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3. 逢魔が時


 葉月との出会ってから初めての休日を迎えある日の昼頃、百目木は家から出ようとしていた。

 休日と言うことで百目木の姿は制服で無く、ジーパンにTシャツ、そして綿製の上着と言う平凡な私服姿であった。

 しかし奇妙なことに百目木は上着をシャツの上に羽織らず、何故か上着を丸めて片腕に抱えていたのだ。

 上着が邪魔なのなら初めから家に置いて行けばいいのに、百目木は何故わざわざ荷物を増やそうというのか。


「いいか、じっとしているんだぞ」

「くぅぅん…」


 百目木は片腕に抱えた荷物、上着で姿を隠した葉月に黙っているように語りかける。

 葉月は百目木の意図に応じるかのように小声で吼え、それ以降は一声を発すること無くじっとしていた。

 どうやら百目木は葉月の姿を隠すために、わざわざ着るつもりも無い上着を用意したようだ。

 百目木はあたりを警戒しながら音を立てないように自室の扉を開き、忍び足で玄関に向かった。


「あら、至? 遊びに行くの?」

「っ!?」


 運が悪いことに百目木が玄関に向かっている姿を、丁度今から出てきた百目木の母親に見られてしまう。

 後方から聞こえてきた母の声に、百目木は驚きの余り心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた。

 思わず出そうになった声を寸での所で止め、百目木は腕に抱えた葉月を母親に見せないように顔だけを後ろに向けた。

 今日は出かける予定が無いのか、百目木の母は部屋着として使用しているスウェットを着用していた。

 余り手入れをされていない髪をぞんざいに後で縛り、顔の小じわが目立つ母の姿はまさに一般的な中年女性であろう。

 日頃の仕事の疲れからか目元に微妙に隈が残る母は、何時もと様子が違う息子の姿を窺っていた


「どうしたの、至? 何だか顔色が悪いけど…」

「な、なんでもないよ。 じ、じゃあ俺は急いでいるから…」

「変な子ねー。 夕飯までには帰ってくるのよ」


 百目木の母は挙動不審な態度の息子の姿を訝しがりながら、あえて深く追求することは無かった。

 母の意図は不明だが、追求されないことは正直ありがたい。

 ボロを出す前に家を離れた方がいいと判断した百目木は、慌てて靴を履いて玄関から飛び出すのだった。

 主の居なくなった百目木の自室、その押し入れの中には葉月の借りの住処であるダンボルール箱が隠されている。

 百目木と連れられて外に出た葉月の姿は当然のように無く、そこにはタオルを重ねて作られた簡易的な寝床と葉月の腕に括られていた謎の和紙が転がっているだけであった…。






 どうにか母の目を潜り抜けて自宅を出た百目木は、家からから少し離れた所で上着の中から葉月を取り出した。

 車が来ていないことを確認した上で、百目木は慎重に葉月を下ろして道路の上に立たせる。


「よーし、もう出ていいぞ」

「ワンっ!!」

「ははは、やっぱり外がいいか…、でも此処で遊ぶのは危ないからなら止めとけよ。

 今から思う存分遊べる場所に連れて言ってやるからな…」

「ワンっ!!」


 葉月は久しぶりの外が嬉しいらしく、尻尾をぶんぶんと振り回しながら道路を駆け始める。

 流石に道路で葉月を遊ばせるのは危険なため、百目木は葉月を遊ばせるために有る場所へと向かい始めた。

 その百目木の後ろを葉月は文字通り忠犬よろしく、リードも無しに付いて行く。

 そして十分弱ほどの散歩を経て、百目木と葉月は彼らが始めて出合った公園へと辿り着くことになる。

 小さな公園には先客の子供たちが居り、子供らしく砂場やブランコで遊んでいるようだった。

 公園に着いた葉月はこの場所が目的地であることを察したのか、公園の敷地に入った途端に全速力で駆け始めたのだ

 百目木は以前に葉月を見付けた時のベンチに再び座りながら、公園を駆け回る葉月の姿を見守っていた。

 やはり犬と言う生き物を押入れに押し込めている今の状況には、葉月に大きな負担を掛けているのだろう。

 葉月の公園でのはしゃぎ振りを間近に見せられた百目木は、そう思うざるを得なかった。


「…帰ったらお袋に相談して見るか」


 最初は怪我が治るまでの間、面倒を診るだけのつもりだった。

 しかし1週間にも満たない僅かな間であるが、葉月と共に過ごした百目木にはもう葉月を捨てるという選択肢は選べ無かった。

 未成年である百目木が葉月を飼うためには、当然のように保護者である両親の許可が必要である。

 そのため百目木は今日、家に帰ったら葉月を飼う事を母親に頼み込む決意を固めていた。

 家が金銭的に余裕が無いことは知っている、その状態でペットを飼うという負担を掛けるのは心苦しいのは事実である。

 そのため百目木は内心で、最悪葉月の餌代のためにバイトを始めようとも考えていたのだ。

 丁度いいことに百目木はサッカー部を止めてしまい、学校が終わった後は暇人である。

 時間を無駄にしているくらいなら、バイトでもして家計の助けにした方が余ほど有意義で有ろう。


「帰りにバイトの求人雑誌でも立ち読みするかなー。

 ああ、それにしてもいい天気だな…」


 最近は涼しい日が続いていたが、今日は珍しく暖かな気温になっていた。

 暑くも寒くも無い丁度いい日差しに照らされた公園の居心地は悪くなく、ベンチの上に座る百目木は眠気に誘われてしまう。

 やがて百目木は意識を徐々に失い、何時の間にか公園のベンチの上で眠りこけてしまった。











 迂闊にもベンチで眠ってしまった百目木が目覚めた時には、辺りは夕焼けに染まっていた。

 闇夜が間近に迫る逢魔が時、それは古来より魑魅魍魎に遭遇すると言われている時間帯である。

 日が落ちかけている事で辺りの気温がは下がり、冷たいが風が百目木の寝ぼけ眼を強制的に覚醒させた。

 目覚めた百目木はすぐに自分が公園に居ることを理解し、一緒に公園に来ている葉月の姿を探し始める。


「…ンッ! グルルルルルッッ!!」

「ん、葉月…」


 そこで百目木は今まで聞いた事の無い葉月の唸り声を聞き、嫌な予感を感じて慌ててベンチから立ち上がる。

 辺りには公園で遊んでいた子供たちの姿は既に消えており、今この場に居る人間は百目木だけであるようだ。

 そして百目木はすぐに葉月を見つけることが出来た、白い化け物たちの前で唸り声を上げているの姿を…。


「なっ!?」


 一様に同じ姿をした白い化け物たち、それらは一言で言えば巨大な紙人形であった。

 百目木より一回りは大きい成人男性程度のサイズで形作られた紙人形たちは、その四肢や胴体は全て和紙のような物で作られていたのだ。

 厚さ数ミリ程度の和紙で作られた紙人形たちは、どういう訳か重力に負けることなく薄っぺらい体を直立で維持していた。

 そして紙人形の顔に当たる部分には人間の目鼻の代わりに、漢字らしき文字がびっしりと書かれているようだ。

 ざっと見たところ紙人形たちは10体ほどの居て、全ての紙人形が全く同じ姿をしていた。

 夕暮れの赤い光に照らされた白い人形たちは、見ようによってはある種の芸術を感じさせる光景だったかもしれない。

 厚さが数ミリしか無い脚の先端を地面に交互に突き刺しながら、葉月にむかってじりじりと近付いてきた。


「ガルゥゥゥツ!!」


 葉月は自身の一番近くまで寄ってきた紙人形に向かって飛び掛り、果敢にも牙を突きたてようとする。

 獣の俊敏性を発揮した葉月の動きは素早く、自身の何倍もの高さにある紙人形の喉元目指して跳躍を果たした。

 それに対して紙人形は自身の腕を…、和紙を長方形型に切り抜いただけの物に見えるそれを突き出したのだ。

 空中で方向転換が出来る筈も無く、葉月の牙はそのまま紙人形の腕の先端に喰らい付いてしまう。

 狙い外した物の相手に喰らいついた事には変わりないため、葉月はそのまま腕を喰いちぎろうと顎に力を込める。

 紙人形の腕が本当にただの和紙であったのなら、葉月は見事に紙人形の腕を別つことが出来ただろう。

 しかし紙人形の薄っぺらい腕は意外に硬いらしく、葉月が幾ら顎に力を込めてもびくともしない。


「キャインッ!?」

「葉月!?」


 紙人形は腕に喰らいつく葉月を振り払うために、地面に向けて腕を振り下ろした。

 腕の先端に噛み付いていた葉月は地面に叩きつけられてしまい、その衝撃で紙人形の腕から口を離してしまう。

 紙人形から離れて地面に倒れた葉月は、すぐに体を起こして己を奮い立たせるように唸り声をあげる。

 しかし地面に叩きつられたダメージがあるのか、葉月の四足はよろめていた。


「くそっ、何なんだよ、これ! とりあえず逃げるぞ、葉月!!」


 紙人形たちの正体は解らないが、葉月を傷つけた時点で百目木の敵であることには違いないだろう。

 突然の展開に思考がフリーズしていた百目木であった、遅まきながら大事なペットになる予定の葉月を助けようと動き出す。

 百目木はふらふらの葉月を抱えこみ、そのまま紙人形たちから逃げるようにベンチを飛び越える。

 ベンチの先には公園と内と外を分けている街路樹が立ち並んでいるが、木と木の間のスペースには背の低い植木が置かれていた。

 その箇所なら百目木のけして長く無い足でも、一跨ぎに超えることが可能であろう。


「なっ!?」


 しかし百目木は一足飛びで植木を跳び越そうとした所で、そこで否応無く足を止めさせられてしまう。

 何故なら植木を挟んだ向い側にも、あの紙人形たちが待ち構えていたのだ。

 百目木を待ち構えていた紙人形たちは植木を跨いで公園の敷地に入り、百目木に近付こうとする。

 慌てて元の場所に戻ろうとする百目木だが、既に先ほど葉月を襲った紙人形たちも集まってきていた。

 紙人形たちに360度包囲されてしまい、逃げ場を失った百目木は絶対絶命に陥ってしまう。


「嘘だろ!? 一体どうすれば…」

「…とりあえず伏せなさい」

「…へっ?」


 紙人形たちに追い詰められた百目木の耳に、何処から女の声が聞こえてきた。

 身を伏せるように居る女の指示に従い、百目木は慌てて葉月を抱えたまま地面にへばり付くようにかがみ込む。

 すると百目木が地面に伏せた瞬間、突如公園の入り口の方から凄まじい衝撃が発せられたのだ。

 その衝撃は凄まじく、公園の方に居た紙人形たちは例外なくその場から弾き飛ばされてしまう。

 百目木も地面に伏せていなければ、その衝撃をもろに受けていたことは間違いないだろう。


「なっ、一体何が…」

「こっちに来なさい!!」


 思わぬ展開に付いていけずに思考停止してしまった百目木の腕を、何時の間にか近付いてきていた少女が掴んだ。

 恐らく先ほどの声の主である少女は、呆然としていた百目木を無理やり引っ張って行く。

 紙人形たちの包囲の一角は先ほどの衝撃によってが崩れており、百目木の前には公園の出口までの道が開いていた。

 百目木は少女に腕を引かれたまま、葉月と一緒に公園と言う死地から脱出することに成功するのだった。



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