人類パンティ化計画(三十と一夜の短篇第19回)
『あ、コレやべぇわ』と思われたら、そっとブラウザバックしてください。
ep1【パンティ怪人の走馬灯】
暖かい光に包まれ、パンティ怪人は宙に浮いていた。体に力が入らないらしく、目は空中をさまよい、手足はだらんと垂れている。少し離れた場所にいるのは可愛らしい衣装を纏った少女達だ。彼女達が手に持ったロッドから出る暖かい光が、パンティ怪人を包んでいた。
指先の感覚が無い。怪人がそこに視線をやると、手の先が綺麗な泡となって、空に散っていこうとしていた。ふわふわ、しゅわしゅわ。怪人は己の最期を悟った。意外にも気分は悪くなかった。
「……パ、パン……ティ……」
パンティ怪人は元はれっきとした人間だったが、スカウトを受けて悪の存在に生まれ変わった。その姿はもはやパンティの化身。頭部は巨大な白の綿パンティで、首から下はほぼ人間と同じだが、余すところなく黒タイツで覆われている。綿パンティはデフォルメされていて、つぶらな瞳が可愛らしい。必殺技は頭部から発せられる「パンティビーム」だ。恐ろしい事にこの光線に当たった者は全て、パンティになってしまう。彼の目的は世界中の人間をパンティにする事であり、それしか頭になかった。頭はさほど良くはないようだ。
「パンティ怪人、お前の出番ですよ。人間どもを一人残らずパンティにしてらっしゃい!」
「パンティッ!」
言葉は『パンティ』しか喋れなかった。
彼は街にでて暴れ、逃げ惑う人々をパンティに変えた。白に水色。桃色に縞々。それらを全て手下に拾わせた。逃げる人々は阿鼻叫喚。手下達は両手にパンティを持ち狂喜乱舞。中には頭に被っている手下もいる。もはやこの一帯は混沌の極みだった。パンティ怪人は非常に愉快な気持ちだった。みんなパンティになってしまえばいい。パンティとしか言えなくとも、満足げに頷いていた。
しかし良いところであの少女達に邪魔された。髪がカラフルで戦闘には不向きな服を着たな少女達。何やら名乗っていたが、彼はまったく興味が無かった。邪魔するならお前らもパンティにしてやる。パンティ怪人は少女達に手下をけしかけ、自らもパンティ・ビームを撃った。ところが相手はどうも戦闘に慣れている様子でまったく歯が立たない。簡単にやられようとしていた。まるでヒロイン戦隊アニメに出てくる間抜けな悪役のようだった。
体の半分以上が泡となって消えた。シャボン玉のように清らかな玉がふわりふわりと舞っていく。実際にはほんの一瞬だろうが、死の間際なのか、彼には実にゆっくりに感じた。パンティ怪人は目を閉じて心を落ち着けた。実は彼は怪人になる前の記憶——つまり人間として生きた時の記憶が非常にぼんやりとしている。あるのはパンティに対する情熱のみ。
なぜパンティなのか。パンティ怪人は疑問に思った。今までも時おり考える事はあった。しかしその度に脳と心臓がサイレンを鳴らして警告を送ってきた。
自分のルーツが気になりもしたが、思い出したところでもうすぐ死ぬ。このまま気持ちよく居なくなろう。そうパンティ怪人は思っていた。
意に反して物事が動くことはままある。
突如、パンティ怪人の体に電気のようなものがビリビリと走った。脳は沸騰しそうなほど熱く疼く。映像、音や匂い、痛みや快感、数多の感情。そんなものがいっぺんに頭に流れ込んできたのだ。あまりの量に目の奥がチカチカとした。
——脳に流れてきたもの。それは人間だった時の膨大な記憶であった。
(ああ、そうだ。そうだった……)
パンティ怪人は、全て思い出した。
自分が何者であったか。
自分にとってパンティとは何か。
ほろり、とパンティ怪人の目から涙がこぼれた。
*****
ep2【蓮水太一郎の半生】
私、蓮水太一郎が最初にパンティに出会ったのは3つか4つか、それこそ鼻水たらしたクソガキの時だったと思う。それくらいの年だと自分の周りにいるのは身内ぐらいなもので、必然的に私がパンティを初めて意識したのも彼女らのものだった。白くてふわふわして可愛くて。母親や姉のものを自分のおもちゃ箱に大事にしまっていたのを覚えている。この時分はパンティを愛でたいとか、宝物にしたいとか、そういった可愛いものだった。
幼稚園時代は、ガードがゆるい女児だらけだった為に、私は大いにパンティを堪能できた。しかしひとりの女児が生意気にも先生に言いつけたせいで問題になり、よその幼稚園に転入する事になった。転入先でももちろん堪能した。
あの頃はただただ見たかった。それは純粋な好奇心であり、欲求だった。そしてある日のこと。ショッピングモールの一角にある下着売り場で、腰を突き出したトルソーが、それは可愛らしい水色のパンティを履いていた。ドクンドクンと心臓が大きな音を立てて跳ねた。足に力が入らずにその場にへたり込んでしまった。顔がかあっと熱くなったのを覚えている。
——すごい! とってもかわいい! すごくきれいだ!
あの頃の幼稚な語彙ではとても表現しきれなかったが、まさに天啓とも言うべき衝撃。もともと好きではあったが、一線超えた。パンティに対する愛が確立した瞬間だった。この日から私は不動のパンティ道を歩むことになる。
小学生になると、女子達は羞恥心と警戒心を引き上げるのでパンティを見る機会はグッと減った。仕方がないので私はノートにひたすらパンティの絵を描いた。辞書でパンティに関するものを全てマーキングした。パンティの描写を求めて図書室の本を片っ端から読んだ。算数だって頑張った。パンティの面積を求めたかった。
ついたあだ名は「パンティキモ男」だった。
他人の口からでるパンティの響きにすごくドキドキした。
中学になると私のパンティに対する欲求はさらに高まった。絵に関しては小学校の時はイラストだったものが下手なりにデッサンに変わった。物足りない私は、パンティの種類・製法・歴史を調べた。とても奥深くて面白い。市の図書館に通い、本屋さんを巡り、パンティ関連の書籍には全て目を通したと思う。何かパンティに関係あるかもしれないと思って、学校での勉強も頑張った。特にパンティを褒め称える言葉を増やしたい一心で、国語と英語には力を入れた。
ついたあだ名は「インテリパンティ」だった。もはや褒め言葉だと思った。
しかし困った事もあった。性に目覚め、自分の中で大いに葛藤する事になったのだ。というのも、私にとってパンティとは神聖なものであり性欲の対象にするべきものでは無い。一方で乙女のやわ肌を包む美しいパンティの存在を知っているのもまた事実で、矜持を保つか欲望に溺れるか、常に戦いの日々だった。……正直に言うと、何度か負けた。
パンティを自分で作ってみたいという衝動から、高校は服飾科がある学校へ進んだ。新しく出会った分野に、私は心ときめいた。独学の歴史をベースに、生産技術の知識を身につけた。授業ではミシンの使い方、パターンの起こし方、生地の特性など色々と教えてくれた。
私は普段はおとなしい人間だと思う。しかし好きなものに関して熱く真剣に語るのは誰しも同じだ。別のクラスだったが、いつからか肩を並べるようになった飯田君。彼とはいつも本音で語り合っていた。
「蓮水君はさ、パンツ好きなのは知ってるんだけど、変態的な事はしたいと思う? パンツを頭にかぶったりとか、くんかくんかしたりとか」
私はこの言葉を聞いて、頭に血が上った。中学時代のあの性欲に負けた屈辱の日々を思い出したからだ。高校生になった私はパンティに対する思いをさらに昇華させていたので、性欲と切り離す事に成功していた。
「飯田君、俺をバカにしてるのか!? パンティはその存在を愛でるものだろう! 頭にかぶるなど言語道断! 女性の臀部を神秘的に内包するその有り様が美しいんだ! 」
「だからそのパンツを被ったりしたらものすごく興奮するんじゃないかって思うわけよ。たまにあるじゃん、着用済み下着とか」
「男が頭に被ったってまったく美しくないだろう! あれは女性が身につけるから良いんだ。女性の可愛さ、美しさ、エレガントさ、セクシーさ、その全てを発揮できる奇跡の代物だ。それに着用したあとはその下着にあった洗濯をすべきだね。そのまま販売するのはいささか不衛生だ」
私がそう思うだけで、飯田君の趣味を否定したいわけじゃなかった。人からやいのやいの言われて不愉快になるのはよく分かる。今まで友人という友人がいなかった私は、コミュニケーションを取るのがが下手だった。下手だということも気付かなかった。
「そうか、俺と蓮水君のパンツ好きはベクトルが違うな。まあそうだとしても俺らの友情はかわらんけどな。インキャラットの新作下着カタログ持って来たけど、見るか?」
飯田君がすごいのは、私が酷い事をいってもさらりと受け流してくれるところだ。にひっと笑いかけられると、自分がとても嫌な人間に思えた。それと同時に、おおらかな彼に、救われた。
「もちろん見るとも」
例え方向性が違ったとしても、私達は同じものを愛する同志だ。そして彼は私の唯一の友人だった。彼を見て私はコミュニケーション力を身につけようと思った。もうすでに高校生だが、始めるに遅すぎるという事は無い。目標は、飯田君のような同志を少しでも見つける事。そしてパンティの素晴らしさを大勢に伝える事だ。今まで一人で完結していたパンティの世界が、少しだけ広がった瞬間だった。
3年間の集大成である卒業制作は『私が考える至高のパンティ』と題し、150枚のパンティを作り上げた。賛否両論巻き起こり、ちょっとした問題にもなったが、まあ些細な事だと思う。パンティの絵も相変わらず描き続けていて、そこそこのデッサンから精密描写レベルへと上がった。パソコンでもパンティを描きたいと思ったのでIllustratorとPhotoshopを習得した。ついでにCADも覚えた。
そして高校でついたあだ名は「パンティ卿」あるいは「パンティ狂」だった。ストレートな響きに胸が高鳴った。
私はパンティが好きだ。生涯パンティのことに従事したい。両親の強い勧めで都内の国立大学進学は決まっていたものの、私は卒業制作で作った150枚のパンティを持って、大手下着メーカーの門を叩いた。せっかくなので、ひとつひとつを細かく解説した冊子も持って行った。専門家とディスカッションがしたかったからだ。あの時の事は非常にいい思い出だ。少々白熱しすぎたが、最後に交わした握手の力強さに手応えを感じたものだ。大学卒業後の就職がその場で決まった。
両親が強く進学を進めた理由。それは良い学歴があれば、不肖の息子でもそれなりに見栄えがするからだ。生憎、私は勉強ができる方だからそれは可能だった。オブラートで包んでも世間からの私の評判は「変わり者の息子」だ。実際もっと酷く言われている事は知っている。両親は私をどう扱っていいかずっと分かりかねていた。叱ればいいのか諭せばいいのか、とにかく私と接するときは不安そうな顔をしていた。私が歪な存在だったのだろう。両親の言う事を聞いたのは、せめてもの親孝行だった。
「犯罪だけはしてくれるな」
それだけ言うと、生活費を振り込むための通帳をくれた。両親と話したのはそれが最後だった。姉とはそれ以上に口をきいていなかった。
商学部に進んだのはパンティ販売に際しての知識を求めてだ。商学に経営学に会計学。パンティを世に売り込む術を身につけたかった。そして高校時代から温めていた計画を、少しずつ実行していった。まず、自分のパンティブランドを立ち上げ、ネットで売り出した。次に友人の飯田君と結託してパンティを育てるゲームアプリを開発した。アプリの開発と並行して、パンティの柔らかさとキュートさをモチーフとした書体「パンティ・フォント」も製作した。数は少なかったもの自作パンティも売れ、アプリとフォントで少々ながら利益が入るようになった。パンティを讃える言葉を増やすべく、ファッションの本場であるフランスの言葉を勉強し始めた。身近にフランス語が堪能な人がいなかったので少しばかり難航していたのだが、ちょうど交換留学のフランス人と仲良くなったので、彼に教えてもらった。英語とフランス語はだいたい喋れるようになった。
少々奇異な目で見られようと、誹謗中傷を浴びようと、どうって事ない。それは幼稚園時代からあったのだから。全く辛くなかったと言えば嘘になるが、それ以上にパンティに夢中だった。色んなものをパンティと天秤にかけ、パンティの方にウエイトがあっただけだ。
では大学時代何が一番辛かったかと問われると、私はアルバイトだと答える。詳しく言うとアルバイトへ至るまでの過程が、今までに経験がない程に大変だった。
パンティを売りたかった。手ずから売りたかった。お客さんを迎えて、好みと予算を聞き、ご満足いただける商品を一緒に選びたかった。そう、私はランジェリーショップの販売員になりたかったのだ。だが無残にも断られ続けた。
理由はただひとつ。
私が男であるからだ。
ランジェリーショップとは秘密の花園。男子の店員など言語道断。なんせ下着という女性にとってデリケートな商品を扱うのだ。
私はパンティに夢中になりすぎて、この辺りのこと失念していた。そういえば自分は男だった。確かに、下着売り場に男は居るべきではない。
この時は自分が男である事を憎んだ。パンティに関して私自身は性別を超越していると思っている。下心があってのことでは断じてない。好んで男に生まれてきた訳ではないのに、自分ではどうしようもない理由で夢が叶わないとは、いったいどんな苦行だろうか。今までも確かに辛い思いをした事はあった。でも自分の努力次第でどうにでもなった。ここがパンティ人生における正念場のひとつなのだと思った。
私は考えた。
男がダメなのなら、女になればいい。
私はパンティを売りたい一心で、女装する事を心に決めた。体は男だし、心も男だ。大変な努力が必要だった。ただ女になるだけではダメだった。ショップ店員には女から見て、「この人素敵だな」と思われるような華やかさが必要だ。服にメイクにアクセサリーに靴。ウィッグをかぶって、女性らしい仕草を研究した。全てはパンティを手ずから売りたい一心だった。そしてついに、私はとあるランジェリーショップのアルバイト店員となった。大学3年時の秋の事だった。念のために付け加えておくと、女装はバイト中のみであり、下着はちゃんと男性用を着用した。パンティは女性のためにある。
大学卒業後は兼ねてより就職が決まっていた大手下着メーカーに勤めた。新人らしく、雑用や事務処理、力仕事を請け負う。しかし隙をみては、社長や専務、デザイン部の部長なんかに自分のアイディアを見て聞いてもらった。すぐサンプルを出せるように、自作のパンティを常に持ち歩いた。傍らでは中国語の勉強も始めた。英語・フランス語とはまた違った難しさがあるが、パンティの為と思うと不思議と頑張れた。
最初は鬱陶しそうにあしらわれたが、徐々に上の人達に可愛がられた。海外からのお客様が来られた時は率先して通訳を引き受けた。女装時代に習得した身綺麗さと私のキャラクターがウケ、何度か広報としてテレビに出た事もあった。新ブランド立ち上げにも携わったし、雑誌やアイドルとのコラボ企画もうまくいった。若輩者でありながら業界でもそこそこ名の知れるようになった。
あの時が人生で一番充実していた。
本当に楽しい毎日だった。
プラスとマイナスで人生とんとんとは誰の言葉か。崖から突き落とされたかのように、私の人生はある日突然崩壊した。きっと私は欲張りすぎたのだろう。光が強ければ闇も深い。敵が多かった。恨みも嫉妬もたくさんかっていた。私は私の為に、いろんな人から仕事や立場を奪っていった。事業を進める為にかなり強引に事を進めた事も一度や二度じゃなかった。
愚かな私は嵌められた。
女性社員を暴漢したとして、警察に身柄を拘束された。裁判所からの正式な書類もあった。余罪として下着の窃盗、猥褻物公然、付き纏いなどの悪質行為を突きつけられた。自分でコツコツと集めたたくさんのパンティは全て盗品として押収された。その中には発表予定の試作品も多く入っていた。
冤罪だった。
私はそんな事していない。
パンティの神に誓っていい。
だが何度言っても信じてくれなかった。
最初から筋書きが決まっている茶番。
要は私のツメが甘かったのだ。
もっと味方を作っておくべきだった。
気づくと、私は懲役五年を言い渡され、灰色の囚人服を身に纏い、狭い部屋に収監されていた。
「……はは、ははは、は」
独房で一人乾いた笑いが出た。もう出ないと思っていても涙は次々と流れ出る。拭うこともせずに泣き腫らした顔は、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃだ。冤罪で放り込まれた事はもう諦めた。恨み辛みもあるが、まずなによりも。
パンティが恋しい。
この牢屋には、なんのパンティもない。
小学生ならまだパンティがなくても我慢できたかもしれない。あの頃は無いのが当たり前だった。だから絵を描いたり、調べたりしてパンティ成分を補っていた。しかし私はありとあらゆるパンティを手に入れた大人だ。一度知ってしまうとダメなんだ。壁一面のパンティコレクション。雑誌の切り抜きを集めたパンティアルバム。いつもポケットに入れていた自作パンティ。アイディア帳に、布とレースの見本に、下着縫製工場の写真。何もない。馬鹿にされながら、気味悪がられながら、少しずつ集めたものだった。全て正規の方法で手に入れた。恥じる事も、後ろめたく思う事も、何一つない。
ああ、パンティ……。もちろん頭の中には長年にわたって蓄えたパンティの知識がある。だけど頭に思い浮かべるだけではもう満足できない。パンティが足りない。圧倒的にパンティが足りない!
——パンティパンティパンティパンティ!
一枚でいい。もし私にパンティを与えてくれるのだったら、喜んで従おう。例えそれが悪魔でも構わない。この地獄から抜け出したい。私はなぜこんなにも酷い目に合っているのか。もはやこれは拷問だ……恨めしい気持ちで頭がいっぱいになった。
「ひひ、ふひひっ」
パンティの神よ。私がいったい何をしたと言うのです。愛すべきパンティに、然るべき情熱を傾けただけではないですか。今まで色んな物を犠牲にしてきた。親や姉に愛想つかれても、クラスメイトからの誹謗中傷や暴力を受けても、耐えてきた。大人になってからも何度も「キモチワルイ」と後ろ指さされた。心が折れなかったのはひとえにパンティが好きだったからだ。それ以上に優先するべき事が無かったからだ。私はパンティの哀れな僕に過ぎない。
パンティの神よ、貴方はこれ以上何を望むのですか。私をあと何度傷つけばよいのですか。次は何を、切り捨てればいいのですか……。
「ふひひっ、ひゃははははっ」
しかしどうだ。このような事があったところでパンティへの愛は変わらない。あのサラリとした肌触り、繊細で丁寧なステッチ、可憐であり官能的でもあるレース、究極美を誇るあのフォルム。……ああ、愛せずにはいられない! 惹きつけられずにはいられない!どんなに酷い目にあったとしても、裏切られたとしても、私にはパンティしかない!
もう、パンティしか、ないんだ……!!
「あははははは、あっはははははは! あーっははははははははははははっ!」
涙を流しながら、笑った。悲しいのか可笑しいのか、もう分からない。私は大声で笑い続けた。声が掠れて、床に倒れ込むまで笑い続けた。その頃には喜怒哀楽の感情は全て感じなくなっていた。
「……やあ、こんばんは。良い夜ですね」
どれくらい時間が経ったのだろう。暗闇からひっそりと声がした。男の声。ここは独房なのにその声は部屋の中から聞こえた。部屋の隅の影が蠢いた気がした。人の大きさほどの影が、ゆらりと。私はついに気がおかしくなったか。すでに焦点は定まらず景色が全てがぼんやりと見える。
「貴方にぴったりのお話があるんですよ」
そいつは暗闇の中から現れた。にたりとした笑みを顔に貼り付けて。ぼやける視界の中、なぜかそれだけが異様に鮮やかだった。
これが私が人間としての、最期の記憶だった。
*****
ep3【パンティ怪人の覚醒】
カッと目を見開くと、とてつもなく大きな力を身の内に感じた。記憶を取り戻したことで、どこか枷が外れたのだろうか。特に拒否反応がある訳でもなく、蓮水太一郎とパンティ怪人の記憶と人格が上手く融合している。しかし体はすでに大部分が失われており、消滅はすぐそばまで近づいていた。このまま死ぬのも悔しい。大人しく死ぬつもりだったが気が変わった。私は深呼吸をひとつして、少女達に向き合う。最後に足掻いてやろうじゃないか。といっても私の攻撃は手足を使った肉弾戦とパンティビームしかない。すでに手足をなくしたので、できるのは頭部から放つビームだけだ。
——今だ。カッと私の頭部が光り、目から光線を撃つ。先ほどまでとは比べものにならない発射速度だった。油断していた少女達は避け切れるわけがなかった。まさか攻撃してくるとは思わなかったようだ。
私の攻撃を食らった少女達は、一糸まとわぬ姿になった。
「あっ、いやぁっ、なんでぇ……!?」
上手くいった。自分の中にあった未知の力を集め、別のステージへ引き上げた『パンティビーム・改』。いや、『全裸ビーム』だろうか。少女達の服のみが、花弁のように散って消えた。そこから現れる細い首と白い鎖骨。肩から腕にかけての滑らかなライン。胸の膨らみと華奢な腰。ふっくらした臀部と、そこからすらりと伸びる脚。全てが余す事なく太陽のもとに晒された。
「きゃーー! だめ、見ないでぇーー!」
パニックになった少女達は涙目になり、その場に座り込んだ。幸運にも私への攻撃も止まった。どうやら少女達の武器も消えてしまったようだ。憐れにもわなわなと身体を震わせ、互いに身を寄せている。肌色が団子状態だ。少女達が攻撃繰り出すのはもう不可能だろう。完全なる戦意喪失だ。
少女達の裸体になんの興味もないが、パンティにとって女性という存在はなくてはならない。私は手下達に声をかけた。
「さあ皆さん、出番です。彼女達にパンティを穿かせてあげなさい」
パンティ怪人となってからは「パンティ」としか喋る事が出来なかったが今は違うようだ。「イーーーッ!!」というお馴染みの掛け声で、手下達が一斉に動き出す。鼻息が荒い。彼らが手に持っているのは先ほど私がパンティビームで変化させたパンティ達だ。頭にパンティを被った手下の一人を見て、たったひとりの友人・飯田君を思い出した。
私は何とか一命を取り留めた。死なずに済んだのは良かったが、黒タイツで覆われていた体は消え去り、残ったのはデフォルメされた頭部のパンティのみだった。しかしその状態でもふよふよと宙に浮き、移動は出来る。悪くない。不思議と力はどんどん湧いてくる。
少女達はそれぞれに似合ったパンティを穿かされていた。泣こうが喚こうが、パンティ一枚の姿は美しい。人間が表現できる最高の芸術だ。興奮で頭部がぶるっと震えた。そう、死ぬ前にこれが見たかった。やはり女性が穿いてこそパンティの魅力が最大限に発揮される。
「……ふむ、そうだ」
私がやるべき事。それは人類のパンティ化である。私がパンティ怪人である限りそれは変わらない。人間は愚かだ。我が物顔で地球の資源を貪り、破壊を進め、他の生き物を蹂躙する。人間同士で争いをやめず、傷ついた者が今もどこかで野垂れ死んでいる。そして人間は増えすぎた。病気、戦争、食料問題。貧富の差は拡大し、世界が何度も滅びる規模の兵器を、いくつもの国が所有している。この先に待つものはなんだ? ならいっそパンティになれば良い。老いも若きも、善も悪も、美も醜も。どんな人間もパンティになれば総じて素晴らしいものになるだろう。絶望した人間は救われ、欲深い罪人すら清らかに生まれ変わる。これは一種の救済だ。様々な記憶と知識を得た今、余計に熱が入る。ああ、でも女性はわずかでも残しておかなければいけない。パンティをもっとも美しく魅せるのは女性なのだから。
手下達の騒ぐ声で我に戻った。何事だと目をやるとパンティを穿かされた少女達が反撃を始めていた。胸を片手で隠しながら、器用に手下と相対している。耳障りな声で騒ぎ立てている少女らは、いくら可愛いパンティ姿とはいえ、さすがに鬱陶しい。私は少女達をパンティビームでパンティに変えた。わーわーうるさく騒ぐより、物言わぬパンティになった方がよっぽど存在意義があるというものだ。
パサっと地面に落ちる数枚のパンティ。
素晴らしい。
さあ、邪魔者はいなくなった。
人類パンティ化計画、再始動といこうじゃないか。
お題「狂人」