Drei.パーティー
「祖国に栄光のあらん事を。乾杯!」
「「「 乾杯! 」」」
高級レストランのホールの上段に立ったヒンデミット総統の音頭に合わせ、グラスを持った軍人達が乾杯を唱和した。その中で唯一仮面を付けている僕も、同じようにグラスを掲げて乾杯する。第二艦隊設立記念パーティーと称した軍人交流会の始まりだ。
……とは言ったものの、大体の軍人は派閥を組んでいるので、それ以外の軍人とはあまり交流をしない。挨拶程度は交わすけど、その後には自分の権益を増大させる為の壮大な舌戦が始まってしまう。
斯く言う僕もとある派閥に属しているんだけど、軍人としての基本技能である舌戦が物凄く苦手なので、パーティーの時はその派閥に属する人の金魚の糞になる事にしている。これは派閥の人に迷惑を掛けない為の正当な行動なので、嫌味を言われても流しましょう。
そして、今日の金魚は御存じ長髪ブロンドの森人のお姉さん、エデルガルト・A・レーダー大将。最近の悩みは部下が中々言う事を聞いてくれない事らしい。
レーダー提督は他の派閥との交流を滅多にしないので、糞をしているのも大分楽ちん。それに、互いに今日の主役でもあるので一緒に居て咎められる事もない。メリットしかないね。
「ではカイト。逃げるとしようか」
「そうしましょう。将軍達も上手く避難所を作ってくれているようですし」
さて、もたもたしていると逃さないとばかりに目をギラギラさせている他派閥の軍人に囲まれてしまう。早めに自派閥の軍人に囲まれに行かないと。
僕とレーダー提督はササッとその場を離れ、自派閥の軍人達が固まっている所へと向かう。僕達を迎えてくれた軍人達は、サッと周りを囲んで他の派閥の軍人が近寄れないようにしてくれた。
「よぉう、エーデ。それにカイト。ついに将軍にまでなりやがって」
真っ先に僕達を迎えてくれたのは、ワイルドな平人のおっさんは、国防陸軍うんとか師団長のヘンリック・W・グデーリアン少将。最近の悩みは、陸戦が無い所為で影が薄くなっている事だそうだ。
ちなみにこの人、僕の義父でもある。二代前からこの国に住んでいないと士官になれないという法律があるので、それを誤魔化す為に総統命令で同じ平人で黒髪のグデーリアン少将と親子であるという事になったのだ。
「ふん。青二才がよくそこまで出世したものだ」
ツンデレ臭い事を抜かしているのは、銀髪の狼人の国防陸軍うんとか軍団参謀長のエトガル・L・マンシュタイン中将。最近の悩みは娘が振り向いてくれない事だとか。そりゃ娘さんもいい年してるらしいからなぁ。
「お久し振りです、レーダー提督にグデーリアン提督」
にこやかな笑みを浮かべているのは、ふさふさの狐耳が魅力的なエルマー・J・ロンメル大佐。最近の悩みは女性にわっしょいわっしょいされる事らしい。ケッ、禿げろ。
と、さっきから何でもないように説明を入れているけど、この三人、陸軍の中でも屈指の実力者達だ。多分この三人が消えたら、陸軍は三年くらい有能な指揮官の不足に悩まされるんじゃないかと思う。
そしてこの三人に加え、僕とレーダー提督を含めた五人がこの派閥――現状を維持して確実に現状を脱しようとする保守派の主要メンバーだ。他にも総統を中心にしている総統派と、急速な軍拡で速やかに現状を脱しようとする急進派が存在している。
急進派のトップはフーベルトゥス・L・ハイムゼートと言って、事あるごとに突っ掛かって来る嫌なおっさんだ。レーダー提督やグデーリアン少将からは、ちょっとでも隙を見せると失脚させようとして来るから近寄るなと言われている。
特に僕は、本当はこの国の出身ではないという弱点を抱えているので、絶対に隙を見せる訳には行かない。ヒンデミット総統は庇ってくれるだろうけど、それでも致命的な弱みになってしまうのは間違いないし。
「それにしても、たった五年で少将か。カイト、お前今幾つだっけ」
内心で心を入れなおしていると、グデーリアン少将が感慨深そうに言った。年齢を問われた僕は、最近忘れがちな年を数える。
「二十です。異例中の異例でしょうね、この昇進」
「異例どころではないわ。俺でさえこの地位になるまで三十年掛けたんだぞ」
苦笑しながらそう言うと、マンシュタイン中将が鋭い牙を剥き出しにした。天才と持て囃されているマンシュタイン中将ですら将官になるのに三十年、対して僕は五年。確かに異例どころじゃない。
さりげなくマンシュタイン将軍から距離を取りながらふむふむと頷くと、隣からレーダー提督が口を挟んだ。
「海軍は五年前のアレで人員の殆どを失ったからな。優秀な奴は若くても使わざるを得ない」
「五年前……ケーダー作戦か」
一転して神妙な表情になったグデーリアン少将が呟くと、マンシュタイン中将がピクリと耳を震わせてジョッキを置いた。ロンメル大佐も同様に表情を曇らせ、僕も眉を顰める。
囮作戦。東大陸で覇権を争う二国の内、同盟国である東側の天津国に遠征軍として派遣されていたルントシュテット大将率いる十三万の兵が、コンケート国の電撃的侵攻によって包囲された事で発動された作戦だ。
島国であるフライハイトにとって、十三万もの数の大戦力は途轍もなく貴重な物。それを失わない為に、海軍の意地と誇りに掛けて、全力で陸軍を救出するという作戦だった。
当時存在した第一艦隊から第四艦隊の内、僅かな守りを残して残りは全て作戦に参加した。指揮官は当時の海軍総司令ティルピッツ元帥。レーダー提督も、この時は大佐として戦艦ヴェンデルスの艦長となり、作戦に参加した。
投入された戦力は、戦艦十二隻、巡洋艦四十七隻、駆逐艦百二十五隻の空前絶後の大艦隊。彼らはコンケート艦隊を打ち倒し、無事にルントシュテット大将旗下の兵を救出――とはならなかった。
「私は陸畑の人間だから詳しくは分からんかったが……あれは凄まじかった」
当時からルントシュテット大将の参謀として活躍していたマンシュタイン中将がポツリと呟く。実際に海戦に参加していたレーダー提督も、それに同意するように頷いた。
「まさかコンケートが此方以上の艦隊を繰り出してくるとは思っていなかった……」
フライハイトの大艦隊に対し、コンケートも大艦隊で対抗した。戦艦二十二隻、巡洋艦八十八隻、駆逐艦三百二十七隻――フライハイトに技術で劣るコンケートが、後顧の憂いを数で断とうと国中の艦を集結させた結果だった。
二つの国の艦隊は決戦を行い、結果としてフライハイト艦隊はほぼ壊滅。レーダー提督の乗る戦艦ヴェンデルス以下二十隻を除いて、全ての艦が優秀な軍人と共に海へと消えた。
その被害は想像に難くない。フライハイト国防海軍の戦力は殆ど消滅し、何とか建て直しても指揮する人間がいない。それどころか、総司令であるティルピッツ元帥が戦死した事で、中央からの指令も満足に行き届かなくなった。
「あの時は本当に大変でしたね」
「あぁ。本当にな」
僕が苦笑いを浮かべながら呟くと、今まで僕達を囲んでいた人垣が割れて一人の狼人の軍人が姿を現した。