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Neun.艦長2

 軍人は人である。人である以上、腹は減る。そこに階級は関係ない。減る物を満たしたいと思うのは、種族を問わず生命ある者全てに共通する本能ではないだろうか。


 と変な事を考えている僕は、ヴァルトラウテの食堂の扉を開けた所で食堂に居る全員から敬礼されていた。階級が階級だから仕方が無いけど、パン屑を頬にくっ付けている乗組員達を見ると食事の邪魔をして申し訳ないという気持ちの方が強くなって来る。


 ひとまず僕も敬礼で彼らに応え、座るように促す。ガタガタと椅子が床を擦る音を聞きながらカウンターの方へ向かうと、今度は料理長らしき人がガタガタとたけししながら青白い顔で出迎えてくれた。


 頭の中を駆け巡る鈍い感覚に顔を顰めながら、無駄に畏まる料理長を宥めて夕食を受け取る。キョロキョロと空いている席を探せば、小柄な兵が大柄な兵達に睨まれて跳ねるように立ち上がり、トレイを返して走り去ってしまった。


「提督! どうぞこちらへ」

「……あぁ、うん。ありがとう」


 僕に対して全くの遠慮を見せず、やんややんやと騒がしかったヴェンデルスの食堂を懐かしみながら席に座る。あの小柄な兵は後で何とかフォローしておく事にしよう。


 そして食事を始めると、今度は周りにいる乗組員達からチラチラと視線が向けられる。特に害がある訳ではないけど、居心地が悪い事この上ない。仮面か、仮面で素顔を隠しているのがいかんのか。


「……何か用があるのかな?」


 食器を置いて問い掛けると、向けられていた視線がふいと逃げて行く。しどろもどろに「いえっ」「あのっ」「そのっ」となる定番イベントすらも起こらない。最近の若者はつれない奴らばっかりだ。


「……ねぇ君達、ちょっと聞きたい事があるんだけども」

「ハイっ! 何なりとお申し付け下さい!」

「うん、とりあえず静かに座ろうか」


 仮面の下で眉尻が下がるのを感じながらそう言うと、向かいの乗組員が見事な敬礼と共に大声で叫んだ。お蔭でまた食堂中の視線が集まってしまったのを実感しながら、小さく溜め息を吐く。


 今まで砕けた感じのおっさんおばちゃんお兄さんお姉さんという熟練の乗組員と接していたからか、どうしてもこういう硬い対応には違和感を感じてしまう。折角年齢が近いのだから、艦の中では友人のように接したいと言うのが本音だ。階級の離れ具合を見るに難しそうだけど。


 ……思考が逸れた。今は聞きたかった事を聞こう。


「士官学校ってどんな所だったのかな? 僕は現場で拾われたから、そういう所に疎くて」


 疎い、というのは嘘だ。ヴェンデルスに居た頃から学校出身の若い士官は幾らでもいたし、何度か視察に行った事もある。それどころか、今の士官学校のカリキュラムの大元を作ったのは僕なのだから、学んでいた事くらい手に取るように分かる。これはただの、会話の切っ掛けに過ぎない。


 そんな事とは露知らず、或いは気付いていても知らんふりをしてか、周りの乗組員達は争うように士官学校で学んでいた事を教えてくれた。所々に自慢が入っていたのは聞き流しておいた。


「へぇ、結構実践的な授業が多かったんだね」

「そうなんですよ! 卓上演習もやりましたし、練習船同士でペイント弾の撃ち合いもしたんです!」


 僕の目の前で興奮したように捲し立てる副砲術長のフラウエンローブ少尉。あなた、何時の間にさっきまでそこにいた筈の男性乗組員と入れ替わったんですか。


「三年生になると、自分の希望する学科を選択出来るんです! 指揮科とか、機関科とか、航海科とか、色々あったんですけど、やっぱり砲術が一番ですよね! 巨砲は正義です!」


 航空主兵論を唱え、空母と航空機の開発を進めさせた事が教科書にも載っているほど有名な僕に対して、大艦巨砲主義を唱えるフラウエンローブ少尉。せめて自分達の上官になる人の部分くらい復習しておきなよ、と言いたい。


 ……航空主兵論自体がマイナー過ぎて誰も気にしないだろうけど、という考えはしまっておこう。


「アイヒンガー君は砲術科の主席だったんですよ! 他にもラムブレヒト君は航海科の主席だったし、優秀な人ばかり集まってるんです! しかも極めつけは司令官があの仮面艦長! もー、この艦に配属されて、私、幸せです!」


 目をキラキラと輝かせたフラウエンローブ少尉は、赤く色付いた頬に手を当てて腰をくねらせ始める。目の前に仮面艦長こと僕が座っているのだけど、彼女の目には映っていない。これも名前が独り歩きした弊害か……。


 しかし、航海長と砲術長がそれぞれの学科の主席だったとなると、卒業生主席だったマンシュタイン少尉は指揮科の主席でもあったのだろう。それを取っ掛かりにしてみようと、僕はコホンと咳をしてから質問をした。


「成績優秀者が多くいるのは頼もしいね。そうなると、艦長のマンシュタイン少尉も優秀だったのかな?」


 周りの喧騒が一瞬で消えた。笑いながら話をしていた男達から表情が抜け、一部は嫌悪感を顕にする。楽しそうに笑っていたフラウエンローブ少尉は困った表情をするだけだったけど、それでも良い印象は持っていないようだ。


 あの性格を目にした時から予想はしていたけど、他の学科の人にまでこんな反応をされるとは、マンシュタイン少尉は大分嫌われているな。中将も今でこそ尊敬を集めているけど、昔は相当苦労していたらしいし、血は争えないという事かもしれない。


「あー……マンシュタインさんはそうですね……とても優秀でした、はい」


 ふらふらと目線を泳がせて周りの反応を窺っていたフラウエンローブ少尉は、何とか絞り出したといった様子でそう口にした。しかしその評価が不服だったのか、周りの乗組員達の一部から舌打ちが飛ぶ。どれだけ嫌われてんだ、あの娘。


「あんな傲慢な奴、優秀でも何でもねぇよ。成績も親の権力で教官を脅して付けさせたんだろ」

「おい!」


 何処かからそんな言葉と、それを咎める言葉が聞こえた。下士官に対する実質的な人事権を握っている僕の前でそんな事を言うと、素行に問題ありとして処罰されるのが普通なのだけど……それでももらしてしまうほど、か。


「ふふ、そうかそうか、理解したよ。それじゃあ今度は、フラウエンローブ少尉に今年一年の抱負でも聞いてみようか」

「はい……はい!? えぇっ!?」

「ほらほら、早く言わないと昇進を後回しにするよ?」


 明るい声で重い空気を払拭し、ちょうどいい場所に居るフラウエンローブ少尉(犠牲者)を生贄に捧げて話題を作る。良い具合に乗ってくれたフラウエンローブ少尉がわたわたしている内に、自然と食堂は元の雰囲気を取り戻していった。


 僕も適当に相槌を打ち、頃合いを見て席を立つ。此処にはマンシュタイン少尉の情報を集めに来ただけで、お喋りをしに来た訳ではない。艦隊司令はそこまで暇なお仕事ではないのです。


「あ、提督。戻られるのですか?」

「あぁ、うん。まだ仕事も残ってるからね」


 問い掛けに答えると、何人かの乗組員が不満そうな声を漏らす。話をした事で、大分打ち解ける事が出来たらしい。仮面の下で小さく笑みを浮かべつつ、僕は肩を竦めて見せた。


「それじゃ、御不満な方へのお詫びとして、一つ質問にお答えしましょう。はい、フラウエンローブ少尉」

「えっ? また私ですか!?」


 二度目の指名に、フラウエンローブ少尉はあたふたと慌てながらうんうん唸り始める。暫くして質問が浮かんだのか、パッと顔を明るくしたフラウエンローブ少尉が元気良く叫んだ。


「て、提督の仮面の下はどうなっているんですかっ!?」


 食堂の空気が、先とは違う意味で凍った。食事を採っていた乗組員達は、興味で目を輝かせながらジッと僕の方を見つめて来る。まぁ、気になるよね……。


 だけど、まだこの仮面を外す時ではない。僕は口元を弧の形に歪めると、片手を仮面の頬の辺りに置いた。


「それは、君達が一人前になった時に教えてあげよう。じゃ、失礼するよ」


 くいっと仮面の位置を修正し、そのまま乗組員達に背を向ける。さて、明日からの訓練は何にするか考えよう。

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