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6. 夢


 百目木はすぐにこの光景が夢である事が解った。

 神主が突然巨大な犬に変貌する場面、そして先ほどの巨大な犬が黒い西洋風の鎧を纏った謎の人物にやられている場面、多数の紙人形たちが迫ってくる場面。

 どれを取っても現実はとても思えず、出来の悪い特撮映画でも見ている気分である。

 しかし次に現れた場面を見た瞬間、百目木は度肝を抜かれることになる。

 何故ならその出来の悪い特撮映画の登場人物の中に、百目木自身が現れたのだ。

 何処かぼんやりとした視界であるが、自分を見下ろしているそれはまさしく百目木の姿であった。

 やがて何らかの浮遊感と共に百目木の体は、百目木に軽々と持ち上げられてしまう。

 その瞬間に百目木はこれは自分が葉月を拾った時の光景である事に思い至り、今の自分は葉月の記憶を見ている事を直感的に理解するのだった。


「…鬼くん、百目木くん!!」

「はっ…!? えっ、此処は…」


 自分の名前を呼びかける誰かの声を聞いた事で、葉月の記憶体験から抜け出した百目木は覚醒を果たす。

 見開いた百目木の瞳が最初に捉えたのは、先程まで自分と共に紙人形に追い掛け回されていた謎の先輩であった。

 百目木が目覚めた事に対して安心したのか、彼方は僅かに表情を緩めながら一息を付く。


「始さん、百目木くんが起きたわ」

「おう、漸くお目覚めか。 まあ初めて生気を吸われた割には、早い目覚めだな…」


 彼方の呼びかけに応えて彼女の背後からあの強面の男、始が姿を見せる。

 百目木は二人のやり取りを聞き逃しながら、上半身を起こして自分が今居る場所を確認した。

 その部屋の十畳程の広さが有り、百目木から見て部屋の奥に設置された灰色の事務机に始が座っていた。

 そして自分と彼方は事務机から少し離れた場所に設置された、小さな机を挟んで置かれた茶色のソファをそれぞれ陣取っている。

 どうやら百目木はこのソファの上で寝かされていたようで、彼方はもう一方のソファに座りながら自分の看病をしてくれいたらしい。

 部屋の壁際に有る窓から入る明るい日差しから、少なくとも今は昼近くである事が解った。

 とりあえず自分の居る場所が解った百目木は、次に何故自分がこのような所に寝ていたかを思い出そうとする。


「…そうだ! 葉月、葉月の体は大丈夫なのか?」

「ああ、あの子ならそこで寝ているわよ」

「えっ…」


 自分が意識を失う寸前の光景、消えそうになっていた葉月を助けようとしていた事を思い出した百目木は慌てた様子であの子犬の姿を探し始める。

 もしかして葉月があのまま消えてしまったのではと心配する百目木に対して、彼方は百目木が横になっていたソファの足元を指差した。

 彼方の指した方向に顔を向けた百目木は、そこにタオルが敷き詰められた段ボール箱に寝かされている一匹の子犬の姿を見つける。

 それはまさしく百目木が探していた葉月であり、その体は透ける事無くしっかりと残っているでは無いか。


「良かった、助かったのか…」

「百目木くんのお陰よ。 あなたの助けが無ければ、この子は確実に消えていたわ…」


 段ボール箱に寝かされている葉月は最初に出会った頃のように傷だらけになっていた、確かに葉月はそこに存在していた。

 未だに眠りから目覚める様子は全く無いが、寝息を立てているその姿からは今にも消えてしまいそうな昨晩のような儚さは見えない。


「…さて、坊主。 お前には二つの選択肢が有る。 このまま何もかも忘れて此処から出ていくか、それともまた昨日のような危険な目に遭うかもしれない覚悟で真実を知るか?」

「聞かせてください。 昨日の紙人形の事、そして葉月の事を…」

「まあ、そうなるよな…」


 葉月の無事を確認できて安心した様子を見せる百目木に対して、始は二者択一の選択を突き付けてきた。

 詳しく聞かなくとも昨夜の一件は、百目木がこれまで関わりすら無かった危険な事であったのは解る。

 しかし昨夜の一件で百目木はあんなに怖い目に遭った上、有ろうことか葉月まで死に掛けたのだ。

 此処で何も話を聞かずに耳を塞いで逃げられる筈も無く、百目木は躊躇いなく真実を知る選択を選ぶ。

 そんな百目木の答えを半ば予想していた始は、僅かに顔を顰めながらもその意思を尊重して真実を告げる事を決めるのだった。











 場所を帰ると言って始は彼方と百目木を連れて、先程まで居た事務所らしき部屋から出ていった。

 ダンボール箱に寝かされている葉月を置いていく事は気が引けたが、葉月が起きる様子が無いのとすぐ近くに行くだけと言う始の言葉を信じて百目木は渋々葉月を置いてくことを認めたのだ。

 百目木はこの小移動によって、今自分が三階建ての小さなビル内に居たことを知る。

 二階にあった事務所らしき部屋を出た百目木たちはそのまま階段を居り、一階にある喫茶店らしき場所へと入った。

 そこはレトロな雰囲気が漂う、何処か懐かしみを感じさせるような店であった。

 昭和を意識しているのか喫茶店のあちらこちらに、黒電話などの最早骨董品と言っていい品が並んでいる。


「あら、まだ準備中よ」

(とおる)さん、ごめんなさい」

「とりあえずコーヒー三つ、後、適当に朝飯を作ってくれ」

「はいはい…。 全く、来るなら事前に連絡くらいしなさいよ…」


 喫茶店に入った始たちを出迎えたのは、クラシックなエプロン姿の若い女性だった。

 年の頃は二十代前半くらいだろうか、まだ幼さが残る彼方とは違う大人の女性と言う感じの美しい人である。

 彼方から(とおる)と呼ばれた女性は、僅かに不満を零しながらも注文通りにコーヒーと軽食を作り始めた。

 後ろにまとめた茶色の髪を揺らしながら動き回るエプロン姿の女性は絵になっており、百目木は思わず目を奪われてしまう。


「なんだ、坊主。 もしかしてあういうのが好みなのか?」

「…最低」

「ち、違う!! 俺は別に…」


 自分ではさり気なく見ていたつもりであったが、どうやら端から見ればバレバレだったらしい。

 面白いものを見たとばかりに笑みを浮かべる始と僅かに眉を顰ませる彼方を前に、百目木は慌てた様子で言い訳を述べる。


「…さて、早速本題に入るぞ。 まずは自己紹介だ、俺の名前は十文字(じゅうもんじ) (はじめ)

 このビルで探偵事務所を開いている者だ」

「一応私も名乗っておくわ。 彼方(おちかた) 千歳(ちとせ)、貴方の学校の先輩で有り、この探偵事務所のバイトをしているの」

「…探偵?」


 軽口を引っ込めて真剣な表情を浮かべた始は、己の身分を百目木へと告げた。

 探偵、それは百目木が予想にもしなかった始の正体であった。

 百目木が探偵と言う職業を聞いて思い浮かべるのは、テレビに出て来る殺人事件を解決するような連中の事である。

 少なくとも昨夜のようにあの紙人形たちと立ち回る始を、探偵と言う職業と一致させることは百目木には出来なかった。


「最も、俺はマモノ専門でね。 探偵とは名乗っているが、実質はマモノを相手にした便利屋に近い。

 そして数日前、俺の元にある依頼が届いた」

「…依頼?」

「…依頼主はあの犬っころの父親、あの神社を管理していた男だ。 …そして依頼内容は、男の家族の保護」

「それって…」


 始の話が本当であれば、葉月の父親は自分が襲われることを事前に察知していたらしい。

 そして自分の葉月の身を守るために、この探偵を名乗る男に護衛を依頼した。

 百目木の脳裏には昨夜の男の立ち回りが読みが得ていた、鋼の巨人を操る始の力が有れば確かに心強いだろう。


「どうも依頼が俺の元に来るのが一歩遅かったようでな。 俺が依頼主と会う約束を取り付けた夜に、あの神社が襲われたんだ

 急いで現場の神社に出向いたたが後の祭りだった」

「あの紙人形たちは一体…」

「解らない。 詳しい話は直接あって聞くことになっていたからな。 俺が知っている事は、あのマモノの家族が何か狙われていると言う事実だけだ」

「それで始さんは今回の事件を調べ始めたの、自分の依頼主を殺した連中の正体を探るために

 そして調査を手伝っていた私があの子犬、生き残ったマモノの子供を連れたあなたを見つけた」

「式神の大群のおまけ付きでな」


 始と彼方の話によって、百目木は葉月が狙われている経緯は何となく理解できた。

 何らかの理由で葉月の家族があの紙人形共に狙われており、始は葉月たちを守るために彼女の父親が雇った人材だった。

 しかし始という男も葉月を狙っている紙人形たちの正体に検討がついておらず、連中が未だに葉月が狙わている理由も解らない。


「…あなたたの事は解りました。 けどまだ解らない事がある、そもそもマモノって何なんですか。

 葉月はただの犬じゃ無いんですか」

「それは・・・」

「はい、お待たせー。 とりあえずトーストセットを用意したけど、大丈夫よね」

「…まずは朝飯にしよう。 続きはそれからだ」


 そもそも百目木は分からないことがあった。

 マモノ、葉月や紙人形たち、そして始の連れていたあの鉄巨人たちを称する名前。

 当たり前のようにマモノとやらの存在を口にする始たちに対して、いまいちマモノと言う存在がどういう物か理解できていない百目木は説明を求める。

 しかし始が口を開くまえに、この喫茶店の人間である(とおる)が注文された品を持ってきたらしい。

 湯気が登るコーヒー三つ、トーストに加えてスクランブルエッグなどの品が入った典型的な喫茶店の軽食メニュー。

 それらの食事を前にした始は話を一時中断し、朝食を取ることを提案する。

 温かな食べ物を前にして食欲が湧いてきた百目木はその提案に従い、トーストにかぶり付いた。




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