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siebzehn.フライハイト本土北方沖海戦4

 此方に近い敵艦から順に、次々と水柱が立ち昇る。砲弾と比べて大きい分破壊力も高い魚雷が命中した時特有の現象だけど、その数は尋常ではないほどに膨れ上がっていた。


 鮫が指し示すのは、GSi識別式魔導誘導魚雷。魔力を捉えて発信源に突っ込んで行く、地球の音響誘導魚雷を元に開発された魚雷だ。敵味方を識別する魔波識別装置が大きすぎで射程を圧迫し、僅か五千メートルの距離でしか使えない魚雷だけど、勝手に近付いて来てくれる艦隊突撃とは相性が良い。


「魚雷命中、多数!」

「敵戦艦の舷側に巨大な破孔を視認!」

「全敵巡洋艦の破壊を確認! 急速に沈んでいます!」

「沈没中の敵駆逐艦が発砲……が、命中せず!」


 途端に増えた報告に忙しなさを増す艦橋は、しかし喜びの熱気に包まれている。何時もはお堅いマンシュタイン少尉ですら例外ではなく、口元が僅かに綻んでいる。


「気を抜かない! 無傷の艦艇に攻撃を集中!」

「ハッ! 申し訳ありません!」


 少しばかり気が緩み過ぎているので、一喝して空気を引き締める。まだ駆逐艦は多数残っていて、凄まじい速度での突撃を継続しているんだ。鮫は一斉射分しか積み込まれていない筈だし、油断は出来ない。


「集計出ました! 行動可能な敵艦は、駆逐艦十二のみです!」

「敵艦急速に接近中! 安全距離まで残りおよそ四十秒!!」

「拙いな……」


 予想以上に敵艦が残っている。もしかしたら、魚雷が同じ敵艦に引き寄せられて上手く数を減らせなかったのかもしれない。


 残り四十秒で発射出来る砲弾の数を考えると、全ての敵艦を行動不能にするのは決して不可能ではない。距離は既に偏差射撃が必要ないくらいに縮まっているし、猶予も十分にある。


 これが戦闘慣れした熟練の乗組員であれば、何の心配もする事はない。しかし新兵だと、目の前まで迫って来る敵艦に恐慌状態になったりするかもしれない。それほどまでに、真っ直ぐ突っ込んで来る巨大な鉄の塊という物は恐ろしい。


 囮作戦の時に至近まで突撃された時、僕は容赦なくチビって恐慌状態になった。他の乗組員がそうなったとしてもおかしくはない……。


「……不安ですか? 提督」

「いや、まぁ、うん」


 指揮を飛ばしていたマンシュタイン少尉が、チラリと僕の方を見て質問をする。それに答えると、彼女は「ご安心を」と言って笑みを浮かべた。


「この程度、練習コルベットで練習巡洋艦の突撃を回避する訓練に比べれば何という事はありません」

「…………」


 ……いや、うん、こんな世界だから対策はしてるんだろうという事にしておこう。例えその体積差が十倍以上あるとしても、僕は何も言うまい。その辺りを決めるのは教官なのだから。


 だけど、そんな厳しく激しい訓練を乗り越えた彼らなら問題はないだろう。後は戦況の推移を見守りつつ、随時指揮をするだけだ。


 とうとう激しい砲火を潜り抜けた駆逐艦が三隻が安全距離を突破し、真っ直ぐに展開された陣形の中へと突撃して来る。目標は恐らく、シュタールレーゲンとフランメクヴェルの二隻。


 ……突破して来たのは称賛に値するけど、そう簡単に行かせないよ。


「自由回避運動を許可! 全艦、方位〇四〇へ一斉回頭!」

「了解! 方位〇七〇へ回頭!」


 ヴァルトラウテの巨大な艦体が回転し、同時に速度を上げる。後方の艦も次々に左へと舵を切り、ヴァルトラウテとシュタールレーゲン、アイゼンフルートを先頭に、敵駆逐艦を囲い込む網を作り上げる。


「全火砲、自由発射!」


 そして始まったのは、魔導による小型化が実現した過剰火力による蹂躙――鉄の暴風とまではいかないものの、目に痛いほどの砲弾や機銃弾が三隻の駆逐艦目掛けて殺到する。


 瞬く間に蜂の巣もビックリなほど穴だらけになった駆逐艦は、所々から黒煙や炎を噴き上げながらもなお前進する。一隻はヴァルトラウテの主砲弾を三発受けて半分沈んでいるにも拘わらず、なお機関の出力を上げて前進しようとしている。


 その一隻は艦首が海の下に隠れると同時に失速し、もう一隻も完全に復元力を失って転覆する。しかし残った一隻は未だに健在で、尖った衝角をシュタールレーゲンの艦体に突き立てようと進撃している。


「敵駆逐艦、シュタールレーゲンへの直撃軌道へ乗ります……!」


 緊張感に満ちた報告と共に、乗組員達の視線がただ一点へと釘付けになる。味方艦を巻き込まぬよう砲撃を停止した艦隊の中で、唯一熾烈な砲火を浴びせているシュタールレーゲンと、その砲撃を一身に受けながらも止まらない駆逐艦に、全員の注目が集まっている。


 そして艦隊に所属する大多数の人々が見守る中、障壁と衝角が接触し、障壁展開装置が激しく閃光を放つ。強大な圧力に晒されている障壁は、過剰な負荷によってすぐにでも霧散してしまうだろう。駆逐艦を抑える事が出来る時間は、ほんの少ししかない。


 その魔導障壁が稼いでいる貴重な猶予を逃さず、シュタールレーゲンは急速に回頭する。回避する事は敵わずとも、今も浅い角度で食らいついている駆逐艦の咢を装甲で受け流そうと、角度を付ける。


 次の瞬間、障壁展開装置が一際眩い閃光を放つと同時に障壁が消滅する。導材の許容量を超える程の魔力が消費され、障壁を維持出来なくなったのだ。駆逐艦の道を阻むものは、最早何も存在しない。


 ――分厚い装甲に守られた艦橋の中まで、鋼鉄を引き裂く甲高い音が響いた。


「敵駆逐艦、シュタールレーゲンに衝突!」

「分かってるわよ! 庶務長、状況報告!!」

「は、はい!」


 分かり切った報告をする観測員に怒鳴ったマンシュタイン少尉が、クレンク少尉に命令を下す。即座にシュタールレーゲンと通信を繋いでいるけど、向こうも大分混乱しているらしく、戸惑ったようなやり取りが成されている。


 その間に、僕達は衝角攻撃を仕掛けた駆逐艦の方を警戒する。シュタールレーゲンから離れた瞬間に再開した激しい砲撃を受けた駆逐艦は、無残な姿になって沈んで行った。敵艦隊はこれで殲滅された事になる。


 しかし、被害の程度によってはまた火砲を使う事になってしまう……そう思っている内に、シュタールレーゲン側の状況が確認出来たらしい。ホッとしたような表情のクレンク少尉が振り返り、報告を始める。


「装甲を突き破られ、浸水も発生しましたが、すぐにダメコンチームが修繕したとの事です。また、バイタルパートまでは貫通せず、艦機能に支障はなし。死者もありません」


 クレンク少尉の報告が終わると同時に歓声が上がった。全員が初めての被害なしの勝利とシュタールレーゲンの無事に喜んでいる。僕の頬も、知らず知らずの内にゆるんでいた。


「それは重畳」


 普通は駆逐艦の突撃でも一撃で航行不能になるんだけど、角度を付けたのが良かったのか運が良かったのか、普通に航行出来るらしい。死者が出なかったのも幸いだ。


 マンシュタイン少尉は犠牲が出なかった事に安心したのか、緩みきった表情で息を吐いている。厳しいだけで根は凄く良い子なんだよね、この人。とてもあの毒舌ツンデレ中将の娘さんとは思えない。


「……なんですか?」

「いや、何でも。とりあえず、機動部隊と合流しようか」


 恐ろしい眼光から目を逸らしつつ、今後の方針を述べる。あぁ、なんで女の子なのにそんな所を受け継いでしまったの……?


 また睨まれた。


「……そ、そんなに睨まないでくれ。全艦、方位二〇〇へ回頭、第一巡航陣形へいこ――」

「左舷前方敵戦艦、至近距離ィ―――ッ!!」


 怯えながら艦隊に指示を出そうとした瞬間、スピーカーの向こうから観測員からの悲鳴に近い声が届く。そんな馬鹿な、健在な敵艦はいなかった筈……!


 慌てて視線を左舷前方へと向ける。そこには、甲板をズタズタに引き裂かれながらも尚健在な敵戦艦が、猛烈な勢いで吶喊を仕掛けて来ていた。

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