Vierzehn.フライハイト本土北方沖海戦1
多分生まれてから出した中で一番大きい声で命令すると、艦橋はシンと静まり返った。自分の為すべき事をしようと必死になるあまり冷静さを失っていた全員の目が、声の主である僕を捉えている。
その視線を受けながら、クレンク少尉の前にある通信機器の設定を変える。艦隊全ての通信設備とリンクさせ、この場の声が第二艦隊を構成する全ての艦に届くようにする。
意図を察したマンシュタイン少尉が差し出してくれたマイクを受け取りながら、軽く深呼吸をする。暫くの精神統一の後に意を決した僕は、マイクのスイッチを入れてすぅと息を吸った。
「――第二艦隊司令、カイト・グデーリアン少将だ」
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慣熟航行を終え、本土へと帰還しようとしていた我々の後方に、コンケートの艦隊が出現した事は既に知っての通りだろう。敵は既に近距離まで迫っており、我々を彼らの土俵へと引きずり込もうとしている。
似たような事例を覚えている者もいるだろう。そう、五年前の囮作戦。フライハイト海上戦力の九割が沈められたあの作戦だ。
あの時、フライハイト艦隊はコンケート艦隊の突撃を受けて艦列を乱され、各個撃破された。数で劣っているとは言え、技術力に勝るフライハイト艦隊に怯えたコンケート艦隊が多対一に持ち込む為に突撃を行い、結果は知っての通りとなった。
その中でレーダー大佐、現大将が座乗していたヴェンデルスと、それに従った艦が生き延びたのも、また有名な話だ。詳しい事は省くが、彼らは分断されないよう巧みに立ち回り、見事に生還して栄えある第一艦隊を再建させた。
諸君。私はそのレーダー大将の下で五年間、コンケートの侵攻を跳ね返し続けた男だ。自分で言うのも気恥ずかしいが、世間では英雄と持て囃されている仮面艦長――今は仮面提督である。
私はコンケートの手法を良く知っている。五年間で八回も彼らと戦って来たのだ。レーダー大将には劣るかもしれないが、エキスパートと呼んでもらっても差支えないと太鼓判も得ている。
その対コンケートのエキスパートが指揮するのは、最新技術がタップリ詰め込まれた最新鋭の艦隊である。超巨大戦艦ヴァルトラウテを旗艦とした、今までの常識を覆す艦隊である。
今までの演習を通して、諸君らはその力を目にして来たであろう。
強力な火砲による射撃は腹の奥を揺らし、鼓膜を破らんばかりに震えさせた。陣形を組んでの一斉射は、感動すらも覚える物であった。
空を飛ぶ燕の群れは、美しくあると同時に過激であった。圧倒的な火力で艦隊を丸々一つ葬る彼らの姿に、畏敬の念を覚えたのは私だけではない筈だ。
強大な火力、強力な航空戦力。この艦隊を強大たらしめているのは主にこの二つだが、もう一つ存在している事に諸君らは気付いているだろうか。
我々の持つもう一つの武器――それは諸君ら自身である。士官学校を優秀な成績で卒業した諸君らと、厳しい審査を乗り越えて来た諸君らと、激しい訓練を乗り越えて来た諸君らである。
諸君! 諸君らは、自らが選ばれた者であるとの自覚はあるか! 努力を、才能を、或いはその両方を見出され、フライハイトの国防を任せられると――国民の命と権利を託された軍人であるという自覚はあるか!!
自覚がないのであれば、今此処で私が認めよう。諸君らは軍人である! 最新鋭の強大な艦隊を操るに相応しい、フライハイトを守る国防軍の構成員である!
誇り高きフライハイトの軍人達よ! 諸君らの先立として、このカイト・グデーリアンが諸君らを指揮する。諸君らが軍人である限り、私もそれに応えて全力で指揮を執る。約束しよう。沈みつつある日が再び昇る頃に、諸君らが勝利という名の美酒を手にしている事を!
歴史は繰り返す物である。しかし今は繰り返される時ではない。そして歴史とは、新たに刻まれる物でもある。それは今、この時から始まるフライハイトの勝利の歴史である! 諸君らはこれより、歴史にその存在を記しに行くのだ!!
戦いは間もなく開始されるであろう。諸君らはそれまでに、確実に敵を屠れるよう準備を整え、牙を研ぎ澄ませよ。我々はこれより、フライハイトと第二艦隊の歴史に勝利の文字を刻む!
諸君らに加護よあれ、祖国に栄光よあれ!!
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「――以上である!」
……思い付いた言葉を適当に並べただけの訓辞だったけど、効果はあっただろうか……若造の言葉だと馬鹿にしていないだろうか……逆に不安を呷る結果になってしまっていないだろうか……。
不安に思いながらマイクのスイッチを切り、通信機器の設定を戻しながら視線を乗組員の方へ向ける。黙って訓辞を聞いていた彼らは、真っ直ぐな目で僕を見つめていた。泣いている者や、激昂している者はいない。
彼らの様子を見る限り、僕の訓辞はそれなりに効果を発揮したらしい。何とか艦隊を統率出来る冷静さは取り戻してくれたけど、そんなに熱い目で見つめられると気恥ずかしくなってしまう。
「提督、素晴らしい演説でした」
マンシュタイン少尉がそう言うと、全員がこくりと頷いた。やめて、物凄く恥ずかしい。羞恥プレイどころじゃないよ。軍司令や艦隊司令はこんな羞恥に耐える役職だったのか。
あまりにも恥ずかしくて声も出ないので、何時ものパイプに香草を詰めて咥える事で精神を落ち着かせる。もうこれ、第二艦隊の面々の前に出る時は手放せないな……。
さて、急いで態勢を整えないと。敵も此方が気付いた事を察しただろうし、すぐに加速して仕掛けて来る筈だ。
「機動部隊は右と左、どちらから追い抜いて来てる?」
「右舷側より抜けています」
「よし、方位一一〇へ転進、逐次回頭。敵に最大火力を叩き付ける」
「了解。航海長、方位一一〇へ転進! 砲術長は主砲と副砲にA-BSを装填させなさい!」
「「 了解! 」」
マンシュタイン少尉の指示で、瞬く間に戦闘態勢が整って行く。冷静ささえ取り戻してしまえば、彼らは優秀なエリートとしての力を如何なく発揮する事が出来る。もう彼らを心配する必要はない。
さて、舵を切った事で艦橋からでもコンケートの艦隊が視認出来るようになった筈だ。情報はあらゆる戦闘行動を優位に導く物だし、少しばかり陣容を確認するとしよう。
「……艦長、双眼鏡はある?」
「はい、持っております」
「少し貸して欲しい」
「ハッ」
マンシュタイン少尉から双眼鏡を借り、北の方角の水平線を眺める。灰色の空と海の曖昧な境界に浮かぶ敵艦隊はすぐに見つかった。艦首を並べた横陣を敷き、真っ直ぐ此方へ向かって来ている。
規模としては通常の一個艦隊くらいだろうか。コンケートのベストセラー旧弩級戦艦のオラージュ級が三隻。カタラクト級巡洋艦が八。サルディーヌ級駆逐艦が三十隻程度。数だけ見れば、こちらの二倍以上の戦力がある。
……だけど、突撃以外に有効な攻撃方法を持たない敵を倒す事はあまり難しくない。彼らには此処で、僕らの踏み台になってもらう。
「全艦戦闘準備完了しました!」
「よし、一隻たりとも逃がさないように。射撃開始!!」
「「「 了解しました!! 」」」
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黄昏歴1675年 05月10日
フライハイト本土北方沖海戦
フライハイト国防海軍
第二艦隊 旗艦:ヴァルトラウテ
ブリュンヒルデ級戦艦
ヴァルトラウテ
シュタールレーゲン級重巡洋艦
シュタールレーゲン
アイゼンフルート
フランメクヴェル級軽巡洋艦
フランメクヴェル
グリューエンフルス
ヴァルテンブルク級駆逐艦
六隻
メービウス級駆逐艦
六隻
コンケート海軍
ダルラン艦隊 旗艦:オラージュ 四十一隻
オラージュ級戦艦
オラージュ
二隻
カタラクト級巡洋艦
八隻
サルディーヌ級駆逐艦
三十隻