Sechzehn.フライハイト本土北方沖海戦3
「敵戦艦に爆発を確認!」
砲撃を開始して早々に命中弾が出た。ヴァルトラウテの主砲弾および副砲弾は全弾が外れているので、多分シュタールレーゲンかアイゼンフルートの砲弾が当たったのだろう。ヴァルトラウテの副砲と同じ砲が主砲だけど、旧弩級戦艦相手なら十分な火力がある。
「敵戦艦速度低下、沈黙したものと思われます」
「よし、目標変更、右の敵戦艦! 早く無力化しないと、突っ込まれるわよ!」
「了解……くそ、ちょろちょろしやがって……!」
アイヒンガー少尉が悪態を吐きながら未来位置を計算しているけど、ジグザグに移動している敵艦の行く先は全くもって予測不能だ。ジグザグ運動とは、厄介な事をしてくれる。
やはりと言うか、あの艦隊は今までフライハイトに送り込まれて来た艦隊とは全く違う。今までの艦隊はレーダー上でも分かりやすい動きをしていたし、何よりも真っ直ぐ突っ込んで来る艦隊ばかりだった。
それが今回、新兵とはいえエリートの観測員に見落としをさせるほど慎重に、且つ大胆な場所で奇襲を仕掛けて来た。恐らくコンケートの中でもかなり有能な人物が、艦隊を率いる立場かそれに近しい立場にいるのだろう。
……それほどまでの戦略・戦術眼を持つ人間がこの艦隊の戦闘能力を把握したら、強大な脅威になる事は間違いない。確実に情報を隠匿しなければ。
「先行していた敵駆逐艦に魚雷が命中! 艦体が断裂した模様!!」
そんな事を考えている内に、此方側の魚雷が命中した。となると、敵艦隊と第二艦隊の距離は八キロ以下にまで詰められた事になる。今までに戦闘不能にした敵の数は、戦艦が一と駆逐艦が一のみ。
予想以上に撃破ペースが遅い。ジグザグ行動の影響もあるけど、此方の練度が低くて当てられていないんだ。
これはちょっと、覚悟をしておいた方が良いかもしれない……。
「提督! 空母航空隊の出撃を進言します!」
同じ事に思い至ったのか、マンシュタイン少尉が航空攻撃の進言をして来る。確かにあの攻撃力と制圧力なら、あの程度の艦隊を無力化する事は簡単だろう。
だけど、僕は首を横に振ってその提案を拒否した。
「駄目だ。もうすぐ日が暮れてしまう」
「空母には誘導灯があるじゃないですか!」
「駄目だ」
空母とその艦載機は運用を始めたばかりで、まだノウハウが全然足りない。夜間発着訓練もしていないし、実戦でそれをやらせるにはリスクが高すぎる。
航空隊を出さなければ艦隊が全滅してしまう状況なら僕も許可していただろう。だけどまだそこまで追い詰められている訳でもなく、致命的損害を被る可能性も低い。それなら砲撃戦で決着を着けてしまった方が良い。
「しかし……!」
「大丈夫、皆を信じて」
それでもとマンシュタイン少尉が詰め寄って来るけど、ぽんと肩を叩いて落ち着かせる。コンケートの侵攻の中で一番の危機ではある。だけど、その程度で敗北を許してしまうような軟弱な訓練を、僕は一度もしたつもりはない。
「敵戦艦に主砲弾四、命中!」
「巡洋艦一隻、檣楼崩壊!」
「ッしゃ!」
久方ぶりに届いた戦果の報告に、砲術長であるアイヒンガー少尉がガッツポーズをする。他の乗組員も笑顔を見せ、更に張り切った状態で各々の役目を全うしに掛かる。
士気は上々、能力も十分。敵が接近するほど砲弾の命中率は上がり、敵が減るほど攻撃は集中する。第二艦隊が敗北する未来は、有り得ないと断言しても良いほどに存在していない。
だけど、被害が出る可能性はある。予想を遥かに超える突破力を見る限り、その可能性はそれなりにある。四十一隻もの敵がいて、その全てが回避行動を取りながら突撃して来るのだから当たり前と言えば当たり前だ。
そして恐らく、マンシュタイン少尉の懸念はそこにある。
「艦長。被害を防ぐ手立ては幾らでもある。だけどそれには、情報やリスクといった対価を支払わなければならない。被害によって失われる人命や戦力と対価が本当に見合っているのか、慎重に判断しなければならないんだ」
「でも……ッ!」
「でももだってもない」
仮面の下から睨み付けると、マンシュタイン少尉は怯えたようにビクリと身を震わせる。少し怖がらせてしまったかもしれないけど、此処で少しは矯正しておかなければならない。
マンシュタイン少尉が恐れているのは、被害が出てしまう事――人命が失われてしまう事。それは今まで接してきた中で、何となく察していた。自らを高めるのも、周りに必要以上に厳しくするのも、その根底には『誰かを死なせたくない』という思いがある。
だけど、それは時に味方にとっての猛毒となる。犠牲を過度に恐れ、避ける将は慕われるけど、一度勝機を逃してしまえばその末路は悲惨な物となる。逃げ腰の戦略や味方を救う為に出した部隊から情報を読み取られて、完膚なきまでに叩き潰されてしまう。
勿論それは一例に過ぎず、味方を大切にしながら勝利する事もある。しかし情報が何よりも価値を持つ今の時代、下手に情報を与えて後に響かせる訳には行かないんだ。
「軍人が求めるべきなのは目先の勝利だけじゃない。大局的な勝利を得なきゃダメなんだ。その為には、目の前で危機に瀕している戦友を見捨てなきゃいけない事もある。涙を流してもいい、それを許容する強さを持たなきゃならない」
「…………」
「大局的な敗北を招いてでも目の前の命を助けようとする。それは優しさじゃない、ただの甘さだ」
……同じ事をレーダー提督に言われた事を思い出す。同じような事を言って、同じように諭され、同じように沈む……マンシュタイン少尉と僕は、案外似た者同士なのかもしれない。
おっと、同じように沈んだならこれも言っておかないと。
「――甘さ優しさに変えられるようになるんだ、マンシュタイン少尉」
――甘さを優しさに変えられるようになれ、カイト
ちょっとした引っ掛け問題だけど、マンシュタイン少尉ならきっと気付ける筈だ。今じゃなくても、近い内に、必ず言葉の真意を掴んでくれる。
俯いたマンシュタイン少尉の頭を、何ともなしにぽんぽんする。軍帽から突き出た狼耳が、手に触れるたびにピクピクと震えた。
「……さ、落ち着いたなら指揮に戻りなさい」
「……了解しましたっ」
顔を上げたマンシュタイン少尉は目元を真っ赤にしていたけど、しっかりとした敬礼を見せた。これなら心配はいらないな。
さて、マンシュタイン少尉に説教をしている間に、敵艦隊との距離はおおよそ四キロにまで縮まった。戦闘開始時に開いていた距離と比べて、おおよそ三分の一まで詰められた事になる。
だけど同時に、その距離は此方の殲滅火力が飛躍的に上昇し始める距離でもある。
「庶務長、全艦に通達! 『鮫の群れを解き放て』!」
「了解しました!」
鮫の群れ――それが指し示すのは、実用化されて久しいにも関わらず、射程距離の短さから今まで使う機会がなかった兵器。中々改良が進まない問題児だけど、その分効果は折り紙つきである近~中距離戦闘の切り札。
「……良い、見世物になりそうですね」
「間違いない」
マンシュタイン少尉に同意し、必死に回避運動を取りながら突撃して来る敵艦隊を見据える。はたしてあの鮫の餌達の内、何匹が突撃を成功させるだろうか。
内心で予想を立てつつ、待つ事数十秒。コンケート艦隊の艦が、次々と水柱に包まれて火を噴き始めた。