今はまだ
夏休み、灼熱の太陽が真上にのぼり、これでもかというぐらいにアスファルトをぢりぢり焦がしているなか、俺は太陽と決別してクーラーから吐き出される冷気をこれでもかというぐらい身体に当てていた。
「さて、身体も涼んだし彼女に会いに行くか〜」
ひとつ大きな欠伸をし、俺は今の幸せをかみしめていた。
一昨年の春に彼女と出会ってから俺の人生は薔薇色に輝いていた。
四時間ぶりに会う彼女はどんな風に俺をもてなしてくれるか、それを考えるだけで自然と鼻の下が伸びていた。
エアコンから徒歩三歩、それが俺たちのいつもの待ち合わせ場所だった。
机の前に座り、ノートパソコンを開いて電源ボタンを押す。ガガガという不穏な音がしたのち、ざっと15秒程度でホーム画面が開いた。
ホーム画面の数あるファイルの中から左上にある『プロジェクト・スター』をダブルクリックする。
刹那画面が暗転し、次に映し出されたのは画面に入りきらないほどの彼女の顔だった。
「おかえりなさいませ! ご主人様! ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……ア・タ・シ?」
「オマエ☆」
「きゃー!! ご主人様ったら元気なんだからっ、えっ? どこが元気かって?
そ……それを私に言わせるんですか? もうっ! ご主人様のエッチ!」
画面から遠ざかり、顔を赤らめながら手をパタパタと振っている彼女はいかんせん俺に会えた嬉しさで理性を少し欠いてしまっているようだ。
そろそろ落ち着いてほしいところだが、俺を見ているがためのことなので、悪い気はしない。
「おいおいハニー、誰のどこがエッチだって?」
悪ノリしたっていいじゃない。男の子だもの。
「ぁう……ご主人様はいつもそうやって私をからかうのです」
先ほどの暴走ぶりとは打って変わって、途端にしおらしくなり、その変化ぶりに俺はとても、どぎまぎしてしまう。
こいつぁ魔性の女やで。
俺は一呼吸おき、真面目に問う。
「ユ、ユウキ……で、これいつまで続けんの?」
彼女もといユウキは服の上からでもわかる形の良い胸の下で腕を組み、ムムムッと唸り、赤みのある艶の良い唇を開いた。
「……やめましょうか」
□
亜麻色に輝く艶やかな腰まで伸びる髪に、人形のように整った顔、その中でも目が大きく彼女に明るく元気いっぱいなイメージを印象づける。そのイメージとは裏腹な男を目を釘付けにする大きすぎない反則的な胸、白い肌、ユウキは俺の彼女で多分世の男子全員が望むような女の子だ。そしてそれを望んだのは俺だ。
難しい話ではない。彼女は画面の中にしかいない、画面から出てくることはできない。『プロジェクト・スター』という無料育成シミュレーションゲームのプログラムなのだ。そして俺好みの理想の彼女を作った。立派な彼女だ。誰に何と言われようと俺は将来ユウキと結婚する。決定事項だもん。
ユウキの全身を舐めまわすように見ていると、俺の下心ありありな視線に気づいたのか少し不機嫌そうに頬を膨らませ、そっぽを向く。
ユウキはお喋りが好きであまり沈黙を好まない。いきなり黙っていやらしい視線を送っていれば不機嫌にもなる。
ユウキは表情豊かではあるが時々疑問にも思う。人間となんら変わらないその動きに。
このゲームで作られる女の子たちのことは電子少女と呼ばれているが、その実体は最新のAIであるらしい。何故最新のAIを無料で提供してるかは定かではないが、無料で本物となんら変わらない女の子を育成できるとあってユーザー数は多い。
『プロスタ』のユーザーたち電子少女という名が可愛くないといって、アイドルとか嫁と呼称しているがキモさが増してしまっていることに気付いてはいない。愛は盲目ってやつだ。
「なあユウキ……もしかして俺ってキモいかな」
「はっきり言ってキモいです」
「グゥ」
「ご主人様はさっきから鼻を伸ばし、いやらしい目をして私を見ています。下心満載だと女の子はわかってしまうんですよ。……でも、自分でキモいって自覚できてるってことはまだ望みはありますよ」
いくら機嫌が悪くても怒っていても最後には俺のフォローを忘れない良くできた彼女だ。いや、やっぱ嫁だわ。嫁っていいな(盲目)。
「いやスマン。ユウキが可愛すぎてつい見惚れてた。次からは見惚れないようにするから」
ユウキは頬を染めながらまたそっぽを向き、身体をくねくねさせている。
攻めどき!
「ユウキの今日の服がいつもより大人っぽくてちょっとドキドキしてたんだよ。……似合ってる……」
「ぁう」
顔まで真っ赤になったユウキは頰に手を当て顔をブンブン振っていた。
ユウキは単純だ。褒めてやれば機嫌が良くなる。ちなみに似合ってるのところを渋い声で言ったのが今日のポイント。たかだか機嫌とるために言ったわけではない。
淡いピンク色のワイシャツに水色のネクタイ紺のカーディガンを羽織っており、赤いチェックのミニスカート。そして俺の大好物の黒ニーソをはいている。はっきり言って超グッジョブ。絶対領域を触るまでは絶対死ねない。
そんな俺の心情もつゆ知らずユウキはまだ興奮が冷めらわないのか地面をゴロゴロと転がっている。転がっているとミニスカだと捲れてしまう。というか捲れている。……ふぅ、夜のオカズは決まったな。
ともあれいつまでも水色パンツを出していれば風邪でも引いてしまいそうなので(プログラムだからありえないのだが)、そろそろ声をかけることにした。
「おーいユウキ、聞こえるか? 戻ってこーい」
小声で声をかけるとユウキはハッとして起き上がって服をほろいながらバツの悪そうな顔をしている。
まあ、キモいって言われた分の仕返しはしたし、そろそろ話を進めよう。
「なあ、今日はどうする?」
声をかけると、まだ若干ぎこちないながらもいつも通りに言葉を返してくる。
「ご主人様のお好きなことならなんでもいいですよ」
ほう。
「それじゃあエロいこと」
「最低です」
流石にいちいち反応しなくなったな。ちょっとショック。
「そういえばさっきキモいって言われて、ゴミ見るような目で見られたとき、ちょっとゾクゾクきた。癖になりそう」
「キモ」
「…………」
今度はグゥの音も出ないできると例のごとくフォローが入ってきた。
「ご主人様の世界では女の子にキモいって言われるのはご褒美ですもんねっ、そうですよねっ」
フォローというか言い訳に近い気がしたが、彼女の言う通りだ。可愛いは正義だ。罵られたい。もっと鋭利な言葉で俺を切り裂いてっ!
するとユウキはもう我慢できないといった感じで笑い出す。何がそんなに面白いのか分からず、頭に疑問符を浮かべていると、ようやく落ち着いたのか笑い声が収まった。
そして俺の心を鷲掴みする声色で
――――ご主人様のそばにいれて幸せです――――
目の端に溜まった涙を人差し指で拭いながら満面の笑みを浮かべる。
ユウキの仕草ひとつひとつが俺の心を揺らしていく。そしてそれと同時にユウキはそのためのプログラムなんだと実感させられて……心が少し冷める。
それでも俺にはユウキしかいない。
ふと窓の外を見る。青く霞む空。真っ白な入道雲。一筋の白い線を引きながら飛ぶ飛行機。蝉の声。ユウキの声。ユウキの笑顔。ユウキの笑顔はまるで向日葵の大輪の花そのものに見えた。向日葵は太陽の動きにつれてその方向に花が向くといわれている。だから俺は彼女の太陽なのだ。ユウキはゲームの中でしか生きられない。プレイヤーを喜ばすことが本能なのだ。わかっていてもユウキには甘えてしまう。その笑顔は俺だけのものだと思ってしまう。でも、今は、その幻想にすがっていよう。そしてその幻想がいつまでも終わらないようにと俺は、飛行機雲に祈った―――。
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