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Zwei.任命

 黄昏歴1675年 03月27日


 戦艦三、巡洋艦十五、駆逐艦四十三を誇る大規模なコンケート艦隊がフライハイト東方の玄関口であるシルティンセル島に接近した事で勃発した海戦は、フライハイト国防海軍第一艦隊の圧倒的勝利で終結。コンケート艦隊は主力たる戦艦三隻を全て失い、第一艦隊はほぼ損害無しで勝利した。


 この時、フライハイト国防海軍第一艦隊の総戦力は、戦艦一、巡洋艦二、駆逐艦一二。三倍以上の開きがあったにも関わらずに見事勝利を収めた彼らを労うべく、ヒンデミット総統は第一艦隊司令のE・A・レーダー提督と、旗艦ヴェンデルス艦長K・M・グデーリアン大佐を詔勅し、叙勲する事を発表した。


 エデルガルト・アーデルハイト・レーダー中将(森・73)


 第一艦隊司令。五年前の囮作戦では、現在の第一艦隊旗艦である戦艦ヴェンデルスの艦長を務め、卓越した指揮で見事に生還。その後は再編された艦隊の司令として活躍し、今までに八回の侵攻を寡兵で跳ね返している。


 カイト・ミズノ・グデーリアン大佐(平・不明)


 第一艦隊旗艦ヴェンデルス艦長。仮面で素顔を隠した謎多き艦長であるが、その能力はレーダー中将をして「素晴らしい」と言わしめるほど。総統からの信頼も篤く、近々昇進するのではないかと噂されている。






---






 以上、今朝の新聞記事からの抜粋。


「僕達は叙勲の為だけに前線から引き戻されたんですか」

「指揮はチリアクス中佐に任せているから問題ないだろう。あまり過保護なのも良くないぞ?」


 第一艦隊の母港があるシルティンセル島から離れた本土、その中央にある首都グロスベルクの総統府へと向かう車の中で、僕は新聞を畳んだ。その様子を見て、隣に座るもう一人の受勲者、レーダー提督が苦笑する。


 ちなみに、新聞の名前の横にある括弧の中にある森とか平とかの文字は、その人物の人種を表している。森と付いていれば森人で、平と付いていれば平人という具合だ。他にも土人や獣人、天人などが存在している。


 各人種の特徴を超簡単に分かりやすく説明すると、平人は普通の人間、森人はエルフ、土人はドワーフ、獣人はケモミミ尻尾付きの人、天人は翼の生えた人となる。つまりレーダー提督はエルフなので、七十三歳でもとてもお若く見えますはい。


 閑話休題。


「まぁそうですけど……」


 確かに参謀長とヴェンデルスの副艦長を兼任しているオスヴィン・C(クレーメンス)・チリアクス中佐は有能だし、信用している。だけど、あぁも乗組員達が我がままだと不安で仕方が無い。今頃、ヒャッハーとかしているかもしれない……うっ、胃が。


「フフッ」


 僕が胃を抑えて呻いていると、レーダー提督が笑い声を漏らした。


「何がおかしいんですか」

「いや……五年も軍人をしていると、例え訓練を受けていない一般人でもこうなるのだな、と思ってな」

「……まぁ……そうですね」


 確かに、僕は五年前まではこんな事を考えた事など無かった。戦争など無縁な場所で、普通に学校へ通い、普通に生活し、偶にミリタリー関連の事を調べて悦に浸るだけの中学生だった。


 そんな生活も昔の事。今の僕は軍人になって、画面や写真の向こう側にしかなかった筈の戦場で人の命を奪っている。それも元居た日本や地球では無く、魔法技術が発展した近代風の異世界で。


「……大丈夫か?」

「問題ありませんよ」


 心配そうな提督に応えながら、顔面を覆う仮面を外す。二十歳という軍人としては若過ぎる顔を隠す為の仮面も、最初こそ違和感しかなかったが、今では無いと落ち着かなくなってしまうほど馴染んだ。


 人とは慣れる生き物だ。どんなに忌避していた物でも、それが当たり前にある環境に身を置かれれば慣れてしまう。軍人としての生き方も、上官としての振る舞いも、指揮も、仮面も、戦争も。


「あまり大丈夫そうには見えんな。どれ」

「わっぷ!?」


 ちょっとシリアスな空気に浸っていると、レーダー提督にギュッと抱きしめられた。正直、滅茶苦茶美人な提督に抱きしめられるのは嬉しいけど、勲章が押し付けられて痛い。あと胸が無くて硬い。


 そんな事を考えながらもがいていると、口の中に何かを押し込まれた。


「ふむぐっ!?」

「あまり考えすぎるのも良くない。総統府までゆっくり眠っているんだな」


 て、提督……だからって即効性睡眠剤を飲ませるのはどうかと……。






---






「総統府へようこそ、レーダー中将にグデーリアン大佐」


 厳つい石造りの総統府で僕(仮面付)と提督を迎えてくれたのは、ループレヒト・W(ヴォルフラム)・ホフマン副総統閣下。忙しい中、わざわざ出迎えに来てくれたらしい。


「お久し振りです、副総統閣下」

「あぁ。実に七ヶ月振りだな。変わりないか」

「お蔭様で」


 知己であるホフマン副総統とレーダー提督が会話をしている間、僕は直立不動の体勢で敬礼をし続ける。少しばかり疲労は溜まるけど、副総統閣下のようなお偉いさんと話すのはもっと疲れるので暇な事を除けばそこまで苦ではない。


「では付いて来てくれ。総統がお待ちだ」

了解(ヤー)


 隣で退屈している僕に気を使ってくれたのか、ホフマン副総統は早めに話を切り上げてくれた。内心でありがたやと拝みながら提督と一緒にホフマン副総統に続き、総統府の中に入る。そのまま最上階にある総統室まで真っ直ぐに向かい、その扉をホフマン副総統が扉をノックした。


「総統閣下。エデルガルト・レーダー中将及びカイト・グデーリアン大佐をお連れしました」

「入れ」

「「 失礼します 」」


 中から低い声が返って来たのを確認し、ホフマン副総統が扉を開けて入るように促して来る。それに従って総統室に入ると、眼鏡を掛けた神経質そうな森人の男性が立ち上がって迎えてくれた。フライハイト国元首、ヒンデミット総統その人だ。


「よく来てくれた、レーダー中将、グデーリアン大佐」

「ハッ。総統閣下も御壮健そうで何よりです」


 淡々と話すヒンデミット総統に敬礼をして、対応をレーダー提督に任せる。元々が小市民である僕に、国家元首である総統閣下の相手をしろとか無理なんですよ。その点、生粋の軍人で対応も慣れている提督なら、僕の分までしっかりやってくれる。正にレーダー提督様々です。


「艦隊はどうだ。何か不都合はないか?」

「現状は問題ありませんが、やはり戦力が絶対的に足りません。鼠共が何時戦法を変えて来るかも分かりませんし、早急に拡充が必要かと」

「その点に関しては心配いらん。今日は叙勲の他にその事もあって君達を呼んだのだ」


 そう言うと、ヒンデミット総統は何時の間にか部屋の中へ入って来ていたホフマン副総統から箱のような物を受け取り、蓋を開けた。そして軽く髪を撫で付けると、中身を見えるようにしてレーダー提督に箱を差し出す。


「エデルガルト・レーダー。本日付で貴殿を大将へと任じ、青銀宝杖付桜花章を授ける」


 青銀宝杖付桜花章は、現在の戦争が始まってから制定された、上から三番目に凄い勲章だ。今までに授与されたという話は聞かないから、多分レーダー提督が最初の授与者だろう。これは今夜打ち上げだな。


「国家の為、身を砕いて貢献致します」

「うむ。第一艦隊に補充も回した。以後も頼む」

「祖国に栄光を」


 心なしか、目が潤んでいるように見えるレーダー提督が敬礼してそれを受け取れば、今度は僕の番だ。レーダー提督が略式で青銀木蓮章という下から二番目に凄い勲章を授けてくれた時とは違って、今度はヒンデミット総統閣下直々の授与だ。少し緊張する。


「カイト・グデーリアン」

「ハッ」


 ホフマン副総統から勲章の入った箱を受け取り、髪を撫で付けたヒンデミット総統が僕の前に立つ。流石に国一つ背負っているだけあって、威圧感が半端ない。小市民の僕には刺激が強すぎる。帰りたい。


「本日付で貴殿を少将へと任じ、黄金木蓮章を授ける。同時に第一艦隊旗艦ヴェンデルス艦長の任を解き、新設される第二艦隊司令への異動を命じる」


 …………ほわっつ。


 これ、拒否したら極刑物だよね。拒否権無いよね。絶対に司令とかやりたくないけど、断れないよね。目の前の総統の鋭い目がそう言ってるよ。うん。


「……国家の為、身を砕いて貢献致しマス」

「うむ。大変だとは思うが、貴殿以外に適任な者がおらんのだ。すまないが、よろしく頼む」

「祖国に栄光を!」


 滅茶苦茶急ではありますが、このカイト・ミズノ・グデーリアン、提督になって艦隊を預かる事になりました……。

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