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10. 姉弟子



 彼方(おちかた) 千歳(ちとせ)、百目木の通う木下高校に在学している高校二年生の少女。

 彼女は百目木の学校の先輩であり、百目木より以前にマモノ使いである十文字(じゅうもんじ) (はじめ)の弟子入りを果たした。

 かつて井上が絶賛していた通り、彼方は下手なアイドルなどとは比較にならない程に美しかった。

 今までサッカー一筋でその手の事に余り興味が無かった百目木でさえ、彼方の何気ない動作に目を奪われる事が多々ある程だ。

 何故、彼方のような美少女が、よりによってマモノ使いの弟子としてこんな探偵事務所に通っているのだろうか。

 始の探偵事務所で彼方からマモノ使いとしての教えを受けていた百目木は、彼方に対する疑問が募っていた。


「…私には才能があったのよ、マモノに関する才能がね」

「才能…?」

「そう、だから私は始さんの所に来たのよ。 折角の才能を活かさないとね…」


 そしてある日、百目木が思い切って彼方にマモノ使いの弟子になった経緯を訪ねた時の答えがこれであった。

 生気を限界まで使い切る何時もの修行の後、修行場である事務所の地下室で彼方は百目木の疑問に答える。

 マモノ使いとしての才能、それがあったからこそ彼方は始に弟子入りしたと言うのだ。

 しかし自らのマモノ使いとしての才を語る彼方にはそれ誇る様子は無く、何処か自嘲気味の雰囲気さえ感じられる。

 彼方の真意が読めずに訝しげな顔をしていた百目木に気付いたのか、彼方はそのまま詳しい話を始めてくれた。






 マモノとは一般的な生物とは異なる理の世界で生きている。

 その体を維持している生気を全て失えば、世界から痕跡を残さずに消えてしまう儚いマモノたち。

 そして人間たちはそんな儚いマモノたちの存在を、普段は全く意識する事は無く。

 例え目の前にマモノが通ろうとも、普通の人間はマモノの存在に気付きもしないだろう。


「えっ、でもマモノの葉月は普通に見て触れますよ。 俺だけじゃ無い、家のお袋だって…」

「それは葉月ちゃんがそこに居ると、あなたたちが認識しているからよ。

 マモノは存在しない訳ではなく、その存在が希薄なだけなのよ。 そこ居ると分かっていれば見える、けれども居ると知らなければ決して気付くことが出来ない。

 それがマモノって物なの…」


 先日、百目木たちが式紙たちの軍団に追われた時、式紙たちは獲物を追うために堂々と公園や公道に姿を見せていた。

 しかし紙人形の化物を見たなどと騒ぐ者は誰も居らず、SNSでもそんな情報は全く上がっていない。

 それは式紙たちがマモノであり、常人たちがその存在を目に留めなかったからである。

 マモノとは人間と同じ世界に居ながら、別次元の存在であるかのように誰にも気付かれる事は無く闇に潜む物なのだ。


「…そ、それなら俺は何で葉月の事に気付いたんですか?」

「多分、あなたにも才能があったのよ。 本来であれば気付くことは無いマモノの存在に気付く、マモノに関わるマモノ使いとして最も大切な才能よ」

「"流石は主殿です!!"」


 マモノの存在を認識しなければ、マモノと関わることは不可能である。

 必然的にマモノを認識する才能は、マモノを使役するマモノ使いとしてもっと重要な物であると言えた。

 どうやら百目木にはマモノを認識する才があり、彼方にも同じ才が存在した。

 それ故に彼らは共に、マモノ使いである始の元に集っているのだ。

 百目木は思いもよらぬ自分の才能に驚き、葉月は無邪気に主人である百目木を褒め称えた。


「まあ、才能と言っても、あなたのは大したことは無さそうだけどね。 あなた、葉月ちゃんを拾う以前に、マモノらしき物を見たことが有る?」

「否、そんな覚えは無いです…」

「多分、あなたと葉月ちゃんの相性がよっぽど良かったのね。 そうでなければ、あなたは傷ついた葉月ちゃんに気付くことは無かった…」


 マモノを認識する才、言うなれば希薄なマモノ存在に目敏く気付くことが出来る一種の視野の広さであろうか。

 しかし視野の広さには個人差が有るのは当然であり、才能の多寡によってマモノの存在にどれだけ認識出来るかは変わってくる。

 そして彼方の言う通り、百目木は葉月と出会う以前にマモノらしき存在に気付いた覚えが全く無かった。

 百目木のマモノを認識する才は有って無いような低いレベルの物であり、そんな百目木が葉月と言うマモノを認識出来たのは奇跡と言えるだろう。


「私は百目木くんと違って、はっきり言ってマモノ使いとしての才に恵まれていた。 物心付いた頃から私は、周囲にマモノの気配を感じていた。

 想像できる、自分にしか感じられない何かが有るって事を? 両親に相談しても何の答えも帰ってこないばかりか、頭のおかしい子扱いされて何回も病院に行かされた…」

「それは…」

「まあ、私は賢かったから自分が周囲と違う事に気付いて、すぐに猫を被って良い子になったのよ。 表向きは何も感じない振りをすることで私は普通の子供に戻れた、けれども依然として私はマモノの気配を感じ続けていた」


 普通に生活する上で、マモノの認識する才は何のメリットも無い。

 マモノの認識できない人間たちには、マモノを認識できる人たちは狂人にしか見えないだろう。

 幼いころからマモノの気配を感じられたらしい彼方は、その才能に振り回されて色々と苦労をしたようだ。

 軽い口調で話ながらも何処か暗い雰囲気を漂わせる彼方に、百目木は美しい先輩の予想外の苦労話に圧倒されていた。


「当時の私はマモノと言う存在を知らず、自分が感じる物の正体がマモノであることも解らなかった。

 だから私はこれの正体が何か知りたかった、妖怪、悪魔、UMA、これの正体を思われる物については、手当たり次第に文献を読み漁ったわ。

 ちょっとしたオカルト博士を名乗れるほどの知識を手に入れたけど、結局これの正体は解らなかったわ…」

「そ、それで先輩は、どうしてマモノの存在を知ることが出来たんですか?」

「…街で偶然、あの子に出会ったのよ」

「あの子?」


 これまでの彼方の人生は、自分の感じる何かの正体を探るための探求であった。

 しかし調べられるだけの資料に目を通しても彼方はその正体に辿り着けず、絶望を感じていた。

 そんな時に彼方に一筋の光明が見えたのだ、彼方は自分を救ってくれたあの出会いを一生を忘れることは無いだろう。











 彼方が言うあの子の正体を知るため、百目木は彼方に話の続きを促そうとしていた。

 彼方の話を遮るかのように、地下室と地上を繋ぐ階段から足音が聞こえてきたのだ。

 地下室へ向かって降りてくる足音はどんどん近くなっており、やがて足音の主が地下室へと姿を現した。

 この事務所を利用するのは自分と彼方以外には、喫茶店の店主である(とうる)と事務所の主である(はじめ)しか居ない。

 百目木はそのどちらかが地下室に降りてきたと考えて、降りてくる人物がどちらであるか確認しようとした。


「なっ!?」


 しかし百目木の目に飛び込んできたそれは、通でも始でもない全く別の存在だった。

 それは以前に百目木たちが襲われたあの式神たちと似た印象を与える、人を模して作られた人形である。

 体を構成する素材は薄っぺらい和紙では無く光沢のある金属製であり、手足の造形も指すら無い式神たちに比べてしっかりと五指が存在した。

 その金属製の四肢や胴体は細長く、時折学生が手慰みに描く棒人間のように見える。

 そして顔に当たる部分には目や口は無く、代わりに呪文のような文様がぎっしりと描かれていた。


「マモノ!? なんで此処に…」

「"父上の仇共の仲間でありますか!?"」

「あら、ゴレムスじゃない。 もしかしてお使いに行ってきたの?」


 明らかに人とは異なるその存在はマモノであることは間違いなく、見知らぬマモノに対して百目木と葉月の主従は警戒の姿勢を取る。

 しかし警戒する百目木たちとは対象的に、彼方は極自然な態度で見知らぬマモノを出迎る。

 そして彼方の口から飛び出てきた言葉に、百目木と葉月は度肝を抜かされることになったのだ。


「…へ、ゴレムス? ゴレムスってあの師匠の…」

「そうよ、この子はゴレムス。 ああ、そういえば百目木くんはこの子の中身を見るのは初めてだったかしら。

 百目木くんが前に見た鉄の巨人は言うなればこの子の鎧なの、あの鎧の下にはこの子が入っていたのよ」

「"あ、そういえばこのマモノから、ゴレムス殿と同じ匂いを感じます!!"」


 ゴレムス、百目木たちの師匠である始の使役するマモノ。

 百目木たちに襲いかかった式紙たちを一蹴したあの勇姿は、今での鮮明に思い返すことが出来る。

 彼方が言うにはこの金属の棒人間のようなマモノが、あの鉄の巨人の正体であると言うのだ。

 その言葉を補足するように葉月は、目の前のマモノから覚えのある匂いを感じ取ったようだ。

 どうやら彼方の言う通り、この鉄の棒人間は本当にあのゴレムスであるらしい。


「ゴレムスは始さんに勿体無いくらいの良い子なのよ。 言われた仕事はちゃんとこなすし、面倒な買い出しだって進んで行ってくれるわ」

「買い出し!? マモノが買い出しって…」

「マモノの中には人間に化けて、人間として生活している物も居る事は前に話したわよね。 人間に化けているマモノが、存在が希薄な状態のままで人間として暮らせる訳ないでしょう?

 一定上の力を持っているマモノは、自分の存在を人間に認識させることが出来るのよ。 ゴレムスはその応用で周囲の人間に対して、自身を普通の人間のように見せかけているの」


 常人では気付くことが出来ないマモノであるが、葉月の父がそうであったように人間に化けて人間社会に溶け込んでいるマモノは一定する居る。

 それらのマモノは存在が希薄であると言うマモノの特性を打ち消し、その存在を認識させた上で人間として生活をしているのだ。

 ゴレムスは見た目こそ人間とは言い難い姿であるが、彼方の話が本当であれば他の人間には今のゴレムスは普通の人間であるように見えているらしい。

 よく見ればゴレムスの細長い片腕には買い物袋が握られており、どうやら本当にゴレムスは買い出しに行っていたようだ。


「私は偶然、今のように買い出しに出ていたゴレムスと街で出会ったのよ。 ビックリしたわ、あんな鉄の人形が街を歩いているのに、周りの人間は誰も騒いでいないの。

 そして私は無我夢中でゴレムスの後を付けて、そしてこの探偵事務所に辿り着いた」

「それで先輩は師匠に出会って、マモノのことを知ることが出来たのか…」

「そういう事よ。 あ、ゴレムス。 仕分けるのを手伝うわ」


 ただ人間であればゴレムスを普通の人間としか見えないが、マモノを認識出来る才能を持つ彼方にはそんな偽装は通じなかった。

 マモノの認識する才、それによって訳も解らずに振り回されていた彼方は、ゴレムスとの出会いを通じてマモノの真実を知ったのである。

 百目木が葉月に出会うことでマモノの世界を知ったように、彼方はゴレムスと出会うことでマモノの正体を知ることは出来た。

 マモノの存在によって言葉に出来ないほどの苦労をした筈の彼方であるが、楽しげにゴレムスに話しかける所を見ると少なくとも今の彼女は不幸せと言う訳では無いようだ。

 姉弟子の思わぬ過去を知ることが出来た百目木は、密かに彼方に対する尊敬の念を強めるのだった。



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