第1部 自殺
夜。
私は今逃げている。後ろから迫っている危機から。 町中を逃げ回った後、自宅に駆け込む。だが親がおらず、結局は自分の部屋に隠れるしかなかった。扉の鍵を閉めて、あいつが来ないことだけを祈った。
しかし祈りは通じず、あいつは扉をすり抜けて、私を窓のベランダまでに追い詰めた。
私は死ぬことへの恐怖感でいっぱいになる。
「お願い! もうやめて! 謝るからさ! 私を殺さないで!」
だがあいつは私のことを許してはくれなかった。あいつの両手が私の体に触れる。
「・・・・・・」
気がつくと私は地面の上に仰向けになっていた。あいつに突き落とされたのだ。命に別状はないようだが、あいつに殺されることに違いない。
私は死ぬ。
そう確信した頃に、あいつが目の前にいた・・・・・・。
某月某日、土曜日。
この日は、おととい亡くなった照澤尚美の葬式が行われていた。会場には彼女の家族や親戚がたくさんいた。全員、涙を流している。だが唯一、そんな悲しみの涙を流さなかったのは、彼女のクラスの女子生徒だけであった。
「葬式って面倒よねー」
田畑菜穂は担任がいないところを狙って、小声で友人らと会話を交わす。
「ていうかウザイよね」
「あいつの葬式だもんね」 そう返してきたのは、ギャルみたいな風貌の新島真理亜と派手なメガネをかけた笹本優だ。
真理亜は赤茶に染まった髪をいじりながら言った。「あいつ、死んでよかったよね」
菜穂、優も同感だ。
「そうよね」
ここで菜穂は、少し前のことを思い出していた。尚美が死ぬ前のこと。
きっかけは、菜穂たちが通っている高校に尚美が転入してきたときだった。彼女は口数が少なく、周りが声をかけても返事すらしなかった。そんな彼女が気に入らなかったのだろう。真理亜が尚美をいじめ始めると、ほかの女子メンバーも彼女をいじめるようになった。
尚美は不幸な転入生となってしまう。毎日ゴミを投げられるのは当たり前。毎日私物を隠されるのも当たり前。教科書に落書きされるのも当たり前。
彼女は女子の中で孤独状態に陥った。
だが彼女には強い味方がいた。先生と男子だ。先生はともかく男子まで味方に着くとは予想外だった。尚美は顔とスタイルが抜群のためか、あるいは性格が気に入ったのか、とにかく尚美の味方になっていた。その証拠に真理亜が教室で尚美をいじめていると、男子メンバー全員が彼女をかばったのだ。
真理亜から報告を聞いた菜穂たち。彼女たちは尚美への嫉妬心の色に染まる。 そこで彼女たちは先生や男子たちの目を盗んでから、尚美をいじめることにした。そして、尚美がトイレにいるところを狙っていじめを開始した。
さすがにトイレまでには、誰も尚美に手を差し伸べてはくれなかった。尚美は菜穂たちのストレス発散の道具に使われる。
いじめは次第にエスカレートしていく。時間が過ぎることに先生や男子たちも彼女を無視するようになった。なので菜穂たちは、男子たちがいる教室でも、尚美を堂々といじめていた。 そしてその3カ月後。
尚美は自分の人生を捨てた。彼女は校舎の女子トイレの中で首を吊っていた。
彼女の苦の人生。
尚美は死んでいくときに、さぞかし私たちを恨んで逝ったのだろう。
菜穂は頭の中でそう思っていた。別に後悔はしていない。むしろ、満足している。クラスの邪魔者が消え去ったから。
しかし、菜穂には思いもがけない恐怖が迫って来ていた。
それはまさに死を意味していた。