Ein.第三次シルティンセル東方沖海戦
この小説には、妄想、空想、特有のとんでも技術や描写、御都合主義、史実の人物から名前を採った登場人物、様々な主義思想等が存在しますが、現実に存在する特定の事柄を貶める意図はありません。何か間違いがあったり、危険な言葉があったりしたら、やんわりと作者に指摘してあげてください。
黄昏歴1675年 03月06日
中央洋南東部 シルティンセル東方沖
大海原に煙の柱が幾本も立ち並び、根元にある鋼鉄の構造物の残骸がユラユラと揺れる赤い光を反射する。そこから数キロメートル離れた場所で、それは遥かな天空を睨んで猛々しく聳え立っていた。
轟雷と共に六本の筒から放たれた鉄塊が、青い光の尾を引きながら空中に美しい弧を描く。ある種幻想的な光景を思い起こさせる六本の軌跡は、重力に引かれて下方へと降下して行き、その強大な質量を叩き付けんとする。
その六つの鉄塊の内の五つが海上に巨大な水柱を生み出す中、一つは空中で薄い緑色の膜に衝突して衝撃波を生んだ。そして数瞬の後に鉄塊は緑色の膜を突き破り、それに守られていた巨大な海上構造物に直撃、爆発した。
鉄塊の命中によって爆炎を上げた巨大な海上構造物――戦艦は、艦体中央の被弾部分から巨大な爆炎を噴き上げ、大きく傾斜する。爆発の規模からみて、浸水も発生しているだろう。あの艦はもう終わりだ。
「主砲弾障壁貫通、命中一! 敵戦艦爆発炎上!!」
双眼鏡を通してその様子を観察していた観測員が歓喜の叫び声を上げる。それを聞いた他の乗組員も同様に雄叫びを上げ、主砲弾を発射した戦艦の天辺にある艦橋は暫し歓喜の声で満たされる。
だけど、まだ気を抜く訳には行かない。既に残り一隻になっているとはいえ、まだ敵の戦艦は残っている。接近されてしまえば一発逆転も有り得る。喜ぶのはそれを沈めてからだ。
「気を抜くな。標的変更、炎上した敵艦の右に展開する艦を狙え」
「了解、大佐殿!」
自分達より遥かに若い上に、仮面で顔面を隠している上官の命令に文句一つ上げずに応えた彼らは、再び正面にある計器に取り掛かった。彼らの指示に従って艦橋最上部にある測距儀が敵艦との距離を測定し、それを元に誤差を修正しながら、戦艦ヴェンデルスの誇る四十口径三十センチ連装砲の主砲塔が回転、砲身が持ち上げられる。
そして砲術長の号令一下、ほぼ同時に六つの砲身の先端から青い光が飛び出し、雷が落ちたかと錯覚するような轟音が鳴り響いた。
「弾着! 散布領域、敵艦右側!」
「諸元修正、第二斉射用意急げ!!」
観測員からの報告が即座に各所へと周り、指示を待つ事無く次射の準備が整って行く。大佐である僕の横に立つ女性軍人はその様子を見て、ブロンドの髪を揺らしながら目を細めた。
「思えば随分と成長したな。以前は私が一々指揮しなければならなかったのに」
「彼らの努力の成果ですよ。僕は訓練方法を変えただけです」
「謙遜も過ぎれば毒になるぞ」
「事実ですから。実際、僕自身は殆ど何もしていませんから」
女性軍人の言葉に応え、僕は手に持っていたパイプの吸い口を咥える。一切の煙も立ち昇らせていないそれをさぞ美味そうに吸う僕を見て、女性軍人はまるでおかしな物を見るような目になった。
「森人でもないのに好きだな、それ」
「落ち着くんですよ、この香り。森人の提督には分かるでしょう?」
「まぁそうだが……」
提督と呼ばれた女性軍人は、森人の証である長く尖った耳を弄りながら視線を艦橋の向こうにある水平線上の敵に向ける。同時に第二射の砲弾が着弾点に到達し、六つの水柱が敵艦の周囲を彩った。
「弾着、夾叉!」
「よーし、諸元修正! 第三斉射用意!」
喜色に溢れた観測員と砲術長の声が艦橋に響く。それもその筈、第二射で砲弾を夾叉させる事は非常に稀であり、滅多にない事だ。上官からのポイントを稼ぐ事にこれほど適した成果は無い。
しかし、それも次射で敵艦に砲弾を命中させなければ意味がない。すぐに気を引き締め、砲術長は主砲塔で照準を付ける砲手へと情報を伝える。砲塔が微かに移動し、移動する敵艦の未来位置へと向いた。
砲弾の装填が完了し、砲手の手によって雄々しい砲身が高々と掲げられる。修正した諸元通りに照準を付けた事が、通信機によって艦橋の砲術長に伝えられた。
――発射準備完了、と。
「……よし、全門斉射ァッ!」
号令一下、六つの砲身から砲弾が放たれる。美しく儚い青き軌跡を描いたそれは、敵艦を守るように展開された薄緑の障壁を強引に突き破り、鋼鉄の体を貫通して内部から食い破った。
「全弾命中! 敵艦体破断、轟沈確実!! 轟沈確実です!!」
「ッシャラァッ!!」
「ッし! 戦艦級は全部排除しましたぜ、艦長、提督!」
興奮した様子で分かり切った事を報告する通信手に、僕と提督が共に苦笑する。自分に仕事が割り当てられるのを今か今かと待っていた事を隠そうともしないその態度が実に微笑ましい。
「良いだろう。全艦に通達。これより第一艦隊は、残存する敵艦隊の掃討を開始する。各艦、ハグマイヤーを先頭とした単縦陣を維持しつつ、臨機応変に行動せよ」
「了解! 各艦に通達! これより第一艦隊は――」
嬉々として最新の通信機器に噛り付いた通信手を見送り、提督は視線を敵艦隊の方へと向ける。主力艦の全てを射程外からの砲撃によって失った敵艦隊は、既に艦首を反転させて逃走に移っている。
幾ら僕達の乗る艦が戦艦の割に快速だとしても、距離の離れている小型快速艦を追撃する事は難しい。幸いにも、近海ではこの艦隊以外に敵は確認されていない。第一艦隊を構成する他の艦も歴戦の精鋭だし、此処は引くべきだろう。
提督も同じ判断を下したのか、僕の視線に小さく頷くと凛とした声を上げた。
「よし。各員、傾注!」
この場で最も階級が高い提督の命令に艦橋乗組員は背筋を伸ばし、意識を耳へ集中させる。しかし手は止めない優秀な乗組員を一段高い場所から見下ろしながら、第一艦隊司令エデルガルト・A・レーダー中将は告げた。
「これより旗艦ヴェンデルスは、沈没する敵艦の乗組員の救助に当たる! ケッター中尉、クライバーに護衛として続くよう通達しろ」
直後、僕を除いた全員がブーイングを上げ、艦橋は喧騒に包まれた。
「そんな馬鹿な!?」
「追撃に参加出来ない……だとォッ!」
「提督、慈悲を! どうか御慈悲をぉぉっ!!」
追撃を望む彼らの剣幕に、流石のレーダー提督もたじろぐ。その様子を横目で見ていた僕――カイト・M・グデーリアンは、顔を隠している仮面の下で笑みを浮かべつつパイプの吸い口を口から外した。
「あなた達、上官の命令が聞けないんですか?」
僕の声に硬直した乗組員達は、錆びた歯車を無理矢理回したかのような動作で僕を見る。怯えの混じったその顔にニッコリと微笑みかけてあげると、彼らは引き攣った声を上げてからビシッと敬礼した。
「「「 了解、中将殿! 」」」
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黄昏歴1675年 03月06日
第三次シルティンセル東方沖海戦
戦果
撃沈 21隻
戦 艦: 3
巡洋艦: 8
駆逐艦:11
中破 8隻
巡洋艦: 3
駆逐艦: 5
損害
中破 2隻
駆逐艦マッテゾン
駆逐艦レンガー
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