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Achtzehn.フライハイト本土北方沖海戦5

「観測員は何をしていたァ―――ッ!!」


 恐慌状態に陥った乗組員達の悲鳴が艦橋を埋め尽くす中、マンシュタイン少尉の罵声が飛ぶ。しかしそれを咎める間も惜しいほどに、敵戦艦――オラージュはすぐ傍まで迫って来ていた。


 この距離で普通の回避行動を取っても、間に合わずに衝突されるという事をカイトは理解していた。例え砲撃で無力化したとしても、慣性だけで衝突される。そして戦艦という超巨大質量に対して、魔導障壁は何の役にも立ちはしない。


「魔導噴進機関解放、全機関出力最大! 回避行動ッ!!」

「了解ッ!!」


 即座に決断を下したマンシュタイン少尉の命令で、艦尾に緊急機関として搭載されている艦船用大型魔導噴進機――旧弩級戦艦に搭載されている大出力機関が解放される。しかし、ヴァルトラウテの排水量は七万トンに迫るほど巨大だ。回避出来るほどの急加速は不可能だった。


 それでも加速しながら取り舵を切れば回り込めるかと誰もが期待したが、この角度と速度ではやはり躱し切れない。艦首を抉られるか、艦尾をへし折られるかの僅かな違いだけだった。


「せめて……せめてもう少し外側に艦を動かせれば……ッ!」


 マンシュタイン少尉がギリギリと歯を軋ませ、オラージュを鋭く睨み付ける。彼女の言う通り、少しでも艦を外側に動かす事が出来たならば、被害を劇的に抑える事が出来ただろう。少なくとも、航行不能状態に陥る事はない。


 しかし、船は前方にしか進めない。舵で方向を変える事は出来ても、左右に移動するのは不可能だ。厳密に言えば不可能ではないが、普通の艦はそんな非効率な方法を取る為の手段を切り捨てている。


 左舷側に向いている主砲を全て発射すれば、反動で多少は動くかもしれない。しかし、衝突までに発射するのは至難の業だ。そして、副砲や対空砲では絶対的に反動が足りない。


 カイトは必死に頭を巡らせる。回避するにはどうすれば良いのか。何か状況を打開出来る物はないのか。あのノートに何を書き込んでいたのか。


「……航海長! 左舷側の噴進器の出力を全開に! 全部だ!!」

「りょ、了解ッ!!」


 艦首と艦尾の両舷に装備されている旋回補助用魔導噴進器は、その名の通り旋回の補助をする為の機関だ。本来は艦首と艦尾で左右反対に噴かす物だが、艦首艦尾共に左舷側を噴かせば、右舷方向への大きな推進力となる。


 ラムブレヒト少尉の手によって機器が操作され、艦首と艦尾の噴進器が唸りを上げる。次の瞬間、ヴァルトラウテの艦体が右に傾き始めた。比較的小型とはいえ、艦の機動を司る装備の一つである。出力が桁違いに高い上に左舷側に偏っている所為で、艦のバランスが崩れかけているのだ。


「くっそぉ……このままでは転覆します……ッ!!」

「左舷タンク注水! 無理矢理で良い、何が何でも復元ッ!!」

「了解……ッ! 左舷タンク、注水ッ!!」


 すぐに艦体復元用のタンクに注水させ、左舷側の重量を大きくする事でバランスを保つ。下手をするば左に傾いて転覆する危険があるが、今はその危険を冒してでも艦を水平に保ち、横方向の推力を最大限に生かさなければならなかった。


 タンクの弁が開いて海水が流れ込み、傾いていた艦体が元の角度を取り戻す。右方向への推力を最大限生かせる状態を維持したまま、艦は針路を左へと変えて行く。障壁を一瞬で霧散させた敵戦艦の位置は最早目前、後数秒もしない内に横を通り過ぎる――或いは衝突する。


「総員、衝撃に備えェ―――ッ!!」


 マンシュタイン少尉の怒鳴り声に従い、全員が悲鳴を上げながら近くにある物に掴まる。しかし、一段高い所にいるカイトとマンシュタイン少尉の近くには、掴めそうな物が全くなかった。背後に提督席と艦長席があるけが、掴みに行くのは間に合いそうにない。


「しくじった……」

「ですね……」


 二人が呟いた瞬間、耳を劈く雷のような音と共に激震がヴァルトラウテを襲う。何にも掴まっていなかったカイトとマンシュタイン少尉は一瞬でバランスを崩し、紙切れか何かのように吹き飛ばされる。


 咄嗟に伸ばされたマンシュタイン少尉の手がカイトの服と絡まり、二人は縺れ合うようにして壁に叩き付けられた。カイトはマンシュタイン少尉と壁に挟まれ、肺の中の空気を押し出される。まともに呼吸が出来ない上に、後頭部を酷く打ち付けたようで目の前が暗く見えた。


 それでもカイトは、意識を失う前にと無理矢理空気を確保し、全力で叫ぶ。


「撃てェ―――ッ!! 沈めろォォ―――ッ!!」


 今まで大声を出した事はあっても、一度も声を荒げた事のないカイトの絶叫に従い、ヴァルトラウテの左舷側にある火砲の全てが炸裂音を轟かせる。主砲、副砲、対空砲、機銃――しかし衝角攻撃によって傾いていた事もあり、対空砲や機銃は兎も角、主砲と副砲から放たれた砲弾は無情にも上空へと尾を引いて行く。


 しかしその二種より劣るとはいえ、対空砲弾や機銃弾にも装甲の薄い場所を貫通する力はあった。次々と吐き出される鉄塊が敵戦艦の体を食い破り、中身をズタズタに引き裂いて爆発を引き起こす。


 だが、それは決定打とは成り得ない。やはり大火力をぶつける事が出来なければ、戦艦は中々沈まない。それを理解しているヴァルトラウテの乗組員は、すぐに主砲弾を装填してオラージュに狙いを付けようとする。


「提督……ッ! 被害状況の確認と応急修理を急ぎなさい! 左舷タンク排水、旋回補助用魔導噴進器及び補助機関停止、舵戻せ! 砲術長、確実に仕留めなさい!」

「「 了解ッ!! 」」


 気絶したカイトを気遣いながら、マンシュタイン少尉が矢継ぎ早に指示を飛ばす。それに応えてラムブレヒト少尉とアイヒンガー少尉が各所に指示を出し、命じられた任務を遂行しようとする。


 その指示通りに轟いた一際巨大な爆裂音と同時に、敵戦艦の艦尾の装甲が滅茶苦茶に捲れて火を噴いた。しかしそれすらも決定打にはならず、敵戦艦は激しく炎上しながらも加速して逃走を図っている。


 ヴァルトラウテ側も決して逃がすまいと、装填を終えた主砲が敵戦艦の急所へその矛先を向ける。そして確実に敵を仕留めんとする一撃がいざ発射されようとした瞬間、敵戦艦を睨み付けていた第二艦隊の乗組員全員が驚愕に目を見開いた。


「敵が……消えた……?」

「そんな馬鹿な! 敵は何処かにいる、探せ!」


 観測員以外にも、屋外を観測出来る状態にある乗組員全員が目を皿のようにして海上を見渡す。しかし海上には先程まで炎を噴き上げ、煙を立ち昇らせていた敵戦艦の姿は影も形もなく、ただ撃破された艦艇の残骸だけが浮かんでいるだけだった。


「幻……じゃないよな……?」

「そんな訳ないだろ……」


 誰もが困惑して顔を見合わせる中、マンシュタイン少尉は一人黙考する。何故、観測員は目立つ敵戦艦の接近にギリギリまで気付けなかったのか? 何故、敵戦艦は突然姿を消したのか? 何故、敵戦艦は対空砲弾や機銃弾程度なら防げる筈の障壁を展開していなかったのか?


 答えはすぐに出た。魔導だ。何らかの大規模魔導装置を使って、奴は誰にも気づかれずにヴァルトラウテに接近し、目の前で姿を消して見せたのだ。


「レーダー、敵戦艦は!?」


 即座に視界範囲外の敵の存在をも探知する魔導レーダーに何か映っていないか確認するものの、周辺五十キロ圏内にそれらしき姿はないとの答えが返って来た。同時に、敵の姿が見えなくなると同時にレーダー上からも姿を消した、という情報も入って来る。


 つまり敵は、行動可能なままあらゆる手段の観測から逃れたという事になる。そしてそれは、速力に劣るフライハイト艦隊からほぼ確実に逃げ遂せたという事を示していた。



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