プロローグ 再就職を決意する
「母さん、俺今の仕事やめようと思う」
電話越しに絞り出した俺の声はひどく弱々しかったと思う。
それほど今の仕事をしていくのが厳しくて、当てはないけど仕事もしていられなくなっていた。
特に親から許可をもらおうとかそんなことは考えてはなかったが、今まで育ててもらった親に対する一種の義理を通したかっただけだ。それでもそれに対して母さんは、
「あなたの人生、あなたの好きに生きんさい。父さんには私から言っとくから」
俺はこの言葉を聞いて、胸がいっぱいになってしまった。
「ごめんな、ごめんな。頑張るって言ったのに、口先だけで終わって…」
「そんなことないわよ。あなたが頑張ってきたのは知ってるんだから。まだ、これから先、次の道も見つかるわよ」
「ありがと。俺、もう一度頑張ってみる」
田舎に住んでいた俺は若者によくありがちな都会への憧れを持っていた。都会に行けば貧しい暮らしなどなく、楽しく暮らせると思っていた。そんな俺は、高校を卒業するとともに親を説得し、一人で上京した。しかしながら、高校卒業の学歴ではなかなか仕事を見つけることができなかった。そんな俺だったがなんとか仕事を見つけることができ、頑張って10年近く働いてきた。
世の中は残酷で毎日毎日仕事をしても高卒の俺では安月給で、ボーナスなんてもらえない。親に少しの仕送りをしているとそれだけで毎月の家計はぎりぎりで黒字になるかといったところ。毎日がなんのために働いているのかわからなくなり、精神がすり減った俺は親に電話をしたのだった。
そんなことがあり、新たに仕事を探し始めたはいいが、このご時世全くといっていいほど仕事が見つからない。
見つかっても、給料が安かったり、残業代が出なかったりと働きたいと思える仕事がない。
「俺が仕事を選べる立場ではないのはわかってるんだけど、流石にもう少しいいとこ見つけないと、仕事を変える意味がないんだよな」
公園のベンチで項垂れていると、遠くの方に一軒のお店を見つけた。
お店の看板には、『あなたの天職見つけませんか?』という文字が書かれていた。
「もう今更怖いものなんてない。見つかったらラッキーと考えて、一度入ってみるか」
俺はそう呟くと、ゆっくりとお店へと足を運ぶのだった。
「こんばんは、ここで天職が見つかるという看板を見たのですが」
俺が扉を開きつつ挨拶をすると、そこには小学生くらいの男の子が店番をしていた。
「いらっしゃい、お兄さん。お仕事をお探しで?」
「あ、ああ、そうなんだ。仕事を探していてね。ここの看板に天職が見つかるって書いてあったんで、お邪魔させてもらいました」
「それじゃ、このイスに腰掛けてね」
男の子が座っている対面の席に俺を誘導するので、言葉に従いイスに座る。すると男の子がおもむろに一枚の紙を引き出しから取り出した。
「まず、説明させてもらうね。うちが紹介する仕事なんだけど、ちょっと危険が伴うものになります。だけど、その分お金は稼げるよ。それで、この国とは違う場所で働くことになるんだけど…」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ 」
「なに?僕が説明してるんだけど、しっかり聞いてくれないかな?2度も説明しないよ?」
「いやいやいや、待ってくれよ。仕事の紹介を君がやるの?失礼だけど、君小学生だよね。親御さんは?」
「失礼な人だね。お兄さんは人を見かけで判断する人なの?僕がこのお店を切り盛りしてるんだけど、小学生に見える僕が説明するのが嫌なら他を当たってくれてもいいんだよ?」
「申し訳ない。人を見かけで判断するなとは母親からずっと言われてはいるんだけど、なかなかこれができなくてね」
「まぁ、いいや。来た人みんなが聞いてくることだし。で?お兄さんは僕の話を聞く?」
「そうだね。聞かせてもらうよ」
「珍しいね。ほとんどの人は話を聞かずに出て行くのに」
「話を聞くのはタダだよね?それなら話を聞いてから考えるのがいいと思ったんだ」
「なるほどね。じゃあ、話の話の続きね。仕事には危険が伴うところは説明したね。それでここではない国で仕事をしてもらいます…」
要約するとこうだ。
まず、今いる日本とは別の国で働く。
言語については翻訳機能があるので心配はいらない
通貨については日本円と同等の価値のあるシリンという通貨を使用。
給料は歩合制で、働けば働くほどお金が入る。
働くのには危険が伴うこともある。ただし、傷害保険などはなし。
危険が伴うので普通に働くよりは給料がいい。うまくいけばセレブにもなれる。
日本に戻るかは、ある条件を達成した時に選択できる。
「でね、そのある条件ってのは、魔王を殺した時なの」
「っっ!?」
俺は絶句した。日本ではおおよそ聞きなれない殺すという言葉。それをこの小さい男の子はさも当然のように口にする。この時になって、自分は危ない店に迷い込んでしまったのではないかと気付いた。
俺はなんで今さら怖いものなんてないとか思ってしまったんだ!そんな簡単に天職が見つかるなら苦労しないわ!
なんだよ、魔王を殺した時って。魔王ってあれか?マフィアのボスとかの別称とかなのか?この話を聞いたからには返さないとか言われるんだろう?やばいやばいやばい、どうにかしてこの店から逃げ出さねば!!
俺が心の中で葛藤していると少年から声をかけられる。
「お兄さんどうしたの?やっぱり魔王を殺さないと帰れないっていうのは無理だと怖気付いちゃった?」
「そりゃあ、ねぇ。なんというか、あれだよ」
「もしかしてお兄さんが気にしてるのは、殺人罪になるかどうかってところかな?気にするのは当たり前かもしれないけど、それは大丈夫だよ。むしろ魔王を殺せば英雄さ!」
「え?罪にならないの?でも給料がいいには裏があるんだろ?例えば日本に帰って来た時には捕まってしまうとかさ」
「もう、ホントにお兄さんは疑り深いなぁ。まぁたしかに気にしちゃうかもしれないけど、給料がいいのは死ぬかもしれないって理由があるからなんだよね。ただ、それだけ稼げるチャンスでもあるんだよ。上手くやれば1日で億万長者だって夢ではないよ」
言われたことを反芻し考えてみる。確かにそれだけお金が入るなら、死のリスクを考慮しても考える余地はある。しかしこんな安全な場所で育った俺が人殺しなんて出来るわけないとも思う。
相手はなんたって、魔王と呼ばれてる存在だ。稼げそうな話だけど、やっぱり断るのが無難と判断する。
「んー、やっぱり俺にはできそうもないな。まず第一に人を殺したことがないようなヤツが魔王とやらを殺せるわけないだろ。逆に殺されちまうわ」
「そうかー。ねぇ、お兄さんはVRMMOに憧れてたりしない?」
「ん?急に話が飛んでないか?」
「もう、細かいなぁ。そんなだから彼女ができないんだよ」
「うるせぇ、彼女くらいいたことあるわ!まぁ、今はいないけど」
「で、憧れはあったりする?」
「そりゃ、ゲーマーの夢だろうよ。将来発売されたらやりたいと思ってはいるさ」
「うんうん。やっぱりお兄さんはそう言うと思ってたよ」
「で?それと魔王を倒すのと何が関係あるんだ?」
「だからね、お兄さんに行ってもらうのは簡単に言えば異世界かな?VRMMOの世界に行ったと思ってくれればいいよ。だからそこまで心配することもないんだよ」
「いやいや、そんな簡単に言うが異世界なんてあるわけないだろ?嘘はさすがによくないと思うぞ?」
「信じないかぁ、じゃあこの紙にサインしてよ。そしたらハッキリするからさ」
そういって手渡された紙には、同意書と書かれていた。
内容を確認すると、
・一つ、サインした場合には異世界で魔王を倒すことに同意したものとする。
・一つ、異世界で獲得した金銭に関しては元の世界に戻る際に換金が可能である。
・一つ、異世界で死んだ場合は元の世界でも死んだこととなる。
・一つ、魔王を倒した後、異世界に残る際には3つまで望みが叶えられる。
俺はそれを読んで特に問題はないように感じたが、それでも何か裏があると思いある提案をした。
「なぁ、君が俺を騙している可能性があると思うんだ。サインをするのはいいが、条件を一つ追加してくれないか?難しいことじゃない、もし異世界に行かなかった場合この契約は無効というのを追加してくれないか?」
「うん、いいよ。それくらいなら大丈夫さ。お兄さんはやっぱり疑り深いね。でもそれくらい疑わなきゃ世の中生きていけないからね」
少年はそう言うと、条件の追加された紙を取り出した。
「おいおい、すぐに契約書が出てきたがどういうことだ?」
「はは、みんなが言ってきそうな事をあらかじめ作ってあるんだ」
「と言うとなんだ?他にも色々と作ってあるってのか?」
「まぁ、そうなるね。でも何が書いてあるかは秘密だよ」
「まぁ、いい。それで、ここにサインすればいいんだな?」
俺は契約書に自分の名前 有原 夢月 と書き込んだ。
「お兄さんの名前は何て読むの?」
「アリハラ ムツキ って名前だよ」
そう言った途端ふわっと宙に浮かんだ気がした。そして、ハッと気付いた時には周りが先ほどまでいた仕事の斡旋所ではなく、草原へと変わっていた。