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5. マモノ


 それは一方的な蹂躙だった。

 紙が鉄に勝とうと思うこと事態がおこがましい事だと言わんばかりに、鉄の巨人ゴレムスは紙人形たち相手を次々に手にかけていったのだ。

 鉄の塊であるゴレムスの腕が振るわれる度に、紙人形はずたずたに引き裂かれて霧散していく。

 その一方的なやり取りに百目木は、安心感を超えて恐怖すら感じさせられる程の蹂躙であった。


「な、何なんだよ、あれは…」

「あれは"マモノ"よ」

「マモノ?」

「妖怪、悪魔、UMA、あれらを指す呼称は世界にごまんとある。 …けれども私たちは、あれを"マモノ"と呼んでいるのよ」


 マモノ、魔なる物。

 それは百目木が昔やっていた、とあるロールプレイングゲームにも出てきた聞き慣れた単語である。

 確かに明らかに人非ざるあの鉄の巨人や紙人形たちを呼ぶには、"マモノ"と言う単語は相応しい物のように聞こえる。

 しかし百目木の知る限りマモノなどと言う存在は、想像上の架空の生き物である筈だ。

 そんな物が現実に目の前で戦いを繰り広げているなど信じられない、自分は夢でも見ているのだろうか。


「あの子はゴーレム、ユダヤ教の伝承にある仮初の命を与えられた泥人形。 最もあれは現代風にアレンジされた鉄人形だけれどもね…。

 式神の事はさっき説明したわよね、元は陰陽師が操る鬼神の呼び名。 あれも現代風にうアレンジが加えられているようだけど…」

 動転している百目木の様子など気にする事無く、彼方は淡々と鉄巨人と紙人形たちの素性を説明し始める。

 しかし彼方の話を理解する余裕は百目木には無く、彼女の言葉は右の耳から左の耳へ通り過ぎていた。


「…ちなみにあなたが手に抱えているその子もマモノよ」

「…へっ? 嘘だろう、そんなはず…」

「どうやらそのマモノと一緒に暮らしていたようだけど、普通の犬と違う所に気付かなかったの?」


 そして彼方が明かした新たな事実に、百目木はまたしても驚かせてしまう。

 彼の腕に収まっている茶色い毛並みの子犬、葉月があの鉄巨人や紙人形たちと同類と言うのだ。

 にわかに信じられない百目木であるが、彼方に促されて葉月との記憶を呼び起こして見れば思い当たる所は多々あった。

 まるで自分の言葉が解っているかのような賢さ、そしてあろうことから自らの名前を葉月と伝えると言う普通の犬では到底有り得ない行動。

 どれも普通では考えられない物であり、この子犬がマモノであると言う彼方の言葉に信憑性を持たせてしまう。


「お前、本当にマモノなのか…」

「ゥゥゥン…」


 百目木は自らの腕に抱えた葉月と目を合わせ、恐る恐る彼方の言葉が正しいか尋ねる。

 普通の犬であればこんな真似をしても、特別な反応を見せる事は無いだろう。

 しかし葉月はまるで自分と百目木の話を理解していたかのように、彼の問に対して申し訳なさそうに鳴いて応えた。

 これではっきりとした、確かに葉月は普通の犬では無いのだろう

 その瞬間に百目木は自分が何か得体の知れない物を抱えている事を理解し、思わず葉月を放り出そうとしてしまう。


「っ、止めなさい!」

「…先輩?」

「マモノはそんなに怖い物では無いわ。 恐れることは無いの…」


 しかし百目木が反射的に葉月を手放そうとした瞬間、彼方が手を伸ばして葉月を彼の腕の押し戻した。

 彼方は今までに無い強い言葉を使い、マモノを忌み嫌おうとする百目木を諭し始める。

 その言葉で正気を取り戻した百目木は恐る恐る葉月の方に視線を寄せれば、そこには悲しげな顔をした子犬の姿が有るでは無いか。

 自分は一体何をしようとしていたのか、葉月は短い間であるが自分と寝食を共にしていた存在であったのに…。


「…ごめん、葉月」

「くぅぅぅんっ…」


 途端に自分の行動が恥ずかしくなった百目木は、葉月を強く抱きしめながら謝罪の言葉を漏らす。

 そんな百目木の気持ちが通じたらしい葉月は、彼を慰めるように鳴くのだった。











 百目木と彼方が話している間に、鉄巨人と紙人形達の戦いはほぼ終わりを迎えていた。

 神社の境内には紙人形たちの残骸が散らばり、傷一つ付けられていない鉄巨人が最後の紙人形に向かって行く。

 彼方が始と読んでいたあの強面の男は、鉄巨人の近くで注意深く辺りを見回していた。


「た、助かったんだよな…」

「ええ、とりあえずはね…」


 どうやら危機を脱したらしい事を理解した百目木は、安堵の溜息を付きながら葉月を地面へとおろす。

 百目木に抱えられている間に紙人形にやられたダメージが少しは回復したらしく、葉月は自らの力のみで地面に立っていた。

 彼らの目の前で境内に残った最後の紙人形も切り裂かれ、これで葉月を狙っていた紙人形は全て撃破されたようだ。

 目に見える脅威を全て取り除いたことを確認したスーツ姿の男は、そのまま鉄巨人を従えて百目木たちの元へを向かう。


「始さん、ご苦労様。 ゴレムスも頑張ったわね」

「せ、先輩。 これは一体何なんだ、全部説明してくれるんだろうな? 結局マモノって何なんだ、何で葉月は狙われたんだ…」

「おい、この餓鬼にまだ何の説明もしてないのかよ」

「そんな暇なんて無かったわよ。 始さんこそ、もう少し早く来てよね」


 戦いを終えた男たちを労う彼方の言葉に、彼方から始と呼ばれていたスーツ姿の男は面倒くさそうに片腕を上げて応える。

 そんな彼方に対して百目木は、血相を変えて次々に質問を投げかけた。

 とりあえず目に見える危機は去ったが、百目木には未だに分からないことがたくさんあった。

 マモノの事、そしてマモノに狙われていた葉月の事、今回の一件の事情を知っているらしい彼方には聞きたい事が沢山あるのだ。

 何も知らない様子の百目木の姿に、始は見るからに面倒くさそうな顔を浮かべる。

 始は百目木に対して何の説明もしていない彼方の手落ちを責め、それに対して彼方は始の到着の遅れを詰った。

 自分の事を忘れたかのように口喧嘩を始める両者に、業を煮やした百目木は再び口を開こうとする。

 しかし結果的に、百目木の言葉が放たれる事は無かった。






 境内に散らばった紙人形達の残骸、有るものは手足の部分を引き千切れ、有るものは胴体部分を真っ二つに断たれている。

 その一体一体は既に人間の形を成しておらず、それが紙切れでなく人間であれば凄惨な光景が広がっていた事だろう。

 鉄の固まりであるゴーレムに対して、紙で出来た彼らが土台勝てる筈も無いのだ。

 しかし紙きれにも鉄には無いメリットが幾つか有る、その一つは鉄と比較して加工が極めて容易なことにあるだろう。

 鉄同士をくっ付けるのは難しいが、紙同士をくっ付ける事は決して難しいことでは無い。

 そして紙人形たちがばらばらになった破片から、使えるパーツのみを組み合わせて新しい体を生み出すことは容易な事であった。


「っ!? 危ない!!」

「えっ…」


 紙人形たちを全て倒して戦闘が終わったと思っていた百目木達は、始を含めてすっかり油断していた。

 そんな彼らを出し抜くことは、使える破片同士が合体することでただ一体だけ復活を遂げた紙人形には容易な事である。

 再生紙人形は始と鉄巨人を容易く抜けて、この場で一番無力な百目木に向かって行く。

 まともに戦っても勝ち目はゼロ、ならば取れる手段はただ一つしか無い。

 どうやらこの紙人形は百目木を人質に取ることで、課せられた使命を全うしようと考えたらしい。

 一瞬の数寄を隙を突かれた鉄巨人とその主に紙人形を止めることは叶わず、紙人形は百目木に手を掛けようとしていた。


「…ぅわん!!」

「葉月!?」


 しかし百目木と紙人形を阻むかのように飛び出てきた茶色の塊、葉月の存在が紙人形の意図を挫いた。

 渾身の力で紙人形の腕に飛びかかった葉月を相手にするために、紙人形は数秒程度のロスを強いられてしまう。

 そして紙人形が力任せに葉月を振りほどき、それを地面に叩き落とした時には全てが終わっていた。

 葉月が稼いだ僅かな時間は鉄巨人の紙人形の元に到達するには十分な物であり、紙人形は再び絶望的な戦いを強いられる事になる。

 そして鉄巨人と復活した紙人形の戦いの顛末を、あえて深く語る必要も無いだろう。











 紙人形の最後の悪あがきも粉砕され、今度こそこの境内のでの戦いは終わりを迎えた。

 しかしその勝利の代償に犠牲になった子犬は、最早虫の息の状態となっていた。

 元々、紙人形たちに痛めつけられていた所に、止めといってい一撃を与えられたのだ。

 まだか弱いマモノでしか無い葉月は最早限界であり、マモノとしての終わりを迎えようとしていた。


「葉月、葉月!! 嘘だろう、なんで体が透明に…」

「まずいわ、始さん。 この子、もう限界みたい…」

「限界って…」

「マモノはね、普通の生物とは違う理を持っているの。 マモノは死ぬ時は何も残さない、ただ無になって消えるだけ…」


 百目木の腕に抱えられた葉月の息は荒く、有ろうことかその体は透け始めていた。

 既に葉月の体は半透明に近くなっており、その体の下にある百目木の腕がはっきりと見えてしまっている。

 彼方の話が本当であれば葉月はまさに死に向かっているのだろう、自分を助けるためにこの子犬は犠牲になったのだ。


「…これは生気を補給しないと持たないな。 おい、坊主。 お前、このマモノを助けたいか?」

「っ!? ああ、助けたい!! こいつを助けられるのなら、何をやってもいい」

「その言葉に二言は無いな」

「ちょっと、始さん!? 一体何を…」


 一度は自分を放り出そうとした自分何かのために、葉月は自らの命をかけてくれた。

 命の恩人である葉月を見捨てられるはずも鳴く、百目木は始の言葉に飛びついた。

 どうやらこの男には葉月を救うための算段が付いているんだろう、そしてそれには自分の力が必要らしい。


「どうやら小僧とこのマモノ間には、それなりの縁が出来ているようだ。 それならば簡易契約を結ぶことも出来るだろう」

「無茶よ。 百目木くんは今日初めてマモノのことを知ったのよ。 そんな状態で…」

「このくらいのマモノなら、命を全部座れることは無いだろう。 精々ぶっ倒れるくらいだ…」

「でも…」

「何でも良いからやってくれ! 葉月が消えてしまう前に、早く!!」


 戸惑いを見せる彼方の反応を見る限り、始がやろうとしている行為は危険な物なのだろう。

 しかしそれしか葉月を助けられる手段が無いのならば、百目木は始の提案に乗るつもりであった。

 此処で口論をしている間にも葉月はどんどんと透明になっており、一刻の猶予も無いように見える。

 覚悟を決めた百目木は彼方を遮るように始を促し、その覚悟が気に入ったらしい始は獰猛な笑みを浮かべた。

 そんな百目木たちのやり取りを見ていた彼方は、疲れたようにため息を零していた。






 話が決まったとばかりに動き出した始が取り出したのは、サッカーでよく付けるミサンガのような二組の紐だった。

 その一方を始は葉月の片足に括り付け、何やら呪文のような物を唱える。

 そうこうしている内に葉月の体はどんどんと透けていっており、気が気でない百目木は急かすように始と葉月の姿を交互に見やる。

 そして呪文を唱え終わったらしい始は、今度はもう一方の紐を持って百目木と向き合う。


「詳しく説明している暇は無いからな、説明なしのぶっつけ本番だ。 本当に覚悟はいいな?」

「いいから早くやってくれ。 葉月を助けてくれ…」

「…解った」


 百目木の覚悟を聞き届けた始は、手に持ったもう一方の紐を百目木の腕へと結える。

 そして百目木がその紐を付けた途端、彼の体から何かが抜けていくような感覚を覚えたでは無いか。

 まるで身体中のエネルギーが漏れ出したかのように、百目木の全身から力が抜けていく。


「あぁ…」

「百目木くん!?」


 やがて百目木の意識は黒く染まっていき、葉月を抱えたまま境内へと崩れ落ちてしまう。

 こちらを気遣う彼方の甲高い声も遠くなり、百目木はそのまま意識を失ってしまうのだった。



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