表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

0. 襲撃


 彼女の住処、それは何処にでも有りそうな小さな神社の裏手に建てられた民家であった。

 昭和後半に立て直された比較的に新しい神社社屋、それと同時期に今の彼女の住まいが建てられたらしい。

 良い風に言えば趣のある、悪く言えば古臭い昭和の匂いが残る民家の一室に彼女は居た。

 畳敷きの室内で横になっている彼女の姿は、十人中十人が犬と判断するであろう茶色の毛で覆われた四足の獣であった。

 時刻は夜中の九時を周り、普段の彼女であれば眠りについていてもおかしくない頃合いだ。

 しかし彼女は体を横たえながらも、眠気を拒むかのように瞳を大きく見開いている。

 彼女の見開かれた視線の先、そこには神社に付き物である袴姿の男の姿があった。

 恐らくこの神社の神主であろう男は座卓の前で正座をしながら、何やら筆を動かしている様子である。


「…葉月(はづき)、私はまだ仕事が残っている。 先に床に就きなさい」

「クゥゥゥン…」


 神主風の男は自分に向けられた視線に気付いたらしく、筆を動かす手を止めて優しげな声で彼女に対して就寝を促す。

 しかし葉月と呼ばれた彼女は、神主の言葉にたいして寂しげな唸り声をあげながら拒否を示した。

 どうやらこの犬、その小柄な姿を見ると子犬と言う方が適切であろうが、彼女は神主を置いて先に床に就くのは嫌らしい。

 そんな彼女の態度に神主は苦笑を浮かべながら、それ以上は何も言わずに仕事に戻る。

 そして室内には筆を動かす音以外には何も聞こえない、静かな時間が過ぎていった。






 静寂を破るかのように響いた無機質な電子音、それは昭和風の部屋に似つかわしくないFAX付きの固定電話であった。

 その耳に響く音に驚いたらしい子犬は、眠気が一変に覚めたらしく混乱した様子で忙しげに首を左右に振る。

 慌てふためく子犬とは対象的に、神主は落ち着いた様子で筆を動かす手を止めて立ち上がる。

 部屋の隅に置かれていた固定電話の元まで歩み寄った神主は、そのまま受話器を取り上げた。


「…ああ、私だ。 ああ、早速明日にでも君に紹介された専門家に会おうと思っている。

 やはり最近はきな臭い、10年前を思い出すよ。 ああ、念には念を入れないとな…」


 どうやら電話の掛け主は神主の知り合いだったらしく、電話を通して彼女にはまだ理解できない難しい話をしている。

 彼女たち一族は先祖代々、この小さな神社を守る管理者であり守護者であった。

 電話で話し続けている神主、彼女の父親は当代の守護者としてこの神社を守っている。

 人間にしか見えない神主と犬にしか見えない彼女が、親子と言うのはおかしいと思うかもしれない。

 しかし事実として彼女はあの神主の一人娘であり、何時かは父親の跡をついで彼女がこの神社を守る役割に就くことだろう。

 彼女はこの小さな神社を守り続けている父の姿を尊敬しており、父の仕事振りを見ていることが大好きだった。

 早く大きくなって父のように働きたい、それが彼女の抱いているささやかな夢であったのだ。


「っ!? …どうやら一歩を遅かったようだ、こんな夜更けに予期せぬ参拝客が現れたらしい。

 ああ、後でまた連絡する」


 電話を続けていた神主の表情が突如険しくなり、何かを伺うかのように虚空に視線を漂わせた。

 突然の父親の変化に彼女は驚いたのか、毛を逆立てて目を白黒させている。

 そんな娘を尻目に何かに気付いた風の神主は電話を切り上げ、部屋の中に居た彼女に向かって話しかけた。


「葉月、お前はこれを持って物置に隠れていなさい」

「くぅぅん?」

「早く行きなさい、私が戻るまで絶対に物置から出てはいけませんよ」


 彼女の傍まで来た神主は懐から取り出した長方形に折りたたまれた和紙を取り出し、神社のおみくじのように前足へそれを括る。

 そして神主はこちらを見上げる子犬と視線を合わせ、彼女に対して物置に避難するように命じたのだ。

 父親のただならぬ雰囲気に動揺するが、有無を言わさぬ父の圧力に逆らえず彼女は言われるがまま物置の方へ向かって行く。


「これでよし…。 後は…」


 子犬が物置に隠れたことを確認した神主は、まるで獲物を狙うかのような鋭い眼光を放った。

 すると神主の姿が一瞬光に包まれ、次の瞬間に四足の獣のそれになったでは無いか。

 それはただの犬と言うには巨大な獣であり、その口は人間の子供ぐらいなら丸呑み出来そうな程の大きさである。

 先程逃した子犬と同じ茶色い毛並みの獣となった神主は、獰猛な唸り声をあげながら親子の住いである家屋から飛び出した。











 彼女は父の言いつけ通り、最初は物置の中ででじっとしていた。

 その物置は神社の催しで使用する祭具がまとめられており、子犬一匹が潜むには十分なスペースが有る。

 すぐに父が自分を迎えに来てくる、そう信じて彼女はカビ臭い物置の中で丸まっていた。

 しかし彼女の思いとは裏腹に、幾ら待っても彼女の父が自分を迎えに来る気配は無かった。

 それどころか神社の方から、何かが壊れる音や本来の姿となった父の唸り声が彼女の耳に飛び込んで来たのだ。

 その音から父が何かと戦っているのは明白であり、今まさに父は神社の守護者としての使命を果たしているのだろう。

 強くて優しい父であればきっとすぐに、この神社で保管されているあれを狙う悪い奴らを追い払ってくれる。

 彼女は父の勝利を願いながら物置の奥で丸くなり、聞こてくる恐ろし音色に耐えるのだった。


「…くぅん?」


 体感的に小一時間程は経過した頃から、先程まで飛び込んできた騒がしい音が聞こえなくなった。

 どうやら戦いは無事に終わったらしい、それならばすぐに父が自分を迎えに来てくれるに違いない。

 彼女は父の到着を待ち続けた、しかし幾ら待っても父は物置に帰ってこない。

 もしかして父は悪い奴らに怪我を負わされて動けないのでは、彼女の脳裏に最悪の想像が頭を過ぎってしまう。

 何時まで経っても父が現れる様子は無く、彼女の焦燥感はどんどん募っていく。

 やがて彼女の忍耐は限界を迎え、居ても立ってもいられなくなった彼女は父の言いつけを破って物置を飛び出してしまった。





 物置を離れた彼女は、先程まで物騒な音が鳴り響いていた神社の境内へと向かう。

 そして彼女はそこで、月明かりに照らされる変わり果てた神社の境内を目撃することになった。

 恐らく此処で激しい戦闘が行われたのだろう、その余波によって神社の境内にあった狛犬や鳥居はどれも無残に壊されているでは無いか。

 愛する父が毎日欠かさず掃除をしていた小奇麗な境内の姿は既に無く、最早此処は廃墟と言っていい有様である。


「…っ!?」


 彼女はこの変わり果てた神社の光景に、言葉が出ない程の強く衝撃を受けていた。

 それは生まれてから一度もこの神社から出たことが無く、この神社の中が世界の全てであった彼女に取っては世界が壊されたに等しい光景だったからだ。

 暫く呆然と変わり果てた境内を眺めていた彼女は、やがて境内のあちこちには散乱している切り刻まれた人型の紙切れの存在に気付く。

 その人型は成人男性程度の大きさに作られており、彼女が恐る恐る触ってみた所、それは薄っぺらい和紙で作られた紙人形であることが解った。

 紙人形の手や足には指が無く顔の部分も丸く切られてるだけであり、かろうじて人のように見えるだけの雑な代物である。


「…わんっ!?」


 時間が経ったことで衝撃が薄れてきた彼女は改めて境内の中を見回し、愛する父の姿を探し始める。

 そして彼女は神社の本殿の扉が開け放たれていることに気付き、またもや強い衝撃をうけることになった。

 あそこには彼女の一族が先祖代々守ってきた物が眠っており、この神社で生活する彼女ですらも一度もあそこに入ったことは無い。

 あの本殿には当代の守護者しか入ることは許されず、彼女も父から絶対にあの場所に入ってはいけないと言い付けられている。

 結局、神社の境内で父の姿を見つけられなかった彼女は、あの本殿に父が居るのだと推測する。

 父の無事な姿を早く確認したい彼女は、父の言いつけを破って本殿へと足を踏みれてしまう。

 そして本殿に入った彼女はすぐに父の姿を目撃することになる、虫の息の状態で本殿の床に倒れてている茶色い犬の姿を…。


「…まずは一つ目。 ああ、次は※※※だな」


 父の傍に立っているそれは、西洋風の黒い鎧を纏った存在だった。

 黒一色に染められた禍々しいフルプレートの鎧、そして顔全体を覆う黒く禍々しいフルフェイスのメット。

 黒騎士は彼女が本殿に入った事にまだ気づいておらず、虚空に向かって言葉を発しているでは無いか。

 恐らく黒騎士は何らかの手段で、何処かに居る誰かと通信をしているのだろう。

 状況的に見てあの黒騎士が今回の下手人であることは間違いなく、彼女の父を倒したのもあれに違いにない。

 父の仇を目の前にした彼女は怒りの余り毛を逆立てており、我を忘れて今にも黒騎士に飛びかかりそうな様子であった。


「っ!? きゃんっ!!」


 しかし彼女が黒騎士に奇襲を掛けるまえに、彼女は逆に背後から奇襲を受けてしまう。

 小柄な彼女の体は簡単に吹き飛ばされ、そのまま本殿の壁に叩きつけられてしまった。

 痛みに耐えながら自分を襲った下手人を確認する彼女、そこには先程境内に大量に散乱していた紙人形の一体が立っているでは無いか。

 厚みが全くない人型の紙切れはその薄っぺらい体を揺らしながら、こちらを威嚇するように指の無い腕を向ける。


「何っ、まだマモノが居たのか? おかしい、気配は感じられなかったが…。

 ああ、先程の会話を聞かれていたかもしれない。 此処で始末を…」

「…グルルルルッ!」

「ちぃっ、死に損ないが…」


 壁にぶつけられた時の衝突音で遅まきながら彼女の存在に気付いた黒騎士は、その声色から僅かに動揺にしている事が読み取れた。

 黒騎士は冷徹にも彼女を口封じしよとするが、次の瞬間にそれを阻むものが現れてしまう。

 何と先程まで虫の息であった彼女の父親が何時の間にか復活し、背後から黒騎士の腕に噛み付いてきたのだ。


「ッ!!」

「…キャイン!!」

「待て、奴を逃すな!!」


 黒騎士に腕に噛み付く顎の力を強めながら、父は娘に向かって視線で有ることを命じる。

 親子の絆からか言葉が無くとも父の気持ちが解った彼女は、悲しげな声をあげながら本殿を飛び出した。

 本殿を飛び出した彼女の背後から黒騎士の命令が聞こえ、それに合わせて自分を追う何かの気配に気付く。

 後ろを見れば先程自分を襲った紙人形達の集団が、その薄っぺらい足を動かしながら追ってくるでは無いか。

 彼女は父を作ってくれた僅かな機会を無駄にしまいと夜の境内を飛び出し、必死に紙人形たちから逃げ出す。

 それは彼女が神社という住み慣れた小さな世界を飛び出し、初めて外の世界に飛び出した記念すべき瞬間であった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ