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8. 弟子入り


 探偵のビルから自宅に戻ったその晩、百目木は布団の家で眠れぬ夜を過ごしていた。

 自宅に戻った時に二度寝をしたお陰ですっかり目が冴えてしまい、就寝の時間になっても眠気が全然訪れないのだ。

 何となしに布団の上で天上を眺めていた百目木、そんな彼の耳に未だに慣れない頭に直接響く声が届く。


「"主殿、まだ起きているで有りますか。"」

「なあ、その主ってのは何なんだよ。」

「"主殿は主殿であります。 テレビで見ました、自分のような家なき犬の世話をしてくれる人間を、犬たちはご主人様と敬うと…"」

「ああ、今は俺がお前の飼い主だから、主殿か…。 そうだよな、お前、もう家が無いんだよな…」


 どうやら百目木と同じように眠っていなかった葉月は、器用に前足で押し入れを開けて百目木の傍まで歩み寄る。

 そして百目木と葉月、人間とマモノの奇妙な夜話が始まった。


「なあ、葉月。 お前、父親以外に頼れる相手は居るのか…。 お前の記憶、さっき話した俺が見た夢の内容を見る限り、お前が父親以外と会っている所は無かったんだけど…」

「"そ、それは…。 父上は自分がもっと大きくなるまでは、安全な家に居るように言ってたので有ります。"

 "だから自分はずっとあの神社の中で生活を…"」

「やっぱりそうか…、なあ、お前が良ければ好きなだけこの家に居ていいからな」

「"えっ、いいので有りますか!"」

「別にいいさ、もう一ヶ月近くも一緒に住んでるんだ。 こうなったら両親にもちゃんと話して、お前と一緒に住めるように努力するよ」

「"あ、ありがとうございます、主殿。 自分は、自分は主殿に拾われて幸せでした!!"」

「ははは、大げさだな…」


 唯一の肉親である父親を失い、唯一の世界である神社を失った葉月を拾い上げた百目木は、彼女から見ればまさに救いの主だった。

 頼る者が何も居ない状態の葉月を家に置いてやり、面倒を見くれた事は百目木が思っている以上に葉月を助けていたのだ。

 葉月は百目木に拾われたことに心底感謝し、嗚咽すらあげながら喜びの言葉を口にする。

 そんな葉月の心情に気付かないのか、百目木はオーバーな葉月の反応に困惑を覚えるのだった。











 その翌時、約束通りに百目木は葉月を連れて再び探偵の元へと訪れていた。

 ビル内にある探偵のオフィスには、たの強面の探偵と百目木の学校の先輩の姿が揃い踏みである。

 昨日と殆ど変わりない黒スーツ姿の始、そして自宅で私服に着替えたらしいワンピース姿の彼方が百目木と葉月を出迎えた。


「おう、よく来たな、坊主。 昨日の犬っころも無事に目覚めたようだな」

「"っ!? 自分は犬っころでは有りません。 自分には葉月という、父上から授かった名前が…"」

「あのー、探偵さん。 葉月が自分の名前は葉月だって抗議の声を…」

「ほうっ、その様子だとパスを通じてその犬っころ…、葉月とやらと意思疎通が出来ているようだな」

「ああ、やっぱりこれはパスとやらの力だったんですか」


 とりあえず葉月と会話を出来る原因が、予想通りであった事に百目木は密かに一安心する。

 葉月はマモノと言う、百目木の全く知らない未知の存在なのだ。

 マモノである葉月と会話が行える今の状態が良からぬ現象である可能性も否定できず、百目木は若干不安を感じていたのだがそれは解消出来た。


「それじゃあ通訳を頼むぞ。 獣型のマモノと意思疎通する手段も有るには有るが、パスを通じているお前が通訳をした方が早い。

 俺の名前は十文字 始、そこの坊主から既に聞いていると思うが、俺はお前の父親の護衛を依頼される筈だった人間だ。

 しかしお前の父親を襲った連中の動きの方が言って早くてな、俺がそっちに出向く前に全てが終わっていた」

「"父上…"」


 思えばこれは奇妙な対面だったのだろう。

 父親を失った子供と、その父親を守ることが出来なかった探偵の邂逅。

 探偵の話が正しければ葉月の父親が探偵と接触する前に、あの式神たちは葉月の住む神社を襲った。

 それならばこの探偵には非は無いと思われるが、実際に父親を失った子供にその理屈が通じるだろうか。

 しかし葉月は探偵に不満をぶつけることはなく、ただ父親を失った悲しみが蘇ったのか悲痛な顔を浮かべる。


「正式な契約をしていなかったとは言え、依頼を受けた時点でこれは俺の事件でもある。

 俺は全力でお前を守り、依頼主を殺害した連中を追いかけるつもりだ」

「"父上の仇を取ってくれるので有りますか"」

「えっと、父親の仇を取ってくれるのかって、言っています」

「まずは下手人の正体を掴んでからだがな…」


 それは父の仇を追うことを決意していた葉月に取っては、思わぬ朗報と言えた。

 この探偵、明らかに玄人の雰囲気を漂わせるこの男の協力上がれば心強い事は間違いないだろう。

 葉月も同じ百目木と同じ感想を持ったのか、その表情に喜色を露わにした






 父の仇を追いたい葉月にとって、あの強靭な鉄巨人を従える探偵の協力は心強い事だろう。

 喜ぶ葉月の様子を見ていた百目木の表情は、葉月と同じように笑みが浮かんでいた。

 しかしこの喜びに水を差すかのように探偵から放たれた言葉は、百目木の表情を凍りつかせることになる。


「よしっ、話は決まったな。 じゃあ、坊主、これでお前の役割は終わりだ。」

「…えっ?」

「この様子なら、その葉月って奴はもう大丈夫だ。 もうお前と簡易パスをつなげておく必要も無い。

 後は俺がこいつの面倒を見るから、お前はもうマモノなんて事は忘れて平和な日常に戻るんだな」


 それはある意味で当たり前の展開だったのだろう。

 共に父の仇を追ってくれる協力者が見つかった時点で、ただの高校生である百目木の助力は葉月には不要になった。

 マモノの専門家である始としては、これ以上素人の百目木がマモノに関わる事を認められる筈も無く、百目木から葉月を取り上げるのは当然の行動である。

 しかしそれは百目木が葉月と別れる事を意味し、彼女を家に住まわすと言う約束が果たせなくなってしまう。


「待ってください、葉月は俺が面倒を…」

「馬鹿を言うな。 この葉月って奴と一緒に生活するって事は、あの式神たちやその仲間にまた襲われる可能性があるって事だ。

 悪いことは言わない、マモノのことなんて早く忘れてしまえ」

「で、でも、そこには家の学校の先輩も居る。 この人だって、俺と似たような物じゃ…」

「こいつが俺に弟子入りしてから半年以上は経つ。 まだまだ半人前だが、少なくとも全くの素人じゃ無いんだ」

「あら、酷いこと言うわね。 私はもう一人前よ」

「ふんっ、言ってろ…」


 自分と同じ学生である彼方を例に出して講義する百目木に対して、始はけんもほろろにその抗議を却下する。

 同じ学生とは言え昨日までマモノのマの字も知らなかった自分と、弟子として半年近く学んできた彼方では全く話が違うのだろう。

 確かに式紙に追われていた時も、探偵の弟子である彼方は的確な判断で百目木と葉月の命を救ってくれた。

 今の百目木に彼方と同じことをやれと言われれば不可能であると言うしか無く、素人である百目木が探偵の手伝いをしようとしても足手まといになるのは目に見えている。


「"主殿…"」

「…俺は葉月と約束したんです。 こいつと一緒に居てやるって…

 お願いです、先輩が弟子になったて言うなら、俺もあなたの弟子にして下さい。

 俺はこいつと一緒に居たいんです!!」


 百目木の事を気遣い、危険なマモノの世界から距離を取らせようとする始の行動は正しいのだろう。

 確かに百目木はあの式神たちに襲われた時に、心底恐怖していた。

 葉月と一緒にいると言う事は、あれと同じ目に合う可能性が高いと言う始の言葉も解る。

 しかしそれでも百目木は、葉月と離れたくは無かった。

 数日程度しか共に過ごしていないが少し前まで父親だけが世界の全てであった葉月に取って、自分は決して軽い存在では無いだろう。

 百目木にはどうしても、父親を失ったばかりの葉月を見捨てる事は出来なかった。

 そして百目木は葉月と共に居るため、彼方のように探偵に対して弟子入りを志願したのだ。


「あら、それならあなたは私の弟弟子ね。 百目木くんだったわね、これからは私を姉弟子として敬うように…」

「はいっ! 彼方先輩、これからよろしくお願いします!!」

「待て待て、勝手に決めるな」


 百目木の弟子入り志願は、始の弟子らしい彼方は賛成のようで早速百目木を弟弟子扱いし始める。

 彼方の言葉に乗っかるように、百目木は早速先輩に対して深々と頭を下げて挨拶をした。

 師匠である始を無視したその行動に、始は慌てて暴走する弟子を止めようとする。


「"探偵殿、どうか主殿の弟子入りを認めて下され! 自分も…、主殿と離れたくないで有ります""

「ああ、くそっ、何を言っているのか解らないのに、何となく言いたいことが理解できちまう。 どいつもこいつも…」


 百目木の弟子入りを押すように、葉月が懇願の声を上げ始める。

 パスを繋いでいない始には葉月の言葉を理解出来ないはずだが、状況を見て葉月が言わんとしている事を察したのだろう。

 多勢に無勢の状況に始は、頭を抱えながら何やら悩み初めてしまう。

 そんな始を追い詰めるかのように、彼らのやり取りを見ていた葉月が主に助太刀をした。


「"主殿、探偵殿に伝えてください。 もし主様の弟子入りを認めるならば、父上を襲った連中の次の狙いを伝えると…"」

「なっ…!? 始さん、葉月がこう言っています。 俺の弟子入りを認めるなら、こいつの家を襲った連中の次の狙いを教えるって」

「はっ、おいおい、そういう大事なことをどうして…。 ちっ…」


 葉月が百目木の弟子入りの条件に出した物、それは始が喉から手が出るほどの欲しい敵の情報であった。

 どうして葉月がこの大事な情報を今まで隠していたか解らないが、これは始にとっては聞き捨てられない提案である。

 暫く考え込んだ姿勢を取っていた始だが、考えがまとまったらしく顔を上げて百目木を見据える。

 身長が180以上はある始に見下された百目木は、その威圧感に内心で怯えながらも気丈に始を見つめ返す。

 何かを見定めるように十数秒ほど百目木を無言で睨んでいた始は、徐に力ある言葉を紡いだ。


「…ゴレムス!!」

「ちょっ、始さん!!」


 始の呼びかけに応えて、探偵のビルのオフィスに現れたのは一昨夜に式神たちを相手に無双していたあの鉄巨人では無いか。

 オフィスの天上に頭を擦りそうな程に圧倒的な鉄の塊に見据えられて、百目木は思わず後ろに後ずさろうとしてしまう。

 しかしどうにかゴレムスの威圧感に耐え抜き、百目木は鉄巨人を従える探偵の姿を再び見据える。


「やれっ、ゴレムス!!」

「止めて!?」

「"主殿!!"」

「っ!!」


 そして始の指示に従い、鉄狂人は式神たちを紙切れのように引き裂いた鉄腕を百目木に向かって振り下ろす。

 部屋の中に巨大な何かが通り過ぎるような轟音が響いた。






 それが脅しであることは何となく理解できていた。

 自分を危険から遠ざけようとしていた探偵が、考えを翻して自分を傷つける筈は無い。

 しかしそれが解っていても尚、鉄狂人の威圧感は百目木を竦ませた。

 仮の今と同じ状況が繰り返されたならば、その時に百目木は今と同じようにゴレムスの圧力に耐えきれるとは思えない。

 もしかしたら葉月への思いなどを全て忘れて、無様に逃げ出していた可能性も十分に考えられる。


「…弟子入りを認めてやる。 音を上げてもしらないからな」

「…はいっ!!」


 しかしゴレムスの鉄腕の寸止めと言う試練に耐え、鼻先に鉄巨人の腕が迫っても尚引かなかった。

 ゴレムスの鉄腕の前に立つ百目木は、その恐怖から涙目になっており足も僅かに震えながらも一歩も引いていない。

 百目木は勇気を振り絞ってゴレムスの圧力に耐えた、その気合は探偵のお眼鏡に叶ったようだ。

 こうして百目木は葉月とともに彼女の父親の仇を追うことになった、マモノ使いの弟子として…。




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