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9. 修行


 マモノ、創作の世界においては日常的に使われる言葉だろう。

 しかし現実の世界でそれを使うのは稀であり、真っ当な人生を歩んでいれば一生関わる事は無い筈だ。

 しかし百目木は不幸なことにマモノの子である葉月と出会い、マモノ専門の探偵である十文字 始の弟子入りを果たした。

 家と家族を失い一人ぼっちになった葉月の傍に居てやるため、百目木はあえて苦難の道を歩んだのである。

 そしてマモノ使いの弟子となった百目木の日常が始まった。


「…それで何で俺は、喫茶店の手伝いをしているんだよ」

「こら、新入り。 無駄口叩かずに手を動かせー」


 百目木の師匠である始の探偵事務所があるビル、その一階スペースにある昭和の匂いを感じさせる喫茶店。

 マモノ使いの弟子になた百目木は、どういう訳かこの喫茶店で働かされていた。

 喫茶店の店主であるエプロン姿の女性、(とおる)の指示に従いないながら百目木は渋々と喫茶店内の掃除を行う。

 店内には満席にはほど通りが常連らしく客が何人か来ており、百目木に対して意地悪な野次を掛けてくる始末だ。


「なあ、彼方(おちかた)先輩、何で俺は此処で働いているんだ? 師匠は一体…」


 百目木の姉弟子である彼方は、店主と揃いのエプロンを纏いながら手慣れた様子で配膳作業を担当していた。

 そんな彼方にたいして百目木は声を潜めながら、自分が喫茶店の手伝いをしている不可解な状況について問い質す。

 今日は百目木が弟子入りを果たした後、マモノ使いの弟子として事務所にやって来た記念すべき初日なのである。

 しかし一体どのような事をやるのかと期待と不安で胸を膨らませながら学校を終えて、足早と探偵のビルにやって来たらこの有様であった。

 想像と現実の余りの落差に、百目木は抗議したい気持ちで一杯だった。


「始さんはあなたのワンちゃんから聞いた、例の場所について調べている最中。 とりあえず暫くは始さんの情報待ちね」

「師匠が居ないのは分かっている。 けどそれと此処で働く理由が繋がらないだろう」

「繋がるわよ、これは始さんも手伝いの一つだもの。 いい、この喫茶店のオーナーは始さんなの、はっきり言えばこのビル自体が始さんの所有物なのよ」

「そうよ、つまり私はあいつの雇われ店長。 この店で一番偉いのはあいつよ」

「…探偵って儲かるんだな?」


 そして明かされた衝撃の事実、彼方が言うには探偵事務所があるこのビル自体があの探偵の所有物であるらしい。

 先日、葉月から聞いた話を手がかりに情報収集をしており、事務所を不在にしているあの探偵は意外に金持ちであったらしい。

 何時の間にか百目木たちの近くまで来ていた(とおる)、あの探偵に雇われているらしいこの店の店主が彼方の話を補足してきたので今の話が与太話と言うことは有るまい。


「ほら、無駄話しないで働きなさい。 あんたら来るまで私一人で切り盛りしてたんだから、今くらいは楽させてよね」

「はいはい…」

「…解りました」


 雇われ店主である(とおる)に急かされて、彼方と百目木は仕事を再開する。

 何か釈然としない物があるが、この仕事が師匠である始の手伝う事になると聞かされれば働かない訳にはいかない。

 少し前までサッカー一筋でバイト経験など一切無い百目木は、成れぬ労働に苦労しながら喫茶店の手伝いを行うのだった。






 喫茶店の手伝いも終わり、主の居ない事務所に戻った百目木たちを葉月が出迎える。

 飲食関係の店に見た目が犬でしか無い葉月を連れていける筈も無く、彼女は一人事務所内で留守番をしていたのだ。

 事務所内のソファの上で横になっていた葉月は、現れた主の姿に目を輝かせながら近付いてくる。


「"主殿!!"」

「よう、待たせたな、葉月」


 客商売と言う慣れない労働に肉体的には兎も角、精神的に大いに疲弊した百目木は力ない声で葉月に応える。

 その背後には百目木と違って、喫茶店の手伝いにすっかり慣れている様子の彼方が平然とした様子で続く。


「百目木くん、不器用なのね…。 早く慣れないと後で苦労するわよ」

「俺は喫茶店のバイトに来た訳じゃ無いんだ。 俺はマモノ使いの弟子に…」

「はいはい、それなら早速、マモノ使いとしての修行とやらでもしようかしらね」


 慣れぬ接客業に四苦八苦している百目木の姿を見ていた彼方が、弟弟子に対して有り難い忠告を与える。

 しかし接客などする気は微塵も無かった百目木は、当然のように姉弟子の忠告に反発した。

 そんな百目木の当然の反応をスルーしながら、彼方はマイペースに百目木が待ち望んでいたマモノ使いとしての話を初めた。


「"おお、修行でありますが! 腕がなりますなー!!"」

「修行!? 一体何をするんですか…」

「一応、始さんから修行メニューを渡されていてね。 とりあえず暫くは、私があなたの監督役よ、いいわね?」

「はい!!」


 修行、それはマモノ使いの弟子となった百目木が待ち望んでいた展開であった。

 自分の面倒を見てくれるらしい彼方の言葉に反発する筈も無く、元体育系らしい元気のいい声で百目木は応える。

 そして百目木に取っては念願の、マモノ使いとしての修行が始まった。












 マモノ使いとしての役割、彼方はそれをマモノに対するバッテリーであると表現した。

 普通の生物とは異なる理の中で生きているマモノと呼ばれる存在、それらは基本的に世界から外れた物である。

 その証拠にマモノたちはその生命を終える時、躯を世界に晒すこと無く無へと消えていく。

 普通の生物とマモノとの一番の違い、それはマモノがこの世界で存在を維持するだけで何らかのエネルギーを消費している事にあるだろう。


「そしてマモノがマモノとしての力を発揮するためにはより大きなエネルギー、生気が必要なの。

 マモノ使いは契約しているマモノに対して、マモノが真の力を発揮するための生気を供給する役割を持っている」

「…この前、葉月はその生気って奴が切れかけて死にかけた、そして俺の生気を供給する事で助かったのか」

「その通り、つまりマモノ使いに取って一番大事な事は、マモノに対して十分なエネルギーを供給できるバッテリー役である事」


 修行を始める際に百目木たちは、事務所を離れてビルの地下に作られた広い空間に連れてこられていた。

 彼方が言うには、地下に設けられた空間は始の修行スペースと言うらしい。

 このビル自体が始の持ち物であるらしいので、あの探偵は修行とやらのためにわざわざこの地下空間を拵えたのだろう。

 地下室に行くまでの道中でマモノ使いに関するレクチャーを受けていた百目木は、期待に胸を高鳴らせながら修行場へと足を踏み入れる。


「せ、先輩? 此処で一体何をするんですか…」

「あら、別に大した事では無いわよ」


 百目木は初めて訪れる地下室の光景に圧倒されていた。

 学校の教室程度の広さが有る空間は、四方をコンクリート製の壁で囲まれている殺風景な場所であった。

 地下空間であるため室内に窓などは無く、蛍光灯の光だけが室内を照らす高原である。

 一体此処で日々何が行われているのか、コンクリートの壁には所々で刀傷らしき物やひび割れが見える。

 その威圧的な光景を前に恐怖を覚えた百目木は、恐る恐る姉弟子に対して自分に課せられる修行内容について確認した。

 そんな怯えた様子を見せる弟弟子に対して、彼方は淡々と始から預かった修行メニューの内容を告げた。







 結論から言えば、百目木に課せられた修行は決して危険な内容では無かった。

 マモノ使いはマモノのバッテリー役、その説明通りに百目木に対して初めて課せられた課題とはマモノに対するエネルギー供給である。

 マモノに生気を供給すると口では言っても、実際にそれをやろうとするのは難しい。

 確かに百目木は葉月とパスを結び、死にかけていた葉月に対して自らの生命力を差し出した。

 しかしあの時は葉月側がパスを通じて百目木から無理やり生命力を奪ったのであり、決して百目木から供給したのでは無い。

 ではどのようにすれば、百目木から葉月へと生気を送る事が出来るのだろうか。


「だ、大丈夫か、葉月」

「"自分は全然大丈夫であります、主殿こそお体に気をつけて下さい"」

「はい、まだ頑張って…。 とりあえず初日の目標としては、後5分は供給を維持して貰うわよ」


 それは一言で表すならば、魔法陣と言えばいいのだろうか。

 地下室の地面に敷かれた白い紙の上に描かれた直径数メートルほどの円、その円内に細かい字がびっしりと書かれている。

 彼方が言うにはこの魔方陣は、マモノの力を弱らせる効果が秘められているらしい。

 一定以上のマモノであれば効果のない代物であれば、マモノとして未熟である葉月には十分効果がある。

 魔法陣の中央に置かれた葉月の体から、マモノとしての存在を維持する生気が秒単位で減っていく。

 そして葉月から拡散した生気を補うように、百目木はパスを通じて葉月に対して自らの生命力と言う名の生気を供給する。

 つまり百目木に課せられた修行というのは、こういう事なのだ。


「マモノ使いの供給出来る生気量は、鍛えれば鍛えるほど増えていくわ。 此処で限界まで生気を絞り出せば、次からはより多くの生気を供給できるようになる」

「よ、要は筋トレと同じって事ですね。 そういうのなら得意ですよ、俺は…」

「"頑張ってくだされ、主殿"」

「漫然と生気を吸われるままで居ないで、生気が流れていく感覚を覚えなさい。 これを自力で出来るようになって、初めてマモノ使いを名乗れるのだから」


 マモノに生気を供給するという行為は、決して楽しいものでは無い。

 言うなれば部活で10キロほど走った直後のような、体から何かから抜け落ちたような感覚を覚える苦行と言っていい。

 しかしこの苦行は百目木が自ら望んだ事であり、慣れぬ接客業をしているよりは今の状況の方がマシである。

 こうして彼方の監視の元、限界ギリギリまで生気抜かれた所で百目木のマモノ使いの弟子としての初日が終わりを迎えるのだった



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