第四話:俺の願い
反省会と端的に言われても、さすがにどこから反省したらいいのかがわからない。戦闘未経験者に戦闘について語れというのも無理があるだろう。
「少年よ、俺の悪かったところを教えてくれないか?」
「はぁー、まずは自分で考えてみて。そして、自分で考えた意見をまずは聞かせてほしいな」
考えてほしいと言われたところで、戦闘について俺が考えれることはたかが知れているだろう。しかし、考えろと言うのなら考えてみよう。
相手は今回ウサギだった。攻撃としては、体を使ったものだけだった。爪の攻撃はなかったから、もしかしたら爪は短くて使えないのかも知れないし、攻撃パターンを2回しか見れなかったからわからなかっただけかもしれない。
戦闘について思い出してみるが、全く自分が何もできていなかったとありありとわかる。ウサギ1匹に自分が殺されていて魔王なんて存在を殺すことができるのかと心配になる。旅に出てその日にウサギじゃなくても他の魔物とかに殺されてしまうんじゃないかと考えてしまう。
考え始めるとどんどんと思考の渦に呑まれてしまう。まずは目先のことを考えなくてはと思うのだが、今後のことが不安になってくる。暗い想像ばかりが膨らんできて、ついには何もする気が起きなくなる。
いつもそうだ、何もしていないのに悪いことばかりを想像してしまい、動けなくなる。元の世界の俺はそんな想像ばかりをしていたから結局いい仕事に就けることなく辛い思いばかりしていた。だからこそ、新しく人生を始めたいと思って仕事を探していたはずなのに、何も始めていない段階でつまづいて諦めようと考えてしまっている。自分を変えようなんて無理な話だったのかもしれない。30年近く変わらなかった自分が今更変われるはずもなかったのだ。
そこまで、考えていると
とんとんと肩を叩かれて振り向く
「お兄さん、確かに考えろとは言ったけど、それは戦闘についてだよ。お兄さんは、今を変えたいと思って仕事を探してたんでしょ。そうじゃなきゃこの仕事を与えられないからそれくらいはわかるよ。でも変えたいと思ってすぐに変えられるならみんな苦労なんてしないよ。悩んで苦しんでそれでも変えられないことだってある。でもそれは変えたいと思わなければ絶対に変えることができないものだよ。お兄さんは今、自分を変えるためのスタートラインに立ったばかりなんだから、失敗も当たり前さ。本当に変えたいと思うのならば、ここからの一歩を大事に歩んでいかなきゃね」
少年に言われ思う。俺の考えていることがまるで手に取るようにわかっている物言い。さらに的確なアドバイス。まるで、そう。長年生きてきた人のようだと。こんな少年がそこまでの人生経験のようなものを語るなんて有り得ないと思う。思うが、その言葉はすっと俺の胸の中に収まった気がする。こんな年端もいかないような少年に何がわかるんだと思う反面、この子ならという気持ちもある。改めて考えてみる今の自分についてを。
俺はまだ、始まっても始めてもいない。少年は、スタートラインに立ったと言うけれど、それすらもまだだと感じている。スタートラインにすら立っていないのにぐじぐじと悩んだって仕方ないと思えてきた。自分を変える、そうだそのために新たな仕事を求めてもいたんだ。なんとなくで歩んできた人生だけど、そうじゃなくて、自分で決めて人生を歩みたいと思った。なすがままに、言われるがままに歩まされる人生を変えたいと思ったんだ。
そこまで考えてやっとわかる。俺は仕事を、人生を舐めていたんだと。
「お兄さんやっと顔つきが変わったね。この世界は、いや、どの世界でもだけど舐めてたら足元掬われるよ」
少年の表情は始めて会った時の普通の子どもと思っていた時とは別の、冷利な表情をしていた。生きることをひたすら追求したような、日本では全く見ることのできない表情。それは、この世界で生きることの過酷さを教えてくれているようだった。
「俺はきっと人生を甘く見ていた。元の世界では、それでも十分生きることはできた。でも俺は自分を変えたい。その一歩の手助けをしてくれないか」
俺は少年にお願いする。
端からみるならそれは歪な光景だった。しかし俺はそんなことは関係ないと思った。いや、思ったなんていうのは違うな。思えるようになったというのが正しいのだろう。
今までよりも視野が広がった気がする。周りの景色がただの草原ではないと気づく。
一面草原だと感じていたのは自分がそう思っていただけのただの思い込み。ところどころで穴が空いていたり、木が生い茂っている箇所もある。また川も流れている。
どうして自分は気づかなかったのかと思う。だが、今はそんなことよりも、世界を見たいと思った。世界は色々なものに溢れている。それを自分の、この目で視たいと強く思った。
「いい表情をするようになったね、お兄さん」
今までの少年とは違う、どこか暖かな言葉をかけ、俺を見てくれる。
それだけでも俺は変われそうな気がする。人に寄り添ってもらえる。それも自分の内面まで知った上で変わろうとする俺のことを見てくれているそう思うだけで、変わってやろうと思えた。
そして、変わるための一歩を俺は踏み出す。
今までの俺であればきっと言葉にすることなく終わっていた。言葉に出したら否が応でも動き出してしまうことが分かっているからこそ今まで言葉にしてこれなかったものを今、言葉にする。
「俺は仕事を探してこの世界に来た。そんな自分がこんなことを言える立場ではないのはわかっている。でも、それでも俺はこの世界を知りたい。いろんなものを見たい。見て感じたいと思った。俺のわがままに手を貸してくれないか?」
「うん、いいよ」
少年は俺に、軽い調子でそう返事をするのだった。
俺の人生の中でしたことがない他人に頼る言葉。手を貸してほしいというその言葉に少年は、間を空けることなく頷いた。それはまるで古くからの友人に対するような軽い調子であった。
手を貸してほしいと言ったものの俺は特に何をどうしてほしいという考えを持つことなく言葉を口にしてしまっていた。
それはつまり男の本音であるのだろう。しかし、自分が本音を漏らしたことを理解することはできない。
それは、今まで自分の本音を隠してきた男からしたら本音を言うことなんて信じられない。ましてや、今まで会ったこともない人間に本音が溢れるとは思いもしていなかったからだ。
そんな俺の心中を気にも留めないような軽い調子で少年は言葉を続ける。
「世界を見たい。うん、すごくいいと思う。今のお兄さんになら手を貸したくなるね。特別にもう一つだけスキルを上げるよ。きっとお兄さんの願いの助けになると思うよ。あと、お金稼ぎのためにもね」
茶目っ気たっぷりに少年は笑顔でそんなことを言う。
『お金を稼ぐ』そのこと自体を考えていないわけではなかったが改めて言われると気が重くなる。
しかし、俺はどこかホッとしてもいた。きっとそれは自分の願いを受け止めてくれる。ましてや応援してもらえているということからくる安心感とでもいうのだろうか。仕事探しを始めた時からの仕事を見つけなくてはいけないという焦燥感、仕事が見つからないかもしれないという不安感が無くなり、心が楽になっているのを感じている。今なら何でもできるような気がする。