなら、クラウスはたとえ消し炭でも喜んで家宝にするぞ」

 ……消し炭はどうだろうか。

 まぁ何であっても、婚約者からもらったものなら、外聞があるから捨てられないか。

「それとも、貴族連中が大勢来るから嫌なのかな? 中には嫌な奴も、下心のある奴もいるからねぇ。ま、お兄ちゃんたちが守ってあげるから心配ないよ」

 私が嫌なのはそこじゃない。そんな連中、笑って受け流せる。

 私だって伊達に十五年公爵令嬢をやってない。それくらいの処世術は身に着けてる。

「一応クラウスもいることだしな」

 うん、それ。

 困ってるのは、婚約者そのものなのよ……。

 でも口には出さなかった。

「違うの。また注目されるから面倒だなと思ってただけ。『勇者の嫁』として」

 肩をすくめてみせる。

 兄たちは「ああ」とうなずいた

「『勇者の嫁』としてしか見てもらえないのもなんだかねー。ま、仕方ないことだけどさ」

「そんなふうにしか見ない奴はほっとけ。嫌がらせされたら言うんだぞ、ぶちのめしてくれる」

「二度と馬鹿な考えが浮かばないよう教育しておくからね」

 二人とも、こわい。

 過去それを実行に移したことを私は知っている。

「うん、ありがと、兄様たち」

 なので笑っておいた。

 もしいても、言わないよ。これまでと同じくね。

 私が堂々とやり返すから、心配ナッシング。

 内心グッとこぶしを突き上げる。

 似た者兄妹を乗せたペガサス馬車は次第に硬度を落とし、城に着いた。

 馬車を下り、兄たちにはさまれて歩いていく。会場の中庭にはすでにたくさんの貴族が並んでいた。私達の姿を見ると、一斉に頭を下げる。

 というか、私に。

「『勇者の嫁』」「『勇者の嫁』だ」という声があちこちであがる。

 はいはい。

 それは私のキャラ属性であって、名前じゃないよ。

 兄たちには女性陣の視線が集中している。なにしろ二人とも美形軍人で公爵の息子、皇太子妃(予定)の兄だ。

 これだけでもポイント高いのに、家柄よくて実力あって才能豊か、中身も良しじゃ、めちゃくちゃ有望株。

 しかも赤髪で熱血タイプの兄と青い髪でさわやか系な弟、タイプの違うイケメンが並んでいる。これはいい絵面だ。実の妹でも写メとっときたいと思う。

 私の友達はのきなみ兄たちのファンで、しょっちゅう「ラブレター渡して!」って預かっている。

 いやぁ、前世じゃなかった体験だね。姉妹しかいなかったしね。

 ただ残念ながら、ジーク兄様には好きな人がいる。ベタ惚れだ。あの暑苦しい愛を受け止めるのはなかなか困難だろう。

 ランス兄様はさわやかな外見とは裏腹に、相手が途切れたことがない。けっこうな女ったらしだ。

 正直、どっちの兄もおすすめしない。

 屈強で長身の兄たちにはさまれると、私はさらに小さく見える。「小動物」っていうのは、比較対象が比較対象だと思う。

 まして私のキャッチコピーは『勇者の嫁』。魔王にさらわれて助けを待ってる囚われの姫みたいな単語だ。

 余計にか弱く見えてしまう。

 私達に頭を下げながらだれも寄ってこないのは、私が王子の婚約者だからだ。一般的に王族と同じ扱いをされる。王族は気安く声をかけていいものではない。

 気楽な友達とのおしゃべりも簡単にできない。やっぱり『勇者の嫁』なんてなるもんじゃないわ。

 いや、これが嫌な理由の最たるものじゃないけどね?

 こっそりため息ついてたら、「殿下のご入場です」という声がしてドラゴンが降ってきた。

 ぶわっさあ。

 ドシーンとは下りなかったけど、翼から出る風圧がある。私のドレスがぶわっとなりそうになったので、すそを押さえた。

「いいかげん、この登場はどうにかなんないのかしらね」

 私が冷やかにつぶやくと、ジーク兄様が笑った。

「王族は竜に乗って登場ってしきたりのことか? 歩いてくるのは平凡、かといってホウキに乗ると見た目がな。派手さでドラゴンってことになったらしいぞ」

「それを知ってるから微妙だなぁと思うのよ」

 見栄っ張り。

 クラウス様がひらりとドラゴンから飛び降りた。

 ちなみに竜はレッドドラゴン。昔、魔物退治の時にクラウス様が偶然卵を見つけ、孵してヒナから育てたものだ。オス。

 全身真っ赤、高温の火を吐く。大きさはゾウ三頭ぶんくらい。

 主食は魔物マジかで、狩ったけど処分に困ってた魔物をバリボリ食べてくれてる。いいのかなぁと思わなくもないが、これが食物連鎖ってものだろう。

「やぁ、リューファ」

 クラウス様はまっすぐ私のところへやって来た。

 一応婚約者だから、そりゃそうだろう。

 でも顔は笑ってなかった。

 幼き日の予想通り、クラウス様は超絶イケメンに成長していた。

 黒い軍服はさらに凝った作りになって、職人の本気が分かる。金の飾緒ってやっぱりいいなぁ。

 誕生会だというのに帯刀しているのは正装だから。甲冑こそつけていないが、長身痩躯、文武両道、非常に真面目な軍人。武装すると「どこからどう見ても勇者」になる。

 クールで口数が少なく、真面目な皇太子。

 魔物が現れれば『勇者』の名にかけて真っ先に退治に向かう正義漢。

 ……生まれる前に『勇者』になるって予言が出た人だもんね。

 私が『勇者を助ける存在』と言われたように、クラウス様も生まれる前にそういう予言が出ていた。

 正直、気の毒だと思う。同類として言わせてもらう。

 ―――この国には古くから伝わる言い伝えがある。かつて封じられた魔王が復活し、いつか世界を征服しようとすると。だが必ずや魔王を倒す勇者が現れ、平和が戻る。

 RPGでよくあるヤツだと言ってしまえば話は早い。

 が、その魔王はどんなので、いつだれにどうやって封印されて、どこに現れるのかってとこだけど、それが不明。おいおい、ちょっと待て。

 なんでも元ネタは数百年前にどこぞの魔法使いが未来予知で知ったことらしいけど、もっと詳しく分からなかったのか。中途半端な予言は困るんだけどな。

 ゲームの世界なら謎解き感覚でよろしいが、現実ではごめんこうむりたい。

 詳細な情報どころか攻略本がほしいところだ。そんな危ない敵、さっさと弱点攻撃して終わりにしようよ。それまでにがんばってレベル上げとくから。回復系アイテムもしっかりそろえとくよ。

 その正体不明の魔王を倒すと予言されたのがクラウス様。生まれた時から王子なだけじゃなく、『勇者』ってジョブまで決定してた。

 選択肢なし、ジョブチェンジ不可能な決定。

 嫌でも魔物と戦わなきゃならない人生。

 大変だぁ。

 二次元だからこそ勇者なんていいけど、現実はきついのなんの。危険度マックスな職業だからね? コンティニューできないし。

 が、クラウス様本人は構わないらしい。根が真面目だから、魔物退治は苦じゃないそうだ。人のためになることだと、喜んでやってる。ええ人や。

 まぁ、世のため人のために尽くせる人じゃないと、『勇者』なんてやってられないと思うけどね。

 …………で、だ。

 その嫁が私……。

「こんにちは、クラウス様。お招きありがとうございます」

 私はにっこりしてドレスのすそをつまみ、お辞儀した。

 クラウス様は相変わらず無表情だ。

 うーん、いつもながら表情筋が死んでるな。

 職業柄、クラウス様はあまり感情を表に出さない。人当たりのいいロイヤルスマイルか無表情がデフォルトだ。下手に感情を出してしまうと戦闘時魔物につけこまれるからと、いつ頃からかそうなった。

 小さい頃はもっと表に出してたように思う。今も素直に感情を見せているのは兄たちだけだ。

 私はそこに入っていない。

 うーんと考えてたら、レッドドラゴンが頬ずりしてきた。

 この子は私も一緒に育てたから慣れている。よしよしと頭をなでた。

「ドレス、ありがとうございました」

「……ああ」

 一言だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 婚約者に対してあまりにそっけなさすぎる態度だ。

 例年ならここで誕プレ渡すが、今年は手ぶらなのを見て、おや?とは思ったようだ。

「うんうん、かわいいだろー」

 ジーク兄様が私の肩に手を置く。

「リューファのかわいさは世界一だ。ありがたく脳内メモリに永久保存しておけよ!」

「お前のシスコンはたいがいにしておいたほうがいいぞ」

 あきれ声を出すクラウス様。

 ほら、兄とは普通に会話してる。表情筋もちゃんと動いてる。

「兄さん、またリューファの髪が崩れるよ。せっかくきれいなんだから。ほら、これでよし」

「そろいもそろってリューファに甘いな。お前たちもそろそろ恋人作って落ち着け」

「オレはいるぞ! まだ返事もらえてないがな!」

「胸を張るところじゃないぞ、ジーク。それって暗にふられてないか?」

「いや、脈はあると思う! なくても努力と根性で好きになってもらうまでだ!」

「脳みそまで最近筋肉化してないか」

 私にはそっけないのに、兄たちとはしゃべっている。

 私はそれを冷静に眺めていた。

 ……やっぱり、……だと思うのよ。

 静かに一人納得した。

 やがて王と王妃も到着し、パーティーは始まった。

 この国ではあまり格式ばったことはしない。王がざっくばらんにあいさつし、クラウス様も短く礼を述べる。

 『勇者の嫁』だけどまだ結婚はしてない私は、クラウス様の側にいても公式行事であいさつすることはない。黙って控えているのがお仕事だ。クラウス様がそれでいいと前に言った。

 始まってしばらくはみんながクラウス様にお祝いを述べに来る。その間も少し後ろでにこにこしていた。

 それが終わるとみんな自由にパーティーを楽しみ始める。

 食事は立食形式で、あちこちにテーブルがある。

 出し物はそこらへんで複数やってる。魔法のショーや地球上では想像上の生き物の芸。

 さて、私はどうするか。

 クラウス様が私を見た。

 何か言いたげだが、口は閉じている。

 長い付き合いで、私の希望を聞きたいのだと分かり、進んで言った。

「お腹すいちゃったんで、なにか食べたいです」

「分かった」

 クラウス様は左腕を少し曲げる。私はそこに手を添え、食べ物が並べられたテーブルに近づいた。

 兄たちは「ここからは二人にさせてやろう」とめいめい楽しみに行く。ジーク兄様は猛アタック中の意中の女性のところへ。ランス兄様は速攻女性陣に取り巻かれてあいそふりまいてる。

 私を溺愛してる兄様たちだが、夫に決定してるクラウス様だけは二人きりでも文句を言わない。

 なんだかなぁ。

 テーブルに並んでるのはどれも私の好物ばかりだ。遠慮なく皿にとって食べる。

 普通の姫ならおしとやかーにしてほとんど食べないんだろうけど、私は違う。せっかくコックが作ってくれたのだ、その気持ちを無視するのはいかがなものか。

「んー、おいしい」

「……いつもおいしそうに食べるな」

「だっておいしいですから。城の料理人は腕が違いますよね。クラウス様は食べないんですか? しっかりバランスよく食べて適度な運動、健康の基本ですよ」

「……ああ」

 クラウス様も手には取るが、あまり口に入れていない。目もどこだか分からない方向を向いている。

 私はクラウス様をつついた。

「クラウス様が食べないと、お口に合わなかったといって料理人が叱責を受けるかもしれません。あまりお腹がすいていないなら、私の皿にのせてください。代わりに食べます」

 私だって、考えなしにぱくついてるわけじゃない。こういう席だとクラウス様はあまり食べ物を口にしないから、代わりに私が食べ、「ちゃんとおいしいですよ」と示さねばならないのだ。そうでないと、本当に料理人ががっかりする。

 食べても運動してカロリー消費すればいいだけ。

 クラウス様は黙って私のほうにいくつかのせた。すぐ食べる。

 私は一応婚約者。これならクラウス様は婚約者の世話が忙しくて自分は食べる暇がないと見せかけられる。端からは「婚約者にいそいそと食べさせてる微笑ましい光景」に見えることだろう。

 もぐもぐやりながら、周囲のショーも鑑賞する。同様の理由で王子や婚約者がまったく見てもいないとまずい。

 こういう配慮は必要なのだ。厄介だけどね。もぐもぐ。

 おいしいのは本当なので、ちょこちょこつまみながら見ていた。

 ひとしきり堪能してから皿を置く。

 見計らっていたかのようにクラウス様が口を開いた。

「……少し抜けるか」

 おや。

 私は眉をあげた。

 クラウス様がこんなことを言うのは珍しい。

 疲れてるのだろうか。

「分かりました」

 私はまた腕につかまってついていった。

 主役が抜けても、一緒にいるのが婚約者だから誰も気にも留めない。

 そこへ行くのかと思いきや、クラウス様の執務室だった。

 調度品は少なく、実用的なものばかり。堅実なクラウス様の性格がよく表れている。

 それにしても、自分の誕生パーティー抜けて仕事って。ちょっとかわいそう。

 私をつれてきたのは、それなら仕事してると思われないからだろう。主役が仕事してましたじゃ、周りも気ィつかうもんね。

「お仕事しすぎですよ。こんな日くらい休まれたらどうですか。私ができるものは、お手伝いします」

 クラウス様は手を振った。

「そういうわけじゃない。君があまり乗り気でなさそうだったから抜けただけだ」

 ありゃ。

 クラウス様にもばれてたか。

 生まれた時から知ってるもんなぁ。

「そう見えました?」

 完全に隠していたはずだが。

「ジークとランス以外はだれも気づいてない」

 兄だからね。

 それにしても今はよくしゃべるな。

「具合でも悪いのか?」

 私は首を横に振った。

 ちょうどいい。そろそろ言うべき時だろう。

「いいえ。クラウス様に言わなければならないことがあって、切り出すのが、ちょっと気が重かっただけです」

 クラウス様は無表情で私を見た。意外だと思ってるのが私には分かったけど。

「ああ、ちょうどこちらも話がある。今年君は十六になるな」

 この国では十六で成人。結婚が可能になる。

 私はうなずいた。

「はい。私がお話ししたいのもその件です」

「前から取り決めてあったが、君の十六歳の誕生日に結婚式を行う。基本的にしきたり通りになるが、もしなにか希望があれば……」

「そこなんですけど、ちょっと待ってください」

 クラウス様の言葉を遮った。

「どうしてもお話ししなければならないことがあります」

 ……やっぱり、あまり気は進まない。

 でも言わなきゃなぁ。

 これは私から言わないといけないこと。

 ため息ついて、顔を上げた。

 正面からクラウス様の目を見て告げる。

「婚約を解消してください、クラウス様」


   ☆


「婚約を解消してください」

 そう言った時のクラウス様の顔は見物だった。

 唖然としてる。

 呆然。

 私には無表情がデフォルトのクラウス様にしては珍しい。こんな顔、初めて見た。

 目が点になってる。マンガみたいだな。

 ボーゼン。

 私はもう一度繰り返した。

「婚約を解消させていただきたいです。これが私の今年の誕生日プレゼントです」

 クラウス様はやっと正気を取り戻して叫んだ。

「な、なぜだ!」

 クラウス様がさけぶなんて、これまた珍しい。

 魔物を倒す時の掛け声なら聞いたことあるけど、平時では決して大声を出す人じゃない。

 ……まぁ、慌てるのも当然だろう。これは予言により決められた結婚だ。

「私はなにかまずいことをしたか?」

「いいえ。というか、昔から考えてはいたんです。私たちの結婚は予言によって決められました。でもこれはよくないと思うんですよ」

「よくない?」

「クラウス様が内心私との結婚を嫌がっておいでなのは知っています。ですから、やめたほうがいいと思うんです」

「は?」

 クラウス様はまたあっけにとられた。

 ばれてないとでも思ってたんだろうか。

「いつ頃からか、私とはあまりしゃべらないようになりましたよね。兄たちとは普通に会話するのに。目も合わさないし、あまりこちらを見たがらない感じだし。私が嫌いなのは馬鹿でも分かりますよ」

「え?」

「『勇者を助ける』と予言の娘だから結婚しなければならないって我慢してるんでしょう? 本当なら私なんかより美人で性格も良くて、好みの女性がいいに決まってる。そりゃそうですよ」

 うんうん。私なんかよりすてきな女性がこの国にはたくさんいる。

「いや、その……」

「無理して結婚しても、お互い不幸になります。クラウス様から婚約破棄できないのは、私に悪いと思ってるからでしょう? 気にしなくていいです、婚約解消しましょう」

 私ははっきり言い切った。

 ふう、やっと言えた。

 胸のつかえがとれたよ。

 クラウス様は何も言わない。頭の中を色んな考えが高速回転してるのが分かる。

 これで好きな人と結婚できる、ラッキー。嫌な女を我慢する必要もなくなる。ああでも、リューファのほうはどうなる? 言い出したのが向こうでも、周りからは婚約破棄されたかわいそうな娘になる。生まれた時から決まってたのに。

 ……とか、そんなとこだろう。

 だから遠慮しなくていいって言ってるのに。

 私は肩をそびやかした。

「簡単な解決法がありますよ。予言の解釈が間違ってたって発表すればいいんです。私が『勇者』を助ける運命にあるのは、あくまで仲間としてだったと。本当の伴侶は別にいたって言えばいいんです」

「本当の伴侶?」

「クラウス様が好きな方です。贈り物を買ってるじゃないですか」

 今度こそクラウス様は固まった。

 別に石化魔法は使ってないけど、完全に硬直してる。

 解除呪文唱えたほうがいいかな?

「な……なぜ……」

「なぜ知ってるか、ですか? 偶然知ってしまいました。母の実家の取引先の商人が、この前クラウス様が女性用宝飾品を求めたと。てっきり私へのプレゼントだと思って反応を聞いてきたんですが、私は心当たりなどありません。王妃様や親族の女性へ贈られたのでないことも分かっています。ですから好きな女性がいて、その人にプレゼントしたのだと分かりました」

 淡々と話す。

 怒りはない。むしろあるのは申し訳なさだ。

「それは……」

 クラウス様が言いよどむ。

「もっと早く言ってくださればよかったのに。進んで婚約解消しましたよ。……心配はいりません、婚約解消しても魔王討伐のお手伝いはします。ただの幼馴染になるだけですよ。本当に好きな方と幸せになってください」

 あっけにとられているクラウス様にお辞儀すると、私は踵を返した。

 ああ、やっと言えた。

 私は実にすがすがしい気分で帰宅した。


第三章 勇者は嫁が好きで仕方がない


 なんでこうなった。

 翌朝、クラウスは執務室のデスクにつっぷしていた。

 自分の誕生パーティーに婚約者が、プレゼントしたドレスを着て祝いに来てくれた。うれしかった。

 予想通り、リューファによく似合っていた。かわいすぎて直視できず、言葉も出なかった。

 ……昔から、俺はリューファが好きだった。

 一目惚れというんだろう。

 初めて会ったのは、まだ生まれたばかりの頃。その時リューファの側に見えたきれいな女性に一目ぼれした。

 すけていて、他の人には見えていないらしい。最初は見間違いかと思った。

 それがリューファの思念体だと本能的に分かったのはしばらく経ってから。

 事実、成長したリューファは彼女そっくりになった。

 生まれつき魔力の多いリューファは、赤ん坊で体が動けないからと意識だけ飛ばしていたに違いない。時折その姿を見ることがあった。

 かわいくてきれいで、小動物みたいな外見。実際に肉体は赤ん坊なんだから、そりゃ「この子を守りたい」と思うじゃないか。

 子供のころは純粋にかわいい子だと思ってて、よく遊んだ。でも年頃になるとあの姿が浮かぶ。

 ある程度の年齢になると自分で動けるリューファはもう思念体を飛ばすことはなくなっていた。その代り、現実の姿があの姿にどんどん近づいてくる。

 もうどうしたらいいか分からなかった。

 ……自覚したらもうだめだった。好きすぎて、まともにしゃべることもできなくなった。

 なにしろ、「ああ、かわいい。膝に乗せて、至近距離で思う存分鑑賞したい。というかこんなかわいい生き物を保護しなくていいのか。一生傍から放したくない」とか思ってたから、これを口に出したらまずいと思った。

 言ったら確実にドン引かれるような甘いセリフばかり浮かんできて、我ながらやばいと判断。しゃべらないようにするしかなかった。

 気を抜いたらだらしない顔になりそうだったから、なるべく無表情をこころがけた。

 ―――それが誤解を生んだ。

 実はランスには注意されたことがあった。でも気にしなかった。

 甘えがあったんだろう。リューファは婚約者。周りも認める、予言で決まった結婚。必ず結婚できる相手だからと、甘く見ていた。

 まさか婚約解消したいなんて言われるとは。

「おーい、クラウス、入るぞ」

 ジークがノックして、王・王妃と公爵の父に弟をともなって入ってきた。

「一体どうしたんだ? 朝一で全員来いって言うなんて」

 王も心配そうに、

「お前がそんなことを言うのはよほどのことだな。具合も悪そうだ。今日はもういいから休みなさい。侍医を呼ぼう」

 王妃も息子の顔色に慌てて、

「まあまあ、ひどい顔色。熱はない?」

「熱はないです。病気じゃない。それよりみんな、聞いてほしい。リューファに婚約解消を言い渡された」

 全員停止した。

 たっぷり十分沈黙する。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 真っ先に我に返ったのはジークだった。文字通り炎を発して怒鳴る。

「おいっ! クラウス、お前まさか、かわいいオレの妹に無理やり手を出したんじゃないだろうな! 結婚するまでは手を握る程度しか許さんと言っただろーがっ!」

「出してない! というか、手もつないだことない!」

 クラウスは情けない事実を怒鳴り返す。

 好きすぎて触れたらどうなるか分からないから、必要に迫られたエスコ―ト以外で触れたことなんかない。

 王夫妻と公爵はあわあわしている。

 ランスが頭を抱え、冷静に状況分析した。

「えー……整理しますよ。昨日クラウスはリューファと結婚式の打ち合わせをするつもりだった。ところがいきなり婚約そのものをなしにしたいと言われて、パニクッてると」

「冷静な分析感謝するよ」

 皮肉か。

「リューファがそう告げた理由は、さしずめクラウス様に嫌われていると思ったから、でしょうか?」

「なんで分かった?」

 クラウスがすがるようにランスを見れば、ため息つかれる。

「前に言ったじゃないですか……。あんな態度じゃ、誤解を招きますよと。僕らとは普通に会話するのに、リューファとはほとんどしゃべらないんじゃ、そう思われますって」

「好きすぎて緊張して話せないんだよっ!」

「いくつだよお前……」

 ジークがつぶやく。

「うるさい。みんながみんな、お前みたいに好意ダダもれ、好きだ好きだと言えまくるわけじゃないんだよ」

「はいはい、周りはみんなクラウス様がそうだと知ってますよ。だから僕らも黙って見てましたが、リューファに言っといたほうがよかったかもしれませんね」

「やめろ! かっこ悪い。バレたら死ねる」

 クラウスのほうが頭を抱える番だった。

「この期に及んでかっこつけてる場合ですか。婚約者が好きなのは何も悪いことじゃないですよ。むしろそれでいいじゃないですか」

「そりゃそうだが……今さら何言っても信じてもらえないだろうな。リューファは俺が別の女性を好きだと勘違いしてる」

「なんだとおおおおおお!」

 ジークが再び炎をまとった。

 火系攻撃魔法最高レベル発動!

「クラウス、きさまああああ! 世界一かわいいオレの妹がいながら、浮気しやがったのかあああああ!」

 たいていの魔物はこれ、気迫だけで逃げ出す。

 怒ったジークは町三つぶんくらいのエリアをぶっ壊したことがある。後にはぺんぺん草も生えない。

 後ろでは父公爵も同じように燃えあがってる。大火事だ。消防を呼ぼう。

 クラウスもとうとうキレた。

「勘違いだって言ってるだろうがっ! 俺はリューファ一筋だっ!」

 ランスが冷静に聞く。

「で、もちろんそう言って否定したんですよね?」

 ……クラウスは視線をさ迷わせた。

「……それがその……呆然としてるうちにリューファは帰ってたから……」

「言ってないんですか」

 ランスが長―いため息をつく。

 王夫妻も情けない息子にあきれた。

「そもそも、なぜそんな誤解が生まれたんです? 別の女性なんてどこから出てきたんですか」

「俺が女物の宝飾品を買ったと偶然知ったらしい。自分はもらってないし、母上や親戚にも贈ってない。てことは別の女性にあげたと思ったんだな。好きな人がいるなら自分のことは気にしなくていいから一緒になってほしい、お幸せにと言われた」

 追い打ちかけられた気がする。

「買ったのは事実なんですか?」

「……事実だ。リューファに似合うと思って買ったやつだ。でも特に理由もないのに贈るのもアレだし、恥ずかしいし、結局しまいこんだまま……」

「アレってなんだよ」

 そうやって渡しそびれたものが山ほどある。小さい頃からたまりにたまって、一部屋うまってる。

 ドレスなんか、今じゃサイズアウトで着られないのがいくつあることやら。

 ジークが魔法を解除し、憐憫の情を浮かべた。

「あの部屋か。あれどうするんだよ」

「あのですね、王子が婚約者に物を贈るのに理由は必要ないでしょう。単に好きだから、でいいじゃないですか」

「いっそあの部屋見せてやれよ。これだけ想われてたって知れば、誤解も解けるんじゃないか?」

「……無理だ」

 クラウスは再びデスクにつっぷした。

「リューファはお前らの重い愛情をうざいと思ってるのに、そんなことできるわけないだろ……」

 無口キャラを貫いてたのはそのせいもある。反対に静かなタイプなら好かれると思った。

「ああ、うん……」

 ジークとランスは顔を見合わせた。

 気の毒そうな感情が黙ってても伝わってくる。

「そんなことを言ってる場合ではない!」

 王が俄然やる気を出して、息子の首根っこをひっつかんだ。

「リューファ嬢には結婚してもらわねばならんのだ! お前が口下手でヘタレなのは分かってるが、しゃべれ! とにかくしゃべれ! 態度に出せ! 態度に表さなきゃ分からん! 今からみなでリューファ嬢のところへ行くぞ!」

 王は息子をひったてて走り出した。

 公爵親子に王妃まで慌てて後をおっかけた。


第四章 勇者の嫁と封印のアイテム


―――帰りたい。

 そんな言葉が浮かんでくる。

 ……ああ―――いつもの夢だ。

 真っ暗な空間に私が一人でいる。

 ただあるのは「帰りたい」という思いだけだ。

 どこへ?

 分からない。分からないけど、帰りたい場所がある。

 私はそこへ帰らなければならないのだと、強く思う。

 だからなのだろうか。クラウス様に婚約解消を申し出たのは。

 私はいつかどこかへ帰らなければならない。私の帰るべき場所はここではないから。

 地球へ、ではない。前世でもこの夢は時々見ていた。物心つく頃から見ていた夢。

 昔からあった、消えない思い。

 帰りたい。私を帰して。

 私の中のだれかが叫んでいる。

 ―――どこへ?

 それは―――……。

 翌朝私は泣きながら目が覚めた。

 ……あの夢を見る時はいつもこうだ。

 決して消えない強い思いが私の中にある。なぜなのかは分からない。

 顔を洗い、涙を消すと着替えようとした。

 そこで屋敷がやたら静かなのに気づいた。

 あれ? いつもなら、兄様たちと早朝トレーニングなのに。

 確かめてみると、兄も父もすでに城へ出かけたとのこと。

 なにか重大事件でも起きたのだろうか。

 母いわく、朝一で招集がかかったらしい。

 はて、と首をかしげた。

 魔物関係ではない。それならば、『勇者』のパーティーの一員である魔法使いの私にも声がかかるはずだ。

 それに、緊急招集かかるほどヤバい魔物なら、私の水晶玉にもうつるはずだ。それがないってことは、魔物じゃないだろう。

 出動命令がかかってないなら、予定通り外出。

 トランクに荷物をつめて出かけようとしたら、ドドドドドとものすごい足音がした。

「ん?」

 廊下をものすごい勢いでクラウス様・王・父・兄たち・王妃が走ってくる。

 城にでかけたはずなのに、なぜ邸内から走ってくるのか?

 この答えは簡単だ。『勇者の嫁』が暮らすこの屋敷には、非常時用に城直通の転移魔法陣がある。

 魔物が『勇者』を狙うのは当然のこと。でもクラウス様がむちゃくちゃ強いもんだから、そんなら弱そうな嫁のほうを殺してやれ、と私が狙われたことがあったのだ。

 小動物みたいな外見な上、周りにいるのは屈強な兄たち。余計弱そうに見えるのよね。

 だからうちの警備は王族並み。化け物かってくらい強い兄二人と父もいることだし、下手に攻めてきても返り討ちにされるのになぁ。だから「非常時」なんてなったことがない。

 今じゃ、父や兄たちがフツーに通勤に使ってるわ。

 ……まぁ、私も魔物くらい自力で倒せるしねぇ。

 容姿と『勇者の嫁』ってフレーズで弱者に思われがちだが、私は国内でも指折りの魔法使いだ。研究や防御魔法のほうが性格的にあってるだけ。やろうと思えばできる。

 十歳くらいだったかな、魔物討伐の時。クラウス様を倒せないからって、こっちに向かってきたヤツがいたんだよね。被害総額約八億円。それを一撃で倒してのけたことがある。

 クラウス様も兄たちも目が点になってた。

「これでも手加減したのよ? この魔物の骨、貴重な魔術道具の材料なんだもん。粉砕したらもったいないじゃない」

 って解体してたら、周囲にいた兵士みんな後ずさってたっけ。

 意味が分からない。倒したモンスターを道具の材料にするのはRPGじゃ普通じゃん?

 大体、魔法使いはよくやってることだ。

 ただ私の容姿でびっくりされただけ。

 危険な植物や毒物だってよく使う。大なべに煮詰めて「イーヒヒヒ」とは言わないけど。

 マンドラゴラとか有名だよね。私は普通に引っこ抜き、叫ばれる前に地面にたたきつける。そうやって「黙れ」って踏みつけると大人しくなるよ。

 だってうるさいんだもん、あれ。何デシベルよ。計ってみたい。

 そんなことしてたら、

「『勇者の嫁』が弱そうな見かけなのは罠だ! マジやべぇ! 色んな意味でヤバさが半端ねぇ!」

 って魔物の間で口コミが広がったそうな。おかげで襲撃回数はめっきり減ってしまった。

「残念だなぁ。せっかく素材のほうから来てくれてたのに。狩りに行かなきゃならないじゃない」

 とぼやいてたら、ジーク兄様が口の端ひきつらせてた。

 だって、モンスター探しって面倒なのよ? ゲームと違って、決まったエリアにいるわけじゃないから。

 ……そういえば、そろそろ欲しい材料があるんだっけ。狩りに行かなきゃならないかもなぁ。後でひとっとびして獲ってくるか。

 そんなこと考えてたら、ズドドドドと走る一団は私の前で止まった。あっという間に取り囲まれる。

 なにごとですか。

「リューファっ、殿下に婚約解消を申し出たというのは本当か!」

 父が暑苦しい顔で迫ってくる。思わずあとずさった。

 あっついから離れてもらえないかな。

 ん? ああ、その件か。

 ていうか、あれ? そんなに必死こくこと?

 ……もしかして、婚約解消って「非常事態」?

「はぁ……本当ですけど」

 事実なのでうなずいてみせる。

「なぜだっ。リューファ嬢、うちのバカ息子が何かしでかしたなら謝罪する。直せるところは、いや、直せなくても直させるから言ってくれ!」

「そうよっ、土下座でもなんでもさせるわ! このアホを見捨てないでちょうだい!」

 必死になって言いつのる王夫妻。けっこうひどいこと言ってる気がする。

「いえ別に……クラウス様は悪くないですよ」

 他に好きな人ができてしまったのは悪いことではない。婚約は周りが勝手に決めたことだから。

「私のことはいいんです。クラウス様を好きな人と結婚させてあげてください。嫌いな私なんかとむりやり結婚させても、みんな不幸になるだけです。お願いします」

 むしろ頭を下げた。

 そしたらみんなに頭を上げろと言われた。

「なんでお前が頭を下げる?!」と父。

「え? だって、クラウス様は私のことを考えて言えなかっただけだから。逆に申し訳ないじゃない」

「だからなんでそんな誤解してるんだっ」

 クラウス様が私の両肩をつかみ、なかばヤケクソで叫んだ。

「俺はリューファが好きなんだっ!」

 し――――――ん。

「よく言った!」と王。

「やっと言った!」と王妃。

「遅ぇよ!」とジーク兄様。

「よくがんばりましたね」とランス兄様。

「ようやくですな」と父。

 なんかてんでばらばらに似たようなこと言ってる。

 私は小首をかしげた。

「あのー、ですからそんな嘘はいいですよ」

「……は?」

 全員異口同音。見事にはもった。

「私が『勇者を助ける』と予言されてるから、クラウス様は婚約せざるをえなかった。分かってます。嫌でも拒否できない。婚約解消したいと言っても、周りがこうやって許してくれない」

「いや、あの……」

「ご安心ください。解消しても、私が『勇者』のパーティーの一員なのに変わりはありません。……あ、待てよ。私の顔なんかもう見たくもないですよね。元婚約者がチームにいれば、クラウス様の恋人も不快に思うでしょうし……。分かりました! 抜けます。メンバーでなくなっても、要請があれば協力しますよ。でももうクラウス様とはお話ししませんので大丈夫です」

 クラウス様は口を開けたまま固まってる。

 言いたかったけど言えなかったことを私が全部代弁してくれたから、うれしいのだろう。

「じょ、冗談じゃない! リューファ、抜けちゃだめだ!」

 ジーク兄様が血相変えてる。

「兄様、クラウス様は確かに『勇者』だけど、それ以前に一人の人間なのよ。『勇者』だって生まれた時から決められてるのも気の毒だと思うの。なら、せめて妻だけは自由に選ばせてあげて。本当に好きな人と幸せになってほしいの」

 私は改めて頭を下げた。

「―――どうかお願いします」

 私にできるのはこれしかない。

 長年縛りつけてしまった詫びになるかどうか分からないけど。

 呆然としてたクラウス様が、ふと私の持ってるトランクに目をとめた。

「……リューファ。まさか、好きな男がいるのか?」

「は?」

 今度は私が聞き返す番だった。

「なにを言ってるんですか」

「だから! 好きな奴ができたのか? そいつと結婚したいから婚約破棄なんて言い出したのか?!」

 がしっと肩をつかまれる。

 痛い。

「いませんよ、そんな人」

 眉をしかめて答える。

 恋愛経験がない私への皮肉か。どうせ前世でも恋人なんていませんでしたよ!

「本当か? 本当だろうな」

「これは本当だと思います、殿下。リューファはそういう嘘をつく娘じゃありません」

 父が否定してくれる。

 クラウス様はちっとも信じてないみたいだ。腕の力がちっとも弱くならない。

「これからどこへ行こうとしていた? まさか、そいつに会いに行くつもりだったんじゃないだろうな」

 目がすわってる。こわ。

 魔物退治の時でも、こんな目してなかったよね。

 なんで怒ってるのー? 私はむしろ不本意な婚約から解放してあげたんじゃない。

 喜びこそすれ、怒るとこなんてあった?

「どこって……魔法道具屋ですよ。行きつけの。納品です」

 トランクを指す。

「納品?」

「はい。私は呪われた道具とかの浄化が得意じゃないですか。きりえにすれば、そういうのってけっこう高値で貴重な魔具だから、店に卸してるでしょ」

 魔法使いの中でも私は特殊な部類に入る。魔具を作るんじゃなく、「呪われた○○」「悪い魔女が使ってた道具」とかの浄化が得意なのだ。

 これができる魔法使いはとても少ない。

 そういう危ない魔具はたいてい何か事件の押収品として国や軍が回収する。でもその後が困るのだ。封印するなり、きちんと処分するなりしないと、またどうなることやら。

 そんな時は浄化できる魔法使いが招集される。ぶっちゃけ、あったって面倒だからタダ同然で払い下げられる。むしろ金払うから浄化してくれって頼まれる。

 上手く浄化できれば、役立つアイテムに早変わり。元々そういう呪いがかけられるってことは、キャパシティが大きい魔具ってことだからね。

 もちろん売る際には、二度と悪いことには使えないよう改良が義務付けられている。

 これがいい仕事になるんだな。

 実のところ、私はこれだけで銀行残高がとんでもない数値になっている。ゲーム内のコインみたいなケタ数だ。

「もうかるならやりたい!」って?

 やめたほうがいい。下手に手を出すもんじゃない。危険な魔具を使うのは相応の知識と経験が必要。失敗すると逆にとりこまれる。

 事実、過去安易にやろうとして失敗、取り込まれてしまい、命を落とした例がある。

 もうかるけど危険性も高いのが、浄化を請け負う魔法使いが少ない理由だろう。普通に病気の薬を地道に売ったほうが安全で堅実に稼げる。

 中でもトップクラスの浄化魔法が使える私は魔具研究が好きで、どんな払い下げ品も断らない。むしろ研究材料タダでくれたぜ、ラッキーくらいにしか思ってない。

 『勇者の嫁』なら色んな意味で安全だというわけで、しょっちゅう頼まれていた。近隣諸国から依頼されることも多い。

 ……というか、私が『勇者を助ける』と予言されたのはこの力ゆえだろう。悪い魔法を浄化する力は貴重な戦力だ。

「今回はけっこうステキなのができたんですよ! 見ます?」

 ぱかっと開けると、中から出したのは五人くらい座れそうなサイズの絨毯だった。

「ラプンツェルの髪で作った空飛ぶ絨毯です! どう? 模様とか、凝ってみたんですよ。キレイでしょ」

「……ラプンツェルの髪?」

「ほら、この前ランス兄様が持ってきたじゃない。隣の国で女の子を監禁してた魔女が使ってたって。当局が証拠品として押収したはいいものの、処分に困ってるからもらってきたやつ」

「ああ、隣の国の軍部の知り合いからね。あっちには優秀な浄化魔法の使い手がいないそうだ。けっこうな値段で依頼されたよ」

「そうそう。で、元々体が浮くって魔法がかかってたから、それを生かして空飛ぶアイテム作ってみたの。どう?」

 髪の毛を刺繍糸に加工して縫ってみたのだ。せっかくだから模様はラプンツェルの物語をモチーフにしてみた。

「……それ使って好きな奴と逃げようと思ってたんじゃないだろうな」

 クラウス様の声が低い。

 だから違うって言ってるじゃないか。

 いいかげん嫌になってきた私はにらんだ。

「私も恋人がいてお互い別の相手と結婚するから婚約破棄、なら外聞がいいのは分かりますが、いいかげんにしてくれません? とにかく私は納品に行きますので」

 やってられなくて、絨毯をしまうと出て行こうとした。

 すると、クラウス様がトランクをひったくり、私を引っ張っていく。

「私も一緒に行こう」

「はあ? ……別に構いませんが、予定がおありでは?」

 皇太子はそれなりに忙しいはずだ。

 王が後ろから叫ぶ。

「お前の予定は当面全部キャンセルだ! リューファ嬢と一緒に行けっ!」

「言われなくてもそうしますよ! 行くぞ、リューファ」

 はいー?

 私はトランクと共にペガサス馬車につっこまれた。


   ☆


 車中のクラウス様は超絶不機嫌だった。

 逃がすかと言わんばかりに、腕はつかまれたままだ。

 意味不明にもほどがある。マジイミフ。

「あのー……クラウス様、放してもらえませんか」

「断る。逃げるつもりだろう」

「逃げませんよ。逃げるってどこへです? そうでなくて、痛いです」

 痛みを訴えれば、クラウス様は放してくれた。

「す、すまん。痕がついてないか? リューファのきれいな肌に痕でも残ったら」

 慌てて袖をめくり上げ、痕になってないのを確認すると、安心したように息を吐く。

 それにしても、さっきからよくしゃべるな。

 正直に言ってみた。

「珍しくよく私としゃべってますね。無理しなくていいんですよ。会話するのも嫌なんでしょう?」

「違う! リューファが好きすぎて、緊張してまともに話せなかっただけだ」

「まーたまた、ご冗談を」

 パタパタ手を振る。

「ここには私達しかいないんですよ。嘘つく必要ありません」

 元婚約者の機嫌をとる必要はない。

「嘘じゃない。俺は昔からリューファが好きだった。好きな女が婚約者なんてうれしくて、嫌われたくないし、どうしたらいいか分からなかった。婚約なんてすっ飛ばして、法改正していますぐ結婚したい。いつも傍にいてほしい。一日中リューファを眺めることしかしたくない」

 ひょいと持ち上げられ、膝の上にのっけられて抱きしめられた。

 ぎゃあああああああああっ?!

 悲鳴をあげなかったことはほめてもらいたい。

 絶叫してたら、ペガサスが驚いて暴走してた。

 私は真っ赤になって固まるしかなかった。

「く、クラウス様?!」

「ああ、リューファは柔らかいな。抱きしめたら壊れそうだったから躊躇してたけど、もっと早くこうすればよかった。いい匂いもする」

 鼻をくんくんさせて私の髪にかおをうずめるクラウス様。

 に、においフェチ?! 特殊な性癖はかんべんしてください!

 いや、それ好きな人にはやらないほうがいいと思いますよ?! ドン引きされます!

 逃げようともがいた。

「は、はなしてー! やだっ、においとかかがないで!」

 仮にも乙女として断固拒否する!

 そりゃ公爵令嬢として身だしなみは完璧だけど、そういう問題じゃないっ!

「甘くていい香りなのに」

「たぶんシャンプーの香りです! ただそれだけです! フェチの内容暴露されても困りますー!」

 クラウス様はむっとして、

「そういう性癖はない」

「思いっきり誤解招く態度ですよ?!」

「リューファが好きなだけだ。それにしてもいい抱き心地だな。すっぽり腕に収まる。常に携帯していいか? リューファが不足して死にそうなんだ。常時抱きしめてれば落ち着くかもしれない」

 なんかどんどんやばいこと言い出してる気がする。

 若干冷や汗かいて冷静になってきた。

「クラウス様、私を抱き枕かなにかと間違えてませんか」

「ああ、それはいいな。リューファがいるならよく眠れると思う。結婚したら抱きしめ放題か。よし、今すぐ結婚しよう」

「クラウス様が結婚するのは好きな人とでしょう。私じゃありません。もう二人きりになるのはやめたほうがいいですよ、その人に勘違いされます」

「勘違いしてるのはリューファだろう。俺が好きなのはリューファ、結婚するのもリューファだ。婚約者同士なんだ、二人きりになって何が悪い。ジークもランスも目をつぶってるじゃないか。むしろ周囲には何かあったと勘違いしてくれたほうが好都合だな。リューファは俺のものなんだから」

 額にキスされる。

 私達は婚約者同士だ、これくらいは挨拶の範囲内で時々やってる。

 が、今回はあきらかに違った。

 顎をつかんで上向きにされたかと思うと、唇をふさがれた。

「ん――――――っ!」

 ななななな!

 渾身の力でクラウス様を突き飛ばそうとした。びくともしない。

 攻撃魔法を使わなかったのは、主君だからだ。

 暴れて逃げ出そうにも、がっちりつかまれていて動けない。

 さすがは『勇者』、魔物退治で相手を押さえ込む術を知っている。

 前世でも私に恋人はいなかった。キスの経験なんかない。

 呼吸の仕方も分からず、酸欠になりかけた。

 ちょ、死ぬ。マジで息できなくて死ぬ。

 酸欠という意味で真っ赤になって腕をバンバンたたけば気づいて放してくれたが、私が真っ先にしたのは怒鳴ることではなく酸素を取り込むことだった。

 ぜーはー。

 死ぬかと思った。またこの年で、今度はこんな死因はかんべんしてくれ。

 羞恥と酸欠で真っ赤になった顔でにらみつける。

「なにするんですか!」

「リューファがかわいいから我慢できなかった」

 再びぎゅっと抱きしめられる。

「何言っても信じてくれないなら、行動で示すしかないだろう。もう何年も我慢してたんだ。婚約者同士で、だれにも咎められることはないのに」

「……軽蔑します」

 ぽつりとつぶやいた。

「えっ?」

 クラウス様がやばいと腕を緩める。

 私は思いっきりにらみつけた。

「陛下に言われたからでしょう。予言の娘はなにがなんでも手放すなって。ちゃんとお手伝いはしますって言ったじゃないですか。もう演技はけっこうです!」

 唇をぬぐう。

 泣きたくなる。ファーストキスがこれなんてあんまりだ。

 ……でもクラウス様は婚約者だった人。なにもなければ結婚していた人だ。キスしてもおかしくなかった相手。あきらめもつく。

 クラウス様はしばらく青ざめていたが、やおら手を握り締めてきた。

「―――分かった。信じてくれないのには、俺の過去の行いに原因がある。非は素直に認めよう。無口クール系キャラはもうやめだ。なんとしてでもリューファに俺を好きになってもらうよう努力する」

 なにやら宣言された。

 え? なんでそうなった?

 今の流れでどうしてそこに着地するよ。

 キスの衝撃がぶっとび、おそるおそる言う。

「私、婚約破棄したはずですが……」

「絶対破棄しない。大好きだ、リューファ」

 何年ぶりかというくらい久しぶりにまっすぐ目を見て明言された。

 いやだから、結婚やめましょうよ……。

 『勇者』は攻略しがいのある獲物を見つけた時みたいに闘志満々だ。

 しかもあろうことか、甘い言葉たれ流して過剰なスキンシップしてくる。

 無口で朴訥、真面目な『勇者』どこ行った?!

 脳みそフル回転しても、こんなクエストをクリアする方法は思いつかなかった。


    ☆


 私が品物を卸してる魔法道具屋は魔法使いの間で有名な店だ。

 城下のど真ん中にある、おばあさんが一人でやってる小さな店だけど。

「こんにちはー」

「おや、いらっしゃい」

 私が生まれた時、祝福を授けに来てくれたおばあさん魔女がカウンターのところに座っている。一番年長で、代表格だった魔法使いだ。

 現在いる魔法使いの中でも最年長。年は「レディーの年は秘密だよっ☆」とかいって教えてくれない。

一般的に「先生」と呼ばれてる。魔法使いの元締め的存在で、年だから一線は退いてるものの、いまだその名は各国にとどろいている。

この店の品ぞろえは豊富で、質もいい。ここにくれば魔法関係に必要なものはなんでもそろうと言われている。

魔法使いのネットワーク中継地点でもあり、情報拠点でもある。

先生は私の隣にいるクラウス様を見て、ほほえましげに言った。

「殿下が一緒とは珍しいね」

「デートだ」

 クラウス様が断言する。

「違います」

 私が即座に否定したのに、先生は信じてない。

「婚約者なんだ、今さら恥ずかしがることないだろう。で、納品かい?」

「はい。空飛ぶ絨毯です」

 私達はスツールに座ると中身を出してみせた。先生は大喜び。

「おお、これはすごい。性能もさることながら、芸術品としての価値もあるね。高く売れるよ。この前のもすごい値がついたけど」

「前は何を作ったんだ?」とクラウス様。

「えーと、北の方の国でいじわるな小人のおじいさんがためこんでた宝石を使ったアクセサリーです。白薔薇と紅薔薇って姉妹を困らせてたみたいですよ。クマにされちゃった人もいるって。質がよかったから、浄化した後、ネックレスにしました」

「色々作ってるな……。昔、白雪姫の継母が使ってた魔法の鏡も加工してたな?」

「聞かれたことは秘密でも本当のことをしゃべってしまう。その機能は犯罪捜査に使えますからね。試しに作ってみたら、ランス兄様が速攻軍の公費で買い上げたんでしたっけ」

 腹黒でしたたかなランス兄様がどう使ってるのか、知りたくはない。

 防具や武器の類は、作る端から兄たちが買い取っていく。公費で。国で使ってるそうだ。

 実際魔物討伐の時に持っていき、役立ったことがある。

「今つけてるネックレスもその類のものか?」

 今は大ぶりのルビーがついたネックレスをつけている。

 ちなみにドレスは外出着なので比較的シンプルなワンピースタイプだ。やはり白ロリ系。

「はい。一応外出の際は魔具を携帯してますよ」

 護身用に防御魔法を仕込んだ魔具は必ず持っている。

 クラウス様が首筋に触れてきた。

「リューファより優秀な魔具の作り手はいないからな。似合うかと思っていくつも装身具を買ったが、リューファの作るもののほうが性能がいいから意味がなかった」

「はあ、そうですか」

 いやぁ、芸術的価値ならもっとすごいの作る人いっぱいいるよ。

「別に私はいりません。贈るべき相手に贈ってください」

「リューファ以外に贈っても意味がない」

 またそういうこと言う。

 先生は生暖かい目で見ていた。なぜだ。

「ところで、殿下が一緒なのはちょうどよかった。興味深いものが見つかりましてね、ご報告しようと思ってたところでしたよ」

 どこからか布に包まれたものを出す。結界が仕込んであるのが分かった。

「知り合いが偶然市で見つけたものです。売っていた奴も拾ったものらしいい。中身は本ですよ。ただ古い言葉で書かれていて読めないから、私のところに持ち込まれました」

 先生は国一番の賢者だ。分からないことがあると聞きに行けば、たいていのことは教えてくれる。

 中には謎のアイテムを入手し、困って持ち込むケースも。ものによってはヤバいやつだったりするから、浄化が必要な時は私に声がかかる。

「かなり古い文字で、解読するのに苦労しましたよ。どうやら相当高度な封印のアイテムについて書かれてるようです」

 先生は布をめくった。そこにあったのは、古くて小さな黒い本。

 手帳といったほうが正しいかもしれない。

「――――――」

 私は黙り込んだ。

 妙な感じがする。

 邪気が少しあるから? いや、それほど強くはない。

 なぜだかは分からないけど、胸騒ぎがした。

 心臓の鼓動が早くなっていく。

「ふむ。少しだが邪気があるな」

 そう言いつつ、平然と触るクラウス様。『勇者』であるクラウス様に邪気は効かない。

「どれどれ」

 ぺらっとめくる。魔具の素描が描かれていた。

 ――それを見た瞬間、私は悲鳴をあげて飛び上がった。

「いやあああああ!」

「リューファ?!」

 クラウス様が驚いて腰を浮かす。先生も椅子から転げ落ちそうになった。

 何が起きてるのか、私のも分からない。ただただ恐ろしかった。

 嫌だ嫌だ嫌だ!

 帰りたい・・・・。

 私を帰して・・・・・。

 無意識に浄化魔法を展開する。

 空中に魔法陣が現れ、本を包みこんだ。一瞬で邪気が消滅する。

 全身の震えが止まらない。

 どうして。

 だれが私を。

 だれか助けて。私を一人にしないで。

 だれか――――――。

「リューファ、しっかりしろ!」

 クラウス様が私を強く抱きしめた。

 ……あたたかい。

 力強い腕。

「リューファ!」

 リューファ?

 ……ああ、私の名だ。

 私は―――リューファ=アローズ。

 目の焦点が合ってくる。

「リューファ、大丈夫だ。俺がいる」

 言い聞かせるように、クラウス様は何度も繰り返した。

 ……この人は大丈夫。

 ここなら安心できる。

「……クラウス、様?」

 ぼんやり問いかけた。

「大丈夫、大丈夫だ、リューファ」

「……はい」

 ああ、この場所なら私は安全だ。

 そんな確信があった。

 私はクラウス様にしがみついた。

「クラウス様、クラウス様……っ」

 力強い腕に包まれ、やっと震えがひいてくる。

 この人がいれば大丈夫。

「リューファ、大丈夫かい?」

 先生が心配そうにたずねる。

「これはそんなにヤバいものだったのかい?」

 私はクラウス様の腕を握りしめながら、首を振った。

「……それ自体は呪いのアイテムじゃありません。浄化したから、触っても平気です……」

「経験上、描かれてるのは封印のアイテムに間違いないと思うが?」

「ええ、殿下。これは魔王を封じるためのアイテムだと書かれています」

「なんだって?!」

 クラウス様が目を見張る。

 『勇者』にとって魔王は宿敵。

「予言の魔王か?」

「はい。魔王はかつて封印されたと言い伝えがあります、おそらくこれらを使ったのでは?」

「複数必要だったのは、それほど強かったというわけだな。分散させて封じたか」

「魔王がどのような者だったか、伝説にも詳細はなく、ここにも記されてはいませんが……」

「―――あいつよ」

 気づけば私は口走っていた。

 クラウス様と先生の視線が集まる。

「リューファ?」

「あいつです、クラウス様」

 しがみついて言いつのる。

「「絶対そうよ。あいつしかいない」

「どうした、リューファ。知ってるのか?」

「何か勘づいたのかい? だれのこと?」

「―――『招かれざる魔女』……」

 私はその名を告げた。

 クラウス様と先生の顔がとたんに強張る。

 この世界で『招かれざる魔女』といえば、一人しかいない。

 『眠り姫』またはいばら姫の誕生祝に呼ばれず、腹いせに死の呪いをかけた魔女のことだ。

 悪名高く、危険な魔女。

 呪いが発動する時に再訪し、眠り姫を誘導して糸巻きのつむが刺さるようにした。わざわざ十年以上待つあたり、執念深いと分かる。

 本名不明、もはや『招かれざる魔女』というあだ名のほうが有名すぎる魔女だ。

「『招かれざる魔女』だって?」

「そういえば、千年くらいまえに行方不明になってるね。私も生まれる前のことだから、詳しくは知らないが」

「封印されたからだったってことか」

 先生はうなずく。

「かもしれません。悪名高いですからね、だれかが退治したんでしょう。聞いた話ですが、『眠り姫』の話には語られていない部分があるそうです。呪いが発動した時初めて、『招かれざる魔女』は自分の呪いが改変されているのを知った。なにしろ呪いをかけた直後さっさと帰ってましたからね。その後のことを知らなかったんですよ。改変した魔女をひどく恨み、必ず復讐してやると誓ったそうです」

「『最後の魔女』か……」

 『最後の魔女』といえば、やはり一人しかいない。

 眠り姫が呪いをかけられた時、まだ一人だけ贈り物をしていない魔女がいたのは知っての通りだ。彼女は呪いを解くことはできなかったけど、百年の眠りに変えることはできた。

 百年間城ごと姫を守り、夢の中で全てを教えていたのも彼女。

 良い魔女の代名詞で、人々から慕われていたという。

「『最後の魔女』もある日突然消息を絶ったと聞いています」

「『最後の魔女』が『招かれざる魔女』を封印するためにそれらを作った。しかし相打ちになり、死んだということか」

「つじつまは合いますね。魔王が『招かれざる魔女』だというのも納得です。リューファは『勇者の嫁』、無意識レベルで感じ取ったのでしょう」

 私はしわになるくらい強くクラウス様の服を握りしめた。必死で懇願する。

「あれをそろえてください、クラウス様。敵より早く。あれは渡しちゃいけないものです。必ず全部そろえないと。そうじゃないと私、私は―――」

「リューファ? 分かった、探そう」

 クラウス様はうなずいた。

 必ず約束は守る人だ。口にした以上、きちんと実行してくれるだろう。

 ほっとして気が緩むのが分かった。

「よかった……」

 体の力が抜ける。意識が遠のくのを感じた。

「―――リューファ!?」

 崩れ落ちる私をクラウス様が抱きとめてくれたのを知る由もなく、私は意識を失った。



   ☆


 リューファが気絶した後、クラウスの行動は迅速だった。

「リューファ! リューファ!」

 いくら呼びかけても返事がないのを見てとると、すぐ先生に診察を命じる。

「これは魔力の使い過ぎではありません。てっきり浄化魔法で力を使いすぎたのかと思いましたが……。精神的な負荷がかかり、それから逃れるために自ら意識を飛ばしたというのが正解でしょう」

「そうか。分かった。すぐ公爵邸へ戻る。その本もこちらで押収する」

「承知しました。私めもお供します」

 先生は店を閉め、ペガサスに一人で帰るよう言う。

 リューファをかかえたクラウスとともに奥へ引っ込むと、転移魔法を起動した。

 国内何か所か、『勇者』関係者が有事の際に使えるよう直通の魔法陣が設置されている。魔法使いの元締めである先生の店と『勇者の嫁』がいる公爵邸との間に連絡ルートがあるのも当然だった。

 公爵邸に着いたクラウスは直ちにジークとランスを招集した。

 先生は侍女に指示を出すと、城へ飛んだ。王と公爵に判明した事実を報告するために。

 妹が倒れたと聞き、ジークとランスは真っ青になった。しかしクラウスのほうが蒼白なのを見て、冷静さを取り戻す。

 クラウスは簡潔に事情を説明した。

「『招かれざる魔女』を封印したアイテム探しか。難しいな」

 ジークがうなる。

「少なくとも形状は分かっているわけですよね。ただちに母の実家に連絡を取ります」

 ランスは本をコピーし、魔法でデータを送った。

 母親の実家は国内でも有数の商家だ。世界中に流通網をめぐらせている。そのネットワークを使おうというのだ。

「おそらく『最後の魔女』がどこかへ隠しただろう。復活阻止のためにな。簡単には見つからないかもしれない」

「ブラックマーケットに流れている可能性もありますしね。そちらも探りをいれてみましょう」

 貴重な魔具や怪しいアイテムは闇の市場で取引されることがある。

 ジークは顎をしごいて、

「しかし、さすがはリューファだな。残っていたわずかな痕跡から、無意識レベルで気づくとは」

「敵より先にそろえて……と言っていた。確かに、魔物がこの存在を知れば、『招かれざる魔女』を復活させようとするだろう。全て集めて壊せばいいのだと思う。『招かれざる魔女』がいれば、魔物が人間を滅ぼせると考えるに違いない」

「『招かれざる魔女』の伝説はだれでも知ってる。復活されたらヤバいなんてもんじゃないな。なるほど、魔王がそいつねぇ。リューファは封印のアイテム浄化の役目を持って生まれてきたってことか」

「リューファ……」

 リューファの手を握りしめたままだったクラウスは、その手を額につけた。

「リューファ、早く目を覚ましてくれ」


   ☆


 ―――帰りたい。

 またあの夢だ。

 いつもより強く感じる。

 泣いている? だれが?

 さっき感じた懐かしい空気。

 なぜ懐かしいと思ったの?

「―――あそこが私の帰る場所だから」

 そんな答えが浮かんできた。

 あそこってどこ? どこにあるの?

 答えはない。懐かしさだけが私を包む。

 あなたはだれなの?

「リューファ」

 クラウス様の声がした。ゆっくり意識が浮上してくる。

 目を開けると、真っ青な顔をしたクラウス様がいた。兄たちもいる。

「……クラウス様……」

「リューファ!」

 三人とも異口同音に叫ぶ。

 私……どうしたんだっけ。

 ああそうか、本を浄化した後、気絶したんだ。

 私の部屋……ということは、クラウス様が屋敷に運んでくれたんだな。

「ご迷惑おかけしてすみません」

 起き上がろうとしたら、三人そろって止められた。

「だめだ、まだ寝てなさい!」とランス兄様。

「痛いとこないか? 苦しくないか?」とジーク兄様。

「無理するんじゃない!」とクラウス様。

「いえ、もう平気です」

 それならばとクラウス様はベッドに腰かけ、私を引き寄せて寄りかからせた。肩に腕を回す。

「魔力の使い過ぎではないそうだが、無理はいけない」

「もう平気ですってば」

 不思議と安心した私は抵抗しなかった。

 ……ああ、この人の傍は落ち着くな。

 安心してもたれかかる。

「『招かれざる魔女』なんてとんでもないイメージが浮かんだから、びっくりしただけです。もうなんてことはありません。さっきの本、もう一度見せてもらえますか?」

 クラウス様はだめだと言ったけど、私がどうしてもというので出してきた。

「また倒れるんじゃないか?」

 ジーク兄様が巨体に似合わずおろおろしてる。

「ヤバいアイテムの浄化をさんざんやってるのよ。ビビってたら逆に取り込まれる。それにもう浄化は終わってるから」

 さっきはパニックのほうが大きかったけど、今はそれより見なければならないという気持ちのほうが強い。

 私は恐れずページをめくった。

 いくつもの魔具が描かれている。メモはどれも古代語だ。

「かきこみは材料についてで、効果については書かれていませんね」

 依頼される浄化の魔具はかなり古いものもあるので、私は古代語も読める。昔のがひょっこり発見されました系ね。意外とあるんだよ。

 別に作るのはいいけどさ、後始末はちゃんとしといてもらいたいよね。後世の人が困るのよ。

「入手困難度、レア度からいってもこれらの魔具は超一級品です。今では手に入らない材料もあり、もう一度作ることは不可能ですね」

「隠した場所の手がかりは書かれてないか?」

「いえ……どこにも。それにしても興味深いですね。一般的に封印系のアイテムはツボとか箱、入れ物なんですよ。これは装身具ばかり」

 三人は顔を見合わせた。

「言われてみればそうだ。不思議だな」

「複数のアイテムに分けて封印しなければならなかったからじゃないか?」

「入れ物系だと、どうしてもかさばる。戦ってる間、壊されないよう守るのも面倒だし、なにより持ち運びが厄介だね。装身具ならコンパクトで、身に着けていられるってことか」

 なるほどとうなずきあう。

「あと、もう一つ気になることがあるんです。『最後の魔女』が『招かれざる魔女』と相打ちになったんだとしたら、これらを隠す暇があったでしょうか?」

「相打ちになったというのはただの予想だ。実際はその後しばらく生きていて、時間があったかもしれない」

「だとしたら、そんな物騒なもの、国に保管を頼むと思いますよ。他の魔法使いに頼んでも、個人ではとても負いきれません。特にこの国の王室に何の連絡もなかったのは変でしょう。『眠り姫』の子孫なんですから」

 『眠り姫』が百年の眠りから覚めて結婚した、その子孫がドリミア王国王家。つまりクラウス様は眠り姫の遠い子孫にあたる。

「『眠り姫』にとって『招かれざる魔女』は宿敵。それを封じたのなら、少なくとも一報すべきです。魔法一つでメッセージ送れますから」

「……王室の記録には残っていないな。聞いたことがない。もっと詳しく調べてみたほうがよさそうだ」

 クラウス様が本を回収しようとする。

「あ、待って。コピーとらせてください」

 私は魔法でノートに複写した。

「原本は城へ送る。すでに先生が向かい、話は通しているはずだ。ジークとランスは情報収集にあたれ。私はとうぶんここに泊まりこむ」

 え?

 今、さらっと聞き捨てならないこと言わなかった?

「え……クラウス様、泊まるってうちにですか?」

「もちろん」

 はっきり首を縦にする。

 いや……いやいやいや!

 ちょっとどころかすごく待って!

「人の話聞いてました? 私、婚約解消してくださいって言いましたよね。元婚約者の家に泊まりこむってどういうことですか」

「私は許可した覚えはない。リューファは俺と結婚するんだ」

 がしっと肩をつかまれて動けない。

 あ、なんか気迫がマジだ。

 何度も魔物討伐についてったから分かる。これ、本気の時のクラウス様だ。

 な、なんで?

 すがるように兄たちを見れば、うんうんとうなずいている。

「何も問題ないだろう」

「も、問題おおありでしょっ?! ジーク兄様!」

「結婚前の同居はどうかと思うが、まぁどうせ今年中に結婚するんだ。非難するやつはいないだろう」

 私が非難するけど!?

「警備面でもそのほうがいい。封印アイテムの浄化ができるリューファは狙われる恐れがある。クラウスが傍にいるなら安全だ。もおしアイテムが見つかったら、すぐ全員出動できるし」

「だ、だけど……」

「リューファが城へ来てもいいぞ。一緒の部屋で暮らそうか」

「絶対嫌です!」

 断固拒否した。

 冗談ではない。私が城で暮らしたら、事実上結婚が成立してしまうじゃないか。

「実際問題、俺が移ってくるほうが早い。この屋敷にはリューファが仕事に使う道具や材料がそろってる。それを全部動かすよりは、身軽な俺が動いたほうがいい」

「え……いやあの、城とは直通ルートがあるじゃないですか。わざわざうちに泊まらなくても」

 一秒で来られるのに、なにを言うやら。

「だめ。これは決定事項だ」

 命令されれば、『勇者』に逆らえる者はいない。

 兄たちも「あきらめろ」と視線で訴えてくる。

 えええええ。

 婚約解消頼んだら、翌日『勇者』が押しかけ同居強制してきました。

 こんなストーリー展開あるかっ?!


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