14. 猫守社
それは街の北側にある山の中腹に建てられた神社であった。
事前調査によればこの街が有る地域は一昔前までは木々が生い茂る山奥の田舎であったが、戦後の開発で山を切り払いて作られた新しい街であった。
しかしこの神社の有る山だけは何らかの力が働いたのか、開発を免れて未だにその威容を現代に残している。
石作りの長い石段を登り切った所で、葉月の住処であった小さな社に比べて数倍の大きさを誇る"猫守社"が見えてきた。
手入れが行き届いているらしい広い境内には落ち葉一つ見えず、始以外は参拝客が居ないらしい神社は厳かな雰囲気を醸し出している。
そして古い歴史を持つこのような神社はマモノが付き物であり、弟子たちを置いて一人赴いた始を迎えたのは人非ざる者であった。
「…残念ですが、私どもには心当たりは御座いません。 残念ながら私達が強力出来ることは何も有りません、お引き取りください」
「ほう…、心当たりが無いね…」
始が来訪する事は事前に連絡してあった事もあり、始は案内役のマモノに連れられて敷地内に設置された管理棟に案内される。
伝統有る神社の雰囲気に相応しい畳敷きの部屋に通された始は、この神社を管理しているマモノたちと対面していた。
マモノたちは当然のように人の姿に化けており、初老の男性に化けた二体のマモノを背後に置いた白髪が目立つ年配の姿をしたマモノが始の相手をするらしい。
始は単刀直入に葉月の父を襲ったマモノに関する事を尋ねるが、その答えは始の期待とは程遠い物であった。
「しかし今回の事件の生存者が言うには、連中の次の狙いは此処らしい。 此処は心当たりの無い連中に襲われる程、恨みを勝っている場所なのか?」
「確かに同じ神社を管理するマモノとしては、心無いマモノによる襲撃を痛ましい物です。しかし私共の管理す神社と、そちらの襲撃の受けた神社は何の縁もゆかりも有りません。
次に私共の神社が襲われると言われても、とても信じられる話では有りませんよ」
「…確かに、葉月の神社と此処とは何の関係性も見出だせなかった」
神社と一言に言っても、その種類は様々だ。
日本には八百万の神が居り、神社によって祀っている神は微妙に異なっている物である。
そして祀っている神によって神社は系統に分けることが可能であり、その系統から見れば葉月の神社と此処は全く違う系統であった。
確かにこの神社を管理してるマモノが言う通り、自分の所と全く関係ない神社が襲われたからと言って自分も所が襲われると考えるのは難しい。
しかし始は何処かこのマモノの言葉に違和感を感じていた。
それは理屈では説明が付かない、言うなれば探偵としての直感と言うべき奴なのだろうか。
始はこのマモノは今回の一件について、何か重要なことを隠していることを察した。
「しかし万が一の事も有ります。 私は暫くこの街に逗留しますので、何か有りましたら…」
「否、その必要は有りません。 仮に良からぬ輩が私共の住いを襲おう物なら、逆に我々の力だけで返り討ちにしてやりますよ」
「…そうですか」
暗に始の力など要らないと断言する年配のマモノの言葉に応えるように、背後に居た初老のマモノたちが力強く頷く。
この様子ではこれ以上突いても、このマモノたちから何も出てくることは無いだろう。
始が事前調査した所、かつて"猫守社"と言う通り名で呼ばれていたこの神社は設立以来、猫の守り神によって守られていると言われていた
既に"猫守社"と言う通り名は死後になっているようだが、古くから街に住む一部の住人たちは未だにこの神社を猫守社と呼んでいた。
そして此処を猫守社と呼んでいる者たちは、この地域に住む猫達を猫神様と崇めているらしい。
猫守社を護るマモノたちの正体は自ずと察しがつくが、此処でマモノたちの正体を見破っても何の特にもならない。
今日の所は退くしか無いと判断した始は、マモノたちに見送られながら神社を去るのだった。
始が神社を訪ねていたその頃、彼の弟子たちは師匠の言いつけ通りに情報収集に励んでいた。
運良く発見したこの街に住まう猫型のマモノと接触出来た百目木たちは、ケーキ5個と言う代償を経て話を聞くことに成功していた。
「…ふーん、あの馬鹿犬の住処を襲った連中が、家の神社にも来るねー。
悪いけどそんな連中に心当たりは無いわよ、この辺のマモノは家の神社に感謝してるくらいなんだから…」
「やっぱりあそこの神社が、この周辺のマモノたちの生気の供給源なのかしら?」
「勿論よ。 ああいう場所が近場に無ければ、私達は干上がるだけだ物ね」
存分にケーキを満喫して機嫌が良くなったらしい猫型のマモノは、彼方の質問に素直に回答してくれていた。
しかしこの街に住まうマモノである自称クレオパトラは、葉月の父の仇であるマモノたちの事やこの街の神社が襲われる原因に心当たりは無いようである。
「多分、あんた達の師匠は神社の連中に素気無く追い出されている筈よ。 あの連中、排他的にだからねー。 よそ者には冷たいって言うか…」
「排他的、ね…。 外から来たマモノは容赦なく排除されるのかしら?」
「まあ、そんな感じかな? あそこはこの辺一体のまとめ役で、この辺のマモノはあそこの連中に逆らえないのよ。
あ、一応言っておけどあそこの連中は、別に血も涙もないって程でも無いわよ。 私もマモノとして生まれた変わったばかりの頃は暫く面倒見て貰ったし、身内にはそれなり優しい感じかな…」
この猫型のマモノが事実であれば、百目木たちを置いて一人神社へと向かった始は余り歓迎されていない事だろう。
話に聞く限りあそこの神社のマモノたちは、揉め事は自分たちの力だけで片付けようとするに違いない。
仮に件の鎧型のマモノたちが実際に現れたとしても、自分たちが正攻法でその一件に関わる事は難しいかもしれない。
しかし彼方と猫型のマモノの話を聞いていた百目木は、猫型のマモノが放った何気ない言葉に興味を惹かれていた。
「へっ、生まれ変わる? それって…」
「マモノの生まれ方は様々なのよ。 葉月ちゃんのようにマモノの親から生まれて来る物、ゴレムスのように人為的に生み出される物」
「私みたいに普通の動物が突然変異する場合も有るのよ。 まあ昔風に言うならば、私は猫又ってやつになるのかな」
「猫又!? 確か年を取った猫が妖怪になる奴だよな。 じゃあお前も実は年寄り…」
「失礼なことを言わないでよ、私はまだまだ若いわよ!!」
マモノに関する知識が浅い百目木に対して、彼方は何時ものように先生然とした話で解説を始める。
一言でマモノと言ってもその成り立ちは様々であり、百目木がこれまで出会ったマモノたちは偶然にも全て違う生まれのマモノであったらしい。
そして彼方の解説に補足するように、クレオパトラと名乗った猫型のマモノはかつて自分が普通の猫であったことを語る。
かつての日本ではマモノことを妖怪と称することもあり、この猫型のマモノは妖怪として当てはめるなら猫又と呼ばれる物になるらしい。
猫又、年老いた猫が化けるとされている妖怪であるが、どうやらこの猫型のマモノは伝承と違って幼猫の頃にマモノへと変貌を遂げたようである。
マモノでも年を気にするのか、年寄り扱いする百目木に対して口荒げに訂正を求めるのだった。
百目木のためのマモノ解説によって話が逸れてしまったが、彼らは話題を本題に戻し神社に関する話へと戻していた。
世話になっている神社への襲撃を予告された猫型のマモノは、余程その神社のことを信頼しているのか余り心配した様子を見せない。
「ま、仮にそんな連中が本当に襲ってきたとしても、あそこの連中が返り討ちにするにきまっている。
あそこのマモノたちは、皆馬鹿みたいに強いんだから…。 この辺で悪さをしたマモノたちは、全てあの神社の連中に懲らしめられているわよ」
「ふーん、腕に覚えのあるマモノたちが集まっているのね、あそこの神社は…。
排他的である事といい、まるで何かを守っているみたい…」
「えっ、じゃあ葉月の家を襲った連中は、その守っている何かを狙って…」
あそこの神社を関しるマモノたちの実力を信頼している自称クレオパトラとしては、鎧型のマモノ一派などの幾らでも来いと言う気分なのだろう。
この猫型のマモノが言うように神社を強力なマモノが守っていると言うならば、その場所には守らなければならない何かが有るかもしれない。
葉月曰く、彼女の神社は先祖代々、そこで重要な何かを守っていたらしい。
その何かの正体を葉月は父親から聞かされていないらしいが、少なくともそれは件の鎧のマモノたちに奪われてしまったに違いない。
そして鎧のマモノたちが此処の神社を襲うと言うのならば、そこには葉月の神社と同じように重要な何かが有る可能性が高いだろう。
一体連中は何を狙っているのか、そして此処の神社や葉月の神社は何を守っているのだろうか。
未だに全貌が全く掴めない現状に、百目木たちはもどかしい気持ちを覚えるていた。
「くぅぅぅん、くぅぅぅん」
そして百目木たちがケーキ屋で真面目な話をしている中、その店の前で小さな子犬が悲しげな声を上げながら窓に張り付いてた。
その子犬、人の姿に化けることの出来ない葉月は、動物厳禁である飲食店に入ることが敵わず店の外で待っているしか無いのだ。
自分を置いて何やら真剣に話し込んでいる主たちの姿を見て疎外感を覚えた葉月は、悲しげに泣き続けるのだった。




