Sieben.始動
黄昏歴1675年 04月10日
中央洋南部 フライハイト本土北部 ノルデンハーフェン
その姿を見て、人々はそんな感想を胸に抱いたのだろう。
雄大。壮大。巨大。そんな陳腐な感想しか浮かばないほどに、それは圧倒的な存在感を放っていた。人々は呆然と口を開き、唯々天突く巨塔を見上げ、機械や兵装が所狭しと並ぶ鋼鉄の大地を眺めている。
緩やかな曲線を描く艦体は、凶悪な海の波を最も効率良く掻き分けるよう計算され尽くしている。立ち並ぶ兵装も、一切の無駄を許されずに効率的に配置され、巨大な塔のような檣楼はその重みで重心を安定させると同時に、様々な機能を無駄なく安全に集約する役目を担っている。
灰色一色に塗装された艦体に、華やかさと呼べる物は一切無い。美しいと思える物は何一つ乗せられてはいない。唯々武骨で、効率良く敵を排除する事のみを追求された殺戮兵器でしかない。
しかし、それは神秘性と共に確かな美しさを備えていた。山は遠目だからこそ美しく見えるように、その計算された殺戮兵器は、離れた場所からはとても美しく見えた。まるでそれすらも計算に入れて造られたかのように。
国防軍を率いる最高司令官も、各方面で名を馳せる偉人も、予算に苦しむ大臣も、囃し立てるのが仕事の記者も、その他の異様な姿を初めて見た者は皆等しく思考を停止させ、その巨体を隅から隅まで舐め回すように目を泳がせている。
今は平然としている僕も、初めて目にした時には同じような反応をした。圧倒的なその姿に言葉と思考を奪われ、ただひたすらに眺めていた。その経験が無ければ、今頃はあの人達と同じように呆然としていたに違いない。
「総員、敬礼ッ」
号令を掛けると、僕の背後に並ぶ新米士官や兵士達が一斉に敬礼する。新設される艦隊とは言え、第一艦隊に所属する艦とは比べ物にならないほど巨大な艦を運営する分、乗組員の数も多い。軍靴が地面を鳴らす音が、かなり大きく聞こえた。
「我らフライハイト国防海軍第二艦隊、国の盾となり矛とならん! 祖国に栄光を!」
「「「 祖国に栄光を! 」」」
「総員、直れッ。艦へ移動、持ち場に着けッ!!」
号令に従って一斉に駆け出した乗組員達が、整然と列を作って目の前の戦艦のタラップや近くで待機しているバスへと駆け込んで行く。僕も列の一つを率いて、戦艦の艦橋に一番近いタラップへと駆け出した。
え? 結成式? もう終わったよ?
艦隊司令や艦長が指揮を執る場所である艦橋は前檣楼の下部に置かれている。そのお蔭かは分からないけど、艦橋内部にある戦闘・艦隊指揮所は比較的広さに余裕があり、それを生かして様々な管制設備が集約されていた。所謂艦橋の中に発令所があるアメリカ式に近い物だ。伝声管で連絡を取り合っていたヴェンデルスとは根本的に違う。
ちなみに何故そんな場所に置かれたのかと言うと、単に艦隊司令や艦長の身の安全の為だ。檣楼上部に艦橋があると、装甲が厚く出来ずに問題があるとされたのだ。代わりに上部には魔導探知機やら何やらが詰め込まれているので、急所である事には変わりない。
そんな恵まれた艦橋に詰めるのは、まず司令官=提督である僕ことカイト・グデーリアン少将。次に将来の参謀候補であり、艦長であるエリカ・L・マンシュタイン少尉。そして普段は魔導レーダーの管制等を行う第二艦橋に詰める事になっている副艦長のルドルフ・E・プロイス少尉だ。
ってかマンシュタイン少尉、本当に此処に配属されたのか……うん、まぁ成績的には妥当なのかな?
そして航海長のラムブレヒト君、砲術長のアイヒンガー君、庶務長のクレンクさんが此処で各所の指揮を執る事になる。他にも、その補佐や別の箇所の指揮をする副航海長レーベル君、副砲術長フラウエンローブさん、副庶務長ゲルスターさんが詰めている。
他にもそれなりの人数が詰めているけど、紹介は省く。階級は各長含め、全員少尉。
……艦橋要員なのに全員少尉ばかり……確かに今までの艦とはコンセプトが違うけど、流石に全員を士官学校の今期卒業生の成績上位者にするのは暴挙じゃないかな……せめて艦長は本職にして欲しかった。
まぁ、人事権を握っているのはデーニッツ元帥を含めた国防軍のお偉いさん方とその幕僚、後はヒンデミット総統くらいなので、ただの少将である俺に口を挟む権利は無い。出来るのは、この面子を何とか成長させる事くらいだ。
全員俺より一歳年上だけどな! HAHAHA!
さて、その鼻っ柱が高そうなエリート達は、仮面を被ったまま入って来た俺を値踏みするように見つめて来る。此処で僕の能力を見極めて、従う価値があるかどうかを確かめる気だろう。若い奴が上官になった時特有の珍しい反応だ。怖い。
と、そんな事を言っていても始まらないし、今後に支障が出てしまう。此処はビシッと決めて、仮面の提督としての威厳を出さねばならない。
「総員傾注」
最初から集まっていた視線が、完全に僕の顔に集まる。新品の軍服に身を包み、目をギラギラと輝かせる様は正に幼獣。修羅場を知らない、まだ幼く未熟なライオンの子供。
僕は彼ら一人一人に顔を向け、その眼の中を覗き込む。離れた場所からでも、彼らが一瞬ピクリと肩を震わせたのが分かる。その反応に内心でニンマリと笑いつつ、僕は艦隊司令としての最初の命令を下した。
「これより我が艦隊は、慣熟航海を開始する。今までに学んだ事を再度確認し、状況に応じて変化させつつ行動する事。一ヶ月後から始まる本格的な任務で戸惑う事のないよう、各々全力で励むように」
「「「 了解!! 」」」
肩を震わせていた乗組員も、全く迷う事無く素晴らしい返答をした。上昇志向があってよろしい。それでこそ、虐めが――鍛え甲斐がある。うん。
「よし、出港するよ。全艦に通達、ノルデンハーフェンの北方、沖合十五キロで集合」
「了解。クレンク少尉、各艦に指示を通達! ラムブレヒト少尉は機関と舵の確認を。他は異常が無いか入念にチェック! 副砲には空砲弾を装填しなさい! 手空きの者は甲板に整列ッ!」
「炸裂魔導機関始動準備!」
「各部点検! 異常は無いか!」
「副砲、空砲弾装填!」
流石はマンシュタイン中将の娘さんと言うべきか、素早く己の為す事を理解して各部署に的確な指示を飛ばしている。五年間艦長を務めていた僕から見ても十分に思えるほどだ。若干他の乗組員に敵意を向けられているのが気になるが、そこは僕の役目か。
「炸裂魔導機関始動! 動力接続準備!」
「全乗組員配置完了、各部異状無し!」
「空砲弾装填完了! 砲塔右三十五へ旋回、砲身上げ!」
「機関回転数上昇、ギア切り替え! 何時でも行けます!」
「了解! 提督」
発進準備が終わり、マンシュタイン少尉が確認するように僕に目を向ける。だけど、目はキラキラと期待に輝いていて、何をしたいのかは丸分かりだ。全く、子供らしい。
微笑ましい少尉の様子に、僕は仮面の下で苦笑しながら頷いた。
「よし。動力接続!」
「動力接続……正常動作を確認!」
「抜錨ッ! 前進微速、ヴァルトラウテ発進!!」
「了解! 抜錨、前進微速!」
ラムブレヒト君の手がレバーを操作して暫くすると、周りの景色が――いや、ブリュンヒルデ級戦艦の二番艦、ヴァルトラウテの巨大な艦体が動き始める。今までの物とは全く違う新型の機関は、無事に作動したようだった。
「空砲、撃て!」
「了解、空砲発射!」
直後、再びの指示によって、高く掲げられた三連装五十口径E型VFFV砲四基十二門が爆音を轟かせる。それはまるで、この艦隊の門出を祝う者の叫び声を集めたようだ、と僕は思った。
以降は隔日更新になります
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