第3部 友人の死
午後11時。
菜穂は夕食を食べているときや勉強をしているとき、テレビを見ているときもずっと尚美の言葉を考えていた。
今日から人を殺すからね。
まさか尚美が怨霊となって、今までに受けていた借りを返すと言うのか? これまでの恨みを晴らしてやるというメッセージなのか?
あの尚美の顔・・・・・・。夢に出てきそうだ。脳裏に焼き付いて忘れられそうにない。
一体なぜ菜穂の前に現れたのか。彼女自身も知りよしもなかった。
尚美が一番憎んでいるのは真理亜だろう。いじめの実行犯でもあるし、直接彼女に手を下すこともよくあった。
化けて出るならば、真理亜の前に現れてもおかしくないはずだ。 だが尚美は菜穂の前に現れた。
「何か理由があって私に言った・・・・・・」
菜穂は部屋の窓から外を見る。景色は全部、夜の雨に変わっていた。外の空間が全て雨の音に埋め尽くされる。
菜穂の脳裏にまたもやあの言葉が蘇る。
今日から人を殺すからね。
午後11時。もうすぐ深夜だ。やや眠気を感じる。
優は自宅の部屋の中でMDを聞いている。彼女は必ず眠る前には自分のお気に入りの曲をこうして聞いているのだ。
最後の1曲が終わった。優は耳につけていたイヤホンをはずし、ベッドの布団の中に潜る。メガネはベッドのそばにあるガラステーブルの上に置いた。
すると、どこからか音が聞こえてきた。それはとても小さな音で優の聴力ではやっと聞き取れるほどの大きさであった。
しかしその音がだんだんと大きくなって行くのだ。「何なの・・・・・・」
優は恐ろしさのあまり、ベッドから立ち上がった。彼女はその音が聞こえてくる方向を辿る。その先は部屋の扉。
優は部屋の外から聞こえてくる音を確認するため、扉をそっと開け隙間を作った。優は隙間に顔を近づけ暗い廊下に目を凝らした。 すると扉の隙間からナイフの刃が飛び出てきたのだ。優は反射的に避けて目に刺さらずに済んだが、右頬にナイフの刃が深く刺さった。彼女は激痛で悲鳴を上げる。ナイフの刃はすぐに扉の外に引っ込んだ。またも優の頬に激痛が走る。
「助けて!」
優は頬の痛みに耐えながら、携帯で食事に出ている両親に連絡しようとした。だが何者かが部屋に侵入してきた。そいつは血にまみれたナイフを片手に持って、優を部屋の片隅に追いやった。
「やめて! 近寄らないで!」
ナイフが高々と優の頭上に上がる。
「いやぁぁぁぁぁっっ!」 ナイフは優の頭に降り下ろされた。
そこで音の正体がわかった。あれは音というよりも声であった。女の笑い声だ。優が先ほどから聞いていたのは、女の笑い声であったのだ。
優が息絶えた後、その笑い声は高らかに鳴り響いていった。
次の日の朝。
優が何者かに殺害されたことが話題になっていた。菜穂はショックのあまりろくに朝食が喉を通らず、そのまま学校に出席した。
クラス全員、菜穂のように優の死にショックを受けていた。中には涙を流す者も。その1人に真理亜がいた。
全員、尚美が死んだときとは反応が真逆であった。
今日は朝のホームルーム終了後、早めの下校となった。後日に優の葬式が行われるそうだ。
菜穂は真理亜と帰り道を共にしていた。今も尚、真理亜は優のことで涙を流していた。
「大丈夫?」
「うん・・・・・・」
いつもの真理亜ではなかった。明るさが足りない感じだった。
真理亜とは菜穂の自宅前で別れた。彼女は顔を俯かせたまま、菜穂にうんともすんとも言わず去っていった。
菜穂は自分の部屋に入った後、少しだけベッドの上に仰向けになる。
そしてため息。
すると彼女の携帯電話に着信が入る。相手は隆雄であった。彼女は通話ボタンを押した後、耳に携帯を当てた。
「隆雄くん?」
「・・・・・・やあ」
声からして彼も友人を失ってショックを受けているようだ。優も同じ部活動で親しい関係で仲が良かった。
「大丈夫なの?」
「ごめん、こういうのは初めてで」
無論、尚美は別。
「私も。人が死ぬってこんなに悲しいことなんだなって思ったよ」
「ああ。その通りだよ。とにかく悲しい。そうだ、これからどこかに行かないか?」
意外な言葉に戸惑う菜穂。
「え、どうして?」
「悲しみを乗り越えるには元気になるのが一番だよ」 なるほど。
菜穂の頭の中に真理亜の姿がちらついた。
「いいけど、真理亜も呼んでいい?」
「うん、いいよ」
「待ち合わせの時間と場所は?」
「今夜の8時。いつもの公園で集合。それでいい?」 菜穂は承知した。
「じゃあまた後でね」
「おう」
菜穂は彼との通話を切った後、真理亜に連絡を入れた。