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13. 喧嘩


 それは今から数分ほど前、百目木と葉月がマモノと神社の関係について話始めた頃である。

 主である百目木の傍を歩いていた葉月が、それを見つけたのは偶然だった。

 百目木たちが歩いていた道路の脇にあった、車を通すことも難しい家と家の間の狭い路地。

 その路地の壁際で横になっていた猫、否、猫の形をした同種の存在に気付いたのだ。

 マモノである葉月は一瞬で理解した、あれは自分と同じマモノである事に…。

 そして次の瞬間、葉月は主である百目木にも声を掛けずに、その路地に居るマモノに向かっていた。


「"貴様は一体何者でありますか? あの式神たちの仲間か、あの鎧のマモノは何処に居る!!"」

「"…はぁ、何言っているのよ、あんた?"」


 猫型のマモノの前までやってきた葉月は、そのまま言葉を荒げながら見知らぬマモノの素性を問い質す

 まるで親の仇にでも会ったかのような葉月の刺々しい態度であるが、この葉月の態度には理由があった。

 つい先日まで父と共に神社の中でのみ生活していた葉月は、自分と父以外のマモノの面識は全く無かった。

 今日までに葉月が出会ったマモノを数えるならば、葉月の父、自分たちを襲った式神と西洋風鎧のマモノ、そして始の使役するゴレムスだけである。

 言うなれば対マモノ経験が殆ど無い葉月は、見知らぬマモノを見てまず父の仇である鎧のマモノの一派であることを疑っても仕方ないだろう。

 何しろ葉月の短い人生の中で出会ったマモノ中、その半分は敵であったのだから…。


「"あんた、見慣れない顔ね。 私を誰だと思っているの、この街の支配者、クレオパトラ様よ!!"」

「"貴様の事などどうでもいい。 自分は父の仇を…"」


 しかしそんな葉月の事情などは、この猫型マモノには知ったことでは無い。

 猫型マモノにとっては葉月は、突然訳の解らない因縁を付けてきた見知らぬマモノなのである。

 そんな失礼なマモノを相手に丁寧な態度を取れるはずも無く、必然的に相手も喧嘩腰に反応してしまう。

 共に唸り声を上げて睨み合う葉月と猫型マモノ、その様は次の瞬間にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気であった。


「…葉月!! 此処に居たのか」

「"っ!? 主殿?"」

「"はっ、人間!? なんで人間が私たちに気付くのよ!!"」

「あら、この猫ちゃん、マモノみたいね」


 そんな一触即発の空気を壊すように路地裏に現れたのは、葉月とのパスを辿ってやってきた百目木たちである。

 マモノたちは共に突如現れた、百目木たちの存在に驚きを露わにする。

 特に何の事情も知らない猫型マモノは、人間にマモノである自分を見つけられた事にパニックを起こしていた。

 マモノと人間たちの合流によって混乱した場は、暫く落ちきそうにない様子であった。











 やはり葉月に取って、父親を襲った相手は憎いのだろう。

 町中で遭遇した猫型マモノを勝手に父の仇を勘違いした葉月を落ち着かせるのに、百目木と彼方は予想以上に手間取ることになった。


「"すまない、自分はとんでもない勘違いをしていたで有ります。 何とお詫びをしたらいいか…"」

「"ふんっ、謝ってすむ問題じゃないわよ。 いきなり因縁を付けられて、こっちはいい迷惑よ!!"」

「悪い、こいつはちょっと前にこいつの父親がマモノに襲われてな。 それでどうもお前を、そのマモノの仲間だと勘違いして…」


 百目木や彼方の言葉に耳を傾けられる程の落ち着きを取り戻した葉月は、ようやく自分の間違いに気付いたのだろう。

 葉月は土下座でもするかのように頭を下げながら、申し訳なさそうに猫型マモノに対して詫びを入れる。

 明らかに機嫌が悪そうな猫型のマモノの様子に、葉月の主として責任を感じた百目木もまた一緒に頭を下げた。


「なんで何の理由もなく、私がそのマモノ仲間だって勘違いされるのよ!! あんた、この馬鹿犬の飼い主なんでしょう。 ちゃんと躾けはしなさいよね」

「えっ、お前、人間の言葉が解るのか!?」

「ふん、天才である私ならこの位は朝飯前よ」


 しかし一方的に因縁を付けられた猫型マモノから見たら、頭を下げられたくらいでは気持ちは収まる筈も無い。

 猫型マモノは葉月に対して辛辣な正論をぶつけて、その正論は葉月の主である百目木にまで及んだ。

 そして猫型のマモノからの口から飛び出した言葉、先程まで葉月とやり取りしていたマモノ同士の会話とは異なる明らかな人の言葉に百目木は驚愕する。

 どうやらこのマモノは葉月とは違い、人間の言葉も巧みに操ることが出来るようだ。

 以前に百目木の師匠である始がマモノの中には人に化けて生活している者も居ると言っていたので、人語を操るマモノが居てもおかしくないのだろう。


「葉月ちゃん、なんでこのマモノを仇だって思ったのかしら?

 もしかしてあなたを襲った連中の中に、猫型のマモノが居たの?」

「"…自分は少し前まで、父上以外のマモノとは会ったことが無かったで有ります。"

 "そいつは自分の知らないマモノだったから、つい奴らの仲間だと考えてしまい…"」

「はぁ、他のマモノに会ったことが無い? どんだけ箱入りなのよ、この馬鹿犬は!?」

「色々あるんだよ。 悪いな、迷惑を掛けて…」

「"本当にすまなかったでござる"」


 住処であった神社から外に出たことが無いと言っていた葉月が、対マモノ経験に不足している可能性は十分にあった。

 今回の一件は葉月の対マモノ経験不足に気付かず、迂闊に葉月から目を離してしまった百目木の責任であろう。

 自分の非を改めて認識した百目木と葉月の主従は、被害にあった猫型のマモノに対して再び詫びを入れた。






 とりあえず猫型マモノに絡んだ葉月の一件は、葉月が自らの非を認めて頭を下げたことで一件落着となった。

 仮に葉月が何らかの被害を猫型マモノに与えていたら事は大きくなっただろうが、幸運にも猫型マモノは葉月から物理的な被害は一切受けていない。

 葉月とその主である百目木に対して不満をぶつけた事で、猫型マモノはどうにか矛を納めてくれたようだ。


「…あなはこのあたりに住んでいるマモノなのかしら?」

「そうよ。 私の名前はクレオパトラ、私の高貴な名前を胸に刻んでおきなさい!!」

「実は私達、この辺りの事を調べるためにやってきたの。 葉月ちゃんの件も兼ねて何かお礼をするから、私たちにこのあたりのことを少し聞かせてくれない」

「ふーん、見知らぬマモノが現れたと思ったら、そういう事情があったのね。 お礼の内容によるかなー」


 葉月との件が一段落した所で、彼方は猫型マモノに対して交渉を持ちかけようとしていた。

 始からこの周辺の情勢を調べるように支持されている彼方たちにとって、此処の住人であるマモノから話を聞く事は極めて重要なことである。

 自らをクレオパトラと名乗る猫型マモノは、お礼の言葉に興味を引かれたらしく彼方の提案に乗り気な様子を見せた。











 そこはクレオパトラと名乗ったマモノ曰く、この町で一番の洋菓子店であるらしい。

 店内には甘ったるい香が充満しており、ショーケースの中には色とりどりのケーキが並んでいる。

 そして店舗内には飲食スペースも設置されており、店内でケーキを食べることも可能になっていた。


「美味しい、やっぱり此処のケーキは最高よね」

「ええ、中々の物ね。 このクリームの滑らかさは熟練の技よ」

「…甘い」


 主に女性客が目立つ洋菓子店の飲食スペースの一角で、丸テーブルを囲っている三人の姿がそこにあった。

 一人は高校生程度に見える美しい黒髪の少女、一人は同じく高校生程度に見える短髪の少年。

 そしてもう一人は他の二人より一回り小さい、中学生程度の少女であった。

 二人の女性陣は美味しそうにケーキに舌鼓を打っているが、男性の方は僅かに顔を顰めながらケーキにノロノロと手を伸ばしてる。

 どうやら女性陣と違って男の方は甘いものが苦手ならしく、女性ばかりが目立つ店内に居辛そうにしていた。

 しかし女性陣の方は男の様子を気にすることは無く、平然と美しいケーキを味わっていた。


「これで満足かしら、クレオパトラさん?」

「うーん、まだ足りないかなー」

「おいおい、まだ食うのかよ…」


 この中学生くらいに見える少女、実はその正体は先程まで葉月に因縁を付けられたクレオパトラであった。

 マモノの中には人の姿に化ける事が出来るものが居り、葉月の父親などは人間の振りをしながら神社の神主を務めていた。

 どうやらこのクレオパトラと名乗る猫型のマモノは人語を操るだけに留まらず、葉月の父と同様に人間に化ける力を持っているらしい。

 そして人間に化けた自称クレオパトラに連れて来られた百目木たちは、お礼の前払いとしてこの洋菓子店のケーキを要求されたのである。

 他人の金であることを良いことにケーキを三皿も平らげた自称クレオパトラは、満足そうな笑みを浮かべながらも平然とお代わりを要求するのだった。


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