15. 守り
百目木たちが"猫守社"の調査を初めてから、既に一ヶ月近くの月日が流れた。
あれから百目木たちは何度もあの街に足を運んだが、残念な事に何一つ進展が見られなかった。
複数のマモノたちが控えている"猫守社"に何かが有ることは確かなのだが、それが何なのかが全く解らない。
周辺に住むマモノたちに接触しても猫守社が守っている物について知る者は居らず、当の猫守社のマモノたちは相変わらず塩対応で全く協力しようとしなかった。
「…そして肝心の鎧のマモノたちが現れる気配も無しか。 本当に葉月の家を襲った連中は現れるんですかね」
「あの猫守社に何かがあるのは確かよ。 それを連中が狙っているのならあ、葉月ちゃんの家のように奴らが仕掛けてくるのは間違いない。
しかし幾らなんでも動きが無さすぎるわね…」
学生である百目木たちは学業があるため、毎日猫守社のある街に向かうなどと言う事は出来なかった。
しかし全く手伝っていない訳では無く土日を利用して、週1~2回はあの街を訪ねて始の調査を手伝っていた。
そして既に10回近く調査を行ったにも関わらず、全く成果が出ないことに彼らの意気は最初の頃に比べて明確に落ちていた。
「こら、二人共! ちゃんと働きなさい」
「ごめんなさい、通さん」
「あ、すいません…」
今日は平日であり、学校を終えた百目木たちは探偵のビルにある喫茶店の手伝いを行っていた。
しかし二人共猫守社の事が気になるのか、喫茶店の仕事に手が付かないようである。
客が居ないことを良いことに百目木たちは、仕事を放り出して猫守社の件について雑談する有様だった
「あら、いらっしゃ…。 て、あんたか…」
「アイスコーヒー、シロップは要らないぞ」
「はいはい、何時ものやつね。 すぐに作るから待ってなさい…」
そんな喫茶店に入ってきたのは、黒ずくめのスーツを纏うこの店の実質的なオーナーであった。
始は慣れた調子で通に注文を伝え、カウンター席へと腰を掛ける。
学生である百目木たちとは違い、本業の探偵である始は毎日調査に明け暮れることが出来た。
今日も始は調査のために何処かへ行っていたらしく、此処に帰ってきたと言うことは何か調査に進展があったかもしれない。
始の来店に気付いた弟子たちは仕事を放り出し、慌てた様子で師匠の元へと向かっていく。
「始さん、何か進展は…」
「…無い。 伝手を頼って猫守社のことを色々と調べさせたが、前に調べた時以上の情報は得られなかった。
ただ…」
「ただ?」
「あの神社には何か秘密が有るのは確かだ。 幾らなんでも情報がで無さ過ぎる、まるで意図的に過去を消されたような…」
残念ながら今日の調査も空振りに終わったようであるが、その調査結果は始に新たな疑念を抱かせたようだ。
過去を殆ど追うことが出来ない謎の神社、そこを護るマモノたちにそこを狙うマモノたち。
調べれば調べるほど怪しくなってきた猫守社の状況に、百目木は何か不気味な物を感じてしまう。
「はい、アイスコーヒー。 店であんまり物騒な話はしないでよね」
「ふんっ、詳しいことは後で事務所で話すぞ」
そして師弟の会話に水を差すように、通がアイスコーヒーを始の前に運んでくる。
アイスコーヒーを渡しながら釘を刺してくる通に、始は適当に相槌を打ちながら勢い良くアイスコーヒーを呑むのだった。
猫守社、正式名称は別に有るのだが周辺のマモノたちの間ではこの通り名で通じている神社である。
複数のマモノたちが共同で管理しているこの神社は、この地域のマモノたちの生命線であった。
マモノたちをこの世に留めるエネルギー、生気の供給源になっているこの神社はマモノたちの溜まり場になっていた。
そしてこの山に世話になっているマモノの一体、以前に百目木たちと接触した自称クレオパトラの姿がそこにあった。
かつて本人が言っていた通りこのマモノの他のマモノたちと同様に、この神社に世話になっている立場である。
普段は気儘な野良猫生活を満喫し、定期的にこの神社を訪れて生気を補充する。
それがこのクレオパトラと名乗るマモノの、マモノとしての日々の生活であった。
「…ねぇ、また例の連中が街に来たわよ」
神社に訪れた自称クレオパトラは本来の猫型の姿では無く、あの中学生くらいに見える人間の少女の姿に化けていた。
一般の参拝客も訪れるこの神社に訪れるには、猫型では無く人型の方が都合がいいのだろう。
そしてこの神社を管理している、白い物が目立つ年配の人間に化けているマモノと話をしていた。
定期的にこの街に現れる百目木たちは毎回、知己となったマモノである自称クレオパトラと接触をしているらしい。
猫守社に世話になっている自覚はあるらしく、自称クレオパトラは百目木たちのことをしっかりと神社のマモノに報告しているようだ
「放っておけ、こちらに手を出さなければ気にする必要は無い」
「了解、それならまたケーキと引き換えに、適当にお話をしようかしらね」
しかし猫守社のマモノたちはあくまで百目木たちを無視する方針のようで、こちらに害を及ぼさない限り放置する腹積りらしい。
もし仮に連中がこちらに牙を向くようなことがあれば相応な対応をすればいいが、少なくとも連中にそのつもりはないだろう。
何か有るとすれば連中が言っていた、この猫守社を狙っているマモノたちが現れた時だろう。
「…例え何が来ようとも、我々の守りは崩すことは出来ん。 此処には先祖代々受け継いできた、猫守様の守護があるのだから…」
基本的にこの神社に引き篭もっているマモノたちであるが、決して外界との接触を拒絶している訳では無い。
少し調べればあの探偵を名乗る男が言っていた通り、葉月が住まう神社にマモノからの襲撃があった事実は容易に知る事は出来た。
あの襲撃を受けた神社の秘密を知る猫守社のマモノは確信していた、あそこを襲ったマモノたちは次に此処を確実に狙ってくることを…
しかし例え襲撃が有ろうとも猫守社は小揺るぎもしないだろう、何しろ此処には遠い昔よりこの地に張り巡らせられた守りが有るのだから。
猫守社を守護する自分たちマモノに加えて、この猫守社に張り巡らせられた守りがあればどんな相手が来ようとも大丈夫である。
この自身があったが故に猫守社のマモノたちは、始の力を借りる事など考えもしなかったようだ。
「タマ、万が一のことがあったら、事が終わるまで此処には近付く…」
「だから、私はクレオパトラよ! そんなダサい名前はもう捨てたの!!」
「そんなけったいな名前など知らん。 お前はタマじゃ」
「ク、レ、オ、パ、ト、ラ!!」
ただし仮にマモノたちの襲撃を受けた時、猫守社事態を守れたとしてもその周囲に居るマモノたちが巻き込まれるかもしれない。
そしてこの神社の世話になっているマモノの一体である目の前のマモノに対して、猫守社のマモノは忠告を与えようとする。
しかし"タマ"と呼ばれた自称クレオパトラは、声を荒げて自分はクレオパトラだとアピールする。
どうやらクレオパトラなどと言う尊大な名前はこの猫型のマモノが勝手に名乗っているようで、少なくとも猫守社のマモノはそのような名前を使っていないようだ。
タマ、クレオパトラと言い合う二体のマモノたち、年配の人間と少女の姿にそれぞれ化けている二人の姿は爺と孫が喧嘩しているような微笑ましい様子であった。
そこは薄暗い室内であった、僅かな光源がろくに掃除されていない荒れ果てた部屋を照らしている。
そんな廃墟と見紛う場所に葉月の家を襲ったマモノたち、その集団のリーダーと思われる西洋風の鎧を纏うマモノの姿がそこにあった。
フルフェイスの鎧兜を被り表情が伺うことが適わない鎧のマモノは、誰もいない虚空に向かって一人言のように何かを呟いている。
「…例の守りを解除する目処が立ったか。 了解した、今夜中に事を済ませる」
それは何らかの手段を用いた通信で、此処には居ない何かと会話をしていたのだろう。
鎧のマモノは自分の耳にのみ伝わってくる言葉により、全ての準備が整ったことを知らさせる。
猫守社、それがこの鎧のマモノの次のターゲットであることは間違いない。
しかしそれにも関わらず一ヶ月以上行動を起こさなかった理由は、この準備にあったらしい。
そして準備が整ったからにはこれ以上の停滞は不要であり、すぐさま鎧のマモノは果敢な行動に出るだろう。
猫守社を舞台にした新たな戦い、間近に迫っていた。




