精霊の役割
空が、赤く染まっていた。
昼間のような青空とは全く違う、どこか胸を締め付けるような赤い空が山の向こうから広がっている。
「ねぇ、おババ様」
窓から空を眺めながら私は問いかけると少し時間を置いてから
ぐつぐつと煮えたぎる鍋をかき混ぜる音とともに返事がきた。
「なんだい?」
「水の精霊って水不足の所に雨を降らしてくれるよね」
「そうさね、水の精霊は優しいからね。困った人々を助けずにはおられないのさ」
呼ばれたと思ったのだろうか、桶に汲んでおいた水がパシャリと小さく跳ねた。普通の人には見えないけれどこの世界には四種類の精霊がそこかしこにいるのだ。その精霊を見て、交流する事が出来る精霊使いが世界中で活躍しており、鍋をかき混ぜているおババ様も昔は若い頃は国に仕えていたらしい。
「土の精霊は枯れた土地を豊かにしてくれるよね」
「あの子らは単に土を混ぜ返して遊んでいるだけさね。よくも悪くも無邪気なのさ」
空から地面へと視線を落とすが私にはまだ土の中の精霊を感じ取る事はできない
師匠であり育ての親であるおババ様からすれば初歩の初歩らしく、土の中の精霊を想像すればすぐに分かるとか……まず、その想像が難しいのだけれども
「風の精霊は淀んだ空気を綺麗にしてくれるよね」
「綺麗好きなくせに面倒くさがりだからね、散らして薄めてしまうのさ」
人差し指をくるっと回せば小さな笑い声がそよ風と共に耳を撫でる。風といえば自由奔放なイメージがよくあるけれど実際はそうでもないらしい。
中には特定の場所を気に入ってその場でぐるぐる回ってるだけの風の精霊もいて
それが竜巻になっちゃうとかなんとか。
「じゃあさ、火の精霊って何をするの?」
水は雨を降らして、土は土地を豊かにし、風は空気を浄化する。
それらは人間には難しい事だが鍋を温める火は人間の手で作り出せてしまう。
火の精霊だけが世界の流れに入り込めていないのだ。
「火の精霊が何をするのかって? そりゃあ簡単な事だよ」
鍋をかき混ぜる手を止めたおババ様はカラカラと笑いながら此方へと近づいてくると窓の外の空を指さした
「火の精霊はね、お天道様の子供なのさ。」
その言葉を聞きながらおババ様が指差す先、山の向こうに沈んでいく太陽をじっと眺めているとこの胸を締め付けるような感覚を漸く理解することが出来た
きっと私は晴々とした顔をしているのだろう、おババ様は穏やかに微笑みながら
私の頭を撫でて言葉を続けた。
「だからアンタ達は世界中を回って、皆が凍えない様に温めてやればいいのさ」
空が赤く染まっている。
昼間のような青空とは全く違う、懐かしく暖かな赤い空が山の向こうから広がっている。
私もいつかあの山の向こうに沈みゆく太陽に戻るだと思うと、とても誇らしくなってきた。