第三章 水像の少女と科学者
━━━ 朝・島の浜辺 ━━━
「みんな、ついたでー」
島に降りてみると、辺り一面がキラキラと輝いている。砂浜も、波打ち際も、宝石をちりばめたかのようだ。奥を見ると、天を刺すような立派な城があった。城もまた、キラキラと輝いている。
《幻想的ですね…きれいな貝殻があんなに…!》
光っていたのは無数の貝殻だった。
丸いもの、とがって穴があるもの、ひらべたいのも全て、城を囲むように広がっている。島の様子に興奮気味のカエデは、城を指さし、ぴょんぴょん跳ねながら俺たちを催促し始めた。
《早く!早く行ってみましょうよ!》
「おいおいwあんまり━━」
急かすなよ、と言いかけたその時、城からなにか矢尻のようなものが空を切ってこちらに向かってきた。
━━━貝殻だ…!
「…っ!」
とっさによけると、貝殻はぐんぐんと巨大化した。そして、パカッと大口を開け、ちょうど人の姿になったスイを背後から━━━
「スイ…っ!」
もう遅かった。
貝殻は口を閉じると、流星のような軌跡を描き一直線に城へと戻っていった。
追いかけようとした途端、また一つの貝殻が城から飛んできた。今度は大きく弓なりに頭上を越え、ポチャリと波打ち際に落ちた。
すると、貝殻は勢いよく回りだし、海水をもちあげた。水柱はするすると伸びていびつな形に曲がった。できたそれは、一人の少女の姿をしていた。
水像の少女はこちらをみてニコリと笑い、上品な物腰でおじぎをする。貝殻の髪飾りがキラリと光った。
「Dr.ブルー様、及びそのお連れ様方、よくいらしてくださいました」
口から、というよりも髪飾りの貝殻の穴から発せられた声は、どうやらこの水像の少女本人のものらしい。見た目のイメージ通り、高くて可愛らしい声だ。
「心から歓迎いたしますわ。さあ、早く城内へ━━」
「待て」
ブルーが水像の前に進みでた。しかめ面で水像をにらんでいる。
「まずは名乗るのが先だろう。━━手紙に差出人の名を書かないなど、無礼にもほどがある」
「そんな、無礼だなんて……ちゃんと、書いてありましたでしょ?」
「ペンネームではなく実名を書け、と言っているんだ」
「ペンネーム…?うふふ♪面白いお方…」
━━━ペンネーム?
そういえば、ここへ来る前、ブルーは手紙の差出人について文句を言っていた。常識がない、とんだ妄想家だと。それゆえ今回の商談に、ブルーだけはあまり乗り気ではなかったのだ。
笑われたのを不愉快に感じたのか、一段と声のトーンを低くして
「名乗れ」といった。
微笑む少女。
不気味なほど奇麗な声で、少女はその名を口にした。
「何度訊かれても、これが私の名前ですわ。ペンネームだなんて、失礼なのはそちらの方ではありませんこと?」
ブルーは口を開かない。
この子にあきれて声も出ないのか、怒りを表す言葉が見つからないのか。
否、ブルーは動揺していた。
さっきまではあんなに冷静だったのに…何か思い当たることがあるのだろうか。
名前の話が途切れると、今度はカエデが前に出てきた。
彼女の手には、筆談用のメモ帳とペンが握られている。本人が目の前にいないのでいつものテレパシーが使えないのだ。
《先程、お城の方に男の人がさらわれてしまったのですが、お心当たりありませんか?》
「ああ!申し訳ございません!城の護衛兵が侵入者と勘違いして…誤って捕らえてしまったのです。先にお伝えしておくべきでしたわ。今は城内にて手厚くもてなしておりますので、ご安心くださいませ」
《ああ、よかったあ…》
カエデはほっとして思わず微笑んだ。
水像の少女とは違う、聖母のような微笑みだ。
「うふふ♪可愛らしくて、他人思いなんて。素晴らしいお連れ様をお持ちですのね、うらやましいですわ」
カエデはポッと頬を赤らめる。
ブルーは、顔こそしかめているが、いつもの冷静さを取り戻したようだった。
「あらやだ、私ったら。お客様にすっかり立ち話をさせてしまいましたわ。さあさあ皆様、お城までいらしてくださいまし。残りのお話は客室で、お茶でもたしなみながらにいたしましょう」
「…だってよ、ブルー。せっかくだし、お言葉に甘えようぜ」
《行きましょう博士!中で師匠もきっと待ってますよ》
「………」
「…はあ……わかった」
しぶしぶブルーが了解するのを聞くと、水像の少女は嬉しそうに手をたたいた。
「決まりですわね♪では、私は先に城内にてお待ちしております。失礼いたしますわ」
少女が一礼すると、水像は消え、落ちた貝殻もまた城へと戻っていった。
訪れた静寂の中で、さわやかな波の音だけが響く。
『人魚姫』
彼女は一体何者なのだろうか。