Zehn.燕
黄昏歴1675年 05月04日
中央洋南部 フライハイト本土北方1000キロ
「右舷、対空射撃開始!」
「了解、右舷対空射撃開始ッ!」
マンシュタイン少尉の鋭い指揮にアイヒンガー少尉が応え、レーダーと同調した片舷七基一四門のEZSi対空砲が火を噴き始めた。副砲と同じ弾倉式の自動装填装置を備えるそれは、圧倒的な連射速度で大量の演習弾を吐き出している。
その砲身が向く先を飛んでいるのは、八本の筒を抱えた巨大な鳥の群れ――大型空母オルカーンとヴィルベルヴィントから発進した航空機の群れが、高空と低空から超高速で突っ込んで来ている。
「機銃は射程内に入り次第射撃を開始。各艦は常に位置を把握し、回避時の衝突に留意!」
「「 了解! 」」
マンシュタイン少尉の絶え間ない指揮に、文句一つなく従う乗組員達。今の所は嫌われている影響は出ていないようだ。これからもずっと続けば良いけども……。
「敵機直上へ到達、爆弾投下ッ!!」
「機関全速面舵一杯、回避ィ!!」
報告とほぼ同時にマンシュタイン少尉が回避を命令し、ラムブレヒト少尉が操舵輪を右へ目一杯回した。両舷の前後に搭載されている旋回補助用魔導噴進器の噴射音が轟き、ヴァルトラウテの巨大な艦体が僅かに傾きながら、かなりの速度で回頭して行く。
直後、艦の周囲に薄緑色の障壁が発生し、紫電が迸る。上空から投下された人の大きさほどもある模擬爆弾が障壁に跳ね返され、海に落ちて水柱を立ち昇らせた。
障壁に跳ね返されずに着水した模擬爆弾もあり、その数は最早数えきれないほどだった。瞬く間にヴァルトラウテの周囲は水柱に埋め尽くされ、青い空が白い水飛沫へと変わった。
「何という数……状況知らせッ!!」
「……甲板上の全構造物に大破判定、第二、第三主砲及び全副砲の魔導回路に誘爆判定。沈没です」
「……そう……」
「後続の艦からも報告が来ています……七割は撃沈判定が出ている模様」
即座にマンシュタイン少尉が状況の把握をしようとしたけど、絶望的な報告にしゅんと肩を落とす。それを嘲笑うかのように、稲妻のペイントを施された航空機一機がヴァルトラウテの艦橋の横を超低空で横切って行った。
それにしても、地球では航空攻撃を受けても大型戦艦は中々沈まなかったんだけど、意外とあっさり沈んだなぁ。やっぱり同じ重量で爆薬の数倍の爆発力を生み出せる魔導は恐ろしい物だよ。
「ふぇぇ……大砲じゃないのに、艦隊壊滅ぅ……」
以前に食堂で大艦巨砲主義である事を告白していたフラウエンローブ少尉が、その場で脱力しながら呟く。他の乗組員達も、あんなに小さく大量に飛んで来る航空機の破壊力に言葉が出ない様子だった。
「て、提督……あれは?」
表情を引き攣らせたマンシュタイン少尉の質問に、何時ものノートを開いてパラパラと捲る。そしてあの航空機のページを見つけ、簡単に内容を説明する。
あの航空機は、大型空母オルカーン、ヴィルベルヴィントにそれぞれ五十二機ずつ搭載されている艦上戦闘攻撃機のSS-J-10A“シュヴァルベ”。燕の名を持つそれは、対艦攻撃、対地攻撃、対空攻撃とあらゆる攻撃行動を可能とするロケット推進式戦闘爆撃機だ。
三年前の小型魔導噴進機関の実用化に伴って開始された高速戦闘機開発計画によって生まれた機体で、正式採用日は先月一日。技術者達には第九世代機と呼ばれる機体で、全装重量は四.八トン程度。最高速度は時速千二百キロ程度で、高空であれば音速を超える事が可能。
基本兵装は機首の六銃身二十ミリガトリング砲のみで、この状態ではただの戦闘機でしかない。しかし、翼下の懸架装置に搭載する兵器を変更する事によって、どんな状況でもそれに特化した期待へと変貌させる事が出来る。最大懸架重量は二トン。
今回の演習で使用した武装はZVN航空爆弾。重量は二百五十キロで、懸架数は八。威力は爆薬製の一トン爆弾と同等以上の徹甲爆弾であり、駆逐艦程度なら一発で艦体を破断させる事が出来る。
他にも五十キロ空対地ロケットや懸架式三十ミリ対地機関砲などなど様々な兵装を搭載可能。今後も技術者や研究者が暴走する度に兵装の種類が増える事は確定しているので、取捨選択を誤ってはならない。
……僕はノートから目を上げると、肩を竦めた。
「いやぁ、何だろうね、この変態兵器」
「本当にそうですね。でも開発させたのは提督なんですよね? 航空主兵主義のグデーリアン提督?」
「ぐっ……」
仕方ないじゃないか。僕だって第二次世界大戦後期に出て来たジェット戦闘機と同等の航空機が出来れば御の字だと思ってたら、それ以上の機体が出て来てビックリしたんだよ。悪いのは技術者研究者で僕は悪くないのですよ。
「……オルカーンより通信。今回の演習による撃墜判定は、攻撃に参加した五十六機中十二機」
内心で泣きそうになっていると、通信手が静かに演習の結果を報告して来た。おおよそ四分の一のシュヴァルベを撃墜出来たらしい。主砲と副砲の大型対空弾を使わなかったにしては、十分過ぎる戦果だろう。
「了解。オルカーンへ報告受領の返信と、演習終了一時間後に評定をするから、両空母の航空隊長を集めるように言っといて」
「了解! ……えぇと? 提督が行くという事でよろしいですか?」
「いや、作戦室の映像通信機能を使う。」
フフフ、今現在では本土の司令部とブリュンヒルデ級戦艦、オルカーン級空母にしか搭載されていない短距離映像通信機能を合法的に使うチャンスだ! モノクロだけどね。
……ふぅ。それはそれとして、航空戦の専門家も育成して全部丸投げ出来るようにしないと。一々僕の意見を求められてたら、艦隊司令としての仕事も回せないし、何より発展しないからね。
「提督! 作戦室に向かう前に、此方の評価を行ってもよろしいでしょうか」
「あ、うん。それじゃ、このまま始めよう」
マンシュタイン少尉に促され、そのまま評定を始める。とは言っても、今回の艦載機による艦隊襲撃演習についてコメント出来る事は殆ど無い。対空射撃の成果は上々だったし、回避行動もちゃんと行えた。初見にしては十分過ぎる成果だ。
強いて言うのであれば、回避行動をもう少し早く出来たならば、被弾箇所を限定して被害を抑える事が出来た。今後は対空射撃から回避行動に移る時間を、より正確に見極める訓練を積む事が最優先課題だ。
「なるほど。上手く軸を外せられば、少なくとも即撃沈される事は無くなるしれない」
「早過ぎると対空射撃が出来ないから、タイミングを合わせる必要があるな」
そんな感じにコメントすると、乗組員達は自主的に意見の交換を始めた。よしよし、良い兆候だ。
その後にもマンシュタイン少尉やアイヒンガー少尉から上げられた意見について全員で議論し、今後の対航空戦術が煮詰まって行く。近い内に、僕が口を出す事は完全になくなりそう。まぁ、僕も最低限の事しか分かってないんだけど。
「――他に何かある者はいますか? いなければ評価を終わろうと思いますが」
最後の問い掛けに答える者はなく、無事に評定は終了。全員がフッと気を緩ませ、一部は笑みを浮かべている者すらもいた。ちょっと気を抜き過ぎじゃない?
「全員、今回の話を意識して、次は被害を抑えられるようにする事。提督」
「うん。総員、再度配置に就け。上空の管制機に、二十分後に方位三〇〇から突入するように通達」
僕がそう命令すると、笑みを浮かべていた乗組員達の表情が凍り付いた。恐る恐るといった様子で僕の方を見る乗組員達に、僕はにっこりと笑い掛ける。
「まだ航空機は半分残っているよ?」
演習が終了し、僕が艦橋から退出する頃には、全員が完全に燃え尽きていた。