第五章 罠
━━━ 玄関ホール ━━━
《ふぅ~…おなかいっぱいです~》
「カエデはクッキー食いすぎなんだよ!俺ちょっとしか食ってねーし!」
《だって~…人魚姫さんとのお話がはずんじゃって、つい…》
「うふふ♪カエデ様ったら、話がお上手なんですもの。私もついつい、時間を忘れて話してしまいましたわ」
「時間?…ってああ!?もう夕方じゃねぇか!早く夕飯の支度しに帰らねぇと…」
「ご安心くださいませ。浜辺にクルーザーを用意いたしましたわ。今日のお礼に皆様の島までお持ちになってくださいませ」
「えぇ!?お、俺らに…くれるの!?」
カエデは浜辺の方へと意識をとばし、クルーザーを確認した
《わあっ!立派でなかなか速そうです!人魚姫さん、ありがとうございます!》
「おおマジか!!いやー、何から何までありがとな!じゃあな、人魚姫!」
嬉々として俺は、扉の手すりへと手を伸ばす━━━
「待て」
城に入ってから今まで一言も発しなかったブルーが、険しい表情で姫をにらみつけている。
「まあ、どういたしましたの?そんなにお怖い顔をなさらないでくださいまし」
「まだ、本題が済んでいない」
本題?ああ、薬の商談のことだろうか。…それとも、まだ名前のことがひっかかっているのか?
「ブルー様。今日はもう日も暮れますので、商談ならばまた後日に━━」
「スイを返せ」
「………」
━━スイ…?
《何言ってるんですか博士。今日ここに来たのは、姫さんと4人でお話をするためじゃないですか。博士とカエデ、レオ兄の3人で━━》
━━?……“3人”?
「…やはりな」
ブルーは一層厳しく顔を歪め、再び姫をキッとにらむ。
姫は、微笑をたたえてブルーに視線を返している。
「━━盛ったんだろう、あのクッキー。いや紅茶にもか。…どうりで不味そうな匂いがするわけだ」
姫から目を離さずに、一歩ずつ距離を縮めていく。
「妙な小細工を使って私達にスイのことを忘れさせ、誘拐したことをうやむやにしようとしていたようだな。だが……」
カツリ、カツリと響く足音。
車椅子の前で、止まった。
「ここまでだ。さあ、スイを返してもらおうか…!」
怒りに任せて、ブルーは姫の胸ぐらを引っ掴んだ。
━━━と、その瞬間、姫の体は車椅子ごと、煙のように消えてしまった。
姫のドレスをひっかけていたブルーの手の中には、いたずらに光る貝殻が握られていた。
「━━逃げられたか。……チッ」
パキィィ……ン
ブルーは、やり場のなくなった憤りを貝殻に叩き付けた。
「ふふ…うふふふふ♪」
━━突然、あの人魚姫の笑い声が、城中にこだまし始めた。
床、壁、天井など、あらゆる方角で楽しげに踊る無邪気な声。
「さあ、皆様にご紹介いたしますわ♪」
それとともに、二階のエントランスから足音が漏れてきた。
現れたのは、車椅子に乗ったあの『人魚姫』。
そして、その隣には━━━
「スイ…!?」