残念な世界で。
力を持つ者はいつの時代でも頂点に登りつめる事が出来る。
たとえそれが人でも魔族でも関係なしに、力こそが全てなのだ。
とある世界のとある城。其処に一人たたずむのは浅黒い肌と漆黒の髪、血の様な瞳を持つ一人の男。
姿形はその世界の人間と同じだが、彼の力は人では測りきれないほどだった。
彼が滅ぼしてきた国は数多あり、そして死に追い込んだ人間達の数は数えれないだろう。誰しもが彼を恐れ慄き、人々はそんな冷徹無血の彼を”魔王”と呼んでいたのだ。
「ーーセバスチャーン!」
「ーーーーはぁ」
でもそれは遥か昔の話。
今はすでに代替わりし、新たな魔王が誕生していた。
セバスチャンと呼ばれた彼に対峙したのは体の一回り小さな少女だった。
健康そうな小麦色の肌と頭には小さな巻きツノ。黄金色した瞳をキラキラと輝かせながら彼女はその男に笑いかけた。
「みてみてぇ! ちょーやばくなぁい! マヂやばいんですけどぉ!」
ケラケラと下品に笑う彼女の手には上手い具合に人の形に育った根野菜が握られており、彼女はそれに下手くそな顔を描いて笑っている。そんな彼女の様子を呆れ顔で彼、セバスチャンは眺めていく度目か分からないため息をついたのであった。
「ローゼ様、またくだらない事を……」
「ええ!? くだらなくないよぉ! 面白いじゃん! 今度から野菜は全部顔書こう? ね、決定!」
まるで幼子の様に笑う彼女の名ははローゼ・ディ・フォンデンス。
何時もくだらない事で笑い、くだらない事で方を決める、新しい魔王である。
◇◇◇◇
セバスチャンと呼ばれているサハルス・ディ・フォンデスは数十年前まではその城の玉座に座っていた一世代前の魔王だ。
魔族と呼ばれる種達も彼の力に慄き屈指、歴代の魔王と呼ばれていた者達を凌ぐ魔力の持ち主であった。
そんな彼が魔王を引退するきっかけは勿論彼女、ローゼにある。
ローゼは他の魔族とは違い母体も持たずにその存在を生み出した異端種だ。
異端種といわれる者達はいつでも非常に多くの魔力を持ち、歴代の魔王の右腕となるものか多い種であった。
サハルスは彼女もそうなると疑うことはなく彼女を迎えに行き、そして”最悪”の出会いを果たしたのである。
「ーー貴様か新たに生まれた異端種か」
同じ魔族さえも恐るほどの威圧を放ちサハルスはローゼに詰め寄った。
本来ならばその威圧感に頭を下げるところ、ローゼは阿保面で鼻をほじりながら首を傾げただけ。その姿にサハルスは呆れて溜息をつくも渋々といった形で彼女に手を差し伸べたのだ。
「全く品性のかけらのない小娘だ。 こんなのが私の配下に入るのは気に食わんか、存分に力を示せばいい!」
見下す様に鼻を鳴らすサハルスの手をローゼは一度ちらりと見ると、鼻から指を離してピンっと汚物を弾き飛ばした。
するとその飛んでいいった汚物わ空気を先ながら真っ直ぐに進み、数秒後には遥か遠くに存在していた一つの山を吹き飛ばしたのである。
爆音の後に吹き荒れる暴風、それに耐えながらサハルスはその山だったものを見つめ唖然ととした。
まさか鼻から生み出された汚物で山をも吹き飛ばすなんて誰か思うものか。
「なな、なんとーー」
ヒクヒクと頬をひくつかせながらサハルスはゆっくりと視線をローゼに戻し、再度その阿保面に手を伸ばした。
しかしながらその手をローゼはつかむことは無く、ただ一言、腹が減ったとサハルスに言ってのけたのだ。
「貴様! 魔王様に向かってなんたる無礼をっ!」
ゴウゴウと腹を鳴らすローゼに最初に牙を向けたのは、黒い蝙蝠の翼を持つ魔族であった。
一本の剣を持ち振り上げローゼを仕留めようと行動を示すも、その剣は届くことは無く、代わりに吹き飛んだのは彼の半身だった。
「腹減ったの!」
あたりに飛び散った血肉と、生臭い鉄の香り。びちゃりと頬を濡らした血液はまだ暖かく、肉は脈打っていた。
その脈略のない言動にサハルスは一瞬戸惑うも、殺意を向けたのだから殺されてもしょうがないと認識したのである。
「は、腹が減っているのか? あー、何か食べ物を!」
とりあえずこの小娘は何とかしなければとサハルスは急いで食べ物をかき集め、そしてローゼに押し付けた。
その時またまた猿人の一人が持っていたバナナを彼女は異常に気に入り、サハルスは部下一人を犠牲にして彼女を城に連れ帰ったのである。
城に連れてこられたローゼはまず最初にバナナを求め、そして次にバナナを求め、そして再度バナナを求めた。
サハルスはバナナを欲しく仕事をしろと言いつけるも彼女はその言葉に発狂し、毎度毎度城を破壊していく。城が半壊したところでこれはいけないとバナナをおやつとして提供することでその衝動は収まったものの、彼女は猿の一つ覚えの様に毎度毎度バナナを要求する様になっていった。
そんなある日、サハルスはローゼのそんな変わることのない様子に腹を立てて彼女を叱りつけた。だがそれが悪かったのか、彼女は人差し指一本で当時の魔王、サハルスを瀕死の重体にしたのである。
「バナナをよこさないと吹っ飛ばすよ!」
その時点で吹っ飛ばすどころの問題ではなかったのだが、どうもローゼは頭が弱く、あたり物事を考えられない性質であるとサハルスは学んだ。
サハルスが瀕死の重体にまでなってしまうと彼の部下は彼女を魔王にするべきではと考えを始めていた。それは勿論、魔王であるサハルスよりも彼女は強い証明されてしまったからである。その部下の裏切りとも取れる行動に一度はサハルスは激怒したか、よくよく考えるとローゼの手綱を握ることは出来ないと案外すんなりと玉座をはなれたのだ。
けれどもやはり、世の中はそんなに上手くいかなったのだ。
ローゼか新魔王になったところ毎日の様にバナナを納めろと法を変え、面白くない奴は首だと物理的に処分したのだ。
厳つく恐ろしかった魔族は数年もしないうちに頭のおかしな間抜けな種族と見方をかけられるほどに、魔族の地位は転落していったのである。
そこで何とか生かされていたサハルスは今一度魔王の座に登りつめようもするも、あっさりとデコピン一つで倒されしまった。
けれどもそこで思わぬ出来事が起きたのだ。
ローゼが最後の一振りをサハルスにくだそうとする瞬間、彼女は自信がポイ捨てしたバナナの皮に足をとられて床に頭を打ち付けた。
「きゅっ!」
それでもローゼは立ち上がりサハルスを始末しようとするも、サハルスは苦し紛れに叫んだ言葉であっさりとその考えを改めたのである。
「バ、バナナの神が私を殺すなと申し付けておられるのだ!」
「え!? そうなの! じゃあ今日からよろしくねセバスチャン!」
言葉のキャッチボールのままならないまま、勝手にセバスチャンと名前をつけられサハルスは存在を許されたのである。
それからというのもサハルス、もといセバスチャンは必死にローゼの身の回りのお世話をし、他の魔族達が犠牲にならぬ様に努めた。最初こそプライドもあり出来なかった肩車や変顔も、皆のためだと投げ捨てて必死に働いた。
その結果セバスチャンは誰よりも魔族に愛されるセバスチャンになったのはいうまでもないだろう。
「セバスチャーン! お腹減ったよー! バナーナをおくれぇ!」
「ーーはぁ、ハイハイ、どうぞどうぞ」
朝昼晩、毎日毎食の食事にバナナを用意し、十時と三時のおやつにバナナ。
これだけさえ守っていればローゼはおとなしくセバスチャンに従った。
他の種族に馬鹿にされる原因になった法も姿も変顔も、また馬鹿げた処分の方法もバナナで釣り改めさせ、セバスチャンは年月を重ねて以前までの厳格な魔族像を再度作り上げた。
勿論そんなにセバスチャンを魔王にと願うものは多くあったが、彼自身がローゼと殺し合い勝てる見込みないと踏んでおとなしく彼女を魔王の座に座らせておいたのであった。
「いつか、いつかきっと! 伝説の勇者が魔王《あの阿保》を仕留めてくれる!」
ただ、それだけを信じて。
◇◇◇◇
とある村のとある場所で、双子の赤子が生まれた。
一方は聖女としてふさわしい光の加護を受け、もう一方は勇者として神の加護を受けて生まれてきた。
月日は流れ彼らが十五になった時、運命はゆっくりと動き始める。
「ハルシュ! 見てみておっぱい!」
「だっせー! 俺の方の方がでかいしぃー!」
果物二つを胸元に入れて馬鹿げだ行動をするのはかつて聖女と勇者と認められた者。
彼らはそりゃもう誰もが阿保だと、馬鹿だと認めるほどな残念さに育ったのである。
そんな彼は一応聖女として、勇者として魔王討伐に乗り出すも、運命はいつだって残念な方向へと進み思惑通りにいかない者だと今はまだ、誰も知らない。
それでも一つ言えるのは、世界は少なくともこのアホ三人のお陰で平和になった事だろうか。
「ローゼやべぇ! 何でバナナしかくわねぇんだよ! えろいー!」
「お前みたいに果物で偽乳作るやつの方がエロいですぅ」
「ってな両方生やした俺の方がエロくねぇ?」
一部を除いで世界は平和になった、のである?
最終地点が、予想とは違くなりました。
でも反省はしない。