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Zwölf.ファブリス・ダルラン

 黄昏歴1675年 04月17日

東大陸 コンケート西部 リヴァージュ港






「やっと許可が下りたのか」


 コンケート本国西部にある最大の軍港都市、リヴァージュ。そこに停泊する戦艦オラージュの一室で、ファブリス・ダルラン大将は届いた書類を机の上に投げ捨てた。その様子を見て、彼の秘書官であるクールナン大佐が苦笑する。


「御上は砲撃戦術に懐疑的でしたからね。弩級戦艦の殆どを沈められて、漸く事の重大さに気づいたのでしょう」


 二人の下に届いたのは、砲撃戦を前提にした弩級戦艦を凌ぐ超大型戦艦の開発が始まったという知らせだ。三年前からダルラン大将が強硬に主張していた建造が漸く認められ、研究所での試行錯誤が始まったのである。


「八回目でか。突撃主義に凝り固まっていると散々あのチビに言われまくっていた私でさえ三回で気付いたんだぞ」

「現場と会議室の違いでしょう。それと、五年前の要塞作戦で浮かれていたというのもあるかもしれません」


 五年前の要塞作戦――包囲した遠征軍を救出しに来るであろうフライハイトの艦隊を、溜めに溜めた全戦力で撃滅するという大作戦だ。その結果は、強大な海軍国家であったフライハイトの実効支配する諸島の減少という形で現れている。


 艦隊を率いていたダルラン大将もその時ばかりは万歳をして喜んだが、その後が全く続かなかった。確かにフライハイトの艦艇の殆どを沈めたものの、その時に沈めきれなかった艦が何度も何度もコンケートの侵攻を阻んでいるのだ。


 弩級戦艦の中でもかなりの旧式であった戦艦ヴェンデルスは、魔導障壁を貫通する大砲を搭載した事で、何物も寄せ付けない最強の戦艦へと変貌した。更に小型の駆逐艦や巡洋艦も、障壁の届かぬ水中を走る槍で武装し、侮れない攻撃力を持つに至った。


 数こそ少ないものの、あの艦隊を抜くのは至難の業だ。戦力を見誤り、逐次投入をし続けた愚によって削られたコンケートの艦隊では、正面から戦う事は最早不可能だろう。


 ならばと迂回して直接島を襲撃しようとしても、その度に敵に捕捉されて追い払われる。運よく島の周辺に近づけても、完全に要塞化された島から雨のように砲弾が降って来る。つまり、コンケートがフライハイトを侵略する事など不可能なのだ。


「だが、それも終わりだ。技術こそ土人を擁する奴らの水準には届かぬかもしれぬが、それでも一度ノウハウを掴んでしまえば、最後に勝つのは国力に勝るこのコンケートよ」

「対障壁砲弾自体はもう完成していますからね。こっちには回してもらえませんでしたけど」

「上も煩い爺にはさっさと死んで欲しいのさ。こんな命令は下すくらいにはな」

「命令?」


 首を傾げるクールナン大佐に、ダルラン大将は無言で放った書類を指す。クールナン大佐もまた無言でそれを手に取るとサッと一読し、驚愕に目を見開いた。


「……上は本気なんですか? 本当にこれをやれと?」

「正式な命令書だから本気なんだろう」


 ダルラン大将に届いた命令。それは現在彼が率いる艦隊――旧弩級戦艦が三隻、巡洋艦が八隻、駆逐艦が三十隻の艦隊で、先日進水したと思われる『超大型戦艦』『超大型輸送艦』の戦力調査をしろという物であった。


 高い技術力を有し、強力な大砲を持つフライハイトが超大型戦艦を開発したとなれば、それがヴェンデルスの系譜を継ぐ強力な砲撃戦艦である事は必定。そんな大型艦に、ヴェンデルスに手も足も出ない旧弩級戦艦が挑めばどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。


 これがただの調査ならばまだ手はあった。しかし、戦力調査ともなれば戦闘をせざるを得ない。即ち上層部にとってダルラン大将が帰らない事は既に決定事項であり、それは厄介払いの為である事を如実に現している。


「何て事を……ダルラン大将がどれだけこの国に貢献したのか、上は忘れたのか……!」


 人生の半分近くをダルラン大将の下で過ごして来たクールナン大佐にとって、それは命令という名の横暴だった。今までコンケートの海を守って来たダルラン大将に対する、許し難い裏切り行為に思えた。


「まぁ落ち着け、クールナン大佐」

「……大将?」


 しかしクールナン大佐のその怒りは、彼に声を掛けたダルラン大将の表情を見た事で即座に困惑へと変わった。何故なら、ダルラン大将は笑みを――マグマを滾らせたような熱を感じさせる、獰猛な笑みを浮かべていたのだ。


「まだ私が死ぬと決まった訳ではないし、私も死ぬつもりはない。そしてこれは寧ろ、チャンスとは思えないかね」

「チャンス?」

「そうだ。本当に戦力調査をして生きて帰ったら、奴らに対する盛大な意趣返しになるとは思わんかね」


 クールナン大佐はそれを聞いて想像する。排除したと思っていたダルラン大将が、多大な成果を引っ提げて現れたら、上の連中は一体どんな表情をするのか――さぞかし面白い表情をしてくれるに決まっている。


 クールナン大佐の顔色が変わったのを見て、ダルラン大将は満足そうに頷く。


「幸いにも、超大型戦艦とやらは進水したばかり……巣立ちする前の雛のようなものだ。勝ち目なら十分にある」

「ダルラン大将なら、十分に可能でしょう」

「フフ、そうか。そうだと良いな」


 小さく笑ったダルラン大将は、机の上に置いてある軍帽を被り、クールナン大佐と連れ立って部屋を出て行く。彼らが向かったのは、艦全体を統括する場所――艦橋の司令室だ。即断即決こそ、コンケートで最も恐れられた男であるダルラン大将の信条である。


「しかし、どうやってフライハイトの防衛網を抜けるお積りですか?」

「策はある。今はただ、私を信じて付いて来い」

「ア・ボ・オルドル」






 ――黄昏歴1675年 04月20日 05時00分 リヴァージュ港より『船喰い鮫』ファブリス・ダルラン提督旗下の艦隊が出撃 


 ――同年 05月10日 15時27分 フライハイト本土北方にて超大型戦艦を含む艦隊を発見 濃霧に紛れ、追撃を開始

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