第三話:初戦闘
少年の『戦闘訓練』という言葉とともに1匹のウサギが現れた。ただ、ウサギと言っても日本で見るような小さいのではなくそれが1mほどもある大きさのウサギだ。パッとみただけで、自分が襲われる気がしてくる。
「ここでなら、どれだけ死んでも生き返るから安心していいよ。ただ、倒しても経験値はもらえないから注意してね。それと気がすむまで訓練してもいいからね。もし訓練を終わりたくなったら呼んでね」
そう言うと少年はパッと姿を消してしまった。取り残された俺は目の前のウサギを見つめる。ただ、倒されるイメージしか湧かないがとにかくウサギを攻撃することにした。
「てぇやあああ」
剣を振りかぶりそのままウサギめがけて走る。
俺は特に元の世界で剣術を習っていたわけでもないし、スポーツも集団で行う球技くらいしか経験がない。そんな俺が剣を持ったところでうまく扱えるわけもなく、ただ振りかぶり振り下ろす。それくらいしか剣を扱うということを思いつかなかった。振りかぶったままの姿勢で走るがウサギはもちろん止まっているわけでもなくぴょんぴょん飛び跳ねて逃げてしまう。
かと思いきや、パッとこちらに向かって飛びその巨体を俺の顔めがけてぶつけてきた。いわゆるヒップアタックというやつだ。俺はそれを難なく避け……れることなく、もろに顔で受けてしまう。1mもあるウサギが顔にぶつかり、そのまま倒れ地面に頭をぶつけてしまった。俺はその衝撃で気を失った。
目が覚めた時、目の前には少年がいた。
「お兄さん、ウサギにやられてしまったの?今は練習だから死ぬことはなかったけど、ホントだったら死んでたよ?命は大事にね」
命の軽い世界に連れてきて、どの口が言うんだと思うが、働き口を探してこの仕事を受けると決めた手前そんなことは口には出せなかった。
代わりに一つお願いをしてみることにした。
「さすがにこのだぼだぼの服、どうにかならないか?せめて体に合う服が欲しい」
「確かに動きづらい服ではあるけど、《アイテムボックス》の中に服は入れてあったよ?」
おいおい、そう言うことはちゃんと言ってくれよな。
おっ、あったあった。動きやすそうな服だな、これは助かる。早速着替えよう。
着替えてみるとなんとなく、少し体が軽く感じる。《ステータス》の確認をしてみると、VITとAGIがそれぞれ1ずつ増えていた。装備品にステータスアップの効果が付与されており、その効果で体が軽く感じるのかもしれない。まぁ、気分の問題かもしれないけども。
「着替えれたみたいだね。続き、いってみる?」
「なぁ、剣の扱い方教えてくれないか?上手く扱える気がしないんだ」
「はぁぁ、何でもかんでも教えてもらえるとは思わない方がいいよ。服だって、ホントなら自分で気付いて欲しかったんだから。そんなんじゃ、いろんな人に騙されるよ」
確かに、何でも聞けば教えてもらえると考えてた。この世界にしてもどこか甘く考えていたのかもしれない。死んだら終わりと説明もされていたじゃないか。生きるか死ぬかをただ、他人に任せてしまってもいいのか?よくないだろう。
幸いここならいくら死んでも生き返れる。なるべくここで多くの経験を積もう。まずは、自分でウサギの倒し方を考えるんだ。
「わかった。一人でまずはやってみることにするよ。もう一度ウサギを出してくれないか?」
「ウサギは、そこにいるから頑張ってね」
よく見るとウサギはすぐそばにいた。
まず俺は考える。さっきはウサギが反撃してくるとは微塵も思っていなかった。よく考えればわかること、このウサギも生きているのであって、ただの人形ではないと。
攻撃してくるなら避ければいい。幸いにも先ほどのヒップアタックは思ったよりも速い攻撃ではなかったから避けられるはず。
「てぇやあああ」
剣を振りかぶりウサギに向け走る。すると今度はウサギの射程圏内に入った瞬間にウサギの蹴りがとんできた。さながらラ○ダーキックのように。それをもろに腹で受けてしまい、うずくまる。
しかしウサギは容赦なく俺を蹴り続け、いつの間にかまた気を失っていた。
「お兄さん起きた?またウサギにやられてるよ。どうする?一旦ご飯にしようか?」
俺は辺りを見回し、すでに辺りが薄暗くなってきていることに気付く。それに、喉も渇いてきている。考えてみれば少年のチュートリアルを始めた時が昼ぐらいだったのに日も傾いてきている。
お腹が空いているのも確かだ。
「ご飯は、どうしたらいいんだ?調理道具も食材もないのだが?」
「まぁ、最初だからね。チュートリアル中くらいは用意するよ。でもそこまで味に期待はしないでね」
そう言うと少年は、指を鳴らす。するとどこからかテーブルが現れた。テーブルの上には、ご飯と味噌汁に唐揚げが置いてあった。
「お兄さん、普通の定食みたいのだけど我慢してね。唐揚げは、せっかくだからウサギの肉にしたよ」
どんなせっかくなんだよと思う。俺が倒せないことへの当てつけか?くそ、こんなことで腹を立てる自分が情けない。ウサギを倒せない俺が悪いのに少年に八つ当たりするなんて。一旦気持ちを落ち着けるべきだ。
「すー、はー、すー、はー」
気持ちをリセットしたら鼻にいい匂いが漂ってきていることに気付き、今更ながらに周りが見えなくなるくらいに余裕がなかったと反省する。
ご飯を出してくれたんだから少年に感謝こそすれ、怒るのは見当違いだな。よし、遠慮なくいただくとしよう。
「いただきます」
味噌汁、ご飯はいつも食べているのと変わらないな。そういえば異世界にはお米はあるのだろうか?
まぁ、今考えることではないな。欲しくなった時に考えよう。
それよりもウサギの肉は美味しいのか?
一口食べてみる。なんだか少し硬い。んー、不味くはないが硬いのがなぁ。でも噛めば噛むほどなんだか辞められない。一つ、もう一つと手が伸びてしまう。何故かクセになる。
何がクセになっているのだろう?この食感か?ぶよんぶよんと口の中で跳ねる感覚がする。いや、しかし噛めば噛むほど味が出てくる。これが旨味というやつだろうか。
まぁ、味の評価をしていたが、元の世界で俺は味覚障害とか言われたりしていた。いや、全くダメなわけじゃない。ただ、俺があんずのグミを食べた時にヨーグルトの味がするからそれを口に出しただけだ。それをみんなは味覚障害だと言ってくるだけだ。うーん、解せん。
まぁ、そんな俺が料理についてあれやこれやと評価をしたところで、きっとそれは間違っているのだろう。それでもまぁ、俺が美味しく食べられるのであれば別に問題は無いがな。
いやー、ご飯を食べ終わったら眠くなってしまった。さて寝る場所はあるのかな?
「お兄さん、ご飯は食べ終わったね?じゃあちょっと反省会でもしよっか?」
「反省会?ウサギとの戦闘の反省か?」
確かに少年の言うこともわかる。ウサギに対して全く手も足も出なかったのだからやはり反省はすべきなのだろう。眠いが少年が一緒に反省会をしてくれるというのなら乗らない手はない。さすがに自分だけでなんとかできるとも思えないのだからな。