18. 対決
その鎧のマモノは一目で、目の前に現れた鉄の巨人の実力を把握したのだろう。
鎧兜のお陰でその表情を伺うことは出来ないが、鎧のマモノは明らかにゴレムスのことを意識している様子であった。
ゴレムスもまた鎧のマモノを警戒し、その出方を伺っているらしく微動だにしない。
対峙する二体のマモノたち、しかしその緊迫した空気を引き裂くようにそれは飛び出したのだ。
「"父上の仇ぃぃぃっ"」
「止めろ、葉月!!」
それはある意味で仕方ない事だったのだろう。
愛する父の仇を目の前にした葉月は自分を抑えることが出来ず、主である百目木の言葉に耳を貸す事無く無謀にも鎧のマモノに向かって襲いかかったのだ。
全力に跳躍した葉月は、そのまま自身の小さな体躯と比較して何倍もの差が有る鎧のマモノの喉元に向かって牙を立てようとする。
「"ぐはっ!?"」
「ふん、あの時のマモノか…。 その程度では私に…」
首元に見える僅かな隙間を狙って飛びかかった葉月であるが、結果的にその牙が相手に届くことは無かった。
やはり力の差は歴然であったらしく、鎧のマモノは飛びかかってきた葉月を一蹴してしまう。
木箱を抱えていない方の腕を軽く振っただけで、葉月はまるでボール球のように弾かれてしまったのだ。
加えて鎧のマモノは葉月の相手をしながらも、決してゴレムスから気を逸らすことは無かった。
此処で葉月に気を掛けてゴレムスから気を逸したら、その気を逃さずに鉄巨人は襲い掛かってきたに違いない。
父の復讐に燃える葉月であるが、残念ながらその実力は片手間で防がれる程度の物でしか無かったようだ。
「…油断大敵!!」
「なっ!?」
しかし葉月の暴走によって、事態は好転を迎えた。
ゴレムスと対峙しながら片手間で葉月の相手をした鎧のマモノは、瞬間的に二体のマモノを同時に相手していたと言える。
二体のマモノを同時に捌ける鎧のマモノは確かに一級のマモノであろうが、流石に三体同時は厳しかったようだ。
ゴレムスを警戒しながら葉月の相手をした鎧のマモノは、葉月と同タイミングで動いていたマモノの存在に気付くのが一歩遅れた。
それに気が付いた時には既に抱えていた木箱、この神社で守られていた宝が奪われた後であったのだ。
「これは家のお宝よ、返して貰うわ!!」
「貴様ぁぁぁっ!!」
「へぇ、火車か。 あの猫ちゃん、中々やるわね…」
見事に宝を取り返した猫型のマモノ、タマの足の部分には炎で作られた車輪が有るではないか。
火車、悪行を重ねた人間の亡骸を奪うとされている妖怪の名前である。
それは一説によれば猫の妖怪とされており、タマの足に有る炎の車輪はまさに火車のそれだ。
どうやらあれがタマのマモノとしての能力であり、タマは火車の車輪を利用した高速移動で鎧のマモノの不意を付いたのだろう。
「お前たち、早くあれを回収しろ!!」
「うわっ、こっち来るな!!」
宝を奪い返された鎧のマモノは、すぐさまそれを取り返すために周囲に控えていた式神たちに命令を下す。
その命に従い、周囲に言った式神たちは一斉にタマに向かって行く。
「■■■■■!!」
「くっ、邪魔をするな!!」
「こいつは俺が引き受ける、お前たちはお宝を持って逃げろ!!」
そして鎧のマモノ自身もタマに向かおうとするが、それを遮るかのように鉄の巨人が組み付いてきた。
明らかにこちらの動きを止めようとするゴレムスの動きに、鎧のマモノは激高する。
そんな鎧のマモノを相手にしながら、始は百目木たちに宝を持つタマと共に逃げるように命じた。
「"でも、このマモノは父上の…"」
「ここは師匠に任せよう。 俺たちは俺たちにできることをやるんだ」
「"…解ったであります"」
「ほら、さっさと逃げるわよ!!」
「ああ、待てよ!!」
始の命に対して父の仇から逃げることに葉月が難色を示すが、百目木の言葉を聞いて渋々と逃げることに了承する。
先程の攻防で今の自分では鎧のマモノに勝てないことを察し、此処に守られていた宝を守るのを優先すべきだと判断したのだろう。
百目木たちに先んじて何時の間にか人型になっているタマが、木箱を抱えながら社から離れようとする。
それなりに大きさがある木箱を猫の姿のまま抱えるのは厳しいらしく、人間の姿になって持ち運ぶことにしたようだ。。
タマに続いて百目木たちの慌てて駆け出し、その直後に先程宝の奪取を命じられた式神たちが百目木たちの後を追って行った。
百目木たちと式神たちが居なくなり、宝が眠っていた社の前には始とゴレムスと鎧のマモノしか居なくなった。
ゴレムスはその巨体と頑丈な鉄の体を活かして、鎧のマモノに対して肉弾戦を挑む。
そんな鉄の巨人の圧力に対して、黒く染められた鋼の鎧を纏うマモノは真っ向からぶつかった。
「■■■■■■■■■■■!!」
「ちぃ、馬鹿力が…。 ならばっ!!」
ゴレムスと呼ばれているこのマモノ、その素性は古代の伝説にある仮初の命を与えられたゴレームと呼ばれている泥人形であった。
そして現代風にアレンジされたゴレームであるゴレムスは、その体を泥では無く頑丈な鉄によって構成されている。
何の小細工もない鉄の体を活かしたぶちかまし、そのシンプルなパワーを捌ききれず鎧のマモノはたたらを踏むことになった。
全身を重量感有る西洋風の鎧で覆った鎧のマモノはそれなりに力自慢なのだろうが、それでもゴレムスの力には及ばないようだ。
力比べに分があると判断したゴレムスは、容赦なく鎧のマモノに向かって行く。
それに対して純粋な腕力ではこの鉄巨人に勝てないと判断した鎧のマモノは、腰に佩いていた剣に手を伸ばす。
それは西洋風の鎧姿に相応しい幅広のロングソードで、その磨き上げられた刀身が月明かりに照らされて僅かに光っていた。
「…やはり剣も通さないか」
「この程度か、どうやら俺の勘違いだったようだな。 さっさと終わらせろ、ゴレムス!!」
「■■■■■■」
迫りくるゴレムスに向かって鎧のマモノはロングソードを振り下ろし、鉄巨人を両断しようと試みる。
次の瞬間に金属同士がぶつかり合う耳障りな衝突音が、社の周囲に響き渡った。
そして始の目に飛び込んできたのは、肩にロングソードを受けながらも全身を止めない頼れる相棒の姿である。
どうやら鎧のマモノの剣は、鉄巨人の装甲を貫くことは敵わなかったらしい。
この結果を半ば予想していたらしい鎧のマモノは慌てた様子も無くゴレムスから距離を置き、始の命を受けた鉄巨人は執拗にそれを追った。
単純な腕力で上回れ、頼みの武器も相手には通じなかった。
八方塞がりの鎧のマモノであるが、その姿からは焦りの様子は見られず不気味な余裕が感じられる。
鎧のマモノの余裕、それはこのマモノにはこの苦境を切り抜ける事が出来る奥の手が有ることを示していた。
そして鎧のマモノがいよいよ繰り出したその力に、始とゴレムスは目を丸くすることになる。
「こんな所で手間取っている暇は無い…!! くらえっ!!」
「■■■!?」
鎧のマモノの叫びと共に、その黒い鎧の表面から赤色の何かが滲み出てきた。
鎧から滴り落ちる粘度の有る液体、そして辺りに漂い始めた鉄臭いからそれの正体はすぐに察する事ができた。
血、どういう訳から鎧のマモノの体から、独りでに血が流れ始めたらしい。
そして次の瞬間、鎧のマモノから滲み出てきた血が複数の縄のようになり、それが鞭のように振られたのである。
鎧のマモノが作り出した血の鞭はそのままゴレムスの四肢に絡みつき、その動きを封じ込めてしまう。
「なっ、その力は…」
「その馬鹿力を何時迄も封じられるとは思わん、一瞬で片を…」
どうやらこの血の鞭がこの鎧のマモノ切り札であったらしい。
複数の血の鞭によって手足を縛り上げられたゴレムスは、その拘束を解こうと必死に抵抗する。
ゴレムスの腕力であれば時間さえ掛ければ、この血の鞭を振りほどくことは十分可能であろう。
しかしその事を重々承知している鎧のマモノが、悠長にゴレムスが血の鞭を解くまで待っている筈も無い。
ゴレムスの動きが封じられたこの瞬間に勝負を決めるため、鎧のマモノは剣を上段に構えながら向かってくる。
先ほど弾かれた剣であるがゴレムスが無防備に近い状態であり、ゴレムスを意識する事無く全力で剣を振りかぶれる今の状況であれば通じるだろう。
此処で勝負を決するため、鎧のマモノは未だに四肢を拘束された鉄巨人に向かって剣を振り下ろした。
「…ゴレムスっ!!」
「■■!!」
「…何っ!?」
しかしゴレムスの体に剣が届く前に、ゴレムス本体の細長い腕が鎧のマモノが身に付けている鉄兜の隙間を貫く方が早かった。
以前に彼方が語っていた通り、戦闘時の鉄巨人のような姿はゴレムスの本来の姿では無い。
言うなればあれは鎧のマモノと同じように鎧を纏った姿であり、ゴレムスの本体はあの鉄巨人の中に潜んでいるのだ。
主の命を受けて咄嗟に外装をパージし、血の鞭による拘束を脱したゴレムスの本体は鎧のマモノに先んじることが出来たようだ。
仮にゴレムスの本体が仮に喋る事が出来たならば、その感触に驚きの声を上げた事だろう。
しかし声を出すことが出来ないゴレムスは代わりに行動を持って、主にこの異常を伝えようとする。
ゴレムスは鉄兜の隙間から突っ込んだ腕、まるで空を切るように全く感触の無いそれを上に振るう。
そして鎧のマモノの鉄兜はそのまま上空に飛ばされ、その下に隠された何もない空間が露わになったのだ。
「空っぽの鉄兜、やはりお前は…」
「くっ…、勝負は一旦預ける!!」
「待て、何であんたがこんな事を…」
頭部を持たない鎧を纏うマモノ、その事実を知った始は自分の想像が当たったことを知る。
しかし始の驚愕など知る由も無く、自らの存在しない頭部を晒された鎧のマモノは僅かに焦ったような様子でその場を去ろうとした。
始は一瞬鎧のマモノを追おうとするが、残された弟子たちのことを思い出して足を止める。
そして意を決した始は鎧のマモノを無視し、弟子たちが逃げた方向へと向かうのだった。




