19. 陰陽師
どうやらこの地に離れた式神たちは、あの鎧のマモノと行動を共にしていた連中以外にも居たらしい。
宝を抱えて逃げる百目木たちは、四方八方から群がる式神たちの相手を強いられていた。
百目木たちは式神たちを相手にしながら、前へ前へと少しずつ進むことしか出来ない。
「ほら、どんどん行くわよ!!
「"うぉぉぉぉっ!!"」
宝の入った木箱を百目木に預け、再びマモノの姿と戻ったタマが炎の車輪を走らせながら縦横無尽に走り回る。
紙の天敵とも言える炎を前に、式神たちは思うように近付くことは出来ない。
そして式神たちが怯んだ隙を逃さず、葉月が式神の喉元に向かってその牙を立てる。
まだ僅かな期間であるが百目木という主を得て、日々生気を直接供給されたことで葉月はマモノとして成長したようだ。
以前は全く歯が立たなかった式神を相手に善戦する葉月は、父の仇である鎧のマモノを見逃した鬱憤をぶつけているようにも見えた。
「はぁ、やっとスタート地点まで戻ってきたわね…」
「よし、この辺には式神は居ないぞ」
葉月とタマと言う二体のマモノに守られながら、生き残った猫守社のマモノが居る入り口付近に戻ってきた百目木たちはとりあえず一息を付く。
そこには先程百目木たちに宝を守るように依頼した、虎と見紛う巨大な猫型のマモノがぐったりとした様子で倒れていた。
あの鎧のマモノたちにやられたダメージが余程重いのか、猫守社のマモノは今にも死にそうな様子である。
「しっかりして! ほら、宝を取り返してきたわよ」
「ああ、此処に宝はちゃんと有るぜ」
「おお、ありがとう…」
この猫守社に世話になっているマモノであるタマは、猫守社のマモノを元気づけようと宝を取り戻した事を伝える。
それを証明するかのように、タマから宝を預かっていた百目木は宝が入った木箱を猫守社のマモノに掲げて見せた。
地面にぐったりと倒れていた猫守社のマモノはそれに反応し、ゆっくりと顔を上げて宝が入った木箱を視界に入れる。
そして宝が此処に有ることを理解した猫守社のマモノは、百目木たち対して礼を述べるのだった。
猫守社のマモノは本来の姿である巨大な猫から、表向けの姿である中年の男性の姿へと化ける。
そして人の姿に化け猫型のマモノは、足をふらつかせながらも自力で百目木たちの前に立ち上がった。
慌てて支えようとする百目木たちを手で制止ながら、猫守社のマモノは百目木たちに深々と頭を下げる事で改めて感謝の意を現す。
「皆様、本当に感謝いたします。 タマ、お前もよくやったぞ。
さぁ、猫守社の宝を私にくれないか」
「ふん、私の力があればこの位は朝飯前よ。 後、私の名前はクレオパトラよ」
「別に名前なんて、どっちでもいいだろう…。 はい、宝はお返しします」
猫守社のマモノに褒められて満更でもないタマは、それでも自身の名前のことを拘る。
クレオパトラと言う自らが名付けた名前が気に入っているのか、タマと言う本来の名前が気に入らないのか。
この状況でも名前に拘るタマに対して百目木は苦笑を零しながら、猫守社のマモノに対して宝が入った木箱を差し出す。
猫守社のマモノは宝を恭しく受取り、大事そうにそれを抱えながら満足気に微笑んだ。
「さて、愚図愚図していたら式神たちがまた現れるわ。 始さんの方も心配だけど、まずは宝を持って此処から離れるのが…」
「本当にありがとう、宝を私に差し出してくれて…」
「っ!? 百目木くん、宝を取り返しなさい!!」
無事に宝を鎧のマモノから守りきり、猫守社のマモノに返すことが出来た。
しかし事はこれで終りでは無く危険な状況は変わらない、まずは一刻も早くこの危険地帯から離れなければならないだろう。
彼方は百目木たちを急かして宝を持って避難しようとするが、その直後に耳に飛び込んできた聞きなれぬ声の響きに戦慄覚える。
直感的にその声の主が敵であると理解した彼方は、慌てて百目木に対して先程の声の主である目の前の男から宝を取り戻せと命じた。
「ははははは、もう遅いよ!!」
「えっ…」
「うわっ…」
しかし彼方の警告は一歩遅かった。
百目木が彼方の命令の意味を理解する前に、猫守社のマモノに化けていたそれが動くのが早かったのだ。
一瞬の内に中年の男の姿が一変した途端、気がついたら時には百目木とタマの体は後方へと吹き飛んでいた。
「痛ッ!?」
「ああっ!?」
「"主殿!!"」
「くっ、油断した…。 まさか他に仲間が居たなんて…」
何かの力でその場から吹き飛ばされた百目木とタマは、幸運にも石畳から外れた土の上に落下することになる。
硬い石の上に落ちていたらただでは済まなかったであろうが、土の上でもそれなりにダメージが有るらしく百目木たちは揃って苦痛の声をあげた。
葉月は苦痛の声をあげる主を心配し、彼方はそれをなした下手人に対する警戒を高めた。
それは呼ばれる平安時代の貴族の正装であった、束帯と呼ばれる衣装を纏った人間であった。
しかし束帯はただの古臭い服装と言うだけでなく、ある重要な意味を持つ衣装である。
陰陽師、彼方たちを苦しめた式神を扱うとされている者たちの正装とも言える衣装でもあるのだ。
状況的に相手が陰陽師かそれに類する者の可能性が高いが、それが偽装である可能性も否定は出来ない。
その声の響きは男にも女にも聞こえる中性的な物であり、妖艶な雰囲気さえ感じるその容姿は男にも女にも見える。
正体所か性別さえはっきりしない謎の存在を前に、彼方は胸の内の動揺を抑えながら少しでも情報を得ようとする。
「あなた、もしかして陰陽師かしら?」
「さぁ、それはどうかな…」
「一応聞いておくけど、お前が化けていた猫守社のマモノは…」
「此処のマモノは全て滅ぼしたよ。 奴らが死ぬ直前に記憶を読んで、君たちの存在を把握していたからね。
念には念を入れておいて正解だったよ」
ただ一体生き残った猫守社のマモノに、この陰陽師と思われる人物が化けていたのだ。
それならば本来なら此処に居たマモノは何処に居ったかは、残念ながら容易に想像が付いてしまう。
僅かな希望を込めた彼方の問いに対して、陰陽師と思われるそれは無慈悲にも此処のマモノが全滅したことを告げる。
「"お前も奴らの仲間か、お前が父上を…"」
「返しなさい、それは此処の宝よ!!」
「悪いけど君たちに構っている余裕は無いんだ、怖いお兄さんも来たことだし今日はこの辺で失礼するよ」
未だに痛みに悶える彼方と違い、マモノであるタマは回復が早かったのだろう。
新たなる敵の登場を前に、タマは葉月と同じように怒りを見せる。
しかし殺気すら放ち始める二体のマモノを前に、陰陽師と思われるそれは平然とした様子でその場を去ろうとする。
「待っ…」
「とりあえずこれの相手でもしてくれてないかな」
「はぁ!?」
勿論、葉月とタマがただでそれを逃がすはずも無く、こちらに背を向けた陰陽師と思われるそれに飛びかかろうとする。
しかしそれを阻むかのように、陰陽師と思われるそれが去り際に放ったそれが立ちふさがったのだ。
それから手のひらサイズにまで畳まれた紙であり、それが次の瞬間に独りでに開かれて巨大な人型になったのである。
目の間に現れたそれは明らかに先程まで相手にしていた式神と同種での物であり、他の式神たちもあの陰陽師風のそれが作り出した事は間違えないだろう。
明らかに時間稼ぎのために放たれた新たな式神は、葉月とタマに向かってその腕を振り下ろした。
それは他の式神たちと似た姿をしながらも、その実力は比べ物にならない程違っていた。
その体は紙と思えない程に弾力があり、動きも他の式神たちと比べて明らかに早い。
加えてそれは他の式神の体を引き千切った葉月の牙を通さず、他の式神の体を焼いたタマの炎の車輪も効かない。
あの陰陽師らしき者が時間稼ぎをするために放ったそれは、その役目を果たせるように他の式神たちより強力になっているらしい。
「ああ、何なのよ、こいつ!!」
「"こんな事をしている間に、あの者が…"」
自分たちの攻撃が通じない強力な式神を前に、葉月とタマの焦りが募っていく。
そうこうしている間にあの陰陽師らしき者が遠くに行っていると思うと、マモノたちは気が気で無いのだ。
悪戯に過ぎていく時間、しかしそれは葉月たちを不利にさせるばかりでは無かった。
「…ゴレムス!!」
「■■!!」
「始さん!!」
葉月とタマが苦戦している間に、鎧のマモノとの戦いを終えた始とゴレムスが彼女たちの元にやってきたのだ。
いち早く状況を察した始はすぐさま相棒をけしかけ、特別性の式神と鉄の巨人が相対する。
幾ら強力になったとは言え相手は紙でしか無く、鉄の塊には遠く及ばない。
鎧のマモノを圧倒した力を持つ鉄の巨人を相手にするには分が悪いのか、式神は見る見る内に追い詰められていった。
「…何があった」
「実は…」
ゴレムスが式神と戦わせている間に、始は弟子たちに状況説明を命じる。
先程苦労して取り返した宝の入った木箱が見当たらず、この悲痛そうな表情を見る限りに良い報告は聞けないだろう。
そして始の想像通り、あの陰陽師と思われれる者に宝を奪われると言う話を弟子たちから聞かされるのだった。




