登校
わたしのような美人のお腹にどうしてこんなに汚いウンコが入っているのかなあ。外見はもうこれ以上キレイになれそうもないから、ウンコがキューブになってバラの香りがするサプリでも飲もうかな。……そんなのないよね。と思いながら、水洗トイレに浮いているウンコを流した。毎朝思うけど、しょせんわたしも動物だ。
そうだ。わたしも動物なんだと思ったら、なんだかずっと昔に切られたシッポがあるような気がしてきた。今日もこのシッポがあると思って、一日をすごそう。トイレにすわるときもシッポを跳ねあげてからウンコをすればよかったと思った。
学校にいかなくちゃ。ドア、といっても、茶色のサッシのすれ違い戸だけど、ガラガラあけて外にでると、五月の空は晴れわたっていて、もう虫がわいていた。家のまわりを囲んでいる田んぼにはもう水が入って、いろんな虫がいる。こんなイナカに住んでいるのが、ときどきイヤになるけど、わたしが毛の短いグレーのネコなら、なんとなくイナカの方があっているのかな。マチの学校にでかけるなんて似合わないよねと思いながら、制服にたかるミドリのカメムシを払った。なんとなく背中にもカメムシがとまっている気がするから、立ち止まって目を閉じて、見えないシッポに神経を集中した。グレーと黒のシマシマのほそながいシッポが、スカートの下から出てきて、左右にゆれて背中をふわりと撫でた。シッポがカメムシをはらって、背中から飛びあがったけど、そのあと髪の毛のなかにもぐりこんだ。「イヤ!」と反射的にいって、イヌみたいにブルブルしてみる。ネコのシッポもあるけど、イヌにもなれる。わたしってスゴイ。ブルブルし終わると、雲のむこうから風が吹いてきて、顔にあるような気がする透明でピンピンつきでているヒゲにあたった。三角の耳がピクピクする。風はイヌで感じるのがいいよね。クンクン、黒い鼻先で
ゴミ出しから帰ってきたお母さんが「遅刻するよ」と言ったので、ここで変身はおしまい。目をあけて、「はーい」と返事した。二本足で歩いて、まるでヒトみたいにバス停にむかう。やっぱりお母さんの子ネコなんだと思いだしたというわけ。「戸締まり、火の用心ね」といいながら、田んぼを歩いて、今日も川にかかっている木の橋を渡った。遠くにバスがみえる。緑の田んぼに赤いバス、赤いバス停、みとれていたけど、ダッシュしないと間にあわない。バス停につくと、すぐにバスがきた。カードをタッチして、乗りこんで、一番うしろの席に向かった。シッポを跳ねて座ってみた。
「セツ子、今日もシッポかよ」と、窓際にヒジをついたカツオがからかってきた。
「セツ子っていうな」
「じゃ、なんだよ」
「カツオって、わたしが美人だから、話したいんじゃねーの」
「カンケーねーよ」
「よかったね。今日もアンジェラと話しができて」
「なにがアンジェラだ」
カツオはもう窓のそとをみている。わたしのシッポがみえるらしい。高校で一人だけだ。変なヤツ。これから二十分、県立工業高校前までねることにしようかな。化粧しなくても、わたしはクール・ビューティだしね。ネコは化粧しないし。