Elf.評定
「いやぁ、全員よく出来ていたね」
「そうでしょうか」
ヴァルトラウテの無機質な廊下を歩きながら話し掛けると、ツンとした返答が帰って来た。マンシュタイン少尉は僕の方を見もせず、真正面を見つめたまま続ける。
「訓練だから判定で済みましたが、あれが実戦なら私達は死んでいました。死なない為には普段から厳しい訓練を積み、実戦でも完璧な行動を出来るようにしなければなりません」
「その通りだけど……それはちょっと厳しすぎるんじゃない?」
「戦時中ですから」
「うーん……」
ぐうの音も出ない正論に頭を掻く。僕としては相当激しい訓練を課したつもりだったんだけど、マンシュタイン少尉にはまだ足りないように思えたらしい。戦時中とは言うけど、同じ年に卒業して、更に方々から恨みを買っているマンシュタイン少尉がそれを言うと角が立ってしまうのが困り物だ。
あぁ、やっぱり艦長はベテランの誰かが任命されていれば良かったなぁ。ベテランが厳しくしても新兵はちゃんと付いて来てくれるけど、同じ新兵が厳しくしても軋轢を生むだけの結果に終わるのが殆どなんだから。
本当に何で御上はこんな歪な配属をしたのか。その分の皺寄せが全部僕に来るから本当に勘弁して欲しい。いやそれが仕事なんだけどさ。マンシュタイン少尉と性格が逆だったらいいのに。
……とりあえずポケットから煙管と生香という生の香草をブレンドした物を取り出し、生香を煙管の先に詰め込んで咥える。やっぱり感情が昂ぶりそうになった時にはこれに限る。ふぅ。
「……提督。提督は平人ですよね?」
「あぁうん、気にしないで。ほら、着くよ」
怪訝そうな目で定番の質問をして来たマンシュタイン少尉を適当にあしらい、歩みを進める。ヴァルトラウテの作戦室は、既にすぐそこまで近付いて来ていた。
《こうして御目に掛かるのは初めてですかね……オルカーン艦長、ハーラルト・ラングスドルフ少尉です》
《オルカーン航空隊長、ゲオルク・バルクホルン少尉です》
作戦室にあるモニターの左半分で、人当たりの良さそうな顔をしたラングスドルフ少尉と、厳つい体顔付きをしたバルクホルン少尉が敬礼する。白黒で所々ノイズが入っているものの、十分滑らかに動きを伝えられている。
そして、暗いままだった右半分にも光が灯る。此方側では、寡黙そうな印象を与える顔をしたオールバックの男と、綺麗に髪を撫で付けた美青年が敬礼をしていた。
《ヴィルベルヴィント艦長のリュディガー・シェーア少尉です。遅れて申し訳ない》
《航空隊長のエリーアス・ハルトマン少尉であります》
複数通信も上手く動作しているようで、映像に目立った乱れなどは見られない。流石は最新の魔導技術と感心しながら、僕とマンシュタイン少尉もモニターの向こう側に敬礼を返した。
「第二艦隊司令、カイト・グデーリアン少将だ」
「ヴァルトラウテ艦長、エリカ・マンシュタイン少尉です」
マンシュタイン少尉が名乗った瞬間にラングスドルフ少尉とシェーア少尉がピクリと反応した気がしたけど、それを表に出す事は無かった。私を殺し、公を優先する軍人の鑑だ。全く、うちの乗組員達にも見習ってほしいなぁ。
それはそうとして、役者が揃った事だし、早速評定を始めるとしよう。
「ではこれより、航空機による艦隊襲撃演習の評定を始めます。では提督、お願いします」
マンシュタイン少尉の宣言で評定が開始される。まず最初にする事は僕が今回の演習についての評価をする事と、問題点を洗い出す事だ。専門家がいれば評価だけで良いのだけど、まず航空機を使った演習自体が初めてなので存在すらしない。ちくせう。
「えぇー……では評価をさせてもらうよ」
まず、攻撃自体に関しては特に言う事はない。高空から雲に紛れての接近は非常に気付き難く、その後の爆撃の命中率もかなり良かった。受ける側としては厄介この上なく、十分どころかかなりの脅威になり得る。
問題があるとすれば、爆撃をした後の離脱方向だろうか。今回はそのまま空母のいる方向へと離脱したけど、それでは空母の位置が特定されかねない。現状では特に問題は無いけど、敵に航空機が配備されればカウンターを喰らう可能性がある。
「だから、そこら辺の欺瞞も考えて離脱方向を決定する事。それさえ出来れば、僕から言う事は特に無いかな」
《なるほど……確かに追跡されると厄介ですね。次回までに改善をしておきます》
ぶっちゃけ素人の僕の意見に、バルクホルン少尉とハルトマン少尉は理解を示してくれた。特に馬鹿にした様子も無いので、多分本当に必要だと思ってくれたのだろう。ラングスドルフ少尉もシェーア少尉も、特に異論はないようだ。
その他、細々とした意見を述べて僕からの評価は終わる。時折反対意見も出たので、議論を行う場面もあった。組織がイエスマン化していないのは実に喜ばしい事だ。
「それじゃ、次にバルクホルン少尉とハルトマン少尉から、航空機側としての意見を」
《ハッ! それでは私から意見具申させて頂きます》
次に両航空隊長から、攻撃する側としての意見を出させる。僕が出したのはあくまでも艦隊運営をする側からの意見であって、実際に攻撃する側からの視点はあまり考えていないから、向こうからも出してもらって擦り合わせをしないと。
その結果、バルクホルン少尉からは編隊の細分化による過剰火力の分散を図るという意見が、ハルトマン少尉からは二機一組による統一した航空隊の運用という意見が出た。どちらも効果を確認しながら採用して行く形になるだろう。
《ふむ。戦法も研究して行く必要がありそうですね》
「しかし慣熟航行もあと一週間で終わりだからなぁ」
残りの一週間で戦法を確立するのはちょっと厳しいし、これ以上時間を取る事は出来ない。上に掛け合えば慣熟航行の期間を延ばしてもらう事も出来るだろうけど、それだと様々な所に影響を及ぼしてしまう。
現在敵対しているコンケート国が遠いから侵攻も疎らだけど、哨戒は毎日しなければならない。現在は第一艦隊がその役目を一手に引き受けているけど、戦力的にも心許ないし、何より掛かる負担が大き過ぎる。
「やっぱり実戦で開発するしかないね。幸い、コンケートはまだ大艦突撃主義……進んでいても大艦巨砲主義の筈。シュヴァルベの敵じゃない」
《対空火器もあまり積んでいないでしょうしね。今日ほどの被害も出ないでしょう》
うちの艦隊に搭載されている研究に研究を重ねた対空火器とコンケートの対空火器を比べたらいかんでしょうに。
「他に何かある者は?」
苦笑しながら問うと、モニターの向こうの全員がないと答えた。マンシュタイン少尉も特に意見はないようだし、最後に全体の評価を伝えれば、それなりに長く続いたこの評定も終わりだ。
「では、本日の演習の最終的な評価は、概ね可とする。今後も精進を重ね、良の評価をもぎ取れるように努める事」
「《《 了解! 》》」
「以上、艦隊襲撃演習の評定を終了する」
最後にモニター越しの敬礼を交わし、評定を終わらせる。これで一応本日やるべき最低限の事は終了した事になり、翌日までの長い空き時間になる。その時間を使って、今日の演習の事を纏めておこう。
……その時、ふとヴァルトラウテの艦橋の横という超低空を飛んでいた派手な稲妻のペイントを施されていたシュヴァルベの事が気になった。
「……そうだ、ラングスドルフ少尉、シェーア少尉。ド派手な稲妻のペイントをした機体に乗っている者はどんな人なんだい?」
《稲妻の……あぁ》
一瞬モニターの向こうで何かを思い出す表情になった二人は同時に苦笑した。
《あれは航空隊のエースですよ……桁外れのね》