思い出は
すいません。風邪引いて遅れてます。
デイブとの買い物から三日後の昼過ぎ、俺はいつものようにパソコンの前に座っていた。
天気は相変わらずの晴れ。俺の気も知らないで能天気にじわじわと気温を高くしていく。
「なあユウキ元気だせよ」
「…はい」
ユウキはあれから元気がなく、声をかけてもこんな感じだ。犬に話しかけたってもっとマシな反応をする。
俺は仕方なく昼食をとるため台所へ向かう。
冷蔵庫を開けてみると、たまごが三個、人参一本、食パン三枚。壊滅的な内容だ。
ほぼ必然的に昼食のメニューはトーストと目玉焼きに決まった。俺にはこれしか浮かばない。
トーストを二枚オーブンに入れて2分ほど焼く。その間にフライパンに火を付け、油を敷く。油が充分温まったら、卵を二個、フライパンに落とす。ジュッという音を立て、卵の縁が白くなっていく。コンロの火加減を調節し蓋を閉める。
お皿の出しているとオーブンがチンっと鳴り、熱いので落とさないように指先で慎重に皿に乗せる。それから蓋を開け、目玉焼きを皿に盛り付ける。完成だ。
彩りが全くないが、そこらへんの雑草を食うわけにはいかない。牛乳ぐらい欲しいものだが、生憎と水道水しかない。仕方ない、夜になったら買い物に行こう。
昼食はいつもパソコンの前で食べる。キーボードに落とさないように気をつけなければいけないが、ここ三年はこうして食べているので歩くように自然とできるようになった。
「いただきます」
一応手を合わせる。
最初にトーストを一口ほおばると、サクッと小気味よい音を立てた。我ながら上手に焼けたと自分を褒め称える。
「うまー」
「おいしー」
「……さいこー」
食べながらリアクションを取っているのだがユウキには無視され、初めてのグルメリポートが決まったタレントのように、一人でリポートの練習しているようにしか見えなくなり、次第に声が窄まっていく。
「…ユウキ、出る気にはなれないか?」
「すいません。でもご主人様とも離れたくないんです。でも……無理です」
デイブの話を聞いた後、ユウキの様子がおかしくなったため、一度ホームに戻った。その後、現実のファミレスでデイブから話を聞いた。要約するとこういうことだ。
プロスタのサービスを止めようと大会の優勝を目指す奴がいる。どうやらそいつの後ろには運営がついていて、運営もそいつを優勝させようとしていると。
止める方法は二つ。
一つは大会でそいつに勝つこと。
もう一つは大会の制度の一つで、お互いの同意があれば大会の出場権を委託出来るという制度を使い、そいつの出場権を貰う。というものだ。
前者は敵に運営がいることから絶望的であるが一番可能性が高い。
後者は一番の理想だが、相手の同意は絶対に貰えないので、ほぼ不可能だ。
デイブとしては前者でいきたいらしい。圧倒的に実力を見せつければ運営もあからさまに贔屓出来ないだろうという考えだ。そしてそれを可能に出来るのは初代チャンピオンのユウキだけだと。
俺もデイブの考えに賛成だ。これしかない。でもユウキが踊れない以上どうしようもない。ユウキと一生会えないのは辛いが、ユウキに嫌な思いもさせたくない。
これは俺とユウキの問題で、一応出るように頼んでみるが大会に出なくても恨まないでくれとデイブに言って帰路についたのだ。
結論から言うと、まだまともに話ができていないというのが現状だ。
ユウキは笑顔を忘れてしまっていた。話すことも気まずい。とりあえずユウキのそばにいようと思い、画面を眺める。
退屈な時間が過ぎ、昼食をとった後というのもあって、睡魔が舞い降りる。まだ起きていたいと思いながら結局、意識が途切れてしまう。
「…………ん?」
目を開けると真っ暗で、目を開けてるのか開けてないのかわからないという感覚に襲われた。
「もう夜……だと…」
しまった。かなりの時間寝ていたようだ。部屋の中はパソコンの光だけが照らしていた。
「ユウキ、俺が寝ている間に何かあったか?」
「先ほど携帯の方に着信がきてました…」
ユウキは素っ気なく答える。
「着信?」
携帯をつけると確かに着信が一件見覚えがない番号だ。何か大切なことのように感じたので、かけ直すことにした。
コールが三回なったところで相手が出る。
「もしもし」
「もしもし、お久しぶりです井原くん」
「もしかして奈津時さんですか?」
「はい、そうです。夜分遅くにすいません。少しお話したいことがあるのでお電話させていただきました。今はお暇ですか? できれば外で話をしたいのですが」
「外…ですか。電話ではお話しにくいことなんですか?」
「ユウキのことについて、ですが」
確かにそれはユウキの前では聞きにくい。パソコンの電源を切ってもいいのだが、ユウキに怪しまれる。
「わかりました。どこで落ち合いましょうか?」
奈津時さんから指定された場所は、この前デイブと話した場所だった。
「はい、わかりました。では、30分後に」
俺は通話を切り、出かけるための準備をする。
適当に服を着て、ポケットに財布をねじ込む。
「じゃあ、行ってくるな」
ユウキに軽く告げるが、ユウキは微動だにせずこちらを見ている。
「何かついてるか?」
「いえ…なんでもないです」
「そうか、すぐ戻ってくるから」
ユウキの態度に少し釈然としなかったが、何か伝えたいことがあったのではないか? という疑問がファミレスに着くまで続いた。
ファミレスに着くと奈津時さんは窓際の四人掛けの席に座ってアイスコーヒーを飲んでいた。
奈津時さんは俺に気づくと軽く会釈をする。
俺は奈津時さんの向かいに座るとウェイターにハンバーグセットとメロンソーダを頼んだ。晩ご飯はリッチにいこう。
「夜分遅くにお呼びだてしてしまって申し訳ありません」
再度頭を下げる。もはや無意識といったところだ。
「いえ、お構いなく。…それでお話というのは?」
早速本題に入る。こうゆう時は、違う話題で場を温めてからの方が良かったのかもしれないが、生憎俺はユーモアに富んだ話題を話すことができない。
「ユウキさんとあなたのお話を聞かせていただきたいと」
「例えばどんなことを?」
「例えば……」
そこで奈津時さんは手元のアイスコーヒーに口をつける。飲み干したところで話を再開する。
「ユウキさんと貴方がダンスLIVEに出なくなった理由…とか」
「…………」
「別に話したくないのならいいのです。無理には聞きません。……ただあの世界がただただ壊れていくのは見たくないのです。最後まで足掻こうと」
「デイブから俺の話は聞いてないんですか?」
「今の質問に対しては本人から直接聞いてほしいと、そう仰ってました」
「別に言えない訳じゃないんです。ただそれを聞いて奈津時さんは納得しないかもしれません。それほど他の人にとってはそれだけ? て感じな理由です。それでも聞きたいですか?」
奈津時さんは静かに頷く。
「俺が初めてユウキと会ったのは奈津時さんと同じサービス開始日。これは前に聞いたと思います。でも、会った当初はユウキはとても静かで内気な女の子でした。俺はそれでもよかったんです。いつもユウキをからかったりして遊んでました。まあ今とやってることは大差ないですけど」
そこで俺は一旦区切り、俺の前に差し出されたメロンソーダを一気に飲みほす。甘くて美味しい。炭酸が熱く火照った身体を溶かしていくようだ。
「えーと、それでですね。今と同じく楽しかったんですよ。でもそんなある日、ユウキが自分を変えたいって言ってきたんです。何故だかはわからないけど、それで自分を変えたいのなら目立つことをしよう。目立てば内気な性格もなおるからっと。言い出したのはデイブですけどね。それでダンスの練習をしました。
最初は驚くほど下手で、何回やっても転ぶし、音程は外すし、でも心から楽しそうでした。そんなユウキを見て俺はユウキに夢を見ました。この世界で一番になれる……と。俺はデイブに作曲を頼みました。それに俺が歌詞をつけて歌にしました。ダンスLIVEではオリジナルの曲を使えば点数が高くなりますから」
奈津時さんは無言で頷く。
「そのうちユウキは様々な大会で優勝する実力を身につけていきました。そしてそのまま第1回ウェディンググランプリで優勝しました。その頃にはもうユウキは内気ではなくなり、性格は今のユウキとなりました。ただその頃からユウキは狂い始めたんです。多分ウェディンググランプリ優勝の重圧だと思います。ユウキは寝る間も惜しんで一心不乱に一日中ダンスの練習をしてました。そこにはもう笑顔で楽しそうにダンスをするユウキはいなかったんです。そしてそれがわかっていて俺はユウキを止めることはしなかった」
「なぜ……止めなかったのかしら?」
今まで静かに聞いていた奈津時さんが重い口を開く。
「それは……一番という愉悦感に溺れてしまったからでしょうね。注目されることに喜びを感じてました。一度それを味わうと、なくなってしまうのがとても怖いとかんじたから……今思い出すとバカだなって思います。なんてくだらないって思います。でも当時の俺たちにとっては何よりも大切で優先させるものでした。……それこそ俺たちの感情よりも」
そこまでいったところで俺の前にハンバーグセットが置かれる。空気を読んだのか店員さんは無言で伝票を置いて、足早で立ち去っていった。箸しかないんだけど……。とりあえず今は放し前に進める。
「で、えーとアレです。その時のユウキは張り詰めた弦のようにいつ切れるかわからないっといった感じでした。そしてその弦は思ったより早く切れました。
とある小さな大会でのアクシデント、ダンス中に転んだんです。もちろんユウキはすぐ体勢を立て直して踊りました。でも、一度切れてしまった弦は直らなかった。そのまま最下位、いままで向けられていた好意の目は悪意の目に変わりました。その日からユウキは侮蔑した目、悪意すら感じる視線を浴びることになりました。そして踊れば踊るほどユウキの心はボロボロになっていきました。それこそ枯れてしまった向日葵のように。それでも俺はユウキに大会で続けるように言い続けました」
「どうして?」
「ユウキは所詮プログラムでしかないと思っていたんです。でも間違いだと気付かされた時がありました。ユウキがもう踊れないと涙を流して泣き崩れた時がありました。その涙は俺には偽物、データの塊には見えなかった。純粋な人間そのものだと思いました。そして俺はユウキにこう言ったんです。『もう踊るのは疲れたろ、これからは二人だけの世界で笑い合おう』って、その日から踊ることはやめました。大会にも出てません。そこからは奈津時さんも知っている俺たちです」
「……ユウキさんの傷は癒してあげることはできないのかしら?」
「無理です。あの傷はどんなに綺麗に治しても傷跡が消えることはありません。その傷を見ないようにすることぐらいしか俺にできることはありません」
結局その後、俺はハンバーグセットを箸で食べきって奈津時さんとさよならした。
帰りに明日以降の食材を買いにスーパーに寄っていく。この時間のスーパーは閑散としていて、帰りがけのサラリーマンぐらいしか客はいないようで、そろそろ店がしまる時に流れる哀しい音楽だけが店内を駆けていた。
『本当に見ないようにすることしかできなかったのかしら』
ファミレスの席から立ったところでふと奈津時さんにそう言われたのだ。
『他の選択肢だって貴方にはあったはずよ』
確かにあった。見ないようにするという選択肢以外にもたくさんあった。
あの時はこれが一番だと思った。違う、この選択は俺の逃げだった。チキンな俺の逃げだった。
「今からではもう遅いじゃないか……」
買い物を済ませた帰り道。頭上の星々を眺めながら呟く。
星々は返事を返してくれない。
ユウキに伝えなきゃいけないことがあった。ずっと昔に言えなくてうやむやにしてたこと。
これを使えばユウキは踊ってくれる。
「はぁ〜性格悪いな俺、またユウキを利用する気だ」
それでもやらなくちゃいけない。これから先も二人で笑い合うために。
お読みいただきありがとうございました。




