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1. 出会い


 既に秋口に入った9月の終わり頃、木下高校のグラウンドには涼しげな風が吹き始めていた。

 時刻は16時を回り、堅苦しい授業を終えた運動部の生徒たちは思い思いに部活動を満喫している。

 今年は酷い猛暑だったこともあり、外を駆け回る生徒たちにとって幾分かましな環境になったと言えるだろう。

 公立である木下高校(きのしたこうこう)には専用の練習場などは存在せず、木下高校サッカー部はグラウンドの半面を使って練習を行っていた。

 もう半面では練習着を来た野球部の部員たちが、サッカー部と同じように練習に明け暮れているようだ。

 今が丁度秋大会中と言うこともあり、サッカー部ではゲーム形式の練習がこなされていた。

 ビブスを来た部員たちがニチームに分かれて、声を掛け合いながら一つのサッカーボールを追い掛け回している。

 汗を流し、息を荒くしながら駆け回る少年たちの姿は、まさに青春と言った所だろうか。


「チェイス、チェイス!!」

「反応遅いぞ!!」


 そんな何処の学校にでも見られる有り触れた部活動風景に、何故か憧憬の視線を送る一人の少年の姿がそこにあった。

 少年は髪を短く刈っており、160センチ前半の背は男子にしては小柄のものだった。

 丸顔の上に丸目が載った少年の印象は幼く、その低身長と合わさって年齢より若く見える。

 木下高校の校章が入った夏服を着ていなければ、童顔の少年は中学生と間違われておかしく無いだろう。

 グラウンドとその横を走る道路を分け隔てるフェンス越しに、少年はじっとグラウンドの風景を見続ける。

 サッカー部が練習する姿が少年の心を余ほど揺さぶったのか、フェンスに指を掛けて強く力を込めた。

 フェンスが軋む嫌な音が、少年の耳に届いた。






 この少年は余程、グラウンドを駆けるサッカー部の光景に目を奪われていたのだろう。

 少年は声を掛けられるまで、グラウンドの方から自分の元に近付いてきた少女の存在に気付くことは無かった。


「…何やっているのよ、百目木(どうめき)

「!? (あかね)、何時の間に…」」


 何時の間にか来ていたジャージ姿の少女の祖納に気付き、少年は驚きの表情を浮かべながらフェンス越しに少女と向き合う。

 少女は動きやすいようにジャージの袖を腕まくりしており、彼女の健康的に焼けた肌が露出している。

 髪を耳が被る程度に切りそろえたショートカットの少女は、どんぐり眼を大きく見開きながら少年を睨みつけていた。

 百目木と呼ばれた少年はそんな少女の視線に対して、まるで悪戯が母親にばれたかのように顔をしかめた。


「そんなにサッカー部が気になるなら、戻ってくればいいじゃない」

「俺はサッカー部を止めたんだよ。 もうサッカーに未練は…」

「未練たらたらじゃ無い! さっきからずっとグラウンドの方を見てたでしょう!

 もう怪我だってとっくに治って…」

「…俺はこれで帰るよ。 お前もマネージャーを頑張れよ」

「百目木!? ああ、もう…」


 茜と呼ばれた少女はフェンスを挟んだ先の歩道に居る少年に、強い口調で迫る。

 どうやら少年は元々サッカー部に所属していたらしく、少女は少年にサッカー部に戻るように強く薦めているようだ。

 一体、どのような理由があって少年がサッカー部を止めたかは解らない。

 少なくとも先ほどまで熱心にサッカー部の練習を見ていた少年の姿から、彼がサッカーに未練があるのは明白だろう。

 しかし少年は少女の真っ直ぐな視線を避けるように顔を逸らし、そのまま少女の前から去ろうとする。

 少女は無理やり話を打ち切った少年に不満がある様子だったが、グラウンドに居る少女ではフェンス越しに居る少年を追いかけることは出来ない。

 少女は少年に対して憤りを見せながら、サッカー部のマネージャーの仕事へと戻っていった。











 先ほどまでサッカー部の練習風景を見ていた少年、百目木(どうめき) (いたる)は見慣れた街中の道を歩いていた。

 百目木が生まれ育ったこの町は、都会と田舎の中間と呼べる中途半端な位置づけの都市だった。

 首都隣接県の一都市であるこの町は、首都まで電車で1時間半ほどで着くことが出来る。

 そのため駅周辺はそれなりの賑わいを誇り、大きなビルが立ち並ぶ様は都会と言って過言は無いだろう。

 しかし駅から少し離れた場所まで来たら、話は大きく変わってくる。

 駅から車で30分程度は掛かる百目木が住んでる地域などは、田んぼや畑もちらほらと見えた。

 百目木が通う木下高校周辺もその例に漏れず、学校の周辺にはのどかな住宅街が広がっている。

 まだ17時を回っていない空は日没には早く、百目木は明るい町並みに違和感を覚えていた。

 少し前まで毎日暗くなるまで部活をしていた百目木は、未だにこの時間帯に下校をする事に慣れていないのだ。


「…よし、あそこに行って見るか」


 木下学校から自宅へと繋がる通学路を進んでいた百目木だったが、その足取りは何処か重かった。

 サッカー一筋だった百目木にはサッカー以外の趣味は乏しく、今から家に帰ってもやる事が何も無いのだ。

 仲のいい友人たちは全てサッカー部の関係者であり、サッカー部が活動している今の時間帯に百目木が遊ぶ相手も居ない。

 やがて百目木は学校帰りの寄り道を決意したらしく、突如としてルートを変えて自宅とは別の方角へと向い始めた。

 学校帰りに寄り道という行為は、少年の心を湧き立たせるものがあったのだろう。

 百目木は幾分か軽くなった足取りで、目的地へと向かった。






 学生が学校帰り寄る定番と言えばゲームセンターあたりだが、余り懐に余裕が無い百目木にはその選択肢を取ることは出来ない。

 そもそも付き合いで何回か行ったことは有るものの、百目木はゲームセンターのあの騒がしさが好きでは無かった。

 今百目木が向かっている場所は学生が寄り道に選ぶことは稀であろう、この町に有る小さな神社であった。

 由来などは一切知らない不信心者ではあるが、百目木は幼い頃によくこの神社を訪れていたのだ。

 そこそこ広い境内は子供の遊び場として最適であり、百目木が地元の少年サッカークラブに入るまでは神社は格好の遊び場であった。

 年を重ねてサッカーに打ち込むようになってからは足は遠いたが、そこの神社が百目木に取って思い出の場所である事には変わりない。

 境内に生えた松の木の間を潜りながら追いかけっこをしたり、石で出来た狛犬によじ登ったりもした。

 はしゃぎ過ぎて神社の管理人さんに怒られた過去も、今ではいい思い出である。

 真っ直ぐに自宅へ帰りたくなかった百目木は、気晴らしに懐かしの神社に行って見ようと思いついたのだろう。

 百目木が最後に神社に足を運んだのは正月の初詣であり、その時に百目木はスポーツ少年に取って大敵と言える怪我の予防を祈願していた。

 結果的に百目木は練習中に怪我をしてサッカー部を止めることになったので、どうやら祈願のご利益はなかったらしい。

 怪我をしたこと神社の神様に文句を言ってやろうと冗談交じりに考えながら、百目木は懐かしの神社へと歩いていった。


「なっ…」


 神社の境内に足を踏み入れた百目木は、そこで荒れ果てた神社の跡地を目撃することになる。

 百目木が一目見る限り、境内の敷地にあった物はどれも原型を留めていなかった。

 敷地内に堂々と立っていた松の木はことごとく倒され、石製の狛犬はばらばらに砕けている。

 そして神社の中心に立てられた社は火事でもあったのか殆ど消失しており、僅かにその痕跡が残っているだけだった。

 恐らく警察が現場検証をしたのだろう、敷地内の各所では黄色のビニールテープが張られ、地面に書かれたチョークの跡が残っていた。

 百目木は思い出の神社の変わり果てた有様を前に、暫く呆然とした面持ちで立ち尽くしていた。






 暫くして正気に戻った百目木は神社で何が起きたのか詳しく知りたいと考え、神社の境内を調べて見ることにした。

 しかし調べると言っても百目木は何の特別な知識を持たないただの高校生であるため、出来ることは限られてくる。

 とりあえず敷地内を一周しようと思い至った百目木は、決して広くない神社の中を回り始めた。

 そして神社の裏手あたりにきた百目木は、そこで一人の怪しい男の姿を見つけることになった。

 それは背の高い男だった、恐らく身長は180センチ近くある男は黒いスーツを身に纏っている。

 髪は少し天パ気味のようで、うねる髪を矯正などはせずにそのままにしているようだ。

 恐らく二十台であろう男の顔は、サングラスによって覆い隠されており窺うことは出来なかった。

 黒スーツにサングラスと言う堅気とは思えない格好をした男は、神社の裏手に建てられた民家の跡地をじっと見ていた。

 その民家は社と同じようの燃え尽きており、家があった痕跡を僅かに残しているだけである。

 百目木の記憶によれば、あの民家はこの神社を管理する人間が住んでいた住居である。

 確かに幼い頃に境内で遊んでいた時に、百目木はあの家の住人に注意されたのだ。


「…どうした、坊主。 此処の神社に何か用か?」

「え…、俺はただ通り掛かっただけで…。

 あの…、この神社に一体何があったんですか?」


 民家の跡地に熱視線を送っていた男が突然、百目木の方に声を掛けて来た。

 強面の男から発せされた声は重い低音であり、男からの威圧感をさらに増す効果があった。

 まさか話しかけられると思っていなかった百目木は、あたふたとしながら特に目的があって神社に来た訳では無いと説明する。

 そして百目木はそのまま男に、神社がこのような事態になった理由ついて質問を返した。


「最近の餓鬼は新聞も見ないのか…。 原因は不明、此処の神社は一夜にしてこの有様になったらしい。

 ついさっきまで警察がぞろぞろと現れて、色々と調べていたぞ」


 男は何も知らずにこの神社に訪れた百目木に、呆れたように溜息を吐いた。

 神社が一夜にして壊滅し、神社の管理人をしていた男が同時に消息を絶っている。

 現場は名も無き小さな神社で無ければ、この事件は大々的に報道されていたかもしれない。

 報道関係者が大きく取り扱うには魅力が足りなかったようだが、それでもこの事件は朝刊の三面記事に載っていたのだ。

 事実、百目木は知らなかったようだが、今日の木下高校内ではこの神社の怪異についてはそれなりに話題になっていた。


「用が無いなら早く此処から離れるんだな…、こんな場所に何時まで居ても仕方ないだろう」

「わ、解りました…」


 このような場所に何時までも居る男のことは気にはなったが、百目木としても壊滅した神社に残っている理由は無い。

 最早当初の目的だった気晴らしも到底出来る状況では無いので、大人しく男の言葉に従い百目木は神社を離れようとする。

 境内から出ようとする途中に百目木がふと後ろを振り返ってみれば、男は変わらずに民家の跡地を見詰めていた。

 もしかして男はあそこの住んでいた管理人の知人で、管理人の消息が気になっているのだろうか。

 男の存在に後ろ髪を引かれながら、百目木は壊滅した思い出の神社を後にした。











 神社を離れた百目木が足を運んだのは、神社の近くにある小さな公園だった。

 狭い公園の中には器具がブランコと鉄棒と砂場くらいしか無く、後はベンチが幾つか並んでいるだけである。

 この公園も神社と同じように、幼い百目木にとっては掛け替えの無い遊び場だった。

 まだ家には帰りたくなかった百目木は神社を出た所でこの公園の存在を思い出し、物のついでに訪れてみたのだ。

 幸運なことに公園は神社のように壊滅しておらず、百目木の記憶の中そのままの光景が広がっていた。

 この場所なら神社で出来なかった気晴らしが出来るだろう。

 とりあえず百目木は一回腰を落ち着けようと、公園の隅に設置されたベンチへと近付く。

 そしてベンチに腰を掛けた百目木は、ベンチの後ろにある樹木の方から何かの声が聞こえてくることに気付いた。

 百目木は慌ててベンチを立ち、その裏手の方を覗き込んでみた。


「…ぅん」

「ん、これは…、犬?」


 百目木の視線の先には、茶色の毛並みの子犬が樹木の足元に倒れていた。

 本来なら美しかったであろう子犬の毛並みは今は赤い血で所々が汚れている、恐らく車か何かに轢かれたのだろうか。

 子犬の首元には首輪が付けられていないのだが、その代わり前足に何かの紙らしき物が括られていた。

 ピンと立った耳などの特徴から柴犬と思われる子犬は弱弱しい息をしており、今にも死んでしまいそうな有様だった。

 残念なことに此処の公園でも、百目木は気晴らしをする事が出来なさそうだ。

 百目木は慌てて小犬の傍に近寄り、恐る恐る子犬の怪我の様子を確認した。











 百目木の家は平凡な1階建ての平屋だった、この家で百目木は父と母と3人で暮らしている。

 玄関から入って右から二番目の扉の中には、小学生の頃から百目木に与えられた私室が広がっていた。

 六畳のけして広く無い部屋の中は男の子らしく雑然としており、勉強机の上も教科書などもごちゃごちゃと置かれている。

 壁にはJリーグのポスターが張られ、本棚の中には漫画とサッカー関連の本しか置かれていない。

 百目木は部屋の真ん中に座り込み、目の前に置かれたダンボールの中身を覗き込んでいた。

 ダンボールの中には柔らかなタオルが敷き詰められており、その上に先ほどの小犬が安らかな寝息を立てているでは無いか。

 どうやら百目木は小犬を自宅に連れてきて治療をしたらしく、小犬の体の上には包帯が巻かれていた。

 元サッカー少年である百目木は日頃から生傷に絶えず、練習中に負った外傷の治療は自分で治療するのが常だった。

 人間と犬では勝手が違って少し梃子摺ったが、百目木は過去の経験を活かして何とか独力で小犬の治療を行ったのだ。


「どうするかな…、こいつ…」


 時刻は18時を回り、百目木の部屋の外から見える景色は真っ暗になっていた。

 百目木の両親は共働きで両方留守にしているが、時間的にそろそろ帰ってきてもおかしくない。

 勢いで小犬を連れてきて治療をした物の、百目木はこの小犬を治療した後のことを全く考えていなかったのだ。

 首輪をつけていない所を見ると、この小犬は野良犬なのか。

 否、首輪では無いが腕に括られていた和紙、百目木では全く読むことが出来ない達筆な文字が書かれていたそれは明らかに人の手で作らた物だろう。

 治療の際に邪魔であったので子犬の血で汚れた和紙は既に取り外され、眠っている子犬の傍に畳んで置いておいてある。

 この和紙を括り付けた主が子犬の飼い主で有るかも知れないが、百目木にはその主が誰であるか健闘も付かない。


「…まあ、怪我が治るまでくらいは面倒を見てやるか」


 少なくともこんな傷だらけの子犬をそのまま放り出す訳にも行かず、せめて傷が治るまでは面倒を見るべきだろう。

 一軒屋である百目木の家にペット禁止などの規則は無く、幸運なことに家族の中に動物アレルギーを持った人間も居ない。

 しかし百目木は両親に、小犬の世話と言う新しい負担を押し付ける気にはなれなかった。

 ただでさえ百目木は勝手にサッカー部を止めてしまい、両親に多大な迷惑を掛けてしまったのだ。

 小・中とサッカーを続けるために百目木は、今まで両親に少なくない経済的な負担を掛けていた。

 サッカーを止めたことでその負担は無くなったかもしれないが、かと言って代わりに一時的にでも小犬の面倒を見て欲しいと言える訳も無い。

 結局、百目木は小犬の怪我が治るまでは両親に内緒で面倒を見るという、折衷案的な選択を取るのだった。





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