第二話:異世界への第一歩
「ようこそ、アスペティトへ。どう、驚いた?ここが異世界だよ。…と言ってもここはまだ入り口なんだけどね」
俺はしばらく言葉が出ず、あたりを見回していた。そしておもむろに自分の姿を見て驚いた。
「なんじゃこりゃー!!!」
「あはは、お兄さんも外さないね。僕の言って欲しい言葉をさっきからずっと言ってくれてるし」
「なんか君の手のひらの上で転がされてるようで癪にさわるけど、一旦は置いておこう」
そう言って自分の姿を改めて見回してみる。
さっきまでの自分とは異なり掌が小さくなっており、着ていた服が少しだぼだぼになり靴はサイズが合っていない状態。髪もボサボサだったのが、触ってみると短く切りそろえられている感じ。元々黒い髪だったのも赤茶色になってる様子。
一度深呼吸して、再度確認するもやはり変わらず。今置かれている現状を理解ができないというか、理解が追いつかない。
「お兄さん考え過ぎちゃダメだよ。もっとシンプルにいこうよ。まず、ここは異世界で、お兄さんは魔王を倒すためにここにいる。あとはお兄さん次第だよ、オーケー?」
「全然大丈夫じゃないが、ここでうだうだしててもしょうがないか。質問があるんだが、いいか?」
「どうぞどうぞ、僕が答えられる事なら答えるよ」
「ここは本当に異世界なのか?見た所、草原しか見えないが」
「うーん、異世界ではあるんだけど、正確には異世界ではないよ。異世界への入り口って言った方が正しいかな」
「入り口?なぜそこに俺はいるんだ?異世界に飛ばすと言っていたじゃないか」
「ゲーマーならまず最初にやることがあるでしょ。普通チュートリアルからスタートするでしょうに。あっ、もしかしてチュートリアルしないタイプ?」
「いや、俺はチュートリアルで、ある程度場数を踏んでからじゃなきゃ、始めないタイプだな」
「じゃあ、問題ないね。ここでまずは戦闘訓練をしてもらおうと思ってるよ。さすがにポイっと異世界に放り出して生き残るなんてできないだろうしね」
そう少年が言うと空中に一本の長剣が現れた。本物の剣なんて今まで見たことはなかったが、パッと見ただけでもそれがオモチャのような何も切ることができないものではなく、敵を切るために生み出されたものというのが分かる作りになっていた。
「さぁ、お兄さんチュートリアルを始めるよ。まずは手始めに心の中で《メニュー》と念じて見て。基本的にゲームの仕様と同じようにしておいたよ」
言われて、《メニュー》!と念じて見た。すると、パッとゲームでよくみるメニューが半透明で目の前に現れた。ただお馴染みのゲームのようにたくさんの項目があるわけではなく、《ステータス》・《スキル》・《恩恵》とある。
《ステータス》と《スキル》はわかるが《恩恵》とはなんだ?誰かから何かがもらえるってことか?
「なぁ、この《恩恵》ってのはなんだ?ステータスとか上がったりするのか?」
「お兄さんさすがだね。そうだよある条件を満たすと恩恵がもらえて、ステータスなどのアップに繋がるんだ。まぁ、下がることもあるけどね。試しに恩恵を確認してよ」
俺はさらに恩恵と念じてみると、一つだけ《恩恵》が与えられていた。
ー恩恵ー
・異世界からの来訪者
全ステータスが10%アップ。成長速度にプラスの補正。異世界の言語を解することができる。
確かに《恩恵》が与えられていた。異世界から来た人には与えられる感じがあり、その点でなんとなく特別感が薄れるがそれでも他の人とは違う気がして気分がいい。
「異世界からの来訪者ってのが書いてあるな。この《恩恵》は異世界からこの世界に来たから得られたのか?」
「そうだね。でも《恩恵》にはいろいろなものがあるから頑張って探してみてね。で、次は《ステータス》かな。そっちを見てみてよ」
ふむ。さっきからずっと長剣が気になっているが、教えてもらっている手前、ちゃんと話を聞く必要があるだろう。まずは、《ステータス》の確認だな。《ステータス》と念じてみる。
ーステータスー
名前 アリハラ ムツキ
職業 無職
種族 人間
性別 男
年齢 18
Lv 1
HP(体力) 22/22(+2)
MP(魔力) 12/12(+1)
STR(筋力) 11(+1)
DEX(器用) 11(+1)
VIT(耐久) 11(+1)
AGI(速度) 12(+1)
INT(賢さ) 9
LUK (幸運)15(+1)
「ちなみにカッコは恩恵の効果としてプラスされた値だよ」
ふむふむ、なるほど。
《ステータス》を確認するが、異世界に来たからといって特別ステータスが高いということもなさそうだ。実はこっそりとだが、俺は特別な人間じゃないかと内心期待していたので正直がっかりした。
それに年齢も30手前のはずが、18になっている。
「どう?お兄さん見れた?」
「ああ、ただそこまで基礎ステータスが高くないんだな」
「当たり前じゃない。別に選ばれた特別な人間ってわけじゃないんだから。でもどうせなら年齢について聞いて欲しかったな」
言われてみればそうだ。俺は仕事を探している時に偶然異世界に来れたに過ぎないのだから、ステータスも低いよな。
そう考えて思い出す、LUKが高かったことに。きっと運が良かったから異世界に来れたのだと考えることにする。じゃあ何故それ以前の生活がそんなに運が良くなかったんだという話は脇に置いておこう。
……年齢は、最初に服がだぼだぼになっていた時点でなんとなくそうなのかなとは思っていたのだ。ただ、受け入れられなかっただけだが。
「ちなみにね。年齢が若いのはさっきまでの体だと、きっとダイエットから始めないといけないと思ったからなんだ。それに冒険するにも若い方が得なこともあるからね」
確かにさっきまでの俺はデブとはいかないが生活習慣も悪くぽっちゃりとした体型だった。今は見る影もなくすらっとしている。たしか18歳だと高校生くらいで、部活を真剣にやってて痩せてた時だからそのおかげだろうと一人で納得する。
「お兄さん、さっきからちらちらと剣を見てるけどやっぱり気になる?まだ基本的なことは残ってるけどそっちに話を移そうか?」
「いや、確かに剣は気になるが基本的な事を教えて欲しい」
「そっか、そっか。じゃあ特別なスキルをお兄さんには上げよう。《アイテムボックス》って念じてみて」
今度は《アイテムボックス》か、おっ?《アイテムボックス》が開けたな。中に何か入ってるみたいだな。
「《アイテムボックス》の中に【ポーション】と【MPポーション】を入れて置いたよ。【ポーション】と念じてみて」
基本的には念じればなんとかなるんだな。【ポーション】と念じてみる。すると手の中に緑色の液体の入った試験管があった。
「次はしまうのだけど、《アイテムボックス》へと念じればしまえるよ」
おお、なるほど。なんとなくわかったぞ。出し入れも簡単だな、便利なスキルだ。
「こんなにいいスキルをもらっていいのか?」
ふと俺は心配になった。ここまで手厚く教えてもらった上にさらにスキルもなんてこの先この子の言うことには何も逆らえないなと。ここまできて、やっとこの子は何者なのだということを考え始めたが、しかし俺が思考にふけることを許してくれないのか声をかけられる。
「お兄さん、そろそろ次行くよ」
「あ、ああ。お願いするよ」
「あまり上の空だと簡単に死んじゃうよ?気をつけてね?早く死なれても困るんだから」
早く死なれると困るとはどういう意味だ?仕事を斡旋しているのだから、すぐに死ぬと評価に関わるとかか?だが、誰がその評価をする?そして、何故その評価を気にするのだ?
だか、やはり俺は考えることを中断するしかなかった。
「お兄さん、あまり話を聞かないならこれで終わりにしちゃうよ?」
「ごめんなさい。話を聞きますんで教えてください。さすがにすぐに死ぬのは勘弁です」
「そうだね。まぁ、ある程度は生きていけるかなと思うから次が最後かな。っとその前に、さっきの《アイテムボックス》だけど、中には1000kgまでしか入れられないから注意してね。ただ、特別製だから中のものが腐ることはないよ。あと、さっきの【ポーション】と【MPポーション】の10本セットはプレゼントね」
「便利なスキルだな。生活する上で助かる、ありがとう。それに【ポーション】とかも、何から何までありがたい」
「まぁ、日本でいままで暮らしてた人が生活の基盤を築くには、これぐらいは用意しとかなきゃね。それじゃ、最後にお兄さんがずっと気になってた剣を持ってみようか」
言われて、俺は心が踊るのを感じた。やはり俺も男。剣を握ってバッタバッタと敵を倒してみたいとは思っていた。
剣に近寄り持ってみる。しかし、思ったよりも重い。持てないわけではないが振り回すことは至難の技だと思う。
「それじゃ、戦闘訓練いってみようか」